「それで期限は、とりあえず社長の終了宣言がでるまでだ。
といっても、二、三ヶ月のことだろうさ。相手がばんざいするよ、売上ゼロになっちまうんだから。
それに、ほかもいろいろと手を打つことだし」
顔の前で手をふりながら、五平がいう。自信たっぷりなその口ぶりに、安堵感がただよった。
しかしひとり竹田だけが納得せずに、なおも聞いた。
「どんな手ですか?」。場を去りかけた社員たちが、ふたたび視線を五平にむけた。
「なんだ、竹田。気になることでもあるのか?」
質問に答えることなく、語気をすこし強めた。
「はい。たぶんみんなもそうだと思いますが、そんなむちゃな攻勢をかけて、富士商会自体は大丈夫なのでしょうか?
専務、覚えてみえますよね。あの、給料の遅配にはじまって、その、一部の社員がやめていった……、あのときのようにもまた、なるんじゃないかと……」
真っ直ぐに五平の目をとらえる竹田からは、真剣さがひしひしとつたわってくる。
ほかの者たちの視線が、竹田に向けられた。そして“そうだよな”とうなずきながら、竹田にむけられた視線が五平にもどった。
「そうだな、もっともな質問だ。じつはな、おれもその点が気になってな。
で、社長をといつめた。社長のこたえは、じつに明快だった。『損して得とれ!』だとさ。
このことに成功すれば、いや当然に成功するけれども、その暁にはだ、」
「専務! そうじゃなくてですね、富士商会がもちちこたえられる保証があるのかと、それを聞いてるんです」
五平のことばをさえぎって、竹田がかみついた。
「竹田! お前、社長が信じられんのか? どうだ、どうなんだ?
いちいち数字をあげなきゃ、社長のことばが信じられんか?」
眼光するどく、五平の目力が竹田を射ぬく。
へびににらまれたかえるのごとくに、射すくめられた竹田。力なく「すみませんでした」と頭を下げた。
五平と竹田との間にただよっていた緊迫感から開放され、ほっ、と、安堵のため息がそこかしこからもれた。
「で、だ。そのあとは、富士商会の天下となるわけだ。
逆らう業者は、いっさい居なくなるというわけだ。
というのも、これを機会に、全業者の親睦会をつくりたいとおっしゃってる。
そしてだ、小売業者はもちろんだが、百貨店あいてにたたかいを挑むそうだ。
いまのようにバラバラの状態では、百貨店やら大手の小売業者やらに好きなようにやられてしまう」
大きく息を吸い込んで、真剣な顔つきをみせている全員に
「考えてもみろ。百貨店などは、在庫をもたずに商売をしている。場所を提供しているだけだろうが。
それで売上の数割を、上納金としてまきあげている。
まるでテキ屋の元締めといっしょだ。しかも、上代価格は百貨店さまのご意向しだいだ。
それに対抗するには、納入業者間でむえきな競争をしていちゃだめだというわけだ。
いいか、これは社外秘だぞ。家族にも話すな。事がなる前にもれたら、きっとつぶされてしまう。
この話だけでなく、それこそ富士商会もだ。いいな、きつくいっておくぞ」
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