昨日は、「ドイツ統一の日」でした。 1990年10月3日東西ドイツが45年ぶりに統一され、ドイツ連邦共和国が誕生しました。 ベルリンの壁が崩壊してからわずか11ヶ月後でした。 実は、私は学生時代ドイツ文学を専攻していました(今となってはすっかり忘れていますが・・・) 学生時代、教授のツアーでヨーロッパを回り、私たちドイツ語班9名でドイツの3ヶ所の地方都市や町を、1ヶ月ホームスティしました。 私がドイツを訪問した時は、まだドイツは統一されていなく、最後の滞在先のアーヘンから、ボランティアの学生さんに引率してもらい、西ベルリンに行きそこから東ベルリンを半日観光に行きました。 西ベルリンの街は、とても刺激的な都会でしたが、東に入ると閑散としていて、ブランデンブルグ門だけが、勇壮に聳え立っていた記憶があります。 ナチがユダヤ人を毒殺するのに使った部屋も行きましたが、これは西ベルリンだったかな? 東ベルリンは、初めて訪れる社会主義国家でしたから、私達はかなり緊張していました。 不要に走ったり、大きな声を上げるのもいけないような気がしていました。 西ベルリンに1泊し、その夜オペラを見る予定になっていました。 アーヘンの学生さんを入れて10枚のチケットが同じ時間に取れなくて、5名づつに分かれて見に行くことになり、最初の時間帯で見る5名が先に西ベルリンに戻り、残り5名は東ベルリンにもう少しいてから、西に戻ることになりました。 私たち9名のうち一人だけ男子学生がいましたので、彼を含む5名と、アーヘンの学生を含む5名に分かれて東ベルリンを出ようということになりました。 最初に出たのは、アーヘンの学生を含む5名で、こちらは何の問題もなく西に戻りオペラを堪能し、ホテルに戻ったようです。 私は後半のグループで、頼りになるはずの男子学生(言葉は一番出来たので)が、本当にマイペースな子で、東ベルリンを出るイミグレーションで、「あ、パスポートがない!」と言い出す始末・・・ 残り4人は、冷や汗たらり・・・このまま戻れなかったらどうしようと一瞬真っ青になりました。 私たち全員で彼のバックから、全て出してやっと見つかったからいいものの、生きた心地がしませんでした。 東ベルリンのイミグレーションの人たちは、みんな暗い表情で、難しい顔をして、当時21歳の私としては本当に怖かった・・・多分怖いというイメージで見ているからだと思います。 それなのに、私はパスポートを出す番になって、イミグレの人と目が合ったとき、なぜか、クスッそ笑ってしまったのです。 人間って極度の緊張のとき、笑ってしまうのかな? 周りの友達は驚いて、あきれていたけど、あの強面のイミグレの人も私につられて笑ってしまいました。 本当は、やさしいおじさんだったのか、何も知らない東洋の娘だからおおめにみてくれたのか、どちらかだと思います。 そんなんで、無事に西にもどりオペラを最前列でみましたが、前衛的な話で、早口ドイツ語はさっぱりわからず、緊張感がほぐれたせいか、ほとんど終わるまで寝てしまいました。 時々、役者の発する大きな声に驚き目をさましたぐらいです。 私たち5人は、パスポートが一時みつからなかったり、私がイミグレーションで笑ってしまったりを乗り越え、無事にオペラを見て、わかりにくいホテルにたどり着いた事で、かなり興奮していました。 先にホテルに戻って就寝中の友達に、「うるさいよ!」って叱られました。 だって、ホテルに戻ったのは夜中でしたから。 東西の分裂とベルリンの壁、そこに暮らす人々の苦悩や悲しみを真のあたりにしましたので、1989年のベルリンの壁の崩壊はとても興奮して、歓喜の気持ちで中継を見ました。 本当にうれしかった、やっとドイツも終戦を迎えることができると思いました。 ホストファミリーが、ドイツ統一の記念切手を送ってくれたので、今でも大切に保管したいます。 「ドイツ統一」の日に、学生時代の旅を思い出しました。 旅はいいですね、いいことも失敗談も後になると楽しい思い出です。 いつか、統一されたベルリンに行ってみたいです! |
*~*~*~ アミの想い ~*~*~*~*~*
大切な人たちとの楽しいおしゃべり、幸せな時間
自然の恵みに感謝と喜びあふれる豊かな時間
私たちの笑顔、喜び、幸せが地域に波及して
明るい未来につながることを心から祈っています。
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