エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

エリクソンの叡智: ヴィジョン,見通しと≪超越≫ #ヴィジョン #超越

2017-05-19 07:26:11 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 

 
インターメッツォ : みにくい自己にすぎなくても
   日常生活の中にある超越 なぞなぞの答えは何だっけなぁ?  眼と眼が交わること、見つめ合うことが育つことが、母子の大切な対話になる、と言いますね。そ......
 

 今朝のエリクソンも,Toys and reasons. から,P.126

 

 

 

 

 

 見通しは,一番うまくすれば,今自分がいる場所から見える現実を≪超越≫するものになりますから,自分の足元を照らしながら,遥か彼方まで人を導いてくれるものですね。

 

 

 

 

 

 見通し,ヴィジョンって,とても大事なものですね。

 今のニッポンに,自分のことだけに汲々として,ウソとゴマカシ,自分の安売りが蔓延しているのは,エリクソンの叡智が示してくれるヴィジョン,それから,日常生活の礼拝を,私どもが失っているからです

 

 

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見事な回復  #発達障害 #発達トラウマ障害(DTD)

2017-05-19 03:03:32 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

  発達トラウマ障害(DTD)のご相談は,こちらへ。agape☆gmail.com  但し,全て半角にしてから,☆→1430777@に変換してください。

 

 
清原選手+無知無恥夫婦= 「ウソのプロフェッショナル」
   クリスマスローズに思いを寄せたら             これがクリスマスローズ 美男美女を排して、ピエール瀧さんが主演を張った土曜ドラマ「64ロ......
 

 発達トラウマ障害(DTD)=愛着障害の子ども。ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.181, 最後のパラグラフから。

 

 

 

 

 

 ジャネはイリーネを何カ月も掛けて,主に催眠を使って治療しました。最後にジャネは,イリーネに対して母親の死について訊いてみたんですね。するとイリーネは泣きだして,「そんな怖ろしいことを思い出させないでください… 私の母は亡くなって,父は,いつものことですが,すっかり酔いつぶれてしまいました。私は夜通し母の亡骸の世話をしなくてはなりませんでした。母を甦らせようなんてバカなことをあれこれやったりして… 朝になったら気を失ってました」。イリーネは母親の死にまつわる話をしただけではなくて,自分の気持ちも回復していたんですね。「私,とても悲しく,見捨てられたと感じました」って。ジャネはイリーネの記憶は「完全に元通りになった」と言いました。というのも,その記憶は適切な感情を伴っていたからです。

 

 

 

 

 

 ジャネのセラピー,催眠療法はお見事でしたね。記憶が当然そこにある感情を伴って回復したからです。記憶が無意識にあれば,恐怖心や罪責感,激しい怒りや恥など,不適切な激しい感情が伴いがちで,それが様々な「問題行動」に繋がります

 

 

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現世考: 引っ越しの効用  #忠実#抵抗

2017-05-19 02:03:59 | 間奏曲

 

 

 

 
清原選手にも読んでもらいたいなぁ
   クリスマスローズに思いを寄せたら             これがクリスマスローズ 美男美女を排して、ピエール瀧さんが主演を張った土曜ドラマ「64ロ......
 

 

 引っ越しで,本田哲郎神父様のDVDが出てきた話を昨日しましたね。でも,それだけじゃなかったんですね。

 『みすず』427も出てきたんです。私が早稲田大学に通ってた時に読んだ本で,一番感動したのが,丸山眞男教授の『現代日本の思想と行動』(未来社)です(あるいは,エーリッヒ・フロムの『希望の革命』?)。藤原保信先生の本じゃなくて,「藤原先生ゴメンナサイ」。その「みすず」427も,丸山眞男教授が,8月15日,1996年に亡くなって,その10月に出た「追悼・丸山眞男」です。

 追悼文や弔辞がのっているのですが,今回そのいくつかを読んでハッとする文章に出逢うことができましたから,それをシェアしようという訳です。それは,最近日本に帰化された,ドナルド・ドーアさんの文書です。

 「たまたま手元にある丸山氏の本は『忠誠と反逆』の一冊だけだが,その主題のエッセイを次のような引用で締めくくっている。

 「本来忠節も存ぜざる者は終に逆位(引用者註:抵抗)これなく候

 立派な逆位(引用者註:抵抗心)を持てる資格を与えたのは,彼の真理と理性への忠節であったと言えよう

 政治家,企業人,ジャーナリスト,裁判官,学者…が,自分と身内,教え子の出世のために,真理や理性や良心をドブに捨て去り,自分を売り渡して,日和見を決め込んでいる今のニッポンに,必要不可欠なことばではないかと思いますね。

 

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聖書の言葉: 通りすがり #本当の自分 #聖書

2017-05-19 01:38:59 | 聖書の言葉から

 

 

 

 
待つ教育
  ルターの「天にも昇る悦び」  真に自分のためになることは、必ず人様のためにもなる不思議ですね。 Young Man Luther 『青年ルター』p201......
 

 今宵の聖書の言葉は,「通りすがり」です。

 通りすがり,と聞いたら,余計なことには関わらないで,通り過ぎる,という感じですね。そうすると,周りの人やモノや自然が,目に入っても,見えません。人間は意識して見ないと,見てても見えない存在だからです。

 でも,何かに関心がある人は,通りすがりでも,関心のあることには眼が向くみたい。鳥が好きで関心がある人は,通りすがりでも,鳥に気が付くのでしょう。アクセサリーに関心がある人なら,通りすがりの相手でも,気に入ったアクセサリーをしていたら,そのアクセサリーやそのアクセサリーを付けている人に眼が向くのでしょうね。

 イエスは通りすがりにいろんなことをする人でした。弟子たちを集めたのも通りすがりでしたし,セラピー,癒しをしたのも,通りすがりでしたからね。その一つが,『新約聖書』の4番目に出てくる「ヨハネによる福音書」の第9章の最初に出てきます。

シロアムの池

9章 1道すがらイエスは生まれつきの目しいを見られた。2弟子たちがたずねた、「先生(ラビ)目しいに生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか、この人ですか、両親ですか」と。3イエスは答えられた、「この人が罪を犯したのでも両親がでもない。神のわざがこの人に現われるためである。4わたしをつかわされた方のわざをわれらは日のあるうちにせねばならぬ。夜が来る。するとだれも働けない。5世にある間わたしは世の光である」と。6こういって地に睡し、睡で練粉を作り、それを目しいの両目の上にぬって、彼にいわれた、7シロアム(訳せば、つかわされたもの)の池へ洗いに行きなさい」と。彼は行って洗い、見えるようになって帰って来た。8近所の人々や前に物乞いであったのを見ていた人々はいった、「この人はすわって物乞いしていたではないか」と。9ある人は「その人だ」といい、ある人は「否、似ているだけだ」といった。しかし本人は「わたしです」といった。10そこで彼らはいった、「それならどうして目があいたのか」と。11彼は答えた、「イエスという人が練粉を作ってわたしの両目にぬり、『シロアムヘ行って洗いなさい』といいました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」と。12彼らは「その人はどこにいるか」とたずねたが、「知りません」と彼はいう

 前田護郎先生は「道すがら」と訳しています。イエス・キリストは,何に関心があったんでしょう?

 このシロアムの池で眼を洗って,眼が見えるようになって人は,眼の治療をして貰いましたね。でも,セラピー,治療してもらったのは,果たして眼だけだったのでしょうか?

 私は,この人が,人から尋ねられて,「わたしです」とハッキリと応えたことがヒントだと考えますね。この人は,視力を回復しただけではなくて,「わたし」,すなわち,自分自身,≪本当の私≫,命を回復したのだ,と言えないでしょうか? イエスは,この「ヨハネによる福音書」第10章10節で,「10盗びとが来るのは、盗み、殺し、滅ぼすためにほかならない。わたしが来たのは、いのちを得させ、いのちにあり余らせるためである」とハッキリ言ってますもんね。

 私どもも,自分の≪本当の自分≫=命を回復して,人様が≪本当の自分≫=命を回復する,お手伝いができるようになりたいものですね。

 

 

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