「遠いのね」
「もうすぐですから、はい。
病院に近いものですから、どうしても引越すわけにいかなくて、母が通うにはどうしても近い所でないと」
申し訳なさそうに、竹田の声が小さくなっていく。
「なに言ってるの、そんなの当たり前でしょうに」。ぴしゃりと、小夜子の強い声が飛ぶ。
「あ、あれ、姉です。姉が手をふってます」
やっと現れた援軍を誇示するように、竹田の晴れ晴れとした声が車中に響いた。
「そんな大きな声を出さなくても。
お姉さん? あら、ほんとだわ。お姉さーん! お姉さーん! お姉さーん!」
車の窓から身を乗りだすようにして、小夜子も手をふぬった。
「小夜子奥さま、危ないですから。あまり乗り出さないでください。
怪我をされては、社長に叱られますし」
「小夜子さん、小夜子さん。あたしね、あたしね、こんなに元気になっちゃった。
ほらね、ほらね、こうやってピョンピョンができるようになっちゃった。
どうしよう、どうしよう。ね、ね、どうしたらいい?」と小夜子の肩をしっかりとつかんで、なんどもなんども飛びはねた。
「いいわよ、いいわよ。一緒にピョンピョンしましょ。お姉さんと一緒にこんなことができるなんて、ほんと夢みたい」
「おかげよ、小夜子さんのおかげ。ありがとう、ありがとう。
いくら感謝しても感謝しきれないわ。小夜子さんが励ましてくれたから、あたし、あたし、ここまでこれ……」
両の目から溢れでる大粒の涙が、勝子の声をおしながしてしまった。
「ちがうわ、ちがうわ。みんな、お姉さんのがんばりよ。
あたしは、ほんの少しお手伝いしただから。
母への孝行ができなかったあたしだけど、おかげで真似ごとをさせてもらえたんだもの。
あたしこそ、感謝させてほしいわ」
「さ、もうこの辺にしましょ。無理をして、ぶり返したらいやだから。
ね、こんど気候が良くなったら、デパート巡りしましょうよ。ね、お約束よ」
差し出された小夜子の小指に、勝子の小指がからまる。
「指きりげんまん、ウソ吐いたら針千本飲ーます」
思いっきりの笑顔を見せる小夜子だが、勝子の指からどか熱を感じた。
“だめだわ、まだ。こんなに熱があるのに外泊許可を出すなんて、どうかしてるわ医者も。
確認してみなくちゃ、これは。確か、お母さんのときだって。
良くなったって聞いたのよ。床上げも許されて、近付くことは許されなかったけど、顔色も良かったし。
でも、でも、そのすぐ後に。いえ! 大丈夫よ。きちんと治療しているんだから、大丈夫よ。
お母さんとはちがうんだから。武蔵が、大丈夫だって言ってくれたんだから”
小夜子の母とは比べるべくもないのだと思いいつも、一抹の不安が過ぎってしまう。
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