昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (百十一 )

2021-06-24 08:00:56 | 物語り
正三からの恋文を読み終えた小夜子は、思わず小躍りした。
すぐにも逢いたいと言う気持ちを抑えることが出来なかった。
早速にも返書をしたためようと思ったのだが、封書にも便箋にも住所の記載がなかった。
逓信省宛に、とも考えてはみたが、所属部署が分からぬ郵便物では正三に届くかどうか怪しく思えた。

“書き忘れかしら……それとも、意図してのことなの?”。
小夜子は、恨めしくその便箋を見つめた。
“どうして、逢いに来てくれないの。
妻として迎えてくださる気持ちがお有りになるのなら、万難を排してでも……。
あの方なら、きっと、来て下さるでしょうに”。

突然に、小夜子の脳裏に武蔵が浮かび上がった。
あの夜以来、三日と空けずに通ってくる武蔵だった。
女給たちが多数押し掛けても、小夜子だけとの会話を楽しんでいく。
そして三度に一度は、小夜子を連れ出した。

 昨夜もそうだった。
「小夜子ー、居るかー!」
 フロア中に響き渡る武蔵の声に、顔を真っ赤にした小夜子が武蔵のボックスに来た。
「お願いですから、大声で呼ぶのは止めて下さい」

「いや、止めん。小夜子に、悪い虫が付かないようにしてるんだ。
小夜子は、可愛い娘だ。いつ何時、小夜子を狙う不逞の輩が現れるやも知れん。
俺の贔屓だと知れば、手を出す男もおらんだろうから」

 懇願する小夜子に対し、武蔵は快活に笑いながら答えた。
武蔵を取り囲む女給達も、今では小夜子に悪感情を抱く者は居なくなった。
皆、微笑ましく二人の痴話話を聞いている。

「もう、悪い虫は付いてるだろうが。タケゾー虫が」
 梅子が、ニコニコと席に着く。わざわざ武蔵と小夜子の間に、割り込んで座り込む。
小夜子に対する思いやりではなく、武蔵への援護射撃なのだ。
ギラギラとした武蔵からの風を、和らげているのだ。

「どうだ? 愛しい彼からは、連絡は来たのか? 
もうこっちに、来ている頃だろうに」。
半ばからかい気味に言う武蔵だったが、みるみる小夜子の顔が曇った。
「こりゃ、いかん。俺が悪かった、勘弁してくれ。
入省早々というのは、何かと忙しいもんだ。
なにせ、華の官吏様になったんだからな」

「ほらほら、ジュースがないぞ!」
 フロアのボーイに、梅子が怒鳴る。
「それとも、迷子になっているのかもしれんぞ。
キチンと住所は書いたのか? 番地を間違えたりすると、届くまでに時間がかかるぞ」。
無言を通す小夜子に対し、武蔵は何度も言葉をかけた。

突然に小夜子が、梅子の胸で泣きじゃくり始めた。
先夜の加藤の小言が思い出されて、溢れる涙を止めることが出来なくなった。


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