夜の仕事は、思った以上に負担になっていた。どうしても、帰り着く時間が午前一時を回ってしまう。
家人の眠りを妨げないようにと、息を殺して歩くのだが、時として起こしてしまう。
奥方の咳払いに、肩を窄めることもしばしばだった。
「今帰ったのかね。ちょっと話があるから、書斎に来なさい」。
思いもかけぬ、加藤の声だった。躊躇しつつも、断るわけにはいかない。
“明日の朝では、だめでしょうか?”。喉まで出かかった言葉を、小夜子は飲み込んだ。
「遅くなりまして……失礼します」。
そっとドアを開けて、小夜子は深々とお辞儀をした。
加藤だけだと思っていた小夜子だったが、痛いほどの奥方の視線を感じた。
蔑みの色が、その目に宿っていた。
「いつまでも夜の仕事を続けるのは、どうだろうねえ。
聞くところによると、学校では居眠りが多いと言うじゃないか。
そもそも、女如きに何が出来ると言うのかね。
婦女子は、家庭に入るのが一番だよ。どうかね、故郷に帰ってどこぞに嫁いでは」
「そうですよ、小夜子さん。女はややを生んで、家庭を守るものですよ」
ソファに並んで座る二人から、辛辣な言葉を浴びせられた。
小夜子は入り口に立ち竦んだまま、うな垂れていた。
将来の見通しを持っている訳でもない小夜子には、耳の痛い言葉だった。
確かに毎日の睡眠時間が不足はしている。
休日を取ることのない生活を送る小夜子には、正直きつい。猛烈な睡魔に襲われることが、間々あった。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。
もう少しの間、お世話にならせてください。
出来るだけ早く、どこぞにお部屋を借りますので」
「いや、迷惑だと言ってるのじゃないんだ。第一、若い身空で一人暮らしなど、もっての外だよ」
「そうですよ、小夜子さん。そんなことは、させられません。世間体と言うものがありますからねえ」
思いもかけぬ小夜子の返事に、二人は慌てた。
しかし小夜子は、「いえ、もう当てがありますから。この月内には、移り住めると思います」と、勝ち誇ったように言い放った。
実のところは、当てがある訳ではなかった。加藤家での息詰まる生活に、耐えられなくなっていた。
「当てがあるとは、どういうことかね?」
「はいっ。お店のお客様のご紹介で……」
「み、店の客とは、どういうことだ!まさか、その、なんだ、ふしだらな関係……」
気色ばむ加藤に対し、小夜子は言葉を遮って叫んだ。
「ち、違います! あの方は、そんなお人じゃありません! 足長おじさんです、あたしにとって」
憤然とした面持ちで答えた。武蔵が現れてからというもの、日々の給金が増えていた。
確かに煙草の売り上げが上がっていることは分かっているが、それにしてもと思われた。
つい先日に、
「社長がね、少し援助してくれてるの。『もっと出しても良いぞ』と言うのを、あたしが止めているんだよ。
負担に感じない程度にさせているんだ」と、梅子から聞かされた。
「気にすることはないからね。その分はしっかりと働いているんだ。
女給じゃないあんたが相手をしてやっているんだから」。
そう梅子に言われれば、確かに……と思えもする。
武蔵が遊びに来れば、小夜子は煙草を売ることができなくなるのだ。
家人の眠りを妨げないようにと、息を殺して歩くのだが、時として起こしてしまう。
奥方の咳払いに、肩を窄めることもしばしばだった。
「今帰ったのかね。ちょっと話があるから、書斎に来なさい」。
思いもかけぬ、加藤の声だった。躊躇しつつも、断るわけにはいかない。
“明日の朝では、だめでしょうか?”。喉まで出かかった言葉を、小夜子は飲み込んだ。
「遅くなりまして……失礼します」。
そっとドアを開けて、小夜子は深々とお辞儀をした。
加藤だけだと思っていた小夜子だったが、痛いほどの奥方の視線を感じた。
蔑みの色が、その目に宿っていた。
「いつまでも夜の仕事を続けるのは、どうだろうねえ。
聞くところによると、学校では居眠りが多いと言うじゃないか。
そもそも、女如きに何が出来ると言うのかね。
婦女子は、家庭に入るのが一番だよ。どうかね、故郷に帰ってどこぞに嫁いでは」
「そうですよ、小夜子さん。女はややを生んで、家庭を守るものですよ」
ソファに並んで座る二人から、辛辣な言葉を浴びせられた。
小夜子は入り口に立ち竦んだまま、うな垂れていた。
将来の見通しを持っている訳でもない小夜子には、耳の痛い言葉だった。
確かに毎日の睡眠時間が不足はしている。
休日を取ることのない生活を送る小夜子には、正直きつい。猛烈な睡魔に襲われることが、間々あった。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。
もう少しの間、お世話にならせてください。
出来るだけ早く、どこぞにお部屋を借りますので」
「いや、迷惑だと言ってるのじゃないんだ。第一、若い身空で一人暮らしなど、もっての外だよ」
「そうですよ、小夜子さん。そんなことは、させられません。世間体と言うものがありますからねえ」
思いもかけぬ小夜子の返事に、二人は慌てた。
しかし小夜子は、「いえ、もう当てがありますから。この月内には、移り住めると思います」と、勝ち誇ったように言い放った。
実のところは、当てがある訳ではなかった。加藤家での息詰まる生活に、耐えられなくなっていた。
「当てがあるとは、どういうことかね?」
「はいっ。お店のお客様のご紹介で……」
「み、店の客とは、どういうことだ!まさか、その、なんだ、ふしだらな関係……」
気色ばむ加藤に対し、小夜子は言葉を遮って叫んだ。
「ち、違います! あの方は、そんなお人じゃありません! 足長おじさんです、あたしにとって」
憤然とした面持ちで答えた。武蔵が現れてからというもの、日々の給金が増えていた。
確かに煙草の売り上げが上がっていることは分かっているが、それにしてもと思われた。
つい先日に、
「社長がね、少し援助してくれてるの。『もっと出しても良いぞ』と言うのを、あたしが止めているんだよ。
負担に感じない程度にさせているんだ」と、梅子から聞かされた。
「気にすることはないからね。その分はしっかりと働いているんだ。
女給じゃないあんたが相手をしてやっているんだから」。
そう梅子に言われれば、確かに……と思えもする。
武蔵が遊びに来れば、小夜子は煙草を売ることができなくなるのだ。
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