2024/9/24-26 南会津・大津岐川一ノ沢~下ノ沢下降~ミノコクリ沢~中門沢
隣は何をする人ぞ
普段の私は「山」という趣味を身近な人たち ー特に職場の人たちー に発信していない
したがって、私が休日をどのように過ごしているかなど知る人物は少ない
最も、皆から興味を持たれているわけでもなく「ねぇねぇ、休日は何してるの?」なんて聞かれることもない
プライベートに深入りするのは、お互い慎重になる
まぁ、時代といえば、そういう時代でもある
おそらくはあまり面白味のない「無趣味人」
そんな風に映っているのかもしれない
転勤して約2か月
ようやく仕事にも周りの人との距離感にも慣れてきた
職場の少々希薄な人間関係をどう思うこともないのだが、ある日「独り時間が大好き」と公言する隣の席の同僚が珍しく話しかけてきた
「実は、休日に近所の店で独り昼めし食べながらビールを飲むのが好きなんです」
そういいながら、こちらに向けたスマホの画面には蕎麦と天婦羅、そして瓶ビールが写っていた
私は「いい趣味ですねぇ。楽しいだろうなぁ」と最大限の賛辞を示し、当の本人も大層満足そうだった
これは忖度でも社交辞令でもなく本心からの言葉だった
この後、風呂にでも入ったならこれはもう天国だろうな、とも思った
危うく明日からの山行の決意が揺らぐところであった
私は私でこの時とばかりに「実は、明日から趣味の山登りに行くんです」と応じることもできたが、刹那躊躇しその言葉を飲み込んだ
そしてその代わりにもう一度、心を込めて「羨ましいなぁ」と呟いてみせた
「いつかは中門沢」
会津朝日・駒山群にあっていつかは訪れたい場所の一つであった
御神楽沢ではなく中門沢を選んだのは、その秘境成分の濃さからである
しかしながら詰めあがる中門岳から会津駒は言わずと知れた人気スポットであるが故、足が向かなかったのも事実
9月の三連休
それが明けた日からの三日間
そのタイミングなら静かな山旅を堪能できるのではないか
そうして私は中門沢に向かった
2024/9/24
前夜、大津岐発電所まで
一ノ沢の林道を歩き取水堰から入渓
一ノ沢を少し下降して白沢岳北の鞍部に至る支流に入る
いくつかの滝を直登や軽い巻きでこなして鞍部に出る
藪はそれほど濃くない
鞍部をまたいで下ノ沢へと下降する
藪を頼りに下ると視界が開けてガレ場に出た
藪とのコンタクトラインを藪伝いに下っていくとやがて窪へと落ち込む
淡々と下っていき、途中で懸垂下降を2回
いずれも捨て縄があるので、ミノコクリへのアプローチとして使われているのだろう
中流部からは穏やかな渓相となって軽快に水を蹴りながら進む
天気も良く、気持ちのいい沢下降となった
やがて下ノ沢はミノコクリと合流する
ミノコクリは想像以上に水量が多く、白波を立てうねりながら流れ下っていた
遡行するには川縁を繋ぎながら進むほかない
途中に滝場やゴルジュ地形も出てくるが困難な滝登りや泳ぎ、大高巻きはなかった
歩くたびに逃げまどう魚たちを目で追いながら今日の夜を想う
金山沢を過ぎ、ウグイ沢(地形図では「ドングリ沢」)に出合う
その少し上流の左岸に幕場を見出し、宵の準備に勤しむ
-ミノコクリの夜-
自由で孤独な暗闇に咲く紅蓮華
華片がひらひらと天に舞う
見上げれば無数の星が目に染みる
そして手を伸ばす
心情はビジュアルに残らない
歩いたことと、思ったことを残したい
山を歩き、言葉を繋げることが私にとっては救いであり、逃避だった
もう少し勇気を持てたなら、手の届く星もあったのだろうか
2024/9/25
ミノコクリ沢はウグイ沢出合から中門沢と名を変える
水量も落ち着き、流心を渡るにも不安はなくなる
特段の難場もなく、ただひたすらに高度を上げていく
時に現れるナメも美しいが、それこそが中門沢というものではない
むしろ美しさでいうなれば御神楽沢の方に軍配は上がるのだろう
それでも中門沢を選んだのは、そのアプローチの不便さと山深さに他ならない
何より、そのクライマックス
そう、中門岳である
クライマックスを思い描いて上流部を詰め上げる
背後には丸山岳と会津朝日岳
何度も振り返って山波を目で追ってしまうのは、これらの山々に思い入れと思い出があるからだ
やがて源流
流れも枯れて藪に入り、中門岳と2038mの鞍部に出る
少し上がると草原に出たので、ここでひと休み
中門岳へは今しばらく藪を漕ぐ必要があるけど、もう少しだけ秘境成分に浸っていたいとの思いからだった
そこから藪の斜面をひと登りで中門岳の一角に出る
中門岳は筆舌に尽くしがたい美景が広がる
先を急ぐ気持ちはあったけど、ここはそういう場所ではない
ここで先を急いだならきっと後悔するだろう
もう一日ある
本来の計画では、大津岐へ小ヨッピ沢か大沢岐沢を下ろうと思っていた
その予定を鉄塔奥只見線の巡視路下降へと変更することで時間は稼げる
誰一人いない中門岳で日本酒を一口
微かに発泡するさわやかな甘さが口に広がる
思わずもう一口
そして少しだけ昼寝をする
少し前に教えていただいた山の嗜みだ
水面は雲を映す
雲は流れて穏やかに時を刻む
そうして陽は傾いていく
傍らに寒菊の剣愛山
この山を前に独り酔いが回れば、詩人にもなる
この時が何より麗しい
会津駒ヶ岳を越えて、駒の小屋を大津岐峠方面に進む
駒の小屋周辺で人と出会うことはなかった
時間的に夕餉の準備中で皆忙しいのだろう
暗くなるまで尾根を進むこととしたが、途中で風が強まりあたりが霧に覆われてくる
大津岐峠前後では草原がそこここに現れて飽きることなく歩くことができた
鉄塔巡視小屋付近まで行って幕としようと思っていたが、強まる風と霧を避けるため手前の1749鞍部で幕とした
普通の登山道なのだが、一人横になるスペースは確保できた
後は、食べて寝るだけ
明日は天気も回復するとラジオで報じている
それを寝袋の中でウトウトしながら聞いていた
2024/9/27
今日は下山するのみ
朝日に染まりながら歩き始める
1861m南の鉄塔と巡視小屋(利用不可)を見物したら、少し戻って鉄塔巡視路を下る
結局、山で人と会うことはなく静かな山旅となった
「いつかは」と思い描いた場所に立つ
先延ばししたことを後悔し、同時にここへ来たことに満たされる
過ぎゆく時と対峙して白秋を歩く
巡視路を下りながら、山行前日の同僚との会話を思い起こす
刹那、言葉を飲んだのは彼の満ち足りた感情に水を差すことになるのではないか、そう思ったからだ
あの会話は、彼が主役であるべきだった
さて明日、彼に会ったらどこから話そうか
今度は、私の番だ
sak
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