「お上手ですね、坂本さん」
飛びっきりの笑顔でもって褒めた。
「なによ、あんた! 盗み聞きかい。いやらしいわね」 . . . 本文を読む
思いもかけぬ言葉に、耳を疑うほのかだった。
「あなたをね、自分の娘さんのように感じたのじゃないかしら。はいはいって、いつも素直なあなたがね、身内だったら…って思ったのよ、きっと。 . . . 本文を読む
缶コーヒーで喉を潤しながら、奥村の話が続いた。
「そのことはね、坂本さん自身も覚悟はされていたの。
でもね、面と向かって言われるとね、さすがに腹が立つわよね。
お義理だけでも、『一緒に暮らさないか』って、言って欲しかったのじゃないかしら」
大きくため息を吐いて、奥村がまた話し始めた。
「元々、親子関係は良くなかったみたい。
退職後に奥さんと離婚されてね、息子さんは奥さんの味方をされたみた . . . 本文を読む
ベテラン看護師の奥村が、
「大変だったわね。でも隙を見せたあなたにも、責任の一端はあるのよ。そこのところは、キチッと自分の中で消化しなくちゃね。あの坂本さんって、入所当時はキッチリしたお方だったんだけどね…」 . . . 本文を読む
施設の事務室でのことだ。
「怖い思いをさせたわね。しばらくお休みしなさい。
特別休暇をあげるから、自宅に戻りなさい。
これからのことも含めて、じっくり考えなさい」
主任介護士に声をかけられるほのかだが、恐怖心が消えぬ今、道子に会いたかった。
道子の胸で泣きたかった。
「お兄さんね、お母さんに言われて様子を見に来たんだって。
大丈夫よ、事件にはならないから。今、施設長が警察でお願いしてい . . . 本文を読む
「鈴木さん。坂本さんを連れてきてくれる。お願いね」
ほのかにとって一番の苦手なのだが、主任の指示では従わざるをえない。
「坂本さん、坂本さん」
声をかけても、坂本は素知らぬ顔をしている。 . . . 本文を読む