「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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ああ~ああ~疲れ…

2006-05-31 | ●介護録(~2015.2月)
デイのない日は疲れる。けど、毎週のことだから慣れているんだけどね~

今夜は、せっかく布団を敷いたのに、全部片づけちやう母。
「もう夜だからさ、敷いておこうよー」と言えば
「そうだよ、寝るよ」と威張っているんたけど、「だから、敷くわけにはいかないでしょ」ってさ……なぜ??????

もう一度敷いてみる…が、またすぐ片づけられてしまった。

うっーーーーイライラ……と思っていたら


クボタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ストライク、入らないじゃんよ~~~~
あーあ、逆転だよ

ハムも4-0だったのに逆転されたし…新庄君のHRが出たのにさ~~

こんな日は、「たかが野球」と思うのだ。
明日は「されど野球」といえますように…


コソコソ介護

2006-05-30 | ●介護録(~2015.2月)

母が認知症でなく、身体介護が中心ならよかったのに…とおもうことがある。
身体介護はそれはそれで大変だと思うのだけど、「ちゃんとしたコミュニケーションが出来ていいな」とか「最後まで親子のままいられるし」とか思ってしまう。
そういう、認知症には望めない部分を見ちゃうのね

よく、感謝の言葉をかけられて、それで報われたと思えた、なんて話も聞くけど、私の場合、それはない。
感謝されたいってわけじゃなく、そういう普通のコミュニケーションが出来ていいなってことと、感謝されないまでも、通じ合っていれば介護だってやりがいもあるかも…ってこと。

そんなことを考えていたら、頭に出て来た言葉が「コソコソ介護」

私は、母がふとんを敷こうとする前に敷く。それは絶対に見つからないようにコソコソっとやらなきゃならない。たまに、タイミングがなくて母が敷いてしまったら、それが正しい敷き方ならよいけど、そうでないときは、トイレに行ってる時などに敷き直す。

母が食器洗いを始めたら、コソコソっと洗剤を洗い桶に入れたり、スポンジを洗う食器の上に置いてみたり、保存する残りものだけ先にコソコソっと冷蔵庫へ入れる。

母の下着は、パシャマに着替えてくれた時のみ、コソコソッと新しいものに替える。

デイの準備もショートの準備も前日もしくはその日の朝にコソコソっと行い、鞄は母の目に触れないところに隠しておかなきゃ、さあ出発って時に、見あたらない…ってことにもなる。

母がなにやら片づけもの始めたら、後でコソコソっと元に戻す。
例えばパジャマは寝るときに必要なのに、引き出しに片づけてしまう。いざ寝る時には、いつもの場所にないため、本人は混乱し、あの服、この服、その下着……を出しては、どれを着て寝ればいいんだろうってことになる。

全てがこんな感じで、母より先回りして整えておいたり、目に付かないように片づけておいたり、何もなかったように元通りにしたり…。なんでもコソコソなのだ。.

私の介護は名付けて「コソコソ介護
皆様の介護はどんなかんじ?


♪私怒ってます~

2006-05-29 | ●介護録(~2015.2月)
なんでかなー別にいつものことなんだけど、ものすごーーーく、怒ってます。

天気のせいかな~
体調のせいかな~

ご飯支度していたら、なぜだが、糸、糸、糸……うちには母が洋裁していた関係で、いろーんな糸が山ほどある……をケースごとテーブルに置く母。
こんな時、「糸、何に使うの?」なんて会話を始めてさ、「そうなの、でも、今、○○だから、糸は××でいいんじゃない~」なんて、上手に糸への執着をほかにそらせばいいんだよね

そう、私も分かるのさ、それくらいは。

だ・け・ど………。
ムカムカムカムカ~~~~っとしている私は、出された糸たちを、定位置に戻す。それもきちんと片づけたのではないので、当然、母の目に付き、母はまたそれをテーブルに持ってくる。
私はまた引き出しの上にドンと置きに行く。
再び、母がテーブルに広げる

バカみたい。
分かっているけど、何度がそれを続けちゃった。
そして、最後に
「ご飯食べるのに糸なんていらないでしょ。そんなところに置かないで」とやってしまった。
母は負けてなかった。
なにやら理屈をこね、テーブルの下に置いて、これから必要だとかなんとか言っていた。

後はモクモクとご飯食べた。

テレビでは万引きGメンの話。
ハイ、私、万引き娘にされてしまいました。

「うちの娘はこれから大きくなるのに、あんなオジサンが万引きしているのを見たら、私もやろうっておもうのではないか、困った」って。
話はだんだん変化して、最後にはすでに万引きしてしまった子にされ、祖母まで巻き込んで大騒ぎになっているらしい。先生に相談しようか、世間体がどうの、と、ああまったく………私っていったい……

ブラウス脱いで下着姿で茶碗洗いを始めた母。

先日は買ったばかりの洗剤を全部シンクにぶちまけた母。油断もすきもない。
最近多いコンパクト型だったし、ボトルがピンク色だったので、ジュースとでも思ったのか。
その後、昔ながらの形のモノにしてみたが、それでも、それが洗剤だとすぐには分からない。

洗剤キャップははずされ、スポンジをちぎって詰めてある。
計量カップはどこ?
冷蔵庫の中には食器がたくさん。
フキンがなくなるのは毎日のことだし。

うーーー今日はどうしても、あらゆることに腹が立つ

携帯から

2006-05-28 | ●介護録(~2015.2月)
お腹が痛くて、痛くてキツイよ~(病気ではありません)金、土、日…もう嫌~~(ノ_・。)
天気も悪いし、今日は日曜日だし…何が起こるかわからないし。
それに…叔母問題もあり、頭がもやもや。
ただ一つ、トラが首位になってた♪桧山様が活躍してた♪小さな幸せ…ああ~小さすぎ(>_<)

複雑なある夜の会話

2006-05-25 | ●介護録(~2015.2月)
ある夜母が言った

母「Aちゃん、どこで寝るの?」
私「あっちの部屋でベッドで寝るよ」
母「じゃ、こっちで私はA子と寝るわね」

このとき、私=A子は二人存在していたことになる。

母が問いかけた相手である実在の私と、母の中に存在していたもう一人の私。

果たして、実在の私は母にとって何者だったのか。
母の中にいたA子は、いつの時代の私だったのか。

「ああ、そう~」とイイながら、ドーンとため息が出てくるよ。
慣れたけどさ……。
ここまでキレイに、はっきりくっきり「私」が複数存在してしまうと、なんだか、コワイよ。

二人のA子…それが母には「幸福」なんだろうか。

☆……☆……☆……☆……☆……☆……☆……☆……☆

今日は夢にヨン様が出てきちゃったよ~
なんで4様?(←めれさんにならって、4様と書いてみました(^^ゞ)
ビョンビョンの方がいいのになぁ~
4様とは、片言の韓国語+日本語で会話しちゃったわ。何話してたかはすっかり忘れたけど、すごくくだらない日常会話だった気がする。
チョコレート食べてたかも。

R・レッドフォード「二重誘拐」

2006-05-25 | ■Music・Book・Movie

私、スキなんだけどな。年を重ねても渋いとか、貫禄あるとか、ダンディだとか、頼りがいもありそうで、年配の男優が主演っていうの。

でも、この映画は……ひよっとすると、わざと、シワとかなんとか隠さないふうに撮ったのかなって思うくらいに、ああ~老けちゃって…って感じしかなくて。

そんなこんなで退屈して、ほかのことをしながら見たので、なんだかよくわからんうちにラスト。
二重誘拐の意味もわかんないまま。どなたか教えて。

ある年代になったら、白髪か多少ハゲたほうが素敵なのか??
レッドフォートの変わらぬ金髪が、なんか浮いて見えた。

うーーん、私が感じとれたのは、順風満帆に見える初老夫婦にも闇があり、けどそれもまた夫婦の歴史…ってとこでしょうか???
とにかく、つまんなーーーーい。


夕食に一句

2006-05-23 | ●介護録(~2015.2月)

卵を1個、器と一緒に渡して「卵を1個割って」と頼んだ。
ついこの間までは、割って混ぜて、「ココに流し入れて」と言えばそこまでちゃんと出来た。

この日の母

「カラはどうするの」と私に言う
「カラ?」
割るだけだから、カラなんてなんの問題があるんだろう?と思うばかりの私。
「ただ普通に割るだけだから。」

「分かってる」という母の動作は、ゆで卵を剥く状態。
器もムシして、手にした生卵をマジで剥いている……。 (゜o゜)ヾ(--;オイオイ...何をする気よ………卵が卵がぁぁぁ
思わず取り上げてしまった。

このややこしい夕食作りを回避する方法は、外食か出前か中食ばかりにしてしまうこと。あるいは、デイの日は、母が帰る四時半までに全てを作り上げること。

この翌日、また卵割りを頼んでみた。なんの問題もなく昔と同じ手際だった。
一歩進んでは半歩戻り…ってところでしようか

   卵割る 母を横目に 炒め物 メニューはいつも ため息大盛り
                                        ……字余り



今夜の野球は良かったね~~トラもハムも♪
両方スキな私にとっては、トラはハムのライバルロッテを、ハムはトラの目の上のたんこぶ巨人を倒すという、オイシー展開。

それにそれに、今夜はDH桧山サマが勝ち越しHR

 


幸福の反動

2006-05-22 | ●介護録(~2015.2月)
ショートの日の幸福の後には覚悟していたとおりの反動がある。

四時半きっかり帰ってきましたよ。
(ちょっとくらいゆっくり帰ってきても~~と心で思う)

母よ、あなたの辞書には「疲れ」という文字はないのか?

「ご飯、なにするの?何作る?何買ってきたらいい?どうするの?」…etc.

「うーーーーうるさーーーーーい」と叫びたい心。
まだ四時半だちゅうの。
心配なくてもちゃんと飯は作っちゃる!

ああーああー二泊三日、ゆっくりした分だけ反動が大きい。
いつもの五倍くらい大きなため息が……。

始まったぜ!!いつもの日々が。

ショートの日の幸福

2006-05-21 | ●介護録(~2015.2月)
母を送り出した後、ベット上でボォーーーー
Netの海をウロウロ、ウロウロウロ。
あっ、もうすぐ昼になる……と思っても焦らない。

あ~~こんな感覚が、たったこれだけが、なんて幸福

だって時間はたっぷりあるんだもん。
いつもみたいに四時半までじゃないんだもん。

夕方になってからスーパーに行っても時間は気にしなくていい。
夜になってから、雑用をゴソゴソやってても問題ない。
物音に目を覚ますこともなく、心ゆくまで寝た寝た寝た

昨日は、夕方、友人と待ち合わせて、ファイターズ応援ツアーの切符を取りに行ったよ。
「S指定席3塁側Bゾーン63通路 14列 67番」……ってどこだろな。北ゲートだって。 

夜の外食だって久しぶり

心地いいんだよ~時間を気にせずに過ごせる一日って。
これはちよっと、経験した人でないと分からない感覚だろうな~。
学校や仕事で拘束されているのとはまったく違う感覚…ホントに幸せ~って思えるよ、たったこれだけのことなんだけど



若年性認知症の特集が…

2006-05-20 | ●介護録(~2015.2月)
最近テレビで若年性認知症の特集を続けて見ました。
(以前よく使われていた「若年性アルツハイマー」ではなく「若年性認知症」といっていた)

働き盛りに起こるだけに、収入の問題や、受け入れ先の問題など高齢者の認知症以上に悲劇的だったりする。

紹介されていた一人目の女性は、4年程度で寝たきりになった。問題行動もいろいろ見られたようだし、早い段階で言語不明瞭だったりと、これは家族は大変だったろうな…と思う。最初のうちは認知症という診断も下されなかったらしい。

二人目の男性は、まだ初期と思われた。記憶障害しか目立った症状はない。
この方の場合、自分が認知症であること自覚している。
記憶が保たないこと、失われていくことを自覚している。だからご自分で「字も読めなくなるかな」とか「朝起きたら、家族のこと自分のこと覚えているか、と思う」などと語っていた。
大きな問題行動がないせいか、奥様もおだやかに対応していたけど、「認知症を自覚している夫」を支えるというのも辛いことだろうなーと思う。

認知症がどんなものか伝えるためだろうけど、取材スタッフが、いちいちその男性に言ったり、聞いたりするのが気になった。

「歯磨き…またされたんですか」とか「今、何を作るんですか(料理が趣味でスパゲティを作るといって用意していた時)」とか。
当然、その方は二度目の歯磨きに自分では気づいてなかったし、何を作るつもりだったか分からなくなって混乱していた。
何もいちいち声をかけなくても、その状況を映し出すだけで十分伝わるのに。

考えすぎ?
どうせ、それもすぐ忘れるからいいの?私が身内だったらイヤだ。

「こんなに大変なんですよ~」って、伝える側は他人事だもの。誰も、自分が認知症になるなんておもってない。人間はそんなもんだよね。
私だって、きっと、自分は認知症にならないぞ…って思ってるよ、きっと……言い切れないのは、目の前で母がこうなってるから、一般の人よりはやや高く確率を感じているというだけのこと。