そうして季節は春を迎えた。
昨年末の記憶が蘇る。
同じように西上州・碧岩の北稜を目指したが、前日の降雪で南稜を行くことにした。
碧岩・右のスカイラインが北稜
こだわりはあくまで、北稜。
クライマ-ならば、まぁ、そうなるのは必然だ。
メンバ-は前回同様、ACC-J東京のAさん夫妻、sakの3名。
北稜への登路
前回取り違えた北稜までの登路は、碧岩に詳しいガストンさんにご教授いただいた。
三段の滝を目前にした鉄ハシゴ手前、右岸の沢筋を行く。
この沢の左側には大きな岩稜が横たわる。
沢床には大量の落ち葉が堆積し、さながら落ち葉ラッセルである。
落ち葉ラッセル後に左の支沢を望む
ふと振り返ると、前回遠望した岩峰が見える。
あれが碧岩かと思っていたが、そうでなかったことが判明。
地理的、方角的、山容など、釈然としなかった理由が解明する。
薮岩場
しばらく行くと沢筋は二俣。左は支沢で平凡、本流の右は水流のない滝場が見える。
ここは左へ。尾根への急登で一汗。
尾根上は歩きやすいが、すぐに薮岩場に突き当たる。
困難はないものの、岩は濡れていて苔も多い。念のためロ-プを出し、慎重を期す。
しばらく薮尾根を行くと、再び薮岩場。苔むす岩はクライミングというよりは沢登の範疇。
それを越えてひと登りで休憩に丁度いい台地。そして行く先に現れる北稜の白眉。
北稜
北西壁
左は北東壁、右は北西壁。どちらも垂直に切れ落ちる。
ガストンさんが初登した北西壁は、そう登れるものではない。
北東壁と北西壁の狭間、わずかに残された直上リッジが北稜である。
薮の中にも所々岩場が見える。
両側の切れ落ち具合に加えて、急角度。3人ともしばし圧倒され「え-っ」とか「はぁ-っ」などと感嘆の溜息。
核心は下段と上段にある2箇所の岩場。想像以上の角度で突き上げるそれに、正直告白すると行くのをためらった。
しかし、ここで引き下がるわけには参りますまい。
両側切れ落ちた細い尾根を四つん這いで行く。途中に2箇所、中木が行く手を阻んで緊張する。
20mほどで下の岩場基部に着く。ここからロ-プを出しての登攀だ。
下の岩場
下の岩場は一見10m弱。フェイス直上。
一歩あがって残置支点を発見するが、グラグラですぐに抜けた。
岩が脆くどうにもならない。
態勢を立て直そうと一歩退くと左手のガバがボロリと剥がれた。
油断はできない。
気を入れ直し右カンテ状の小さな立木を繋いで地味に高度を稼ぐ。
途中、脆い岩を見極めながら登攀が続く。
時に信用できそうもない薮を掴んで誤魔化しながら、立ち込むスタンスはもはや神頼み。
薮以外に支点はなく、途中苦しい場面で念のため持ってきたカムが効いた。
次第に薮が濃くなってくると、下の岩場は終了。上の岩場手前の立木でビレイ。ここまで25mほど。
上の岩場
上の岩場が核心部。カンテ状。
下の岩場のように薮はなくすっきりして、岩もそこそこ安定。
カンテ左を直上するとハ-ケンがあるが、ここまで7mランナウト。
支点が効いているのを確認してロ-プを掛けてひと心地。
そこから左に少しトラバ-ス。
このあたりからまたも岩質が怪しくなってくる。
よくよく確認しないと前兆もなくボロっと剥げる。
ハ-ケンを打ったものの、余り効いていないのが音でわかる。でも無いよりはいい。
信頼できる薮もなく、グズグズの小枝や草を鷲掴みで誤魔化し体重を掛けて行く。
「南無さん、頼むゼ-っ」と何度心の中で叫んだか。このあたりが一番苦しかった。
一段上がって、上の岩場最上部は手掛かりも多く正面突破。
ここまで25mほど。しかし取れる支点は少ない。
核心を抜けて薮に出たときには心底ホッとした。
大岩の右をかすめるようにすり抜けて上へ上へと35mほどで碧岩山頂。
フォロ-を迎え、三人揃ってひと安心。なんだか気が抜けて笑ってしまった。
山頂でひと心地
正直なところ、北稜を甘く見積もっていた感は否めない。
登攀グレ-ドはⅣ級くらいだろうが、非常に悪い。
悪さ、困難さは登攀グレ-ドをはるかに凌いだ。
決して安易に取り付くものではない。
しかし、アルパインというのは本来こういうものなのだろうと思い至る。
快適さを補うに余りある充実感がそれを物語っているかのように。
sak