今朝は太陽の光があたたかくやわらかで、木々の緑が風に揺れてとてもさわやかです。
洗濯物を干しながら眼下の緑をしばし眺める。
うちの物干し場の真下は庭が広がってるので、柵にもたれて見ているととても気持ちいいんです。
小学校の時から視力が悪かった私は眼科に定期的に通っていたのだけれど、そのたびに「遠くの緑を見なさい」と言われて、勤勉真面目な子どもだったので言われるとおりに「絶対よくなる」・・・と信じて、遠くの山をよく見ていました。
二階の自分の部屋の窓から見えるのは、京都の西山の山並み。それから田んぼ。近くの木々。
どれも好きで、でも結局視力は上がることはなく、眼鏡をかけ始めてからもよく見ていました。
そのおぼろげな景色の記憶を今朝ふと思い出しました。
好きだったなあ。あの、育ったところが。
そういえば、ぼおっと眺めながらいつも心の中で何かしらしゃべっていた。
あの頃も、ひとりの時間が好きだった。
あー、いつになったら私は京都を泣かずに思い出せるのだろう。
今は人の手に渡ったあの家の二階の窓から、その家に今住む人も山の緑を眺めるだろうか。
そして、何を思うだろうか。
うるんできた緑の色に、あーこんなことしてちゃいけない、今日もフル回転だとわれに帰り、コーヒーでも入れようと慌てて台所に立ちほっと一息。
でも、それが昨日京都展で買った前田珈琲の豆だと気づき、なんだかまた湿っぽくなっちゃった私でした。
さ、もう一杯。気持ち入れ替えて、午前中にひとつ、原稿書き片付けよ。