2000/7月 二子山、武尊山、鳥甲山
6月27日、秩父:二子山。
暗い杉林を歩く暗い広葉樹の森は 昨日の雨をたっぷりと含み瑞々しい空気を生む。
今日は幸い雨が落ちていない。しかし、ガスで視界はほとんどない。
太陽光もここまでは届くわけもなく、蒸し暑さがないのは 私にとってありがたい事であった。
淡々と歩を進めると股峠についた。
ここを境に 東岳と西岳がそれぞれ右と左と道を分ける事となる。
ここ二子山は何時か行ってみたい山のひとつであった。
その魅力はこれから目指す東、西、双子の峰の岩稜にある。
いつもの私は月イチが山行のペ-ス。
仕事が落ち着きつつあり、妻子も里帰り。久しぶりの単身貴族の身。
このチャンスを逃してなるものかと休日ごとの山行計画をたてた。
その第一回目がこの山行であった。
東岳へは岩場があると聞いていた。
確かにガスに濡れた岩場はいつもよりフリクションが利かない。
目の前にした核心部はザイルは垂れているがどうもスタンスが取れない。
しかも足元は30cm程の草付テラス。滑れば崖下にまっさかさまだ。
「ああでもない、こうでもない」 と体位を変えながら考えた挙げ句、この登りはたとえ登れても下る事は困難と判断。 違うル-トを探す事にした。
登山道を少し戻ると、スタンスと足元の安心できる岩壁があった。
確実に3点確保をしながら登ると程なく東岳。
ここで一休みとする。しかし、「なぁ-んにも見えないや」。
一休み後、山頂を後にする。
この東岳は岩のル-トが何本かあるようだ。 踏み後にしたがってそのいくつかに踏み込んでみる。
これも練習練習。
最初のル-トは岩壁を下ると断崖のスラブに突き当たり退却。
二本目は登りと違ったル-トで下る事が出来た。
岩の冷たく硬い感触が指先に残る。この感触、ほぼ一年ぶりだ。
西岳へは、股峠まで戻り そこから健脚コ-スとファミリ-コ-スがあるようだ。
もちろん健脚コ-スをと思っていたが、ついぞ分岐点に出会わずに稜線に 出てしまった。首をひねりながらも戻る気にもなれず、この先へと進むと 程なく西岳山頂に到着する。
下山途中、あいにく雨が落ちてきた。
梅雨時とあって、生ぬるい雨であった。
森の中でふと足を止める。目を瞑り天を仰ぐ。
木の葉に落ちる雨の音。 地面に落ちる雨の音。 草葉に落ちる雨の音。
頬に落ちる雨の音。 遠くに落ちる雨の音。 近くに落ちる雨の音。
様々な音が交錯する。
その様子が真暗な瞼の裏にくっきりと画となって写る。
「雨、これもまた、たのし」なのである。
7月4日、上州:武尊山。
梅雨の中休み。
日帰り登山にうってつけの「山日和」となった。
前夜に突然山行を決めたこともあって行き先に悩んだ。
私的には岩場と稜線のある近場で初めて行く山が希望であった。
地図を見るにつれ、武尊山は岩場も多いことに気づき山行を決めたのだ。
なるほど、山頂に近づくにつれ岩場が出てきた。
しっかりした岩は安定したホ-ルドとスタンスとなり 鎖は使わず登る事が出来た。
ようやく山頂が見えた山頂が見えた。
キレイな円錐形の山頂だ。
それに連なる山々もキレイに背稜を四方に張り巡らせていた。
最後の登りがキツイ。
はい松の小道を意識しながらゆっくり登ると視界が広がってきた。
そこが山頂である。
山梨から来たという先客が2人、ランチを楽しんでいた。
百名山52座目で、明日は至仏山だそうだ。
そして後から来た2人は沢登で昨日から山に入っていたそうだ。
それぞれの住まいから別々の道を歩んで同じ山頂に立つ。
そして、名も知らぬ同士、会話が弾む。
今の世の中にこんな偶然があるとは、なんとも感動的なことだ。
山頂直下から剣が峰を見る山頂からは剣が峰へと下る。
山頂直後、ガレの急降下は注意が必要だ。
雪渓を横切ると目指す剣が峰まで急な登下降の繰り返し。
みるみる脈拍が早くなる。
風が出てきた。
最近の関東北部は毎日のように激しい夕立に見舞われている。
落雷による死者も出てしまったことを昨日のニュ-スで放送していた。
今日も間違いなく雷雨となる事であろう。
そう予感しながら歩いていると、 野鳥が二羽、ヒュンヒュンと音をたてながら風に乗って稜線を越えて行った。
もう稜線は雲の中林道を駐車場に向けて歩く頃、 稜線はもうガスに霞んでいた。
ちょうど私の頭の上まで灰色の雲が迫ってきていた。
私の歩調に合わせて青空が灰雲に呑み込まれて行く ようでなんだか気味が悪かった。
林道の水溜まりに何か蠢くものがあった。
恐る恐る眺めると「おたまじゃくし」の大群だ。
注意深く見るとほとんどの水溜まりに見つける事が出来た。
昨日の雨で何処からか流されてきたのだろうか?
だとすれば、これからの雨でもっと広いところに流される事であろう。
彼らにとっては雷雨だろうが風雨だろうが、 待ちに待った旅立ちの時になる。
自然とは誰の物でもなく、何事にも無駄なく出来ているものである。
7月10日、信州:鳥甲山。
真っ赤な「アカクラ」台風一過の晴天は今日も続いていた。
苗場山の向こうに入道雲が見える。まるで夏真っ盛りのような一日の始まりだ。
前方にアカクラが見える。
「あら、ホントに赤いんだねえ」などと感心していると 細々とした登山道脇に細長い生物がにょろにょろと・・・。
瞬間、私の動きが止る。
この紋様は間違いなくマムシだ。 刺激しない様、そろそろと道の端っこを通過する。
その後、そのテの生き物とは何度となく出会った。
広葉樹林からダケカンバ林と植生が変わり、急登に汗するとシロクラに着く。
さて、ここから先がこの山の核心部である。
カミソリの刃渡りカミソリの刃渡りとは良く言ったものだ。
ナイフでなくてカミソリという所になんとなく納得である。
肩幅ほどの道の両側は断崖であったが、通過に困難さはなかった。
しかも、核心部はほんの少しで終わってしまった。
私自身、ここを楽しみに来たのだが、あまりのあっさりさに拍子抜けした。
先に進むと大キレット・長谷川ピ-クのミニチュア的なピ-クがある。
ミニチュアとは言うがなかなか、手強そうではある。
が、ここは立ち入り禁止だそうだ。
行ってみたい気持ちはあったが、素直に入らない事にした。
踏み後はあったので以前はここが正規ル-トであったのだろう。
とすれば、スリルある岩稜歩きといわれている事にも合点がいった。
山頂を振り返る山頂は オオシラビソなどの樹林に囲まれてあまり展望が得られなかった。
誰も登ってくる事はないだろう。そう思い込ませるほど静かな山頂。
ゆっくりとアンパンなどをほおばりながらパンツ一丁になってシャツは 岩上で乾かす事にした。
下山は登りの途中に見た真っ赤な岩壁、アカクラへと向う。
そこへの途中、道の100mほど谷間で熊らしき「グオォ」 という咆哮とヤブの揺れる音がした。
しばらく揺れるヤブを眺めていたが、それが何なのかは とうとう確認できなかった。
栃川温泉小屋強烈な太陽光が いまだに容赦なくふり注ぐおやつ時。
私はひなびた温泉小屋で湯船につかりながら窓の外に降り注いでいる その光を他人事のようにボ-ッと眺めていた。
体が熱い。温泉に入っているからだけではない。
この時、自分が随分日焼けしているのだろうと予感した。
おそらく今回は、今年の夏山へ向けて最後の山行の予定である。
自分なりに体は作れたはずだ。岩にも触れてきた。
はたして、アルプスの山々は私を受け入れてくれるだろうか?
そう思うと今更ながら焦燥感にとらわれる。
その答えは確実に八月上旬には出ているはずだ。
完璧にやろうとは思わない。自身を評価するわけでもない。
「まあ、このくらいは良しとしよう」なんて去年のように思えれば
この梅雨時の狂騒が遅すぎた青春の輝く1ペ-ジとなるだろう。
sak