毎年の事だが、この時期は忙しくなる時期で今週は後半より日曜まで予定がありブログアップも出来ないであろう。先日筆者も歳なので、愈々引退の時期か等と話すと、笑いながらお客様に「引退は死んだ時」と言われた。身体が動けば十分理解できる話でもあろう、共産主義国家では考えられない、自由国家で生まれたことの喜びと思い現役を続けることもアンチアイジングの秘訣かも知れない。
この二人も先の大戦を凌いだ平和な世界での演奏公開され、今改めてこの二人の奏でるヴァイオリン・ソナタを聴く。
第2次大戦後のチェンバロの復興者として名を知らしめた、ズザナ・ルージイチコヴァーの演奏は好きで良く聴くが、フリュート、ヴァイオン、チェロ等とのオブリガートチェンバロとしての演奏も大変優れている、特にスークとの演奏は三回程行われている、しかし筆者は今回のJ.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタは知らなかったが、ヴィオラ・ダ・ガンハの変わりにヴァイオリンでの演奏は大変興味深く、CDを探すが検索結果英国での販売されていたので、早速取り寄せて見ました。到着まで約一週間ほどで到着しました。
拙宅のIIILZ Monitor Goldのユニット接続部分の欠落で音の棚がりに不安であった箇所を処置して略二週間ほど過ぎ音が切れる症状は異常はなくなり、使用した
レプトンパワーコンダクターグリースには静電気除去の効能があり以前と比べ音の通りが良くなった様に感じる。
勿論ドライブするアンプはZaika5300(300B相当)のシングルアンプ最大出力は8W程度ではあるが、音質、音量は十分である、タンノイユニットの能率94dBと程よい能率である。
現在テストケースで筆者の好きな曲を中心い聴いている。以前から好きなスークとルージチコヴァーはバッハのオブリガート・チェンバロ付きの6曲のヴァイオリン・ソナタ集を2回録音しているが、むしろこのコンビはヘンデルのヴァイオリン・ソナタ集の方が、おおらかで音楽の豊かさを示している様に感じたのは筆者だけであろうか。
以前もこのブログで紹介しましたが、重複してます。
ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集
1710年製の銘器ストラディヴァリウス《レスリー・テイト》を弾くスークと、同じくチェコの名女流ハープシコード奏者、ルージィチコヴァの共演するヘンデルのヴァイオリン・ソナタ。ストラディヴァリウスの艶やかで美しい音色とヒューマンな暖かさに満ちた演奏は、ヘンデルの幸福感溢れる世界を豊かに描いています。筆者は特に第4番 ニ長調 Op.1-13が好きで良く聴きます。
ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ集(全6曲)
1. 第1番 イ長調 Op.1-3
2. 第2番 ト短調 Op.1-10
3. 第3番 ヘ長調 Op.1-12
4. 第4番 ニ長調 Op.1-13
5. 第5番 イ長調 Op.1-14
6. 第6番 ホ長調 Op.1-15
【演奏】
ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
ズザナ・ルージッチコヴァー(チェンバロ)
【録音】
1975年
2017年9月27日没の ズザナ・ルージチコヴァー(Zuzana Ruzickova)。チェコの女性ピアニスト。1927年1月14日生まれ、2017年9月27日没。
1927年、彼女はチェコ人の父とユダヤ人の母のもと、チェコの第4の都市、プルゼニで生まれました。初めはピアノを学びましたが、彼女の才能に驚いたピアノ教師のすすめでチェンバロに転向しました。その後、ワンダ・ランドフスカに師事することが決まりましたが、1939年にナチス・ドイツがチェコ全域を占領したため実現しませんでした。
1942年に彼女の一家はユダヤ人だったためテレージエンシュタットに移送されます。1943年に彼女の父は亡くなり、その後、母親とともにアウシュヴィッツ・ビルケナウ、ベルゲン・ベルセンへと移送されました。彼女は各収容所で想像を絶する残虐行為を目撃してきましたが、ベルゲン・ベルゼンについては「それまでも地獄だったが、ここは最悪の地獄だった」と述懐しています。
ホロコーストを生き残ったルージイチコヴァーはチェコスロヴァキアに戻り、体力の回復と音楽の勉強の遅れを取り戻し、プラハ音楽院に入学。1951年には音楽院で教職に就き、作曲家のヴィクトル・カラビス(1923-2006)と出会い、1952年に結婚しました。チェコスロヴァキア国内では共産主義体制に協力しなかったことから、活動をかなり制約されていましたが、1956年にミュンヘン国際コンクールで優勝すると、外国からの出演オファーが届くようになり、バロック音楽復興の旗手として活躍するようになりました。そして、1989年のビロード革命時にはプラハ音楽院とチェコ・フィルのストライキに主導的に関わりました。晴れて民主化が成ると、彼女は長く教職に就きながら、与えられなかった「教授」の肩書を初めて得ることができました。
1942年に彼女の一家はユダヤ人だったためテレージエンシュタットに移送されます。1943年に彼女の父は亡くなり、その後、母親とともにアウシュヴィッツ・ビルケナウ、ベルゲン・ベルセンへと移送されました。彼女は各収容所で想像を絶する残虐行為を目撃してきましたが、ベルゲン・ベルゼンについては「それまでも地獄だったが、ここは最悪の地獄だった」と述懐しています。
ホロコーストを生き残ったルージイチコヴァーはチェコスロヴァキアに戻り、体力の回復と音楽の勉強の遅れを取り戻し、プラハ音楽院に入学。1951年には音楽院で教職に就き、作曲家のヴィクトル・カラビス(1923-2006)と出会い、1952年に結婚しました。チェコスロヴァキア国内では共産主義体制に協力しなかったことから、活動をかなり制約されていましたが、1956年にミュンヘン国際コンクールで優勝すると、外国からの出演オファーが届くようになり、バロック音楽復興の旗手として活躍するようになりました。そして、1989年のビロード革命時にはプラハ音楽院とチェコ・フィルのストライキに主導的に関わりました。晴れて民主化が成ると、彼女は長く教職に就きながら、与えられなかった「教授」の肩書を初めて得ることができました。
チェンバロ奏者ズザナ・ルージチコヴァー弟子であり新世代のチェンバロ奏者1984年テヘランに生まれたイラン系アメリカ人チェンバロ奏者マハン・エスファハニ(Mahan Esfahani)は、2009年のロンドン・デビュー以降急速にその地位を確立しました。バロックとミニマルを対比させた衝撃的なArchivデビュー盤『現在も過去も』の絶賛に続き、DG/Archivから実に36年ぶりとなるチェンバロによる《ゴルトベルク変奏曲》をリリース。作品に散りばめられた万華鏡のような多彩な表現を、優雅な気品を湛えた躍動を以て確信に満ちた演奏で紡いでゆきます。最新録音のため実に新鮮な演奏は是非お試し頂きたい。
J.S. Bach: Goldberg Variations, BWV 988 - Aria(Mahan Esfahani)
その後J.S. バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ BWV 1014-1019(全6曲)
ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
スザナ・ルージチコヴァー(チェンバロ)
録音:1986年(デジタル
スークとルージチコヴァーはバッハのオブリガート・チェンバロ付きの6曲のヴァイオリン・ソナタ集を2回録音している。1回目は1969年のパリでのセッションだが、この2枚組は86年の再録音の方になる。こちらの方が旧エラート盤より音質は向上しているが、演奏上の解釈はそれほど変わっていない。美音家のスークらしく艶やかな音色と、流麗な奏法で歌い上げるヴァイオリンに、ルージチコヴァーが軽快な呼応をするという愛らしい演奏だ。ただしバッハの音楽的な深みの追求や、特有の緊張感という点シェリング、ヴァルヒャ盤には及ばない。またルージチコヴァーが弾くモダン・チェンバロの音色が、やや人工的な響きでピリオド楽器による今日のバロックのアンサンブルに慣れた耳からすれば、時代を感じさせずにはおかないのは残念だ。むしろ彼らのヘンデルのヴァイオリン・ソナタ集の方が、おおらかで音楽の豊かさを示している。
ヨゼフ・スーク(Josef Suk )。チェコの男性ヴァイオリニスト。1929年8月8日生まれ。2011年7月6日没。
作曲家・ヴァイオリニストのヨゼフ・スーク(1874~1935)の孫、作曲家アントニン・ドヴォルザークの曾孫としてプラハで生まれた。ヤロスラフ・コチアンから、7歳のときから個人的にヴァイオリンを師事した。1945年に高校を卒業すると、プラハ音楽院に入学し、ヤロスラフ・コチアン、ノルベルト・クバート、カレル・シュネベルグなどの教師に師事した。1949年にはパリとブリュッセルに派遣され、チェコの若い世代のヴァイオリニストを代表して活躍した。プラハ音楽院を出た後、プラハの舞台芸術アカデミー(AMU)で4期、マリー・フルーニヴァー、アレクサンドル・プロチェクの両教授に師事したが、学業を終える前に、当時、軍事的・政治的な学校であったAMUに抗議したため停学になった。コシツェの軍部に配属されるという処分を受けた。陸軍の芸術家中隊に入って、そこで2年間の兵役期間をヴァイオリンを弾いて過ごした。1950年から1952年まではプラハ・カルテットのプリマリウス、1953年から1955年まではプラハ国立劇場のドラマチック・オーケストラのコンサート・マスター、1957年まではアーミー・アーティスト・カンパニーのソリストとして活躍。1954年11月6日のプラハでリサイタルを開催し成功を収めた。1958年にはドイツ、オランダ、ルーマニアに加え、フランス、ベルギーでも演奏した。1961年には、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のソリストに任命され、多くのツアーやリサイタルに参加した。また、世界の一流オーケストラ、指揮者、解釈者と協力し、数多くのレコーディングを行った。
ドビュッシーとヤナーチェクのソナタ、ヤン・パネンカとミロシュ・サードロとのドヴォルザークのドゥムキー・トリオ、リボル・フラヴァチェク指揮プラハ室内管弦楽団とのモーツァルトのヴァイオリン・コンサート全集、ベルクのコンチェルト、マルティヌーのコンチェルトなどの録音で、グランプリ・デュ・ディスクを受賞。ヴィオリストとしても活躍し、モーツァルトのシンフォニア・コンチェルタンテをヴァイオリンとヴィオラの両方のパートを演奏して録音している。ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団とは、ベルリオーズの「イタリアのハロルド」を録音した。 バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの世界最高の解釈者の一人と称された。ヴォルザークのヴァイオリン協奏曲の録音は、彼の模範的な演奏として名高い。1979年から1986年までウィーンの音楽大学で教鞭をとった。ソロ活動の傍ら、室内楽にも力を入れていた。学生時代(1950~52年)にはプラハ・カルテットのプリマリウスを務め、1951年には友人のイリ・フビチカ(ピアノ)、サシャ・ヴェチュトモフ(チェロ)、後にヤン・パネンカ(ピアノ、その後ヨゼフ・ハーラに交代)、ヨゼフ・フッフロ(チェロ)とともに、祖父の名を冠したスーク・トリオを結成した。スーク・トリオは国内外で多くのコンサートを行い、多くの曲を録音した。後にピアニストとなったヤン・パネンカとは、ベートーヴェンのソナタ全集を録音し、ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタを最初に録音した。ヴァイオリニストとしては、スメタナ四重奏団に第2ヴァイオリンとして参加している。また、チェンバロ奏者のズザナ・ルジッチとのパートナーシップも注目すべきものでした。ピアニストのZuzana Ruzickova(ズザナ・ルージチコヴァー)とは、長年にわたり多くのコンサートの中で、バッハやヘンデルのソナタなどの録音を行った。また、ルージチコヴァーの夫であるヴィクトル・カラビスからもソナタを献呈されている。ブラームスのトリオやソナタを録音で、ユリウス・カッチェンやヤーノシュ・シュタルケルと協力している。1974年には、祖父ヨセフ・スークの生誕100年を記念して、スーク室内管弦楽団を設立した。2000年までリーダー兼指揮者として活躍した。功労芸術家、1977年からは国民芸術家の称号を授与された。2002年にはレジオン・ドヌール勲章を授与された。
この二人の演奏は、秋空の様に透明で澄み切ったような感じの様に思う。
今回は海外の英国からCDを入手した。チェコの名手、ヨセフ・スークとズザナ・ルージイッチコヴァは1960年代からの共演で多くのバロック作品の録音を残してくれた。ルージイッチコヴァの演奏を初めて耳にしたのはランパル、スーク、プラハ合奏団との『ブランデンブルク協奏曲第5番』で、彼女の颯爽とした華麗なソロに惹かれ、その後にリリースされた『ゴールトベルク変奏曲』も期待を裏切らない素晴らしい出来栄えだった。当時はピリオド楽器による演奏はまだ少数派で、彼女の楽器も16フィート装備のモダン・チェンバロだったが、今でこそいくらか違和感が感じられる音色と音量も、新鮮なバロック音楽に飢えていた者には渇を癒す鮮烈な響きだった。スークとはバッハとヘンデルのヴァイオリン・ソナタ集及びモーツァルト初期の同曲集、そしてシュタルケルとはこのCDと同様の3曲のヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタのチェロ版を録音している。
ohann Sebastian Bach: Sonatas BWV 1020, 1022, 1027-1029
1.Sonata in G Minor, BWV 1020 (Transcribed for Harpsichord and Viola): I. [Allegro] 4:05
2.Sonata in G Minor, BWV 1020 (Transcribed for Harpsichord and Viola): II. Adagio 2:59
3.Sonata in G Minor, BWV 1020 (Transcribed for Harpsichord and Viola): III. Allegro 5:18
4.Sonata in F Major, BWV 1022 (Transcribed for Harpsichord and Viola): I. [Largo] 3:44
5.Sonata in F Major, BWV 1022 (Transcribed for Harpsichord and Viola): II. Allegro e presto 2:51
6.Sonata in F Major, BWV 1022 (Transcribed for Harpsichord and Viola): III. Adagio 2:16
7.Sonata in F Major, BWV 1022 (Transcribed for Harpsichord and Viola): IV. Presto 1:42
8.Sonata No. 1 in G Major, BWV 1027 (Transcribed for Harpsichord and Viola): I. Adagio 3:41
9.Sonata No. 1 in G Major, BWV 1027 (Transcribed for Harpsichord and Viola): II. Allegro, ma non tanto 3:26
10.Sonata No. 1 in G Major, BWV 1027 (Transcribed for Harpsichord and Viola): III. Andante 2:44
11.Sonata No. 1 in G Major, BWV 1027 (Transcribed for Harpsichord and Viola): IV. Allegro moderato 3:10
12.Sonata No. 2 in D Major, BWV 1028 (Transcribed for Harpsichord and Viola): I. Adagio 1:55
13.Sonata No. 2 in D Major, BWV 1028 (Transcribed for Harpsichord and Viola): II. Allegro 3:29
14.Sonata No. 2 in D Major, BWV 1028 (Transcribed for Harpsichord and Viola): III. Andante 4:52
15.Sonata No. 2 in D Major, BWV 1028 (Transcribed for Harpsichord and Viola): IV. [Allegro] 4:06
16.Sonata No. 3 in G Minor, BWV 1029 (Transcribed for Harpsichord and Viola): I. Vivace 4:57
17.Sonata No. 3 in G Minor, BWV 1029 (Transcribed for Harpsichord and Viola): II. Adagio 5:20
18.Sonata No. 3 in G Minor, BWV 1029 (Transcribed for Harpsichord and Viola): III. Allegro 3:40
収録曲は5曲で、3曲の『ヴィオラ・ダ・ガンバとオブリガート・チェンバロのためのソナタ』と2曲の編曲物で構成されている。このうちBWV1020はフルート・ソナタト短調、またBWV1022の方は偽作とされているヴァイオリン・ソナタヘ長調が原曲で、後者はスコルダトゥーラ調律が要求される曲なのでソロ・パートはト長調で書かれているが、実際には全音下の調が響くことになる。
スークのヴィオラでの演奏は大らかな優雅さに満ちていて、アレンジによる違和感が全く感じられないばかりか、バッハの音楽の融通性とその包容力に今更ながら驚かされる。
ガンバとの奏法の違いについて無知な筆者にはどちらがより弾き易い楽器なのか判断しかねるが、音量的にも潤沢で何よりも彼の演奏には円熟期の余裕がある。一方ルージイッチコヴァはレジスターの使用をかなり制限して、低いヴィオラのソロを引き立てているし、それぞれの声部も明瞭に感知させている。彼らのバッハのヴァイオリン・ソナタ集ではチェンバロのレジスターをいじり過ぎた感が否めないが、ここでのアンサンブルは両者のごく妥当なバランスが保たれている。
聴き終わりヴィオラ・ダ・ガンバ独特の唸るような低域の音がヴァイオリンの音に置き換わっている事にお気づきの方もおられるのであろうが、このコンビの奏でる円熟した響きが忘れさせてくれるのであろう。
現在使用のユニットはコーンの張りを出す為に渋柿のエキスを塗りました。また最近の修復したIIILZ Monitor Goldユニット接続部分は良くなって、試聴はヴァイオリンの音色が正に丁度良い塩梅でもあろう。ブラボー!