2000/3/下旬 荒船山
視界が開けた。
そこには威風堂々、荒船山が横たわる。
それは周囲の山々をかきわけ進む一艘の船のように見える。
「赤城」「榛名」「妙義」といえば上毛三山であるが、 いづれも大日本帝国の軍艦名に採用されている。
上州の名山、という意味で「荒船」だってそれらと無縁ではないはず?
そんな思いをヨソにガス欠寸前で国道の艫岩直下を進むマイカ-に乗る私は戦々恐々。 駆逐艦の真下を通過する潜水艦員のごとく無意味とわかっていながらも息を潜める。
予想を裏切り、山肌には雪が付いていた。
と思いつつも笑みがこぼれている。
いい気になって装備を装着していると、何か物足りないというか、 しっくりこないというか、落ち着かないというか・・・。
この不思議な感覚はいったい何?
ここで考えても仕方がない。
それでなくても1時間の寝坊で予定は狂いつつある。 釈然としないままであったが内山峠駐車場を出発。
ここからのコ-スは断崖と奇石を望むワクワクドキドキコ-スである。
そんな期待とは裏腹に、風は視線の先から猛烈な勢いで 私を目掛けて体当たりを繰り返す。
登山道は冬とも春ともつかない 状況であった。
北面は一面の雪。しかもガリガリに凍り付いているため滑るのナンノ。
一方、南面はホカホカ、足元の地面はふんわり、とても心地よい。
何度もアイゼン装着を迷いここまで来ていた。
「ズルズル・・・」案の定、雪道では滑って転んでジャジャジャジャ-ン。
そこで気づく事になる失態。
あら?なんとスパッツが左右、逆じゃないですか。
出発時のしっくりこなさの原因はこれであったのだ。
そんな自分を一笑に臥す。しかしこれはこれでいいじゃないか。 直さずにそのままづんづん歩を進める。
おもしろい看板を発見した。
カラフルな色彩、懐かしいブリキの素材、時代を感じる文字。
それ以上に目をひく「マツダランプ」。
その筋の方には何とも「レア」なお宝のようにも感じる。
珍しい者を見るとにわかコレクタ-になる私の邪心がそこに見え隠れする。
艫岩に到着した。
ここは荒船を船に見立てたちょうど舳先である。
聞きしに勝る断崖絶壁。
「タイタニック」の名場面をここで再現しようと思ったが とてもそれどころじゃない。
船首の先には浅間山の雄姿が迫る。
向かい風の荒海を進む荒船山は、大いに今の私に勇気を与えた。
休憩舎と雪だるま休憩舎に出た。
溶け加減の雪だるまが道行く私を出迎える。
船の甲板に当たるこの場所は山上とは思えないほど平らな笹原である。
快適な雪道を快調に進む。驚くほど距離が稼げる。
山頂から北アルプス方面を望む経塚山への登りはアイゼンを装着した。
凍り付いた雪道にそれ無しではとてもじゃないが太刀打ちできない。
アイゼンはカリカリとアイスバ-ンに食い込みその威力を充分に発揮してくれた。
山頂からは中部山岳の山並みが紫紺のシルエットとなって望む事が出来た。
さてと、ここいらでメシにしようか。
あああっ!出発時の「もの足りなさ」発見。・・・メシがない。(トホホ)
コンビニで仕入れたパンをそっくりそのまま車においてきてしまった。
幸い、昨夜入れておいた行動食とホットミルクでエネルギ-補給出来たが、 何たる失態。そんな自分に腹が立っても、おなかが膨れる事はなかった。
浅間山と神津牧場下山予定は経塚山までの往復であったが、 予定変更をして荒船不動尊へと下る事にした。
この頃から、私の気持ちは落ち着かなかった。
転勤後の仕事は日に日に激しさを増す。
そんな中、 自分の意志を確認する為、迷いを打ち消す為、気分転換も含めて 名前も上々とここに来る事にしたが、いまだ迷いは有った。
今日来たのは何であったのか?スパッツや昼食の失敗をやらかす為だったのか?
苦悩の果てに、仕事の用件で携帯が鳴る始末。
一気に現実へと意識は冷めかけた頃、日本最高所の牧場、「神津牧場」が 見えてきた。
迫力の艫岩神津牧場のソフトクリ-ムは 腹に染み渡る美味しさだった。
シ-ズンはずれの誰もいない牧場は寂しさを感じずにはいられなかったが お土産も買い込んでとても満足した。
神津牧場を後に今歩いてきた艫岩を眼前に仰ぎ見る事となる。 ものすごい、岩壁、威圧感。 とても私達人間には考えつかない造形だ。
荒船山のシルエット 夕方、妙義の麓から見る、荒海を乗り越え前へ前へと進まんばかりの荒船山は実に美しかった。
今日はまったくどうかしていた一日だった。「ついてない」と思うのは明らかに 言い訳じみていた。
仕事の辛さや日頃の不運を嘆いている自分は、慰めや労いの声を期待していた。 自分がやらずとも、誰かやると少なからず期待していのかもしれない。
だからといって急に変わる事は出来ないであろう。
しかし今は荒船山のように 実際は進まずとも
荒海に向かって前へ、前へ。
少しずつ、ちょっとでも、変えていかねばならない課題を私は山から授かった。
sak