地底人の独り言

いつまでもみずみずしい感性を持ち続けて生きたいと願いつつ、日々の思いや暮らしを綴っていきます

ごあいさつ

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命の対話

2010年03月22日 | ひとりごと


NHKテレビ「呼吸器を外して下さい 柳田邦男と患者が紡ぐ命の対話」

 今日、岡山でも東京でも、桜の開花が発表された。今日訪れた東公民館の桜も開花していた。とても暖かい一日だった。しかし、明日からは木曜日くらいまで雨が続く。「晴れの国 岡山」でも、三月は雨の日が多い。

 さて、昨晩のNHKスペシャル「呼吸器を外して下さい 柳田邦男と患者が紡ぐ命の対話」は、実に衝撃的であった。「ALS 閉じ込め症候群」の患者さんが書いた一枚の要望書を巡っての番組だった。

「ALS」=ALSは、日本語で筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)と呼ばれる神経の病気で、難病の一つに指定されています。
筋肉の動きを支配する脊髄の運動ニューロン(運動神経細胞)が侵されるため、からだが動かしにくくなったり、筋肉がやせ細ってきます。現在、日本には平成20年度の統計で約8,300人の患者さんがいます。

閉じ込め症候群 locked-in syndrome
意識障害はないが、運動機能が完全に麻痺した状態をいう。脳底動脈血栓症による脳幹梗塞で、随意運動の遠心路 が障害されたものである。 眼球運動は維持されており、眼開閉により意思疎通が可能である。

 僅かに動くこめかみの動きを、家族がパソコンで言葉に変えることで意思表示が可能なある患者さんが、書いた一枚の要望書。それは、「自分で意志表示ができない状態になったら、人工呼吸器を外してください」というものだ。
 番組では、二男が自ら命を絶った経験を持つ作家・柳田邦男が、その「閉じ込め症候群」で、意識はハッキリしているのに、目を開けることも話すこともできない患者さんが書いた要望書を巡って、患者さんやご家族と紡ぐ命の対話を映像で伝えていく。

 番組では同じ病気の患者さんが、「呼吸器をつけて生きるのが後ろめたいとなる社会になってしまう心配がある。私は天寿まで生きる」と語られた。
 私は、ドキリとした。かねてから「延命治療は不要、人工呼吸器の装着も不要」と家族に言ってきた。だから、「天寿まで生きる」との発言に衝撃を受けた。どんな状況であれ、それを引き受けて生きる覚悟を感じた。
 人それぞれに人生の終わり方があるが、私はどういう終末を迎えるのだろうか。人生の終わり方を考えるのではなく、どう生きるかを考える必要があると、番組を見てそんなことを考えさせられた。

 
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思い込み

2010年03月22日 | ひとりごと
 


「思い込み」は注意力の散漫か、それともやはり「老人力」なのか?

 世間的には、三連休だ。「毎日が日曜日」の身には、曜日の感覚が希薄になる。そんな中で、昨日も「思い込み」という「老人力」を発揮してしまった。昨日の午後、行く予定としていた「催し」を失念していて、夜手帳を開いてそのことを思い出したのだ。
 その複線はあった。金曜の夜に、友人のライブに行く予定としていたが、都合で行けなかった。これがオープニングだ。そして、土曜日に友人のお通夜に出席した。そして昨日(つまり日曜)の朝、「お通夜の帰りに立ち寄れば、ライブの時間も場所もとても都合が良かったのに。どうして思い出さなかったのだろうか」と考えてしまった。
 ところがライブは金曜で、お通夜は土曜日。ここから勘違い・思い込みが始まった。そこから「催し」は、明日(それはつまり今日)と思い込んだのだろう。全く思い出さなかった。
 そこで思うのだが、「思い込み」は「老人力」の一つだと確信していたが、「注意力の散漫」つまり「自堕落な生活のツケ」という思いがしてきた。日々、毎朝手帳で日程を確認することで、その幾つかは失念するのを免れたりできると思うのだが。でも、それができないのが「老人力」なのかも知れない。
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