高知市天神町に鎮座される「潮江(うしおえ)天満宮」。御祭神は『菅原道真公・菅原高視公・北の御方・天穂日命(あまのほひのみこと)・大海津見命(おおわだつみのみこと)』
「昌泰4年(901)1月25日、道真公は太宰権師(ごんのそち)として西海に左遷され、同時に長男の右少弁菅原高視朝臣もまた土佐権守として京都を遂われ土佐国潮江に住居。 道真公が延喜3年(903)に薨去されると、侍臣白太夫は遺品を護持してこれを高視朝臣に伝えるため、はるばる土佐に来国した。白太夫は老齢と難路に苦しみ健康を害し、ようやく大津村舟戸の霊松山雲門寺にたどりついたが病を発し、延喜5年79歳で歿した。 高視朝臣は、白太夫の没後その遺品をおさめ、これを霊璽として祀ったのが潮江天満宮の由来である。」
絵馬に描かれているのは、土佐国:潮江に居住したといわれる、道真公の嫡男『高視朝臣( たかみのあそん)』。
境内入り口より神域を守護されるのは「石工・三川田常蔵 明治19年(1886)9月建之」の出雲構え狛犬さん。高く顎を突き出した姿勢と、真っ直ぐに伸ばした尾が迫力を感じさせる一対。
参道の三の鳥居と四の鳥居の途中より神域を守護されるのは、文久3年(1863)9月吉日建之の狛犬さん。ダンディと言う言葉がしっくりとくる一対。
楼門前には大正14年(1925)3月吉日建之の狛犬さん。阿吽共に子供を抱いています。おや・・吽形さんの口元に注目!何か嫌なことでもあったのか、たてがみをキリキリとかみ締めています😲
同じく楼門前より神域を守護される明治12年(1879)9月吉日建之の狛犬さん一対。 もしかしてこちらの吽形さんもたてがみを噛んでる??土佐の狛犬さんはたてがみを噛み占めるのが癖なのでしょうか?
嘉永6年(1853)建立の楼門。内外には『名工・島村三四郎』の彫刻があり、郷土芸術の誇りとされていますが、私のデジカメでは綺麗に捉えられなくてこれが精一杯。昭和42年に高知市保護文化財に指定されています。
のたうっているのは大蛇でしょうか?雲間の中に立っている人、高見からそれを見る人。下の画像では、男が果敢に剣をとって大蛇と戦っています。八岐大蛇のようにも見えますが・・・題材が分かればもっと面白いのでしょうが・・
天満宮なので牛さんが居るのは当たり前ですが、この撫で牛さんが寝そべってるのは百度石の上。
梅園からひっそりと神域を守護されるのは「石工・井上五平次」明治8年(1875)9月建立の狛犬さん一対。阿形さんはお尻を高く上げて顔を背けているのですが、画像では今一つはっきり判別できません。
吽形さんは右前脚で太鼓を踏みしめながら、嬉しそうにカメラを向けるご亭主殿を凝視。
【仰ぎ見よ 瀧は氷柱(つらら)の 玉すだれ 広瀬丹吉】
【衣手は 破れぬともよし梅の花 しづ枝引くとも おらで行かめや 野田ちから】
【御社や 梅千本の あさ月夜 佐藤雨夕(うせき)】
参拝日:2013年3月21日
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