acc-j茨城 山岳会日記

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南会津・鬼が面山東面、角ノ沢

2024年11月10日 23時37分16秒 | 山行速報(沢)

2024/11/5 南会津 鬼が面山東面・只見沢~角ノ沢


「ちょっと、怖いこと言っていいですか?」
帰途の車中、私はパートナーにこう切り出した

残置のないルートに、日暮れギリギリの登攀終了
充実感に満たされながらも、下山は闇をついての行動となってしまった

パートナーのヘッデンの灯りはだいぶ先に見える
視界が効くうちに少し無理をして登山道に合流したその反動もあってか、足は重い
申し訳ないな、と思いながら疲れ果てないようにマイペースで歩く

径を照らすヘッデンの灯りは、その先で闇に消える
視界の端に白いものが舞う
雪か
どうりで寒いわけだ

あれは、その直後の事だった


※2023/11/1の鬼が面山東面

鬼が面山は南会津・浅草岳の南に位置し、東面に岩壁が峻立する
田子倉から浅草岳を目指す只見尾根でその全容を望むことができる
そこには突き出た尖塔や尾根があり、切れ込んだ谷からは幾筋にも沢が流れ下る

11月、錦秋の谷を詰めて岩を攀じる
それが今回の計画だ

昨年のハイクで大まかな地形は把握していた
とはいえ、どちらかというとマイナーな部類の岩場でもあって明瞭な痕跡や残置は期待できないだろう
もっとも、そういう山を欲しての山行だ


行先は、只見沢から乗越沢、角ルンゼ、角ノ沢のいずれかを遡ることとし、あとは現地での判断とした

前夜、只見駅まで
生憎の雨、それも本降りだ

5時に起床し、天気予報の確認
幸い雨は上がっている
田子倉登山口まで移動して身支度を整える
さすがにこの季節の朝は寒くて、明るくなるまで少し二度寝
7時出発

登山道を歩いて只見沢と幽ノ倉沢の出合に向けて藪下降
昨夜の雨で只見沢は水量が多い

最初のゴルジュ帯は少し手前から左岸を巻く
巻きの途中で支沢が横切り、そこから只見沢を見下ろすが、この先は傾斜も強くて悪そうなので、支沢の手前、立ち木を支点に懸垂下降で只見沢へ降りる

ゴルジュの只中の岩バンドへ降り立つ
今日の水量では、ゴルジュを抜けるのに泳ぎとなりそうだった

夏ならともかく、この季節に序盤でずぶ濡れになるのを嫌って懸垂下降したロープを頼りに登り返す
ところが手をかけた電子レンジ大の岩が剥がれて1mほど落ちる
ケガもなく淵に落ちることもなかったが、岩の直撃を受けたロープが損傷する
末端から1mほどの個所で山行に支障がなかったのは幸いだ

気を取り直して今度はロープを結んでトップロープ状態で登り返す
パートナーのazmさんは末端を結んでフォロー
改めて巻きを続け、横切る支沢を少し登ってから只見沢の上流に向けて藪を漕ぐ
開けた沢が望めるあたりから懸垂下降15mで只見沢に復帰

ゴーロを行くと幽ノ倉沢を分け、カワウソ返し
ここは右岸を巻く
すぐ手前のルンゼを上がるが小尾根に出るまでが少し悪い
もっと手前の支沢を上がったほうがよかったのかもしれない

ここを過ぎると穏やかな川原となり広川原
鬼が面山東面の岩場がワイドに展開する
曇天模様が残念ではあるが、それはそれで幻想的な光景だった

ここからしばらくは平和的な沢登となるが、時に腰上まで没する場面もある

三俣に着いて、この先のルートを協議する
スタートも遅めだったことや小雨のぱらつく天候懸念も踏まえて、角ノ沢へ入ることとした

三俣を中俣へ進んで程なく角ノ沢に出合う
角ノ沢序盤はゴーロの急登
気温も上がらぬまま、腰下を冷やしたことで大腿部が時に攣る
ゆっくり登って体を温めながら行く

2段7m程の滝場で少し苦労するが、ショルダーで抜ける
程なく行くと景観は広がり、鬼ノ角や針峰群に挟まれたスラブと草付に滝場が見える

最初にトイ状があるのだが、なんだか滑りそう
ここでロープを出そうとも思ったがそれを見送って左のゴーロを進むと、ここにもトイ状
さらに左には緩傾斜の沢筋が続く

見る限りこの上部は岩壁となっているので、いずれの流れを行っても最後は岩壁を登ることになるのだろう
ならば、緩傾斜(左)の流れを詰めて右小尾根に乗って岩壁を目指せば容易かと進路を定める

しかし、これが奮戦の始まりだった
まず小尾根の乗越、草付トラバースに非常に苦労した
夏でこそ使える草も晩秋となっては、ただの「藁」
とてもホールドに使えるものではない
面倒がってチェーンスパイクを装着しなかったことを後悔するとともにパートナーにはチェーンスパイクの装着を指示した

バイルと藁を騙し騙し使って小尾根に乗る
さすがにロープの必要性を感じ、パートナーにロープを投げる
小尾根からは草付きのクライムダウン
お尻を少しづつ滑らせながら行くが、念のためバイルを草付きに打って支点としてロワーダウンの要領で少しずつロープを繰り出してもらう

何とかスラブに到達すれば、あとはフリクションが効く
スラブをトラバースして少し登り返す
集塊岩の凸岩を足場にボディビレイでコールを送る

パートナーは草付きが苦手のようだったがなんとか小尾根に上がって、支点としていたバイルを回収
ダブルバイルで草付きを下るが、途中からは尻セードで滑り降りる
こちらはこちらで着地の衝撃がかからぬよう素早くロープを手繰る

ここは、明らかにルーファイミス
なんとかリカバリーできたものの、最初のトイ状を行くべきだった

そこからもう一つ右の尾根を乗越て沢筋を詰めると被った岩場の基部
基部のバンドを左にトラバースして草付尾根に乗って小さく巻くと垂直の岩場

垂直とはいえホールドスタンスが豊富なので慎重に行けば困難はない
10m程上がって右へトラバースする
岩場を回り込むとルンゼ状が鬼ノ角の右、ムジナのコルへと続いているのが見えた

このルンゼは悪いので、右の岩稜に乗って詰めていく
テラスに出ていったん区切る
ここから上部は傾斜も落ち着くので、ロープを出さずに行く

この時点で16時半
なんとか、闇に沈む前に稜線の登山道へと出たい
時に痙攣する大腿筋を酷使して脆い岩場、そして最後の藪を力任せにひと登り
なんとか登山道へ出ることができた

うっすらとパートナーの顔が見えた
安堵か、それとも楽しかったと心底思っているのか、緩んだ表情が見て取れた
それは、私とて同じだった

装備を整え、登山道を行く
あとは愚直に足を前に出すだけだ

残置のないルートに、日暮れギリギリの登攀終了
充実感に満たされながらも、下山は闇をついての行動となってしまった

パートナーのヘッデンの灯りはだいぶ先に見える
視界が効くうちに少し無理をして登山道に合流したその反動もあってか、足は重い
申し訳ないな、と思いながら疲れ果てないようにマイペースで歩く

径を照らすヘッデンの灯りは、その先で闇に消える
視界の端に白いものが舞う
雪か
どうりで寒いわけだ

そして、浅草岳
山頂直前、視線の先にパートナーのヘッデンが見える

1つ、いや2つ?

「こんな時間に、ほかにも誰かいるんだ」と少々驚いた
足元を見ながら山頂標に達し、顔を上げるとそこにいたのはパートナーただ一人

あれ?
あの灯りは自分のヘッドランプが何かに反射でもしたのかな?
その時はそう思った

言葉を失っていると、パートナーが言った

「只見尾根にヘッデンが2つ見えましたよ。結構近かったですね」

そう聞いて、私もその灯りを探した
確かに遠く灯りは見えるが、あれはおそらく田子倉の街路灯だろう

「稜線歩いているときから見えましたね。登っているのか下っているのかわかりませんが、なんか、こっちを見ているようでした」


不思議な出来事はそれを口にしてしまうことで「その世界」に迷い込んでしまう
そんな気がして私が見た灯りのことは、無事下山するまで黙っておくことにした


只見尾根はしっかりした踏み後で迷うことはない
昨年11月の水晶尾根での下山路とは大違い

雪は途中で雨となり、降りもひどくなってくる
メガネが曇って苦慮するも、パートナーの協力もあって何とか無事に歩を進める

浅草岳から見えた田子倉の街路灯が目の前に見える
駐車場に着いて、ほっと一息

「11月はヘッデンの季節ですね」
そんな軽口で互いの健闘を労いながらも、山頂での出来事が疑問として残っていた
もちろん、疲れていた私の幻視だったのかもしれない
それでも、いったいあれは何だったのだろうと考えてしまうのだ

山にまつわる逸話は多い
念の集う場所には歓喜もあれば、悲劇もある
不思議な話があったとしてもおかしくはない

互いに信じた仲間がいる
想いを分け合う人がいる

悪鬼、神鬼、怨鬼、才鬼
人と対峙する畏怖がその存在を作り出す
時空を超えて波長が共鳴することだってあるのかもしれない

そうして帰途の車中、私は山頂での出来事をパートナーに切り出すのだ


sak