高砂市高砂町北本町に建つ「高砂商工会館会議所」。「旧高砂銀行本店」として昭和7年に建てられ、神戸銀行、太陽神戸銀行と変遷、昭和55年から高砂商工会館として使用。2005年に、兵庫県景観形成重要建造物に指定され、地域のランドマーク的存在となりました。
訪問日:2010年5月8日
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高砂市阿弥陀町魚橋、旧山陽道に面して建つ「土田家住宅:旧魚橋郵便局舎」。門には、花崗岩製門柱2本が2m間隔で立てられており、桟瓦葺の屋根が架けられた真壁造の塀が独特の景観を見せています。
旧魚橋郵便局舎は寄棟造、桟瓦葺で正面中央に切妻造の玄関を設け、外壁は下見板張、縦長窓には両開き鎧戸がつけられています。
明治37年建築の「土田家住宅魚橋郵便局舎・離れ・門及び塀」は、2005年2月9日、国登録有形文化財に指定されました。
土田家住宅の近所で見かけた飾り瓦の鷹。もっとよく探せば羽を広げた相方がいたかも・・
土田家住宅から少し歩いた先に建つのは真宗大谷派寺院「無染山:正連寺」。山門の留め蓋瓦に誘われてやってきました。
日差しの加減で一方しか写せなかったのですが、牡丹を咥えた留め蓋の獅子。劇画チックな顔のいかつさと牡丹の花との対比が結構ツボに嵌ります。
思わぬめっけものは、森繁久弥氏の筆による顕彰碑「佐々木すぐる先生 生育の地」。名前を聞いてもピンとこなかったのですが「月の砂漠」を作曲した人と知って思わずシャッターを(笑)
ほんの数分でしたが歩くことで見つけられた、ちょっとした名所・旧跡。面白いと思えるものに出会えた時の嬉しさは格別(⌒∇⌒)
訪問日:2010年8月12日
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今から数十年前、高砂に住んでいた叔母に連れられて「石の宝殿」と「観濤処(かんとうしょ)」へ行った事があります。石の宝殿は「生石(おうしこ)神社」の御神体で、「浮き石」や「日本三奇」の一つとも呼ばれており、その周囲を巡った時のあの神秘的な感動は今も鮮明で、忘れ難い経験でした。
「観涛処」はそこからさらに山道を登った先、播磨灘を眺望する加茂山の中腹にあります。紙焼き写真に残る「愛娘と観涛処」。大切な思い出の一コマです。
でもその前身が高砂銀行だとは存じませんでした。
ワタクシも金融関係でお仕事をしておりますが、特に銀行の場合合併の際に吸収する側と吸収される側での人事の明暗は激烈。
太陽神戸はその後、三井住友に吸収されますが経営統合後数年で銀行中枢から太陽神戸系の人間は消え去ります。
ワタクシの友人も旧三和銀行に就職し相応の出世をしていましたが東海とくっつきUFJになってのち三菱東京と統合。
でもこれは事実上三菱による吸収でしたから、その数年後に片道切符で彼は系列のノンバンクに出向。
これなら都市銀行なんぞに就職せずに地銀にでも入ればよかったと後悔しきりでした。
熾烈である事に改めて驚かされます
組織としてがっちりと固められた中に
別の異分子ともいえる人間が入り込む
とくにそれが上層部になると
私などには想像もできない駆け引きが
繰り広げられるのでしょうね。
頂いたコメントに改めて「ああ、そうなのか」と思わされました
知らない世界を教えて頂き、感謝です。