夏のにおい。
葛のにおい。
なつかしいにおい。
あれは、小学生の頃。夏休み、学校のプールの帰り。
田んぼのあぜ道をじりじり照りつける太陽の中歩いた日の記憶。
そこらじゅうで感じた甘い香り。
ゆっくり歩くと片道1時間の道のりをてくてく歩く。
その間に何度もしたにおい。ずっと漂っていたにおい。
葛のつるの伸び方は強靭で、道の傍の大木も、コンクリートで固めた土手もなんなく覆い尽くしていた。
こわいような不思議な胸騒ぎのする、でも吸い寄せられるにおいだった。
母になって、子どもが小さいころ、夏のお散歩でこのあたりを歩いたときも感じたにおい。
ニュータウンの開発真っ只中で、夏になれば造成された土地の土留めに広がっていった葛のつる。
つないだ子どもの小さい手が汗ばんでいたのを思い出す。
砂遊びの道具や足でこいで乗る手押し車とともによみがえる思い出。
隣の空き地に大きな葉っぱをつけた蔓が広がったときは閉口した。
なんてったって、カメムシが好んでやってくるから。洗濯もののところにも飛んできて、ヘタするとにおいが付いてしまう。難儀だった。
数日前、家の周りを歩いているとふと見つけた葛の茂み。
私の何倍もの高さで生い茂っている。
隣の電信柱も順調に占領されてしまっていた。
つる物はなんとなく怖い。できれば近くを通りたくない。でも、ついいつもとちがう通りを通ったら、遭遇してしまった。
でも、なつかしさは香りとともによみがえり、息を吸い込んでみた。
もう少ししたら、きれいな花がめだつほどに咲くだろう。そして、香りももっと強く広がるだろう。
その前にまだほのかな、夏に感じるなつかしい、葛のかおり。