エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

臨床的な直感は,宝物

2017-02-15 06:50:27 | 間奏曲

 

 

 

 
ヴァン・デ・コーク教授の『身体・・・』も、Amazonではベストセラーらしい
 ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待......
 

  発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども。ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.161の、最後のパラグラフから。

 

 

 

 

 

 その手紙は次のように続きます。「子どもが幼いころの体験するムゴイ体験によって,発達上の様々な障害が次々に生じる,という考え方は,研究だけやってたら気付かない臨床的直観です。この(ヴァン・デ・コーク教授らの)提案書は一般向けに作られていますが,有望な研究によって,裏付けられたものではありません」。実に,私どもはこの提案書には,様々な有望な研究を盛り込みました。その中から二つをここにご紹介してみましょう。

 

 

 

 

 

 

 臨床は,このような臨床的な直感によって支えられています。

 臨床的な直感に支えられた臨床が,最も効果的な臨床になります。

 そう,臨床的な直感は,宝物!

 

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聖書の言葉 : 単独者の幸福

2017-02-15 02:51:43 | 聖書の言葉から

 

 

 

 
ジョアンのお祈り、人類のお祈り 鍛錬の賜物
    弱さの強さ  弱さの強さ。形容矛盾に見えますね。何を言いたいのか分かりません。不思議! バイブルには、こういう不思議な言葉がたくさんあります。 ......
 

 今宵の聖書の言葉は,内村鑑三の言葉です。

 

 

 

 

 

 勇者は独り立つ時最も強し

 

 

 

 

 この言葉は,鈴木俊朗さんによれば,フリードリヒ・シラーの『ウィリアム・テル』の言葉だそうです。

しかし,この言葉は,西村秀夫先生が好きだった聖句「立ち返って静にしていれば救われる 安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ書30:15)と同じ事態を言っています。

 


 

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インターメッツォ: エリクソンの叡智 : 視覚の恵み,ヴィジョンの恵み

2017-02-15 02:29:56 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 

 
子どもに必要なのは、知識ではなく、エネルギー
   創造の翼も広がる  虫眼鏡の向こうには、子どもと分かち合う時に、発見の悦びの世界に変わります。 『The Sense of Wonder 不思議を......
 

 今宵も,Toys and reasons. p.46から。

 

 

 

 

 

 五感から受け止めたメッセージを,まとめようとすることこそが,視覚の恵みになりますよ

 

 

 

 

 

 視覚の恵みはまとめる力。

 ヴィジョンの恵みもまとめる力

 ヴィジョンこそ,1人の人を確かにさせ,まとめ,

      1つの人類を確かにさせ,まとめます

 

 

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現世考: 今の学校は,いじめ

2017-02-15 01:41:36 | 間奏曲

 

 

 

 
信頼することと、従うこと
   甘いこと、甘やかすことって、大事です。 今日は、Young Man Luther 『青年ルター』、第Ⅷ章 終章(エピローグ)のp.257の、第2......
 


 今日,2 14, 2017の朝日新聞12▲版,社会面は,「学校いじめ自殺特集」でしたね。上の写真は,その新聞です。横浜市では,福島の原発から避難した家族の中学生が,150万円もカツアゲされていたのに,教育長の岡田優子さんは「いじめじゃない」と,何の臆面もなく言ってましたっけ。でも,「やっぱりイジメでした」と頭を下げている写真が載ってます。愛知県一宮市でも,福島県南相馬市でも,中学生がいじめを苦にして,自殺しています。

 なぜ,このように学校でのいじめと自殺が繰り返されるんだろう? と疑問に感じる人が多いかもしれませんね。

 学校が,教員らが,教育という本分は,とうの昔にドブに捨て去り,イジメ集団,ヤクザ集団になっているからです。言い過ぎ? いいえ,そうではありません。私も,実に長期にわたり,学校と教員と呼ばれる人と,付き合いがあります。私の恩師,西村秀夫先生も,山形県小国の基督教独立学園高校や東京大学で教員をしていましたし,今でも魂の師であることに変わりありませんが,西村秀夫先生のような誠実な人は,東大はじめ,学校という組織の中では,例外的でした。高橋三郎先生も,昭和女子大学や東京大学の先生でしたが,やはり例外中の人でしたね。例外も,ごくごく少数ながらいますが,大多数は,イジメ集団です。

 なぜか? 人間の根源的な上下関係は,エリクソンが繰り返し指摘しているとおり,大人と子どもの上下関係です。教育は,この根源的な上下関係を乗り越えるところにその本質がありますが,そのためには,育を実践する大人の側に,極めて高い倫理性が求められます。それは,例えば,戦後民主主義教育の実践者,無着成恭氏が,子どもひとりびとりに対して,「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」,すなわち,仏になる可能性,ポテンシャルを認めて,心から大事に関わる,という超越的な倫理性を内面化していましたね。

 ところが,今の大多数の教員は,倫理の内面化を著しく怠っているので,丸山眞男教授が正鵠を射ているように,権力化せざるを得ません。すなわち,教員は,大人と子どもの上下関係,子どもの弱みにつけ込んで,関わっていることが,すなわち,自覚的,無自覚的に,いじめをしていることになるのです。ですから,新聞に載る学校だけがイジメ集団であるのではありません。ほとんどの学校が小学校から,大学に至るまで,イジメ集団になっている訳です。

 

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