先日、夕ご飯を中華街へ食べに行った。
この間読んだ「無国籍」という本のお店。
夫と待ち合わせしてたのだが、店に現れた夫の手にはその本があった。
著者のご家族であるお店の人に本を見せて感想を伝えようということらしい。(もちろん、私も感想は伝えるつもりだったのだけど、ご本人は今海外にいらっしゃると翻訳者である友人に聞いていたので、本を持っていこうとまでは思わなかった)
注文をすませて、お店の人に本を見せて
「読みました!すごく感銘を受けました」
などと話してたら、
「さっきまで本人いたんですよ。一時帰国していて今夜の飛行機でまた戻るんです。またあとできますから、ゆっくり食べていらしたら会えるかも。」
とのこと。
なんと!
会えるかも。
そしたら、直接本の感想が伝えられるじゃないか!
ラッキー。
ゆっくり食事していたら、果たしてご本人登場。
彼女を訪ねてきたお友達もいらしたり、お客さんの中には顔見知りの人もいるらしく、あちこちから引っ張りだこの様子。
そんな中、わたしたちのテーブルにも来てくれた。本の感想や大学のこと、本に出てくるお父様のお話などして、本にサインをもらった。
お店には中国語版もあり、翻訳をした友人のこととか、なぜ翻訳が出ることになったかなどを聞いた。(中文版も買ってそっちにもサインもらった^^)
よく知らなかったが、私の友人は日本に留学していた10数年前、何かの調査でこのお店を訪ねてお父様にインタビューをしたことがあったのだそうだ。その後友人は台湾に帰国し、さらにアメリカに渡り、いまは台湾に戻っている。
あるとき、ある台湾大学の先生が来日中に陳天璽さんの「無国籍」をたまたま本屋で手に取って、読んだのだそう。そしてぜひ台湾で出版したいと思ったらしく、その翻訳を私の友人に頼んだらしい。私の友人も学生時代に会ったことのある家族の話でもあり、喜んで引き受けたのだそうだ。
この本にも登場するそのお父さんにご挨拶したいと思っていたが、その日は、旅立ち前の一家団欒になるだろうし、あんまりお邪魔しても申し訳ないと思って、店を出てきた。そうしたら、道の途中でお父さんと陳天璽さんが一緒にいるところにばったり出くわした。
ラッキー!
99歳になるとはとても思えない、かくしゃくとしたご様子に圧倒されて思わず「握手してください!!」とお願いした。
満州~台湾~日本と激動の時代を生き抜いてきた、力強さと温かさを感じる大きな手。感激した。またお店に行ったらご挨拶しよう。
陳天璽さんとそのまま道端で立ち話(忙しいのにすいません)
で、話はいま彼女が滞在しているマレーシアのジョホールバルのことになった。
「ジョホールバルには友人居るんですよ。あちらの華人と結婚してて・・・」
というと
「え?日本人ですか?もしかして私その人に会ったことあるかもしれないです」
まさかね。
と思ったが、彼女の家族構成とかを話していくと、どんどん条件が当てはまる。
えええ?
ほんとうに、私の友人と陳天璽さんの言う人物は同じだった。
おなじマレー語のレッスンを受けてるのだそう。マレーシアに住んでる日本人だってたくさんいるはずなのに、なぜ知り合いがつながるんだ?!
世間は狭い。
というか、きっとこの人とは縁がつながっているってことなんだろう。
30歳を過ぎるころから、こういう体験を幾度となくするようになってきた。
知り合う人と何重にもつながっていることがわかるとか、
同じ人に「なぜここで?」というような再会をするとか、
そんな時は、きっと前世からの縁でつながってるんだろうと思うことにしている。
陳天璽さんともそのご縁のなかにいるのかもしれない。
「請指正」と書いてある。
意味が分からずたずねると「YOKOさんは(大学の)先輩ですから、間違いがあったら指摘してくださいという意味です」とのこと。辞書で調べたら「ご叱正を乞う」というのが載ってた。「叱正 」も知らない言葉だった 。使うことないものね。
大いに苦笑したのでした。
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