『七久保に〔禄代塚〕っていうとこがあるって聞いたんだけど?』
「おー、〔禄代塚〕なら、お宮からぐねぐねと坂を登って行くと、
左に別れ道があるが、そっちにはいかんで、少し右の方へまたぐねぐね登って行くと、
布里から来る道にぶつかるで、そこを左のほうにちょっといったところに、
馬頭観音が祀ってあるで、そっから三百メートルぐらい荒原のほうに行くと、
道端に大きな石の塚があるで、どおせんでもわかるわ」
と、簡単な地図を描きながら、七久保の太田さんが教えてくれた。
十時を少し過ぎていたが、小一時間で行けると聞いて、昼までには戻れるだろうと
行ってみることにした。太田さんが〈ぐねぐね登る〉を二回言っていたので、
気にはなっていたのだが、案の定、雁峰線からツルネまでの上りは半端ではない。
とても一気には登れない。一人では心細くなって何度か引き返そうと思ったが、
一度は〔禄代塚〕を見ておきたいという思いが勝った。途中、息が切れて二度休む。
七久保でもクマを見かけたという噂を思い出して、また急ぎ上った。
漸く、頂上に辿りつき、一休みして南に百メートル程進むと馬頭観音があった。
やれやれ、ここで間違いない。木に覆われているが背後の切り立った岩盤が
鏡岩に違いない。驚いたことに、ツルネの道は近頃は殆ど人通りが無いはずだが、
道の体をなしている。昔は信州に通じる街道だったというが百年近く前のことだ。
長い間の知恵で、ツルネに道を作れば、移動時間、維持管理共に最小の労力で
できることがわかっていたのだろう。尤も、十分な体力があればの話だが。
更に三百メートル程南進。あった、あった。六畳間ほどのところに
小石が積み上げられて塚になっている。間違いなくこれが〔禄代塚〕だ。
出沢と荒原の境だ。太田さんの話では、足が早くなるように願かけをして、
石を放り投げたという・・・。考えてみれば、ここに石を放りながら、
七久保と荒原を通っていれば、誰だって山歩きが得意になるに決まっている。
箱根の山の神にだってなれるだろう。日本一足の早い泥棒も、山道で鍛えた
荒原の庄屋には敵わなかった。
ものは試し、せっかくここ迄来たのだから、自分も足が丈夫になるようにと、
傍らの石を二個放り投げた。両足の分だ。・・まてよと思い直して、
少し大きめの石を持って行って三個目をそっと積んだ・・・。