2008年6月24日(火)08:15 (産経)
□「新政権待つ猶予なし」
米国の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)問題に終わりが見えない。住宅価格の下落は続き、ローンの焦げ付きで差し押さえとなった空き家は住宅街に増殖を続ける。主要大統領候補は救済策を打ち出すが、マイホームを失う危機にある借り手は「新政権を待つ猶予もない」と憤っていた。(米東部メリーランド州コロンビア 渡辺浩生)
◇
街路樹の緑がまぶしい平穏な住宅街。その一角にある黒人女性ベロニカ・ピーターソンさん(45)宅は1月下旬、住宅ローンの焦げ付きで差し押さえられた。競売にかけられたが、買い手は現れていない。
「フォークロージャー(差し押さえ)」の看板もなく、一見普通の民家と変わらない。「差し押さえは周辺の住宅価値も下げるから、住民は話題にするのを嫌うのです」。ベロニカさんは今もここで4人の子供とひっそり暮らす。
サブプライム被害者を支援する非営利団体「ACORN」の助言を受け、地元のハワード郡巡回裁判所に4月、差し押さえ無効を求める訴訟を起こした。保育士として自宅で託児所を営み、生計を立てている。立ち退きの瞬間に生活の道が断たれてしまう。
■重なる不幸
「いくつもの不幸が重なった」。離婚後間もない2006年11月、長年暮らしてきたアパートが建て替えとなり、近くの中古の一軒家を購入。54万5000ドル(約5600万円)。ローンは2種類。金利も固定で8・5%と11・7%。しかも2年後に変動金利になるサブプライムだった。
当時の月収は約4500ドル。月の返済額は4450ドル。しかし、「6カ月後にもっと低金利のローンに借り換えられる」という金融機関の担当者の電子メールに「半年我慢すれば」と思ってサインした。
しかし、翌年2月、運営する託児所への州の補助金支給が、行政側の事務処理ミスで遅れたのをきっかけに支払いに行き詰まった。金融機関に条件変更を願い出た。「月額3600ドルを2カ月続けて期限前に支払ったら要請を検討してもいい」。こんな通知書が届いたが支払える額ではない。
新たな計画に従い、負債を返済する破産法13条の適用も裁判所に却下された。銀行と借り手の合意で、ローンの残高よりも低い値段で家を売却し、負債を帳消しにする米国特有の「ショート・セール」という制度にも金融機関は応じてくれなかった。
同年秋、民間金融機関の連合体が共同でサブプライム対策を始めた。借り換えや条件変更を促して「120万人が差し押さえを回避できる」(ブッシュ大統領)対策だ。しかし、すでに返済が滞っていたベロニカさんは対象外だった。
全米で1~3月の差し押さえ件数は前年比112%増の65万件。ミシガン州などでは、主婦が差し押さえになった自宅に放火する事件も発生。「すべてから逃げ出したい気持ちは私にも分かる」とベロニカさん。
■救われぬ国民
3月中旬、米連邦準備制度理事会(FRB)は、サブプライム関連の損失で破綻(はたん)寸前となった証券大手ベアー・スターンズに290億ドルを特別融資して救済した。
「まじめに働いても家を失う国民は、なぜ救われないのか」。ベロニカさんの嘆きは、同じ差し押さえの危機に直面する数十万人の無力感を代弁している。
米議会は今、連邦住宅局(FHA)が総額3000億ドルの保証を付与することで、返済に困った借り手に低利・固定型のローンへの借り換えを促す法案を審議しているが、大統領は拒否権を行使する姿勢だ。
民主党の大統領候補指名が固まったオバマ上院議員、同じく共和党候補のマケイン上院議員も「借り手支援は最優先課題」と口をそろえるが、ベロニカさんには来年1月まで待つ時間はない。壁にかけられた家族の写真を外す日が、もう来るかもしれない。
「家庭、子供の将来、そして街を壊す。サブプライムは国民に向けた大量破壊兵器にほかならない」
□「新政権待つ猶予なし」
米国の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)問題に終わりが見えない。住宅価格の下落は続き、ローンの焦げ付きで差し押さえとなった空き家は住宅街に増殖を続ける。主要大統領候補は救済策を打ち出すが、マイホームを失う危機にある借り手は「新政権を待つ猶予もない」と憤っていた。(米東部メリーランド州コロンビア 渡辺浩生)
◇
街路樹の緑がまぶしい平穏な住宅街。その一角にある黒人女性ベロニカ・ピーターソンさん(45)宅は1月下旬、住宅ローンの焦げ付きで差し押さえられた。競売にかけられたが、買い手は現れていない。
「フォークロージャー(差し押さえ)」の看板もなく、一見普通の民家と変わらない。「差し押さえは周辺の住宅価値も下げるから、住民は話題にするのを嫌うのです」。ベロニカさんは今もここで4人の子供とひっそり暮らす。
サブプライム被害者を支援する非営利団体「ACORN」の助言を受け、地元のハワード郡巡回裁判所に4月、差し押さえ無効を求める訴訟を起こした。保育士として自宅で託児所を営み、生計を立てている。立ち退きの瞬間に生活の道が断たれてしまう。
■重なる不幸
「いくつもの不幸が重なった」。離婚後間もない2006年11月、長年暮らしてきたアパートが建て替えとなり、近くの中古の一軒家を購入。54万5000ドル(約5600万円)。ローンは2種類。金利も固定で8・5%と11・7%。しかも2年後に変動金利になるサブプライムだった。
当時の月収は約4500ドル。月の返済額は4450ドル。しかし、「6カ月後にもっと低金利のローンに借り換えられる」という金融機関の担当者の電子メールに「半年我慢すれば」と思ってサインした。
しかし、翌年2月、運営する託児所への州の補助金支給が、行政側の事務処理ミスで遅れたのをきっかけに支払いに行き詰まった。金融機関に条件変更を願い出た。「月額3600ドルを2カ月続けて期限前に支払ったら要請を検討してもいい」。こんな通知書が届いたが支払える額ではない。
新たな計画に従い、負債を返済する破産法13条の適用も裁判所に却下された。銀行と借り手の合意で、ローンの残高よりも低い値段で家を売却し、負債を帳消しにする米国特有の「ショート・セール」という制度にも金融機関は応じてくれなかった。
同年秋、民間金融機関の連合体が共同でサブプライム対策を始めた。借り換えや条件変更を促して「120万人が差し押さえを回避できる」(ブッシュ大統領)対策だ。しかし、すでに返済が滞っていたベロニカさんは対象外だった。
全米で1~3月の差し押さえ件数は前年比112%増の65万件。ミシガン州などでは、主婦が差し押さえになった自宅に放火する事件も発生。「すべてから逃げ出したい気持ちは私にも分かる」とベロニカさん。
■救われぬ国民
3月中旬、米連邦準備制度理事会(FRB)は、サブプライム関連の損失で破綻(はたん)寸前となった証券大手ベアー・スターンズに290億ドルを特別融資して救済した。
「まじめに働いても家を失う国民は、なぜ救われないのか」。ベロニカさんの嘆きは、同じ差し押さえの危機に直面する数十万人の無力感を代弁している。
米議会は今、連邦住宅局(FHA)が総額3000億ドルの保証を付与することで、返済に困った借り手に低利・固定型のローンへの借り換えを促す法案を審議しているが、大統領は拒否権を行使する姿勢だ。
民主党の大統領候補指名が固まったオバマ上院議員、同じく共和党候補のマケイン上院議員も「借り手支援は最優先課題」と口をそろえるが、ベロニカさんには来年1月まで待つ時間はない。壁にかけられた家族の写真を外す日が、もう来るかもしれない。
「家庭、子供の将来、そして街を壊す。サブプライムは国民に向けた大量破壊兵器にほかならない」