日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

大切な1枚

2013年05月21日 | エッセイサロン
                       

2013年05月21日 毎日新聞「はがき随筆」掲載

 スーパーに園児の描いた「お母さん」の絵がずらりと並ぶ。今年は美白系より日焼けした元気系の顔が多い。その顔はみんな違っているが、「お母さん大好き」の気持ちが生き生きと描かれていて、みんなすてきだ。

 子どもの頃、母を描いた記憶はない。もし描いていたら、家事、その合間に手ぬぐいをかぶって畑仕事をする姿だったのではないか。今ならどうだろう。展示作品を見ながら考える。

 孫と私ら夫婦の3人一緒の似顔絵がある。離れて住む孫が、志望中学入学の記念にと思いを込めた一枚。見るたび心安らぐのは似顔絵の温かさだろうか。
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期待している

2013年05月20日 | 生活・ニュース
           

 株高は、景気回復の兆しは、デフレ終焉は、内閣の高支持率はなどにくっつくのは「アベノミクス」という造語。まだ、日々の生活にその造語の実感は届いていない。しかし、百貨店の宝飾品売り場は最近にない賑わいで、これが個人消費の上昇を促しているという新聞経済面の記事を読むが、我が家には縁のないことよと浅読みで終わる。

 このところの好景気のきざしの解説に「期待感から」という説明がついている。将来アベノミクスが実現することを願って、あるいは当てにしてことを仕掛けていることになる。言いかえれば「アベノミクスは成功する」という期待値から発生しているようことになる。「期待を裏切る」ことのないよう、国民の「期待に添って」と期待している。

 今、我が家で期待しているものはプランター野菜。ひと夏、とれたての野菜を楽しませてほしいと願っている。その期待が通じたのか、種苗店で求めたミニトマトの苗、植えて丁度10日経った今朝、小さな小さな実を見つけた。大きなヘタにがっちり守られるて生っている。その大きさは5ミリにも満たないが薄緑色の玉は陽ざしをいっぱいに受けている。

 食材の旬のおいしさは決して人の手では作れない。食材が子孫を残そうとするその力を人はいただいて生きている。そこに感謝することで食材の季節感と美味しさをより深く味わうことが出来る。こんな主旨の短文を読んだ。生った生ったと喜んだ後に、そのことへの感謝心を持つとでより深い味を感じるという。トマト君、今夏は心して収穫するので期待してください。 
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ハーブと知って驚く

2013年05月19日 | 回想
           

 子どものころ「スイスイバ」と呼んでその葉を野外遊で口にしていた、それは雑草のひとつと思っていた。ところが最近、スイスイバの写真を見せられ「スイバ」といってハーブの一種ということを知って驚いている。漢字では「酸い葉」ということも合わせて知った。

 「ハーブ」と言われても、何かにつけ和風の我が家にはなじみの薄いものに感じている。言葉の説明も、その掲載の場所で異なり、ただ「飲みもの」という短い説明もあり面白い。そんななかで「それぞれが個性あふれる香りをもち、花、茎、葉、種子、根などが、薬品、食品、染料その他さまざまな用途に用いられ、美容や家事に至るまで人々の生活に役だち、うるおいを与えてくれる有用植物の総称」を自分流の解釈にさせてもらう。 

 スイバを口に出来ることは連れ添って遊ぶ年長者から教え伝えられてきたのだろう。伝え残したか定かでないが、今ころはそうした雑草帯が町なかでは少なくなった。また、あってもそうしところで遊ぶ子どもは見かけない。戦後の混乱期、遊びのガキの中に「ハーブ」などという高尚な呼び名を口にした遊び仲間はいなかった、と思う。いや、ハーブなど縁遠い育ちで聞いていても記憶に無いのかもしれない。

 スイスイバがスイバというハーブの1種類と知って思いついた。「スイスイバ」の呼び方を漢字にすれ「酸酸葉」となり、口にした酸っぱい味そのままになる。スイバは生薬として便秘や利尿に効果、若い葉は茹でて水にさらしてアクを抜き、おひたしや酢味噌和えなどにして食べれるが多食は肝機能に悪いとか。

 遊びで踏みつぶした草ぐさの中に、知らかった多くの隠された命があったのだ、走りまわった川土手やあちらのあぜ道こちらの広場が懐かしい。
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最後の煙突

2013年05月18日 | しっちょる岩国
            

 近所で発生した火災からひと月。幸い負傷する人もなく鎮火した。60年前に建てられ、数年前に休業された銭湯、倒壊の恐れがあるからと危険の表示もされたが心配だけに終わった。そんな中、焼失の現場を見つめられる肩を落とされた持ち主の背中を見るにつけ、火の恐ろしさを改めて思い起こす。

 その銭湯の取り壊しが始まった。この地域には3軒の銭湯があった。そのうちの1軒、最後まで営業されていたのがこの焼けた銭湯だった。午後4時前になると、銭湯の軒下はちょっとした集会場のようだった。そこの利用者の飾り気のないにぎやかな会話が聞こえ始める。大方が高齢の人で、軒下の会話は楽しかったのだろう、と今も思っている。

 低学年くらいの子ども2人とその両親だった。「お風呂屋さんは何時に開きますか」と聞かれたのはある年の8月の終わり、猛烈な暑さの日だった。「いつも4時には開きますよ」と教えたが、それまでまだ1時間もある。聞くこともなく話になり、九州から引っ越して来て荷物の整理が一通り終わった。近所の人に銭湯があると聞き、親子で汗を流しに来た、と話す。町の銭湯、その存在感を知ったことがある。

 銭湯と造り酒屋に煙突は切り離せない設備、かってはそこから上る煙は町の勢いでもあった。時代とともに変わり造り酒屋2軒の見上げるような煙突はすでに姿を消し何軒もの住居に変わった。明治になり旧家臣や士族女性のための授産事業として作られた義済堂の煙突も消え広い分譲宅地に変わった。

 取り壊しと共に消える銭湯の煙突、もう姿を見ることはなくなる。これでこの地域から煙突と呼べるものは無くなる。それとともにこの地域の歴史の一つに幕が降ろされる。
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踏切と花壇

2013年05月17日 | 地域
           

 線路沿いにある町の医院の駐車場は数台分、空いていると何か儲かったような気持ちになるのは、いいことがあるぞ、という先行きの案内のように思う。しっかり施錠し、線路向こうの2階に見える待合室へ向かう。線路、といっても単線のローカル線、踏切は人と自転車は通れるがそのほかは狭くて無理だ。そんなでも警報器と遮断機は備わっている。

 踏切の手前には小さな児童公園があり、ブランコやシーソーなどで遊ぶ子らを見かける。ソメイヨシノもそんな子らを見下ろしている。公園の並びに四季の花が植えられた花壇がある。手入れされている方はその近くの方のように思う。出合うと必ず挨拶をして通り過ぎる。踏切に掛かると正面にガラス張りの市庁舎が見える。

 踏切を渡ると市庁舎までは住宅街。マンションも個人住宅も新しい街を感じさせる。それは駐車場側の静かな住宅街とは対照的な今風な街並み。道路や線路を隔てるだけで風景が大きく変わる、線路の向こうは別の町、そんな感じがする。診察室からローカル線を走る1両のジーゼル車が見える。

 踏切そばの花壇に咲く花はジーゼル車の乗客には一瞬の眺めにしかならないだろう。そんな小さな花壇も、道行く人はしっかり楽しめる。四季、花を咲かし続けられる人のことを、見てもらえるから、見てもらいたいから、ただ花が好きだから、かってに思う。花とジーゼル車を重ねて撮りたいが、次の通過まで30分ある。構想はこの次まで残して今日は花だけ撮った。
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若い先生

2013年05月16日 | 陶芸
           

 会員になっている陶芸同好会のメンバーは30名ほど。大方は年金暮らしで夫婦揃っての入会者も多い。近々、東南アジアへ出向かれる人がおられる。その方は現地へ持参する作品黙々と作られている。一番印象に残っている作品は香炉、丸味のあるその形は異国を感じさせ、かの地での夢が形になっているようだ。

 教室は毎月2回開かれる。毎回の参加者は7から8割、送迎バスはS字やヘヤピンカーブの続く坂道を海抜500メートルまで駆けあがる。上るにつれ季節の変わり目には標高を感じる。春先には、ソメイヨシノや八重桜にツツジの開花は平地より遅く2度目の花見が楽しめる。新緑もおくれ、今は柔らかな新葉が初夏の日を浴びて眩しい。

 指導員は会員の子どもや孫くらいの若い人ばかり。世にいう「今ころの若い者は」という対象は皆無、高齢の会員に対する言葉、態度なども申し分ない。質問には丁寧に、実際に手をかけて教えてくれることもある。指導員の作陶技術について「どんどん上手くなっている」というのは、会員の中でもその腕前に太鼓判の押されている人の感想。きっと研鑽をしている、それが表れているのだろう。指導員を皆は「先生」と呼ぶ。

 細い丸棒状の粘土で「にょろにょろ」とした形が教卓にある。それは古代の文字にも見えるし、何かの記号にも思える。この日のテーマは「カップの取っ手のつくり方と取り付け方」、教卓上のにょろにょろは先生手作りの取っ手の形見本、話を聞いて納得。それぞれの形に見合った取っ手の取り付け方法、今日も若い先生から我流の方法を払拭してもらった。
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とらぬ狸の

2013年05月15日 | 生活・ニュース
            

 TPP加盟で日本の農業が受ける打撃についての政府説明に、農業関係団体はこぞって異を唱えられている。どちらが正解なのか、加盟交渉の成り行きや国内の議論の進展を待つしかないのは消費者、心では日本農業に大打撃が起きず、安価な作物が届くことを願っている。さて、その行方を本当に知っているのは誰だろう。

 そんな大事を考えての作業ではないが、今年もプランター菜園をする。昨年のプランター菜園は夫婦だけの食材としては十分な収穫と新鮮さを味わった。特にミニトマトは毎日、贅沢な食べ方で満足させてくれた。ピーマンもシーズン中は購入なし。今年も昨年と同じミニトマト、キュウリ、ピーマン、ゴーヤの生り物を植えた。

 ピーマン以外はおろ木を立てるが、この作業は朝顔など何度も経験があり「任せ」といえる。あとは朝夕の水やり、トマトには水を与えすぎるな、という説があるそうだ。昨年のたっぷりと与えてきた経験を踏襲しておこう。話しかけながらの水やり、それに応えて育つ苗、今年はどんな楽しみをくれるだろうか。

 ゴーヤは見る間に背が伸び、つるもしっかり巻きつき早くも大収穫が期待出来そうと眺めている。トマトには小さな花が咲いた。早すぎる、そんな気もするがどうだろう。大きくなり葉が茂り始めると虫捕りにも精を出すことになる。それは実を得るためのレクレーションとして楽しもう。
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1年生が2クラス増えた

2013年05月14日 | 地域
            

 ここ3年ほどで近所に7軒の新築が建ち、先日8軒目の棟上げが終わった。夏過ぎには新しい住民が増える。どの新築の家にも園児から小学生の子どさんが複数人おられる。おかげで、最近は家の周りで子どもらの遊ぶ大きな声が聞こえ、年老い気持ちに元気をもらっている。

 「すみません、ボールをとらせてください」と飛び込んだサッカーボールをおかっけて庭に入ってくる。きちんとした挨拶が気持ちいい。サッカーボールは追っかけなかったが、どこの家の庭も遊び場の一つとして駆け回った子どもころを懐かしく思い出す。

 この校区は子どもが増えている、と話は聞いていた。小学校のHPを見ると、2年から6年生は各学年4クラス、それが今年の1年生は6クラス、一気に2クラス増えたことになる。いくつかの散歩コースではここ2、3年新築が目につく。家の形や所持されいる車を見ると若い人ということがわかる。若い人が増え子どもも増える、地域住民の一人としては喜ばしい。

 校区を選んで引っ越しや新築を考える若い人が多いと聞く。不動産広告にも校区がPRのポイントのように刷りこまれているのはよく見かける。我が子の校区は住居地の公立学校、それ以外を思ったこともなかった。少子化と関連しているのだろうか。

 早い子は朝7時をまわった頃から登校をしている。みんな楽しそうで報道で気遣うような子は見かけない。「おはようございます」と多くの児童が挨拶をくれる。8時前には登校の姿は消え、ここち良い静かさが戻る。
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御目出糖

2013年05月13日 | 自費出版
           

 新年や祝事、慶事で口にしたり書いたりした「おめでとう」や「おめでとうございます」はどのくらいの数だろう。新年の挨拶を含めると二千や三千どころではないと思う。それは明るく大きな声で遠慮することなく贈れる言葉の一つだ。また、これは受ける側も嬉しいのひと言につきる。

 今年初めに新聞投稿の掲載数が100編になった。それを記念して掲載された作品を「小さな自分史」として自費出版した。幸いなことに多くの方に目を通していただけた。その上、たくさんの方から、「おめでとう」の言葉の後に感想や励ましをもらった。「おめでとう」の言葉を今回はなぜか気恥ずかしく感じた。

 そんなひとつに在京の知人から届いたのは「御目出糖」という和菓子。初めて目にするその銘に「おめでとう」の捩りかと思ったが、添え書きを読むと「銘菓 御目出糖」とあり、元禄より家伝の仕様書により作られた菓子、その意匠により御進物に喜ばれているなどとあり、長い歴史に驚く。単なる言葉遊びで無いことを知る。

 「御目出糖」は広辞苑で「菓子の名。蒸したもち米を乾かして炒ったものに糖液と赤い食用色素を加え、小豆の納豆を混ぜて赤飯に擬し、出産・結婚・祝儀に配る」と載っている。別の説明では、「菓子の一。蒸した米を干して煎り、食紅で着色した砂糖蜜をかけてかきまぜ、甘納豆をまぜたもの。赤飯の代用として、出産・結婚などの祝儀に配る」ともある。

 頂ものは先ず仏前に供えるのが我が家の仕来たり。それを終えて包みを開く。和菓子とはいえ「糖」の付くお品、ある程度の甘さを思いながら口にした。思いを大きく外れそれは「淡白な程よい甘味」が口中に広がる。また蒸菓子らしいやさしい舌触りは伝統の仕様から生まれたのかと感じる。気恥ずさを忘れ初めての銘菓を味わう。
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人参の間引き菜で

2013年05月12日 | 生活・ニュース
           

 月に1度、仲間が集まって農園作業をしている。そのリーダーは畑も田も使いこなす農業大好きな主婦。「高いので慎重に蒔いてね」というリーダーから渡されたのは人参の種。その値段を聞くこともなく受取る。指定された畑けの区画には種まきのみぞが出来ている。蒔くのはぶっつけ本番。

 「小さな種を蒔くときにはこうする」、子どもの頃だから何十年も前に祖父から教わった蒔き方を思い出す。利き手の親指と人さし指で種を少しつまむ。親指の腹にそって人差し指をすらすように動かす。種は回転するように落ちる。均等になるよう腕はゆっくり動かす。こんな話だった。

 思い出した話を確かめるように指のイメージトレーニングをしてみる。指が記憶していたかのようにいい感じでなめらかに動く。最初のつまみを慎重に蒔く。心配するほどのこともなくスムーズに蒔ける。二畝も済ませると自分で感心するのもおかしいが、思い通りに蒔ける。こうなると農作業が楽しい。それから一月後、人参の新葉が剪定したようにように揃っている。リーダーの「よく出来ている」のひと言にほっとした。

 ほっとしてからまたひひと月、しっかり成長した葉はすっかり人参らしくなっている。しかし、1本1本の隙間がない。このままでは大きくならないので間引く。間引かれた跡は根本まで日差しがとどき、あとひと頑張り、人参の1本1本がそういっているようだ。リーダーが「しかし、上手く蒔いた」と一言、「畑がいいのでしょう」と返したが、2度目のほっとだった。

 この間引き菜が好き。この日は胡麻和えになって夕食のテーブルに載った。数センチほどになった朱色の子人参が緑濃い葉に隠れるようにしているが、小さいなりに歯ごたえがある。いつもならぐい飲みで冷酒2杯だが1杯多めの晩酌になった。旬のものはやはり美味い。
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