座敷ネズミの吉祥寺だより

吉祥寺って、ラッキーでハッピーなお寺ってこと?
中瀬の吉祥寺のあれこれをおしゃべり。

『写真アルバム 埼玉県北の昭和』

2024-09-29 | おしゃべり

『写真アルバム 埼玉県北の昭和』が発行されました。

(いき出版 2024.9.28 9082円+税)

 

昨日、それが手元に届きました。

 

 

 

 

カバーの写真は、熊谷の うちわ祭りです。

(市役所通り交差点付近、昭和49年)

 

中瀬の吉祥寺からも 何枚か 写真を提供して

掲載されています。

 

 

 

 

 

昔懐かしい写真の数々、

どれもみな貴重なものばかりです。

 

 

特に、私にとっては 

中瀬の、それも吉祥寺のものがドキドキの写真で、

掲載されて嬉しく、てワクワクしています。

 

光栄ですし、広く今後に残るので安堵しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

特に、この、21ページ、見て下さい。

 

上の段には 大正3年頃の、中瀬神社の遷座式。

 

立派です、キレイなバランスの建物です。

 

 

 

 

 

 

下の段には 吉祥寺の本堂。

 

昭和初期のもので、

「落慶法要の行われた稚児行列の記念写真」とあります。

 

「吉祥寺」と入ったはんてんを着ている人たちがいます。

 

なんか、お坊さんがいっぱいいます。

 

お坊さんじゃない人達もいます。

 

子供たちを含め、ほとんどの人が和服です。

 

ていうか、真っ白いワイシャツを着た洋装の人は、

いったい誰で、何をしている人なんでしょうか?

 

 

 

 

 

お葬式の写真もあります(p22)。

 

 

 

 

こちらは、鐘楼(p49)。

 

       

 

 

梵鐘を供出する、昭和16年頃の写真。

 

南に向いて並んでいるので、

向こう側に本堂の瓦屋根が見えます。

 

真ん中が先々代住職、向かって左に先代住職。

 

あとは総代さんでしょうか?

 

どなたか、知ってる人がいますか?

 

 

 

 

203ページには、精霊流しと 盆踊り。

 

昭和30~40年代に行われたものだそうです。

 

 

 

 

 

この他にも、思わず声が漏れ出てしまうほど

懐かしい写真がいっぱい。

 

私が中瀬に来たのも、

ギリギリ昭和でしたので。

 

駅前の写真も、上武大橋の写真もたくさんあります。

 

こんな写真があったら、誰か提供して

載せてもらってくれないかなー、

と思っていたものが、なかったり、

予想以上の写真があったり。

 

 

 

熊谷、本庄市、深谷市、美里町、上川町、上里町、寄居町。

 

三市四町の 昭和時代の写真が集められています。

 

児玉地域と大里地域からなる、

利根川と荒川という2大河川が流れる地域です。

 

船運、中山道、鉄道、関越自動車道・・・。

 

交通の要衝とされる地域であり続けながら、

期待される産業は 社会と共に変革されてきました。

 

建物も 人の着衣も 姿を変えてきました。

 

 

 

今年は昭和99年なんだそうで、

どんな写真にもすべて 歴史的な重みを感じます。

 

単純に、面白いです。

 

手にする機会があったら、ぜひ ご覧下さい。

 

中瀬の吉祥寺でご覧になりたい方は

一報を入れてから おいで下さい。

 

 

 

 

 

画像に色味がなさすぎるので、

今年のサルスベリのものを貼っておきます。

 

  

 

今年の夏は サルスベリが やたらキレイでした。

 

 

  

 

 

それは 他の植物が暑さに負けて

へこたれていたせいなのかもしれませんが、

街中のいたる所で、

やたら元気でキレイに咲いているのが

サルスベリでした。

 

近年は さまざまな色のものがあって、

それも目を楽しませてくれる要因でした。

 

中瀬の吉祥寺には

先代の住職が好きだったせいもあって

何本ものサルスベリがあるのですが、

全部 昔ながらの同じ色。

 

それでも、あの暑さの中で 

キレイに花を咲かせている様子には、

やっぱり元気をもらえると思うのです。

 

ありがとう。

 

 

 


一汁三菜

2024-09-14 | おしゃべり

「食事」とは「ご飯」を食べる事!

 

「食事」に ≪お漬物≫は あって当たり前?

 

 

 

 

今日の読売新聞朝刊のコラムに

「和食文化がユネスコの無形文化遺産に登録された際、

 〈一汁三菜〉という語が 農林水産省の文書に盛られた」

とありました。

 

私にはその記憶がありませんでしたが。

 

和食は米を中心にした食の体系なので、

当たり前すぎて〈一汁三菜〉の語には

「お米」が省略されている、という事でした。

 

 

そうなんだろうな、とは思っていました。

 

 

 

        

      ピンボケですが、いつぞやの延暦寺会館のディナー。

 

 

今 ご著書がみつからないのですが

(きっと住職の書棚に移ってる)、

鳥居本幸代(とりいもと・ゆきよ)先生の精進料理の研修を受けた時に、

食事には

ご飯があって当たり前なように、

お漬物も あって当たり前だから、

〈一汁三菜〉という語に ≪お漬物≫という語は

わざわざ含んではいないのだ、

という内容の言葉をお聞きして、

すごくショックだった事を思い出しました。

 

みなさん、ショックじゃないですか?

 

みなさん、お漬物もですよ!!!

 

 

それが、日本の食文化だったはずなのです。

 

一生懸命に漬けて、美味しくて当たり前、

不味ければ誰も見向きもしない、

スーパーで買ってきても 味はイマイチ、

なのに食卓にあって当たり前な≪お漬物≫。

 

少々 手間がかかって、

どんなに美味しくできても、

メインディッシュにはなり得ない≪お漬物≫。

 

私はずっと〈一汁三菜〉に含まれると思っていたので、

すごくショックで、

その研修の中で 一番印象に残ったお話だったのです。

 

 

 

 

 

          

 

 

 

 

それはそうと、新聞のコラムを読むまでもなく、

お米が高騰しているようです。

 

これまで 一生懸命に

お米をたくさん作ろう、

可能な限り いっぱい作ろう、

としてきたはずの日本全土が

一転して「減反」などというおぞましい事に

邁進するようになって幾十年。

 

いえ、日本の農政について語る知識は、

ないんですけども。

 

 

 

先日のスーパーで

「一家族様 一袋まで」

と書かれた紙がぶら下がった場所は

どの棚も ガラ~ンと空っぽで、

ひと袋のお米もないのでした。

 

この光景もショックでしたね~。

 

災害があったわけでもないのに。

 

いや、この事態が、すでに災害ですか。

 

その棚を写真に撮っておこうかと思いながら

撮らずに帰って来てしまいましたが、

こんな内容のブログを書くなら

撮っておけばよかったかな。

 

 

 

≪お漬物≫の前に、お米がなければ、

無形文化遺産も維持できなくなるのですが。

 

 

 


9月の仏遊会

2024-09-04 | 仏遊会

9月の仏遊会は、7日(土曜日)の

午後2時からです。

 

テーマは、坐禅と 写経 です。

 

欲張りですねえ!

 

まあ、ボチボチと始めてみましょう。

 

使いたい筆や 硯や 墨、

あるいは鉛筆や 筆ペンがあったら、

持ってきて下さい。

 

 

大玄関からお入り下さい。

 

ますは本堂で座禅、🧘🧘‍♀️🧘‍♂️

 

つぎに 客殿に移って 写経に取り組む、

と思います。

 

仏遊会は どなたでも参加していただけます。

大玄関からおはいり下さい。

おまちしています。