ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

さて、

2005年12月31日 23時36分32秒 | 日記2005-10
寝るか。
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【本】スタインウェイ戦争

2005年12月30日 23時14分22秒 | 読書記録2005
スタインウェイ戦争 誰が日本のピアノ音楽会をだめにしたのか, 木裕・大山真人, 洋泉社 新書y117, 2004年
・BOOK OFFの新書「その他」コーナーにて、いろいろな本が雑然と並ぶなか目についた。「スタインウェイ…?戦争???」「スタインウェイといえばピアノだけど、、、ヨーロッパにそんな地名あるのかな…??」と手にとってみると、やっぱりピアノのスタインウェイについての本だった。そして紹介文を読んでみると、「本当のピアノの音を響かせたい!それが職人たる調律師の意地であり、腕の見せどころだ!そうして始まったのが「持ち込みコンサート」だった。ところが、突然、横槍が入る。ファイトが湧いた。「芸術」を隠れ蓑にするピアノ音楽界の汚れた体質、暴利をむさぼる楽器輸入総代理店の横暴、その代理店にすり寄るピアニスト、コンサート関係者、調律師、音楽評論家、そして、音楽出版社の馴れ合い、もたれ合い。それこそが日本のピアノ音楽界をだめにした元凶である。ひとり敢然として戦いを挑んだ、ピアノに魅せられた男の物語!」カバーより うひょ~おもしろそ~。というわけでレジへ。
・調律師(コンサートチューナー)である木の活動を、ノンフィクション作家である大山がまとめた形の本。文章が劇画調でちょっとアレな部分もあるが、知られざるスタインウェイやコンサートチューナーについての記述がなかなか興味深い。同じ"スタインウェイ"を名のりながら、ハンブルク(ヨーロッパ)とニューヨーク(アメリカ)の二つの異なる楽器が存在することに、その問題は端を発する。
・「チェンバロという鍵盤楽器は音の強弱を表現できない楽器だったため、」p.14 この言葉。耳にすることが多いが、実際チェンバロをたたいてみると、鍵盤をたたく力によって音の強弱はかわる。 その幅は狭いけれど。正確に言えば「ピアノほどは音の強弱を表現できない」と言ったほうが正しいと思うのですが。。。おそらく著者(大山)はチェンバロを弾いた経験がないのだろう。
・「日本人技術者は、どうやらピアノを「楽器」としてではなく、「家具、調度品」という考え方から抜け切れなかったようだ。」p.15
・「ところがほんの少しガーリックがいじるだけで、数字と理論で割り切れるような音に仕上がった。理論的に納得できる調律はないと思い込んでいた木には、不思議なものを見る思いだった。」p.42
・「「ほとんどのピアニストは、ピアノの中身のことを何も知らない。だからこそ、ピアニストは調律師に全幅の信頼を置くべきだ。もし、彼らの失敗のはけ口でしかないのなら、この仕事から足を洗おう」と思った。」」p.61
・「「俺たちは、芸術家でもなんでもない。職人だよ。それを芸術家だと勘違いする調律師が多すぎる」」p.64
・「「ピアノはホールにあるもの。それを弾く」という常識を誰も疑わない。」p.67
・「一般的には、(ハンブルクよりも)ニューヨークのほうがブリリアントな音がすると言われるが、最終的な音の違いはむしろ、ピアノの形ができあがってからの、技術者の整音によって表出するものである。ニューヨークとハンブルクでは、その整音の方法が全く違うのだ。」p.88
・「ホロヴィッツの演奏に関する評論や文献に片端から目をとおしてみた。そこには、「ホロヴィッツといえばあの音だろう。強靭な指先からはじきだされる独特の音色は……」といった抽象的なものばかり。いかに評論家やピアニストが無知であったかの証拠でしかない。結論からいえば、まったくピアノが違うのである。」p.167
・「読者の中には、「百二十年近くも昔に造られたピアノなのに、現在でも弾くことが可能なのだろうか」という疑問をもたれる方も多いだろう。答えはふたつある。「大量生産されたピアノ」には寿命がある。(中略)それに反して、選りすぐりの木材を使って造られた手作りのスタインウェイは、半永久的に持つといわれている。」p.175
・数十年ぶりに発見され、木の手により復活した銘器「ホロヴィッツが恋に落ちたピアノ」でレコーディングを行った邦人ピアニストの感想より→「それまで私はこのピアノに自分の音を求め、強要していたのであった。この楽器にはこの楽器にしか持ちえないすばらしい音が存在し、私はこのピアノにすべてをゆだねようと思ったのである。その音を見つけた瞬間からは、世界が全く変わった。」p.204 このCDが発売されているらしい。聴いてみたい。。。(『巨匠たちの伝説』NYS-80619
・「最も衝撃的だったのは、フランツ・モアにしてもW・ガーリックにしても「超一流の技術者の仕事は、一見ラフに見える」ということだった。」p.213
【参考リンク】
主人公の会社:タカギクラヴィア→http://www.takagi-klavier.com/
~~~~~~~
?コレペティトゥア オペラ練習用ピアニスト
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カンヅメ

2005年12月29日 23時04分59秒 | 日記2005-10
今日は外へ一歩も出なかった。
こんな日、何年ぶりだろう。。。
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お買い物~♪

2005年12月27日 21時39分00秒 | 日記2005-10
クリスマスも過ぎたし、もうすぐお正月だし、ボーナス出たし、しばらく買い物してないし~ということで、何か買おうかなと思う今日この頃。
購入を考えているのは・・・↓↓↓

1.HDD&DVDレコーダー  TOSHIBA RD-XS38
ろくにテレビも見ないのに、あってもしょうがない気もするけど。。。なんとなく欲しい。

2.電子辞書
一家に一台あったほうが便利かなぁと。。。セイコーがよさそうかなぁ。

3.黒スーツ
演奏会用ではなく普段着用(?)に。これもなんとなく。演奏会用もヨレヨレなので新調しないと。。

4.HDD搭載コンポ
今時、こんなので出てるのですね。。。
持ってるCD全部入れたら楽かなと思ったけど、入れる手間と、聴きたい曲探す手間が大変そう。

5.バネ計り:100円ショップ、1kgまで1g刻み
手元に4kgのものがあるが、もうちょっと細かいのが欲しい。
ホーマックも探してみたが、「バネ計り」自体が見つからない。
どこに売ってるんだ!? 今度は釣具コーナーをあたってみよう。
楽器の重さを計りたいのです。

番外.スカイライン クーペ
次はこれかなぁ・・・。   コレもいいけど。。。
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【本】岩波新書の50年

2005年12月26日 22時24分57秒 | 読書記録2005
岩波新書の50年, 岩波書店編集部 編, 岩波新書(新赤版) 別冊, 1988年
・「今茲に現代人の現代的教養を目的として岩波新書を刊行せんとする。」p.145 の言葉とともに1938年に発刊され、50周年に達したところで、それまでの歩みを振り返ってみようという企画本。半分が読み物で、残り半分は資料(総目録・索引)。
・その歴史を簡単に書くと、
1938年 赤版 元祖"新書"として創刊。日中戦争。
1949年 青版 敗戦後再発足。
1977年 黄版 青版1000点出版達成。
1988年 新赤版 創刊50周年
色の変化に何か法則があるものと思っていたが、「なんとなく区切りのいいところ」で変えているだけのようだ。
・「これらの本は、数年の生命しか期待できないテーマであったが、新書は本来、それほど長い生命をもたなくても時代の課題に応えることがまた重要なのである。」p.26
・「出版社にとって重要なのは何といっても企画力である。企画をどのようにたてて、時代の社会状況に対するかが問題なのである。」p.33
・「(1967年)第一回の建国記念日が二月一一日に実施された。各地で反対の集会がおこなわれ、東大・教育大などの学生は、記念日の制定に反対し、同盟登校をおこなった。」p.82
・「一九七二年の後半から七三年にかけての日本は、どこか狂っているように見えた」p.98 ちょうど私が生まれたころ。。。
・「やさしく書くということは、ただ平易に噛みくだくということではなく、読む人の心の動きを絶えず念頭に置くことなのだということに、おそまきながら私は気がついた」p.100
・「ちょうど、このころ政府のインフレ政策で、硬貨が欠乏し、見るからに安っぽい五十銭紙幣が発行されていました。この紙幣と並べると、定価五十銭の新書は誰の目から見ても、値段に比してりっぱに見えたにちがいありません。」p.139 当時の作り手、読み手の熱気が伝わる。
・まとめの文章→「岩波新書はいずれにしても、現代と未来への積極的対応を発想の基本においている。青版一〇〇〇点はいずれも、筆者と選ばれたテーマ、筆者と読者、その間を媒介する編集者、それぞれの間の密度の高い緊張のもとに歩んできた。その努力の結果が新書の一点一点に凝縮し、ひろく読者に受け入れられ、長い生命をもって読みつがれる多くの書を生んできたといえるであろう。」p.110
・とくに岩波新書ヲタというわけでもなく、これまで読んだのはせいぜい50冊程度。本書中で紹介されていたなかで、ソソられた本を以下に。
<青版>
武谷三男編『死の灰』1950年
E・シュレーディンガー/岡小天・鎮目恭夫訳『生命とは何か』1951年
梅棹忠夫『モゴール族探検記』1956年
堀田善衞『インドで考えたこと』1957年
石母田正『平家物語』1957年
松田道雄『私は赤ちゃん』1960年
森嶋恒雄『魔女狩り』1970年
<黄版>
中山典之『囲碁の世界』1986年
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アンケート集計

2005年12月24日 23時06分48秒 | 日記2005-10
巷はクリスマスで盛り上がっているようですが、こちらクリスマス感ゼロ。。。

先日の室蘭オケ定演のアンケート集計をここぞとばかりに仕上げた。
「素晴らしかった」「感動した」「また来たい」などなど。
こういう言葉を目にすると身の引き締まる思い。
ヘタな演奏できない。

一方「有名な曲、知ってる曲をやってほしい」
という声が非常に多い。
おそらくこういう意見を書く人は
「新世界という曲を知っている」
と言いつつ、全楽章通して歌える(知ってる)かというと…
実際知っているのは曲のほんの一部分だけだろう。
にもかかわらず「知ってる曲ききたい」
というのはどういう心理なのか…
"知らない曲を聴く楽しみ"
ってのもありますぜー!

それと「年々うまくなってる」という声も多いが…
弾いてる側としては結構、"波"を感じていたり…



アンケート、あと2演奏会ぶん溜まってるよ……orz
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【本】シミュレーションの発想

2005年12月24日 12時05分11秒 | 読書記録2005
シミュレーションの発想 新しい問題解決法, 中西俊男, 講談社ブルーバックス B-523, 1983年
・「シュミレーション」だったか「シミュレーション」だったか、いつも一瞬考えてしまう。勘違いしやすい言葉。「シミュレーション(simulation)という言葉はもともとラテン語のsimulo(まねる、ふりをする)から出た古い言葉である。一九四〇年代の末、すなわちコンピュータ・エージの夜明けのころ、はじめて新しい意味でこの言葉が用いられた。」p.16
・あまりにも技術発達のスピードが速く、当時とは時代がかけ離れていて、今となっては歴史的資料としての価値しかない本です。
・「シミュレーションで対象とするシステムが通常の計算処理と異なる点は、その処理過程に確率過程(stochastic process 時間tをパラメーターとする確率変数X(t)の結合)すなわち決定論的には決まらない不確定な過程がみられることである。」p.68 ここで前出の「不確定性原理」と繋がった。
・「〈シミュレーションの目的は〉想定システムの性能を事前に評価すること、施策決定のための予測を行うこと、実時間システムにおける適切な制御(これは二者と若干趣を異にする)などがある。」p.90
・「ではいったいどんな方法でモデルの信ぴょう性のチェックをしたらよいのであろうか。実はこれといった決め手はないのである。そこでいくつか考えられる方法を組み合わせて根気よくチェックするよりほかない。」p.141
・「優れたシステムをつくろうというときは、専門家の職業的直感を等閑視してはならない。」p.142
・「コンピュータが現れる以前は、列車ダイヤの作成は、スジ屋と呼ばれる専門家の手に全面的にゆだねられる形であった。」p.167
・「この分でいくと人間社会のあらゆる問題や活動がシミュレーションでチェックされ、正当性が確認された上で意思決定されることになるかも知れない。」p.246 夢は広がりますが、「何でもシミュレートできる」というのは思い上がりで、シミュレートできることよりもできないことの方が多い世が続くのではないかと感じます。はたして百発百中の天気予報は可能か? 不確定性の壁は破れるのか―?
・「最近はやりのスーパー・コンピュータ(Super Computer 一秒間に実行できる百万単位の命令数、すなわちMIPSが約五〇以上の、並行処理機能をもつ超大型コンピュータのこと)」p.251 50MHz・・・のどかな時代だなぁ・・・今現在のスパコンも20年後には家庭に1台あるのだろうけど。
~~~~~~~~~~
誤植:p.135 ×「あらかのじめ」  ○「あらかじめ」
?ちしつ【知悉】 ことごとく知っていること。知り尽くすこと。細かい点まで知っていること。精通。
?こうし【嚆矢】 1.(「嚆」は、さけびよぶこと)やじりに鏑(かぶら)を用いていて、射ると音をたてる矢。かぶら矢。  2.(昔、中国で、戦争の初めに1を射たところから)物事の初め。最初。
?ふくそう【輻湊・輻輳】(「輻」は車の輻(や)、「湊」「輳」はともにあつまる意)車の輻(や)が轂(こしき)に集まるように、四方から寄り集まること。物が一所にこみあうこと。
?ようらん【揺籃】1.赤ん坊を入れて、ゆり動かす小さなかご。ゆりかご。ゆさ。 2.転じて、幼児期や発展した物事の初めの時期をいう。
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【演】平成17年度 教授会忘年会

2005年12月23日 18時15分24秒 | 演奏記録
平成17年度 教授会忘年会
2005.12.22(木)18:30~, 室蘭工業大学 大学会館多目的ホール, 関係者のみ
演奏 室蘭工業大学管弦楽団 有志, パート 1st Violin

J.Brahms Arr.by FCM  大学祝典序曲(弦楽合奏版)
J.S.Bach  G線上のアリア
Scott Joplin  エンターテイナー(管楽合奏版)
アントニオ・カルロス・ジョビン ウェーヴ WAVE
M.A.Charpentier  Te Deum Prelude
アンコール M.A.Charpentier  Te Deum Prelude

・いわゆる、お座敷の営業。去年から二回目。全くのシラフで宴会場にいると、、、酒臭いぃぃ!
・大学祝典:3ポジの音程サッパリあわないー!!音がヨレヨレだー!! 一発目としてはふさわしくなかったかも。
・G線:まぁこんなものか。 奥深すぎて、理想の演奏は星の彼方。
・エンタ~:やっぱり管楽器は立って演奏したほうがよかったのでは。Tubaふつーに立って吹けてたし。。。
・WAVE:ギター, ベース, グロッケン(鉄琴), スネアという編成で、オサレな曲。飲み会の場には一番ふさわしいのではと思ったが、、、宴会の雑音に阻まれてあんまり聴こえてなかったみたい。。。
・テデウム:ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの間奏に使われる曲だとか何とか。。。ごめんなさい。知りません。 自分の合図で曲が始まる。全員の視線が自分に集中する。ちょっと快感。
・今回はコンマス席に陣取って演奏面をすこし仕切ってみた。
・残念なお知らせ「報酬の支払いは来週になりました~」 報酬で飲みに行く気マンマンだった一同がっくり orz
・今年度で退官される学長先生。お世話になりました。m(_ _)m
・演奏参加者:Vn1-4, Vn2-3, Va-1, Vc-2, Bass-1, Ob-1, Fg-1, Hr-2, Tp-2, Tub-1, Piano-1
・客数約40名
~~~~~~~~~
これにて今年の演奏活動は終了。全部で30ちょっと。「忙しいから」といくつか演奏会断ったはずなのに、終わってみると例年とたいした変わってない。。。それはともかく、今年もどうにか無事のりきれてよかったです。

おつかれさん。
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友人結婚式@大阪 3/4(土)

2005年12月23日 16時39分22秒 | 日記2005-10
知らない番号より着信。
おそるおそる出てみると、大学の同級生。 何年ぶりだよ!!?

 「結婚することになってので式にでてね~」
 「日にちは3/4、で、会場が大阪なんだけどさ・・・」

遠い、、、遠いよ、、、でも、、、いく・・・たぶん・・・

大阪はかつて通過したことしかない、未知の都市。
関西弁を練習しとかないとダメか??
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【本】火車

2005年12月21日 22時33分53秒 | 読書記録2005
火車, 宮部みゆき, 新潮文庫 み-22-8, 1998年
・「火車【かしゃ】 火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。ひのくるま。」とびらより
・ひさしぶりの小説。小説が嫌い、というわけではないのだけれど、いまいちそそられる作家がいない、ということで最近手にする事がすくないのです。 かなりの有名作家ですがその作品は初見でした(たぶん)。どんな作家でも、句読点の打ち方、改行の仕方など、たいていその文章に何らかの特徴があるものですが、この作家については無味無臭。作家の気配がほとんどしない、という不思議な印象を受けました。「自分を出さない」という点で、作家自身と登場人物の一人がダブって見えます。
・舞台:1992年、東京。あらすじ→「休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード会社の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。」カバーより  自分の言葉であらすじを書こうかと思ったが、やっぱりプロの仕事にはかないません。。。
・冒頭から「綾瀬の駅」だの「常磐線」だのと具体的地名が出てくる。首都圏の人ならその情景がピンとくるのかもしれないが、そのあたりサッパリわからない。田舎者の宿命か。
・「目は心の窓というが、時として、裸電球ひとつともっていない穴蔵のような倉庫と同じぐらい、奥深い闇を宿すことがある。」p.26 これは実物を見た経験がないと出てこない表現。著者が出くわしたのは一体どんな状況だったのか、想像が膨らむ。
・以下しばらく、著者の取材の成果を書き抜き。「(住民票や戸籍謄本は)正当な理由がないかぎり、勝手な閲覧や写しの持ち出しを法律で規制されているはずのものなのに、同年輩の人間が窓口で「本人だ」と詐称すれば、簡単に手に入れることができるとは。」p.130
・「平成元年の統計で、まず『販売信用』のうちの『割賦方式』、この新規信用供与額――平たく言えば、この年の売り上げですな、これが十一兆四千とんで八十二億円。『非割賦方式』が十一兆八千五百七十二億円。つぎに『消費者金融』が同じ平成元年の統計で三十三兆九千五百十一億円。このふたつを合計すると――」p.178
・「多重債務者たちを、ひとまとめにして、『人間的に欠陥があるからそうなるのだ』と断罪するのは易しいことです。だがそれは、自動車事故に遭ったドライバーを、前後の事情も何も一切斟酌せずに、『おまえたちの腕が悪いからそうなるのだ。そういう人間は免許なんかとらないほうがよかったんだ』と切って捨てるのと同じことだ。『それが証拠に、ほら、事故を起こしていない人間だっているじゃないか』とね。そういう人間を見習え、とね」p.195
・「私はね、講演などで、とにかく夜逃げの前に、死ぬ前に、人を殺す前に、破産という手続きがあることを思い出しなさい、と話すようにしています。」p.201
・「女だって、痴情のためだけに犯罪をおかすとは限らない。変わってきているのだ――」p.223
・「何でも呑み込み、たいまち同化させてしまう東京という街のなかに入っても、不思議と関西人だけは、持ち前の色合いを失わないものだ。関西弁も強靭な生命力を持っている。」p.233
・「今の世の中でもっとも警戒心が強い人種とは、幼い子供を持った若い母親たちだろう。子供を狙った醜悪な事件があいついでいるからだ。」p.271 なんとタイムリーな言葉・・・
・「刑事には二種類いる。飲み屋のたぐいでは絶対に自分の身分を明らかにしないタイプと、ある程度場所を選びはするが、積極的に明らかにしてゆくタイプと。」p.314
・「「蛇が脱皮するの、どうしてだか知ってます?」(中略)「皮を脱いでいくでしょ?あれ、命懸けなんですってね。すごいエネルギーが要るんでしょう。それでも、そんなことやってる。どうしてだかわかります?」(中略)「いいえ、一所懸命、何度も何度も脱皮しているうちに、いつかは足が生えてくるって信じてるからなんですってさ。今度こそ、今度こそ、ってね」」p.415 いったいどこからこんな話を拾ってきたのか。ググってみるとこの文章の書き抜きが結構ひっかかる。
・なんだかおしりのあたりがムズムズしてくるよな形容→「かすかだが、声の調子が狂っていた。まるで、その話をするためには、日常使うことのない、まったく調律されていない鍵盤を引っ張り出してきてたたかなければならないのだ、というように。」p.440
・「「死」にまつわる行事にのぞんだとき、誰でも少しばかり人が変わって、できもしない誓いを立てたり、ずっと秘密にしてきた思い出を語ってみたりするものだ。」p.478
・佐高信による巻末の解説より「オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こし、その恐ろしさが喧伝された時、なるほどと思った情報が一つあった。それは、山梨県上九一色村のサティアンにいる信者たちの中には、多重債務者が多いという情報だった。取り立てをするヤクザたちも、薄気味悪くて、あの中には入れなかっただろう。」p.589
謎の女萌え。な方には自信を持ってオススメできる一冊です。
・ネタバレになってしまうので説明は書けませんが、最後に表題とリンクした最も強烈な一文を。
頼むから死んでいてくれ。」p.457

(本書を紹介してくれた某氏に感謝!)
~~~~~~~~~~
・エピグラフ(英epigraph)1(特に建物・像・墓・硬貨などの)碑銘,碑文.  2(巻頭に付す)銘句,題辞.
・けんでん【喧伝】やかましく言い伝えること。世に盛んに言いはやすこと。
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