16日(日).わが家に来てから今日で748日目を迎え,主人に成り代わってお薦めコンサートをピーアールするモコタロです
アンサンブル・オペラの頂点 モーツアルト「コジ・ファン・トゥッテ」だよ,いかがっすか!
閑話休題
昨夕,サントリーホールで東京交響楽団の第645回定期演奏会を聴きました プログラムは①ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」,②ショスタコーヴィチ「交響曲第10番ホ短調」です
①のヴァイオリン独奏はイザベル・ファウスト,指揮は東響音楽監督 ジョナサン・ノットです.これは,東響創立70周年記念ヨーロッパ公演と同一プログラムによるプレコンサートです
1曲目のベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」は,ベートーヴェンが作曲した唯一のヴァイオリン協奏曲です ピアノ協奏曲は5曲も作曲しているのとは対照的です
この作品は1806年11月下旬から2月下旬にかけて作曲(作曲者36歳)され,同年12月23日にウィーンで,フランツ・クレメントのヴァイオリン独奏により初演されました
その後ベートーヴェンは初演の時の反省を踏まえ,パート譜を改良し1808年に完成させています
この作品が再評価されるきっかけになったのは,その約40年後の1844年にメンデルスゾーンの指揮,巨匠ヨーゼフ・ヨアヒムのヴァイオリン独奏によって取り上げられた演奏会だと言われています
モーツアルト以来の天才と呼ばれたメンデルスゾーンは,有名な「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽八重奏曲」をはじめ数々の名曲を作曲したばかりでなく,J.S.バッハの「マタイ受難曲」の蘇演など音楽史に大きな役割を果たしました
私はメンデルスゾーンの音楽が大好きです
さて,この曲は第1楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」,第2楽章「ラルゲット」,第3楽章「ロンド・アレグロ」の3つの楽章から成ります
オケの面々が入場し 配置に着きます.どこか変です ノット・システムでは左奥にコントラバスが配置され,ヴァイオリン・セクションが左右に分かれる対向配置をとりますが,今回はコントラバスがステージ中央・後方の壁側に横一列に並んでいます
これは東響の態勢としては極めて異例です.来週からのヨーロッパ演奏旅行に備え,欧州諸国のコンサートホールをイメージして,低音部の配置を考慮したのかもしれません
さらに,トランペットは古楽器で演奏するようです
また,ティンパ二も現代のキンピカの大きなものではなく,黒塗りの小ぶりの楽器を使用するようです
コンマスはグレブ・二キティン,その隣にはもう一人のコンマス水谷晃がスタンバイします
「サウンド・オブ・ミュージック」のヒロインを演じたジュリー・アンドリュースにちょっと似ているイザベル・ファウストが,黒と臙脂を基調とするエレガントなステージ衣装で登場します 彼女は1987年レオポルト・モーツアルト・コンクール,1993年パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝している実力者で,ベルリン・フィルをはじめ世界の有名なオーケストラと数多く共演しています
第1楽章が,今月20日に定年を迎える奥田昌史氏のティンパ二の4つの音で開始されます いつものティンパ二と違い,どちらかと言うと乾いた軽い音がします
ノットはオケに古楽器奏法特有のアクセントを付けたメリハリのある演奏を求めます
イザベル・ファウストはどうやら弱音の美しさが特徴のヴァイオリニストのようです
フォルテは強く感じません.弱音は最弱音と言っても良いほどですが,しっかりと耳に届きます
あらためて彼女の使用楽器を調べてみるとストラディヴァリウス『スリーピング・ビューティー』(1704年製)とありました.なるほど,強音で驚かせてはいけません
ビックリしたのは第1楽章のカデンツァです.今まで一度も聴いたことがないメロディーです しかも,時にティンパ二が入ってきてヴァイオリンと対話します
すごく印象的なカデンツァなので,いったい誰が作曲したのだろう?と疑問に思いました
後で休憩時間にロビーの掲示で確かめたら,ベートーヴェン自身がこの曲をピアノ協奏曲として編曲した作品のカデンツァであることが分かりました
第2楽章「ラルゲット」はまさにイザベル・ファウストの本領発揮といったところです 弱音から最弱音にかけた「スリーピング・ビューティー」は比類のない美しさです
第3楽章「ロンド」の冒頭,ヴァイオリン独奏による嵐のような音楽はいったい何だったのでしょう
多分 楽譜にはない即興(あるいは前述のピアノ版のフレーズか?)だ思いますが,衝撃的な演奏でした
演奏直後は拍手とブラボーの嵐でしたが,個人的には独特のカデンツァの印象が強く,ノット+東響の見事なサポートと相まって,まるで初めて聴く曲のように感じました
イザベルは繰り返されるカーテンコールに,ギュマン「無伴奏ヴァイオリンのためのアミューズ作品18」から1曲を演奏し 再び大きな拍手に包まれました
休憩後のショスタコーヴィチ「交響曲第10番ホ短調」は1953年のスターリンの死去を契機として,その年の夏から秋にかけて集中的に作曲されましたが,最近の研究では作曲の着手はもっと早い時期(1946年頃)だったのではないかとする説が有力になっているようです この曲は東京交響楽団が1954年に日本初演を行っている歴史的なプログラムです
この曲の特徴として言えるのは,第2楽章「アレグロ」は,ヴォルコフ著「ショスタコーヴィチの証言」によれば「スターリンを音楽的に描写したもの」だということ,第3楽章に作曲者自身の名前のドイツ語綴りD.SCHostakovichによる音名象徴「レ・ミ♭・ド・シ」を潜り込ませていること,さらに,その当時想いを寄せていたモスクワ音楽院の教え子エルミーラ(EL'MIRA)の名前を「ミ・ラ・ミ・レ・ラ」と音名に読み替えたフレーズを音楽に潜り込ませていることです
ショスタコーヴィチは1954年3月の作曲家同名の公開討論会における いわゆる「第10論争」で,「この作品の中で,私は人間的な感情と情熱を描きたかった」と述べています つまり,この曲はスターリンがらみの政治的な意図で作曲されたとする説よりも,エルミーラに対する想いを込めて極めて個人的な動機から作曲されたとする説の方が有力であること示しています
オケは拡大しフルオーケストラの態勢です.ティンパ二とトランペットは現代の楽器に代わっています
ノットのタクトで第1楽章「モデラート」が開始されます 序奏のあと,第1主題がクラリネット首席のエマニュエル・ヌヴ―により演奏され,次いで第2主題がフルート首席の甲藤さちにより演奏されますが,この二人の演奏はニュアンスに満ちた素晴らしいものでした
次いでファゴット首席の福士マリ子が主題を繰り返しますが,この演奏も素晴らしかったです
第2楽章「アレグロ」は小太鼓の刻みに乗って管弦楽が嵐のように荒れ狂います ヴォルコフの「ショスタコーヴィチの証言」に即して言えば「スターリンに率いられたファシズムの怒涛の行進」でしょうか
この楽章は「アレグロ」というよりも「プレスト」で駆け抜けます.東響はノットの超高速ペースに良くついて行きます
第3楽章「アレグレット」は,ホルンによって前述のエルミーラのテーマが12回繰り返されます ホルン首席ジョナサン・ハミルの演奏は出だしが若干引っかかりましたが,後は無難にまとめました
第4楽章「アンダンテ~アレグロ」では,序奏部のオーボエ首席・荒木奏美,ファゴット首席・福士マリ子,フルート首席・甲藤さち,クラリネット首席・エマニュエル・ヌヴ―,ピッコロの高野成之の演奏が光っていました 弦の低音が腹の底に響いてきます
コントラバスを壁際に並べることにより音の反射で低音部を強調する意図は見事に成功したと言えるでしょう
フィナーレはジョナサン・ノットの情熱的な指揮のもと”ショスタコービチ音型”が執拗に繰り返されクライマックスを迎えます
会場いっぱいのブラボーと拍手の嵐です ノットは何度もカーテンコールで呼び戻され 聴衆の歓声に応えていました
楽員たちからも大きな拍手を受け 嬉しそうな表情を見せるノットを見て,彼と東響との信頼関係が一層深くなっていると感じました
この勢いでヨーロッパ演奏旅行に出発してほしいと思います