2024/10/5-6 明星山P6南壁フリースピリッツ
sztさんから計画を聞いたとき、これに乗らないわけにはいかないと思った
これがラストチャンスになるかもしれない
仕事のことなど後で考えればいい
そこには、過去の後悔があった
あれは何年前だったろう
明星山・ACC-J直上ルートの開拓に携わったガストンさんにこのルートへ誘われたことがあった
まだまだ、前時代的な労働環境が色濃かった頃の話だ
平日休の私にとって、土日の登攀に参加することは困難であった
今まで、そんな仕事を何度恨めしく思ったことか
否、それを言い訳にして挑まなかったのは自分だったと、今になって思う
忌むべきは、あの時の自分自身だ
時は流れ、巡ってきたこの好機
湿原系沢屋に傾倒した最近の私にとって、フリーマルチは心理的ハードルが少々高めではある
気軽な山ではない、という緊張感があった
前夜、展望台のある駐車場まで入り車中泊
隣には少し前に着いたと思しきパーティーが幕を張っている途中であった
3時間ほどの仮眠
5時に起床するが、天気はどんより霧雨が舞う
この時点で今日の登攀は停滞ムード
装備を付けて万全の態勢となっていた隣のパーティーも「様子見」とのことだった
明るくなって岩壁を偵察するといたるところが濡れている
天候は回復傾向であるものの、より条件の良い明日の予備日に登攀することし今日は停滞
午後に取付きまで偵察に行くことにして、それまでは糸魚川の街に出たり、海を眺めたり、温泉に浸かって過ごす
昼過ぎに展望台まで戻ってお昼を食しながら岩壁を観察
だいぶ乾いてきているが、染み出しはまだ多い
偵察で下降路の確認と小滝川の状況、取り付きの確認
幸い、小滝川の水量は少なく渡渉の必要はなかった
他にやることもないため、車を走らせてフォッサマグナ(糸魚川ー静岡構造線)の断層見物や買い出しでまったりと過ごす
展望台に戻ったら、早々に食事をとってあとは寝るだけ
昨夜の寝不足を解消すべく、17時前には寝袋に入り12時間ほど眠りに入る
翌朝、雲の合間に星も見えて雨はなさそう
駐車場には昨日とは違う車が1台
私たちが準備をしていると、すでに準備は整っていたらしく早々に出発していった
アプローチは土産物屋(営業はしていない)から舗装路を左に少し降りた凸凹ガードの始まりから藪をかき分けて下る
次第に踏み後も明瞭となり小滝川に至る
下流に向かって河原をしばらく歩くと大岩が3つ連なっている
フィックスロープは切れているがいい目印になる
1つ目の岩からジャンプで2つ目へ渡って、あとは川原に降りる
岩壁基部を右に10mほどでリングボルトが1本打たれた箇所が取り付き
その先のリングボルト2本まで行くと行き過ぎというのは、予習済み
先行パーティーも同ルートとのこと
先行Pのフォローを見送り、適度な間隔が開いたら打合せ通りsakが先行、以下ツルベで登攀開始
1P:Ⅲ:40m、リード
草付き、ブッシュの岩場を左上
中間支点はブッシュで取り、ピッチの終了点は明瞭
2P:Ⅳ-:20m、フォロー
出だし3m程の小垂壁を越え、スラブバンドを左へトラバース
3P:Ⅴ+:30m、リード
スラブから真上の凹角をウメボシ岩に向かって登る
左上にフレークがあり、それを使って右上
一歩、スラブのちょっとした窪みに足を置くと安定する
4P:Ⅳ+:30m、フォロー
凹状を少し登り三角形の岩の頂点からスラブを下りトラバース
このスラブ下り数mが濡れていて、非常に怖かった
ここしかないと思われる窪みに足を置いてあとは滑らないことを祈りながら体重を乗せる
トラバース後は簡単なバンドを右上しハング下までバンドを右上
5P:Ⅴ-:20m、リード
ハング下のスラブを左へトラバースしウメボシ岩直下まで
6P:Ⅴ+:15m、フォロー
急な凹角を登りウメボシ岩を左から乗越し、岩を抱えながら下り気味にトラバース
ウメボシ岩の乗越は後ろにあるスタンスを使えば登りやすい
トラバースの初め、岩を抱えて一段降りるところは足場が見えないが、スタンスはあるとリードのsztさんが教えてくれた
sztさんと初めて山に行ったのは2014年11月
西上州の大津という、いわゆる「藪岩ルート」だった
それから、一ノ倉二の沢本谷、3ルンゼ、幽ノ沢左俣滝沢大滝などでロープを結んだ
彼にとってアルパインクライミングはどのように映ったか
今となっては聞くこともないが、彼自身の研鑽と継続によって今もこうして明星P6南壁の只中で共にいる
現在、私の技術は彼に及ばないのが現実で、できることといえば経験則によるルート考察だろう
技術と考察
共に作り上げるというのが、何よりも尊い
7P:Ⅴ+:30m、リード
頭上のフレークを越え右に見えるカンテを越えフェースを直上、上に見えるハングまで
出だしで少々左に行ってしまい、右へと移動するのに苦労しA0(残念!)
8P:Ⅳ+:40m、フォロー
ハング右下の切れ目凹角を越え、緩傾斜のスラブを直上
9P:Ⅴ:30m、リード
ハングの間、カンテ左裏に有る凹角へラインを取る
クラック伝いに登る為ホールドは少なくジャムとバックアンドフットで登る
支点も見当たらずカムが必要
凹角を抜ければ左上する中央バンド緩傾斜帯
10P:Ⅱ:20m、フォロー
中央バンドガレ場を登る
非常に不安定なガレ場で、ここでの落石は南壁基部に落ちるので慎重に
上部岩壁基部までくればひと休みできる
11P:Ⅲ:50m、リード
11-12ピッチは迷いやすいというのは予習で把握していた
パートナーと相談して以下のルートを選択した
への字ハング下の岩壁のもう一段下
いかにもⅢ級と思われる容易なバンド状緩傾斜を行く
次第に階段状の凹角となり、黒い垂壁を目指して右上、このあたりは容易だが支点少なくランナウト
少し上にリングボルト2本があるが、それを見送りハンガーボルトが2本打ってあるところまで進む
これが「正解」かどうかはわからない
手前のリングボルト2本がオリジナルとしては正解なのかもしれないが、12Pへ繋ぐ意味ではこのルートが合理的であると判断した
また、この場所はACC-J直上ルートと交差した場所というのも理由の一つであった
ACC-J直上ルートはこのP6南壁をほぼ直上する人工主体のルート
1970年にACC-Jによって拓かれた
ガストン氏は初登攀メンバーに名を連ねてはいないが主体的に開拓に携わっていた一人
彼がヨーロッパ遠征中にこのルートが完遂されたと聞く
初登攀の発表後、氏がACC-J直上ルートを完登したのは1977年
会報・なーげる8号(1977年)には「やっとACC-Jルートを登った喜びは大きい」と記されていた
その後、氏が故郷・茨城に移り創設したのが「ACC-J茨城」
初めはACC-Jの茨城支部という位置づけだった
後年、彼は明星山P6南壁に訪れた際、ACC-J直上ルートに取付くパーティを見てこう回顧した(R&V23号:1996年)
ルートというものは無形のものであるが、なにか自分の子供のように可愛く感じてしまうのだ。
できればそばに行って”ACC-Jルートを登ってくれてありがとう”と握手を求めたい心境である。
(中略)
このルートには私の青春がある。
それだけ情熱をかけたのだ。
でも、完登されたとき、私は海外登山で日本を留守にしていてメンバーに入れず、今でも少々悔しい思いが残っているのも事実なのだ。
その情熱と交差する場所に今立っている
時の経過とともに風化していくであろうルートの痕跡と自身の気力を前に、せめても会の先達が情熱を注いだ場所に立ちたい
私がこの登攀に込めた意義の一つでもあった
12P:Ⅴ-:30m、フォロー
11Pのラペルステーション(ハンガーボルト2本)から真上の凹角状を直上し中間部より左上する
13P:Ⅳ:30m、リード
凹角からパノラマバンドを左へトラバース
顕著なバンド下のスタンスを拾っていけば快適
14P:Ⅴ+:40m、フォロー
凹角から凹状左フェース、右にカンテ越え緩傾斜帯の草付きへ
凹状の左フェースがこのルートの核心かと思う
手足ともに細かくバランシー(力及ばず、A0で)
抜け口左にあるガバをとれれば、一気に体を上げられる
sztさんはロープが重く途中で切っていたので、sakがそのまま上がり上部の松の木まで
実質の登攀はここで終了
15P:Ⅱ:20m、リード
松の木から左へトラバース
岩交じりの安定した踏み後をリッジのテラスまで
16P:Ⅲ:20m、フォロー
リッジ通しに行く
途中の岩にスリングとカラビナの残置があり、本来14P終了点の松の木からここに上がると思われる
この先の岩塔は左を回り込む
17P:Ⅲ:20m、リード
岩塔左の基部から一段上がれば、左右どちらでもルートはとれそう
左は切れ落ちていそうだったので、安全第一で右から回り込むと南山稜の踏み後
ここから踏み後を少し下るとスリングの巻かれた松の木があって、そこでロープを外し靴を履き替える
いつものことながらこの瞬間はホッとする
下山は急な踏み後を行く
少し行くと左岩稜の大岩上の松の木が見えるのでそれを目指してクライムダウン
そこからはフィックスやピンクテープを目印に下るが、時に不明慮となる
あとは山屋の勘で踏み後を探しながら行くと導水管のある場所に出る
南山稜の松の木(靴を履き替えた所)から約1時間半だった
あとは導水管伝いに下り、小滝川は飛び石伝い
少し登り返して舗装路に出る
ここまでくれば駐車場までは一投足
「気持ちいい」
岩壁を仰ぎ見て、優しい風に吹かれながら想う
山は逃げないというけれど、時の経過からは逃れられない
それでも「行きたい」という気持ちに偽りはない
自由を手に入れろ
魂を磨き、解き放て
FREE SPIRITS
sak
↓動画も
~追記~
振り返ると、明星山の存在を教えてもらい気にかけ始めたのがもうかれこれ10年近く前。
3年前に展望台に立ち寄って南壁を目の当たりにし、具体的に登ろうと思ったのが1年くらい前の話。そのころには磨いていた登攀力はすっかりサビついていて、それからのサビ落としのトレーニング中は楽しい時間でもありました。
藪をつかみ、ヌンチャクをつかみと何でもありでスピードを意識しながら登り、10ピッチをこえるルートでしたがsakさんとお互い持っている良さを出し合ってまずまずのスピードで登りきることができたかな?と思っています。道中の運転は全部sakさんにお世話になって、無事に事故なく自宅まで戻ることができました。どうもありがとうございます。
それからサビ落としのトレーニングにお付き合いいただいた方々や、トレーニングの時間を融通してくれた家族にもお礼をお伝えしなければなりません。どうもありがとうございました。トレーニングはまだまだ続きそうなんですけどね、ムフフフフ、、、
同行者より