tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

政府経済見通しに見る賃上げ予測

2016年02月07日 18時31分00秒 | 経済
政府経済見通しに見る賃上げ予測
 春闘論議につて書いてきましたが、先月の22日発表の2016年度政府経済見通しの閣議決定版に雇用者報酬の伸びや、雇用の伸びの予測値が出ています。
 1月15日のこのブログで、閣議了解版の民間最終消費支出の予測など主な数字は見て来ましたが、特に賃上げに関わる来年度の政府見通しの数字を一応見ておきましょう。

 まず雇用者報酬で、これは、企業が支払う総額人件費の合計ということになりますが、閣議決定版の「対前年度増加率」は下記です(いずれも名目値)。
26年度(確定)    1.9パーセント
27年度(実績見込)  1.4パーセント
28年度(見込み)   2.5パーセント  

 次に雇用者数の伸びを見ますと
26年度(確定)    0.8パーセント
27年度(実績見込)  0.6パーセント
28年度(見込み)   0.4パーセント

 雇用者1人当たりの伸び(ほぼ平均的な賃金上昇に見合う)は、簡便算では「雇用者報酬の伸び—雇用者数の伸び」ですから、下記です。
26年度(確定)    1.1パーセント
27年度(実績見込)  0.8パーセント
28年度(見込み)   2.1パーセント
今春闘では昨年の2倍以上の賃金上昇(1人当たり総額人件費の上昇)を読んでいることになります。

 消費者物価の伸びは、26年度 2.9%、 27年度0.4%、 28年度1.2%ですから
 実質賃金の上昇は  26年度-1.8%、 27年度0.4%、 28年度0.9%です。
賃上げを大きく見込んでも、物価上昇にかなり食われるということになっています。

 一方、民間最終消費支出を見ますと28年度(来年度)は名目で3.0%、実質で2.0%と賃金の上昇より1ポイントほど大きな数字になっていますが、これは2017年度の消費税の引き上げを前に「駆け込み需要」があるという前提でしょう。

 そうであれば、その後はその反動減があるということになりそうですね。サラリーマン所帯の平均消費性向は、駆け込み需要の影響で一時的に上がるけれども、傾向的には低下の方向を辿るようですと、経済の好循環はますます遠くなるのが心配です。

2016春闘:経済の好循環、安定成長路線実現のために

2016年02月05日 09時37分47秒 | 経済
2016春闘:経済の好循環、安定成長路線実現のために
 今春闘について種々書いてきましたが、前回の最後に「政労使」の主張のうち、どれが経済の好循環、安定成長路線の実現に最も整合的かと書きました。
 出来るだけ客観的、公平に見ようとすると、労働組合(労働組合にもいろいろありますが連合とその傘下の組合)の主張に軍配が上がることになるようです。

 判断の理由はこうです。
 連合は、日銀の異次元金融緩和によって実現した「日本経済の正常な状態への復帰」を前提に、さらにその先、日本経済の安定成長に如何に繋げるかについて合理的な政策を提言していますが、政府と経団連にはそのあたり問題があるからです。

 アベノミクスに含まれる黒田日銀の金融政策による円高の解消で日本経済は生き返りました。先日の国会討論会でも自民党はそれを振りかざします。
 それはその通りで、だれも反対は出来ません。しかし今問題になっているのは、円高解消で日本経済には巨大な追い風が吹きwind-fall profitがありましたが、それが、順調に消費支出の増加やその後の経済成長につながっていないという点です。

 企業の利益が増えた、株が上がった、と主張しても、一方では、非正規雇用が増え、貧困家庭が増え、格差社会化が進行しています。
 そして格差社会化は、経済成長の阻害要因であることはすでに明らかです。

 政府が言い、経団連も(不本意ながら?)書いていますように、「昨年より高い賃上げ」で春闘を進めたら、結果はどうなるでしょうか。
 収益性の高い大企業では大幅な待遇改善(賃上げに加えてボーナス、家族手当、福利厚生…)が実現し、支払能力のない中小や不振企業では、昇給は厳しく、非正規雇用多用となり結果は格差社会化の一層の進展でしょう。

 労働市場は未曽有の活況ですが、新卒市場は別として、増加する中小企業の求人は非正規労働者に偏り、そうした状況の中では、多くの勤労者家計は将来不安・老後不安を強めるのではないでしょうか。

 アリ(蟻)型の日本人です、家計は将来不安に備える貯蓄優先の生活になり消費性向は低迷、消費不振は経済成長を阻害、経済好循環の実現からは遠ざかることになるでしょう。
 これでは、このところの問題状況、格差社会化進行の継続にしかなりません。

 政府、経団連が決定的に見落としているのは、「 消費性向低迷」という現実です。消費性向が下がれば、賃上げは消費につながらないのです。2015年の勤労者所帯の平均消費性向はまた下がったようです。

 この現状打開のために、連合は、サプライチェーン・バリューチェーン全体としての付加価値配分の是正と、ベースアップにこだわることで、格差社会を是正し、勤労者家計の将来不安の縮小(解消)を提言しているのです。
 消費性向を上げ、消費拡大を実現するにはこのプロセスが必須でしょう。

 その実現のために連合は「取れるところから取る」のではなく、敢て要求基準は日本経済の平均に合わせ、それで余裕のある企業は付加価値を下請けなど全体に均霑していくことを可能にするという姿勢です。
 多少大げさに言えば、そこには「国士」の気概を感じます。

 それに比べれば「昨年以上の賃上げ」の喧伝は、現状の分析も理論の裏づけもない些か能天気な主張に聞こえるといったら言い過ぎでしょうか。

2016春闘:経済成長と格差社会化阻止の関係から見れば

2016年02月03日 15時16分21秒 | 経済
2016春闘:経済成長と格差社会化阻止の関係から見れば
 これまで、今春闘への政府、労使の主張点を見てきましたが、端的に言ってしまえば、政府は、何はともあれ経済成長の促進で、そのためには賃上げが必要という主張でしょう。そして、経済が成長すれば、格差解消に繋がるとしているようです。

 これに対して、労使は、春闘で、企業が創出した付加価値を、「自分たちの責任で」、企業と働く人たちの間で、どう分配するかを決定する立場です。

 労働組合は、その中で、賃上げを取れるところから取って行こうと考えずに、すべての働く人達の賃金の底上げを重視しています。ベアにこだわるのはそのせいでしょう
 そのためには、業績好調のところを基準にするのではなく、日本経済全体の動向を基準にして、業績好調の企業の下受代金の改善なども含め、サプライチェーン全体のバランスの取れた収益性(付加価値生産性)の改善を目指し、それをベースアップによって働く者全体の賃金の底上げにつなげるという姿勢です。

 その点、経営側は、政府に気兼ねするのか、大手企業に、「総額で昨年以上の賃上げ」を要請するという形です。もちろん同時に従業員の健康維持、仕事と介護の両立、政府の育児・介護政策への積極対応、さらには非正規従業員(特に不本意非正規)の正規化促進にも言及して、格差縮小への姿勢も示しています。
 しかし、経団連自体が主要企業の組織体です。こうしたコストのかかる施策を中小企業でどう進めるかは、経営者のリーダシップ、生産性の向上の指摘にとどまっています。

 このように見てくると、政府は賃上げさえすれば経済の好循環は実現するとの単純な理解で、結果的に大企業の大幅賃上げ、格差拡大という結末を読めていません。
 一方、労働組合は格差社会化の最大の原因でもある企業間格差を縮小するために、あえて賃金要求を日本経済の平均に合わせ、収益性の高い大企業から中小企業への付加価値の均霑を企図し、格差社会化の阻止・是正に主眼を置いているように見えます。
 経営側は、両方の顔を立てるように、広く総てに言及しながら、最後は政府の顔を立て、「昨年以上の賃上げ」を主張していると誤解されるような形に、結果的になってしまっているように思われます。

 日本の経済社会をより良いものにするという本来の春闘の視点から見ると、これではなかなか議論はかみ合わないでしょう。
 経済が安定的に成長していくための条件の主要なものとして「格差の少ない社会」があります。最近の世界の主要国の格差社会化が、健全な経済成長の阻害要因であることは、ピケティーも含め多くの識者の警告している通りでしょう。

 政府の主張する「まず成長、だから賃上げ」では、経済も社会も良くならないようです。トリクルダウン仮説が否定されてきていますが、トリクルダウンは人間がその気になってやらなければ起きません。ただ待っていても「待ちぼうけ」でしょう。
 アダムスミスが「神の見えざる手」を言いながら、道徳の裏打ちがなければそれは実現しないと考えていたのと同じです。

 そして、格差の少ない、国民がみんな元気の出る社会になって、初めて持続的な健全な経済成長が可能なるのでしょう。
 そんな社会を作るために、労使が相互に一致点を見出すために真剣に意見を戦わせるのが春闘でしょう。

 さて、政府も介入している春闘の中で、こうしたあるべき姿に最も整合的なのは、政府、労働組合、経営者のうちどれでしょうか。

経済整合性と格差社会化阻止:労働組合の視点

2016年02月01日 10時51分25秒 | 経済
経済整合性と格差社会化阻止:労働組合の視点
 今春闘における労働側の主張は著しく冷静です。連合の新年会で、昨年は安倍総理が、今年は黒田日銀総裁が賃上げにエールを送りましたが、連合はさめています。エールを追い風に「大幅賃上げを!」などという姿勢は微塵もありません。

 連合の要求基準は、昨年は2パーセント以上でしたが、今年は2パーセント程度です。最大の単産であるUAゼンセンの要求基準は、昨年の3パーセントを下回る2パーセントと設定していますし、春闘のリーダーとみなされるトヨタ労組の要求は、昨年の6000円に対し今年は半分の3000円に決める方針と報道されています。

 なぜ労組は賃上げ要求基準を下げているのでしょうか。今の日本の労働組合には「多々ますます弁ず」といった非論理性は、どう見ても無いようです。
 経済情勢その他の環境条件を十分に考えた合理的な賃上げ要求にすべきだという極めて論理的、理性的、冷静な判断に立っているという印象です。

 なぜ昨年より低く設定するのかという理由については、
・昨年は消費増税で物価が大幅に上がって、ある程度は補てんする必要があったが、今年はその影響はない。
・昨年は円安による企業業績の思わざる向上があったが、今年からはその影響は消え、通常の経済に戻る。
・格差拡大を阻止するため、労働者全体の賃金を底上げすることが大事で、大企業の適切な行動、具体的には大企業の下請け単価の改善で、中小・下請け企業の支払い能力改善(サプライチェーン全体の底上げ)が必要になる。したがって大企業での目一杯の賃金引き上げは求めない
などが主な理由のようです。

 春闘が終わって結果がどう出るかはこれからの問題ですが、ここまで合理的な配慮をして賃金要求基準を組み立てる労働組合があるのは、世界広しといえども多分日本だけでしょう。
 こうした配慮は、明らかに、よりよい経済・社会を作るために、政府や経営者こそが考えなければならない領域に、労働組合がまず踏み込んだものと言えます。

 最近よく聞く意見に、「今の労働組合は弱すぎる」というのがあります。「失われた20年でずっと春闘もなかったから、春闘の仕方を忘れたのか」などといった揶揄もあるようです。

 しかし日本の春闘の歴史を見てくれば、今の労働組合の姿勢は、生産性三原則や経済整合性理論に則り、労使の信頼関係に基づく成熟した労使関係を、生真面目に維持・追求しようとしていることの証左と判断する方が妥当なのではないでしょうか。