ヴァン・デ・コーク教授のカイロスエリクソンは天才! ≪背後≫の意味するもの 人は、二本足で立った瞬間から、向きができます。そこから、心の中にも向きができます。オリエンテーショ......
今朝の聖書の言葉は,またἐλάχιστος,エラキストス,一番小さい,取るに足らない,です。一度取り上げましたが,もう一度取り上げてみたくなったんですね。
『新約聖書』の最初にあるイエス・キリスト物語,「マタイによる福音書」第25章40節にあります。
「40王は答えよう、『本当にいう、このいと小さいわが兄弟のひとりにあなた方がしたことはわたしにしてくれたことになる』。」
「いと小さい」と前田護郎先生が訳しているのが,ἐλάχιστοςです。本田哲郎神父様は,ここを次のように訳しています。
「わたしの身内である,この一番小さくされている者の一人にしたのは,私にしたのである」
本田哲郎神父様は,「一番小さくされている」と訳しています。こちらの方が,より聖書的だと感じますね。
「一番小さくされている」人に関わるのは,この世的に言ったら,何の得もありません。持ち出しだけになりがち。損するだけになりがちでしょ。だから,普通は顧みられることもありませんでしょ。でも,「一番小さくされている」人に関わることが神様に関わることになる,と言うのが聖書の神様の教えてくださるところです。
アベ・詐欺師ちゃんと悪魔の仲間達は,「かなりバカでかいところ」の人を大事にすることを,「国家天下のためにしています」とウソを言って,皆さんから預かっている税金を使って,やったんですね。沖縄の人やフクシマ・宮城・岩手の人を,同じように大事にしていたら,いいですが,「民主主義・平和・人権などの普遍的価値を共有する」と外国に行く時には言うくせに,実際には,「民主主義・平和・人権などの普遍的価値」を蔑ろにして,沖縄の人やフクシマ・宮城・岩手の人も蔑ろにしてますでしょ。
私どもは,どちらの選択が良いのでしょうか?