acc-j茨城 山岳会日記

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福島県天栄村 鶴沼川水系・二俣川左俣~河内川下降

2023年06月09日 14時08分12秒 | 山行速報(沢)

福島県天栄村 鶴沼川水系・二俣川左俣~河内川下降


それは歩き始めて一時間ほど経過したときのこと

-痛恨-

この一言に尽きよう
思わず天を仰いだのは言うまでもない


沢旅の起点は二岐温泉
国道から山中に分け入るように二俣川沿いの道を行くと数件の温泉宿が立ち並ぶ
開湯は969年(安和2年)といわれる古湯、秘湯だ
この先に林道が左右へ伸びており、右に二俣川源流、左に河内川へと続いている

大白森山登山口に車を止めて、二俣川の源流に向かって林道を歩く
樹幹越しの陽光に、蝉時雨が降り注ぐ
梅雨入り前の清々しい朝のひととき、足取りも軽い

 

それは歩き始めて一時間ほど経過したときのこと
御鍋神社手前の広場奥から遊歩道に入り、二俣川へと下る途中のことだった

「あっ!」

沢泊用の食料を、まるっと忘れたことに気付いた
頭の中に冷蔵庫へ入れたままのそれが映像として浮かんだ

予定では、二俣川左俣を遡行し、尾根を挟んだ隣の河内川を下降
途中、山の恵みを享受した一泊で沢旅を堪能する計画だった

この計画はこの段階で心理的に完全敗退だ
しかしここで撤退しなかったのは、この沢旅にまだ残されたものがあると感じていたからだ

使わない泊装備を背負って、日帰りとしては少々長い距離を歩く
その決断に躊躇はなかった

これは試練だ
試練無くして輝く未来はないのだ、たぶん

そう自分に言い聞かす


二俣川左俣は、ナメが断続する癒し系の渓相
途中、ゴーロと倒木がうるさい所はあるものの、滝場は容易で幕営適地も多い
静かに沢旅を楽しめる、穴場といっていいだろう

本流を詰めていけば、やがて水流は消え径形に導かれて登山道に出る
そこからは大白森山が意外と大きく、貫禄の姿
あの向こうに甲子山、そして那須へと稜線が繋がっている

この山域は「那須」と「南会津」に挟まれ、山域ブランドとしては不遇の地といえよう
所在は「福島県岩瀬郡天栄村」に位置するので、この記録をしたためるにあたっては「天栄村・二俣川」と記すこととした

その天栄村に、旧友がいた
かれこれ25年以上連絡を取っていないが、彼は今どうしているのだろう
そんなことを思いながら背丈ほどの藪を漕いで河内川へと下る

河内川の記録は少ない

中流部に「ケムシ」マークが続き、いかにもゴルジュを秘めていそうな期待を誘う
しかしその実態はナメもほどほどにゴーロが目立ち、実に冗長な流れらしい
その遡行評価が記録の少なさ(遡行者の少なさ)に繋がっている

ならば下降に使ってはどうだろう、というのが今回の計画
下部には、馬尾滝と河内川森林軌道跡といった見どころもある
沢旅のクライマックスを飾るには良いのではないか

河内川は最上部の源流から開発の痕跡が濃い
地図に記載のない伐採道が続いていたのだろうか
小型車両がひっくり返って藪に埋もれていた

その後はゴーロが続き、たまにナメ
途中で見た特異な凸岩は「虫刺され跡」のようで、山中で独りツボる

一か所滝場があり、左岸を巻き気味にトラバース
地形図で「ケムシ」のあたりはゴーロながらも両岸が切り立っており、時に支流が美しく落ちる

軌道跡はこの辺りでも見ることができた
埋まるワイヤー、崩れた石積み、鈍く輝く軌道


樹幹に白き飛沫を放つ流れを見る
そして、馬尾滝

天栄村随一の落差を誇る瀑布に見惚れるものの、現在の馬尾滝は本来の姿ではないのだそうだ

その昔、開発とともに電力確保のために発破で流れを変え、水力を発電に利用したという
自然と人の関わりを考えさせられるエピソードだが、私たちの生活はこうして成り立っているのが現実、ということか

滝下から右岸台地にひと登りすると、そこに河内川森林軌道の様々な痕跡が残っている

河内川森林軌道は、昭和二十二年営林署により開業
当初は人力であったが、後に牛力(牛車)軌道となった

昭和四十年頃、成井農林が伐採権を取得し、同時に動力が機械化
自動車のエンジンを流用した自作の機関車だったらしい
そして昭和四十六年頃、廃止

遺されているもの
風化する遺構が、鮮やかに輝く
過去は確かにそこにあった


二岐温泉にて

私は、湯あがりの放心時に思い返していた
かの旧友は今どうしているのだろうかと

携帯端末の画面に指を滑らす
過去を想えば、なんと便利な時代か

すると、その名は電話帳WEB検索に掲載されていた
住所にも見覚えがある。間違いない
正直、ちょっと驚いた

電話帳に名が載る、ということは家督を継いだのだろうなと思い巡らす
そして、悩んだ

悩んだ末、端末の画面をそのまま閉じた
突然の連絡など迷惑だろう、というのは明らかに言い訳だった

本当は怖かったのだ

風化する記憶の中、鮮やかに輝いた蒼き時
それは確かにそこにあった
せめて、鮮やかなままで残したかった

森に見た、鈍く輝く軌道のように


sak

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