なぜ物価は上がらないのか:2 機能しない貨幣数量説
物価とおカネの関係で伝統的な理論に「貨幣数量説」があります。通貨供給を増やせば、通貨と物のバランスが変わるから、物価水準は貨幣供給量の関数という説です。
単純に言えば、物の量が同じで、通貨供給が2倍になれば、物価は2倍になるという事で、最近でも「ヘリコプターマネー」などと言われ、ヘリコプターで紙幣をばらまけば物価が上がるはずと主張する人もいるわけです。
プリミティブな社会では通用したかもしれないこの理論は、庶民の知識が豊富になった今では、なかなか通用しません。
典型的な例を一つ挙げますと、日本では1980年代後半、大幅な金融緩和が行われました。アメリカから教えられたようですが、2つの「前川レポート」特に「 新前川レポート」の影響は強く、政府の方針で、金融機関は貸し出し競争に狂奔しました。
さぞかし物価が上がるだろうと思いきや、第一次石油危機でインフレの恐ろしさを熟知し、第二次石油ショックをインフレ高進なしで乗り切った日本人(労使)は、この金融緩和と経常経済を切り離し、消費者物価は極めて安定的で、カネ余りで高騰したのは不動産価格、ご存知の土地バブルでした。これは1991年のバブル崩壊で終わります。(これでまた日本人はバブルは良くないという知識を得ました。お蔭で異次元緩和がバブルに直結しません)
あの土地バブルの最中に、消費者物価が安定していたことについては日銀前総裁白川さんも 気付いていて指摘されていたのを記憶しています。
すでにこの時、日本はプラザ合意による円高で、主要産業の多くが競争力を失い、工場が海外に出ていき、製造業の空洞化が言われ、金融がいくら緩んでも、借金で投資や賃上げをして、これ以上コスト高になったら、やっていけないことを労使はともに知悉していたのです。こうした経験と知識の蓄積がインフレを阻んだのでしょう。
量的金融緩和は、それが所得(最大の所得は賃金)に繋がり、コストの増加につながらない限り、経常経済(実体経済)のインフレ化にはつながらないための条件が、労使や庶民の知識の中に整備されて来ていたのです(前回のタクシー運転手の言葉)。
では金融政策のうち、金利政策についてはどうでしょうか。
金利を高くすることは借金している人から、貯金している人に「富」が移転するという事です。低金利・マイナス金利はその反対です。
企業が借金をしていることを前提にすれば、金利を上げれば、企業はコスト増と資金不足で活動しにくくなって景気が悪くなり、不況になって物価も下がります。
高度成長期、大蔵省(当時)の「法人企業統計」で、法人企業の自己資本比率の平均が13%(87%が他人資本という状態)といった時代には、金融引き締めはよく効いたようです。逆に金融を緩めると企業活動はすぐに活発になりました。
今では企業の自己資本比率も上がり、個人貯蓄は1800兆円などと言われるので、低金利の恩恵は限られ、高金利になった方が消費は増えそうです。
それなのに、政府・日銀は低金利、マイナス金利に固執しています。多分、いくら蓄積しても金利も付かないのなら、使った方が得だと感じて、経済活動が活発になると思っているのでしょう。しかし、蓄積社会ではこれは勘違いかも知れません( 低金利の罠)。
消費活動が活発になれば、消費者物価が上がる効果があるというのならば、定期預金に3%、5%の金利が付けば、消費は活発になりそうです。
しかし、黒田日銀は、異次元金融緩和・ゼロ金利政策で、現実に日本経済の復活を果たしました。これは紛れもない事実です。何故でしょうか? (以下次回にします)
物価とおカネの関係で伝統的な理論に「貨幣数量説」があります。通貨供給を増やせば、通貨と物のバランスが変わるから、物価水準は貨幣供給量の関数という説です。
単純に言えば、物の量が同じで、通貨供給が2倍になれば、物価は2倍になるという事で、最近でも「ヘリコプターマネー」などと言われ、ヘリコプターで紙幣をばらまけば物価が上がるはずと主張する人もいるわけです。
プリミティブな社会では通用したかもしれないこの理論は、庶民の知識が豊富になった今では、なかなか通用しません。
典型的な例を一つ挙げますと、日本では1980年代後半、大幅な金融緩和が行われました。アメリカから教えられたようですが、2つの「前川レポート」特に「 新前川レポート」の影響は強く、政府の方針で、金融機関は貸し出し競争に狂奔しました。
さぞかし物価が上がるだろうと思いきや、第一次石油危機でインフレの恐ろしさを熟知し、第二次石油ショックをインフレ高進なしで乗り切った日本人(労使)は、この金融緩和と経常経済を切り離し、消費者物価は極めて安定的で、カネ余りで高騰したのは不動産価格、ご存知の土地バブルでした。これは1991年のバブル崩壊で終わります。(これでまた日本人はバブルは良くないという知識を得ました。お蔭で異次元緩和がバブルに直結しません)
あの土地バブルの最中に、消費者物価が安定していたことについては日銀前総裁白川さんも 気付いていて指摘されていたのを記憶しています。
すでにこの時、日本はプラザ合意による円高で、主要産業の多くが競争力を失い、工場が海外に出ていき、製造業の空洞化が言われ、金融がいくら緩んでも、借金で投資や賃上げをして、これ以上コスト高になったら、やっていけないことを労使はともに知悉していたのです。こうした経験と知識の蓄積がインフレを阻んだのでしょう。
量的金融緩和は、それが所得(最大の所得は賃金)に繋がり、コストの増加につながらない限り、経常経済(実体経済)のインフレ化にはつながらないための条件が、労使や庶民の知識の中に整備されて来ていたのです(前回のタクシー運転手の言葉)。
では金融政策のうち、金利政策についてはどうでしょうか。
金利を高くすることは借金している人から、貯金している人に「富」が移転するという事です。低金利・マイナス金利はその反対です。
企業が借金をしていることを前提にすれば、金利を上げれば、企業はコスト増と資金不足で活動しにくくなって景気が悪くなり、不況になって物価も下がります。
高度成長期、大蔵省(当時)の「法人企業統計」で、法人企業の自己資本比率の平均が13%(87%が他人資本という状態)といった時代には、金融引き締めはよく効いたようです。逆に金融を緩めると企業活動はすぐに活発になりました。
今では企業の自己資本比率も上がり、個人貯蓄は1800兆円などと言われるので、低金利の恩恵は限られ、高金利になった方が消費は増えそうです。
それなのに、政府・日銀は低金利、マイナス金利に固執しています。多分、いくら蓄積しても金利も付かないのなら、使った方が得だと感じて、経済活動が活発になると思っているのでしょう。しかし、蓄積社会ではこれは勘違いかも知れません( 低金利の罠)。
消費活動が活発になれば、消費者物価が上がる効果があるというのならば、定期預金に3%、5%の金利が付けば、消費は活発になりそうです。
しかし、黒田日銀は、異次元金融緩和・ゼロ金利政策で、現実に日本経済の復活を果たしました。これは紛れもない事実です。何故でしょうか? (以下次回にします)