エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

聖書の言葉: 「星を数えて」とアイデンティティ

2017-05-28 08:59:04 | 聖書の言葉から

 

 

 

 
インターメッツォ : 芥川龍之介の臨終の枕元に1つ
   「子どもの目」に応える大人の態度 子どもはすぐに分かるその態度   マルクスの名言  ≪与えることの不思議≫。面白いですね。貰うつもりのない人が貰......
 

 今朝の聖書の言葉は,「星を数えて」です。

 初めて『旧約聖書』からです。ヘブライ語が分からないものですから,避けていたんですね。原語から説き起こしたい気持ちが強いんですから。でも,今回は別です。

 人は,心が2つに分かれやすいでしょ。「こころ」と言う言葉そのものが,「コロコロ」変わりやすいから,「こ(ろ)ころ」と呼ばれる,と,どこかで矢内原忠雄先生がおっしゃられていたと思います。彼氏,彼女でも,二股を掛けたら,ケンカや諍いの元でしょ。

 人は,心が2つに分かれやすいものですから,不安や疑いを持ちやすいものですね。だからでしょう。エリクソンは,赤ちゃんの時の,最初の,発達危機を,根源的信頼感と根源的不信感の天秤がどっちに傾くかの危機,としたわけです。根源的信頼感の方が豊かになれば,心が2つに分かれて不安や疑いを持つても,「大丈夫」と信頼して,希望を抱きつづけることができます。逆に,根源的不信感が強い人は,心が2つに分かれて,不安と疑いを持つと,「もうダメだぁ」となって,ますます不安と疑いが強くなってしまいます

 「星を数えて」は,『旧約聖書』の最初のところ,「創世記」第15章5節に出てきます。後々イスラエルの父と呼ばれることになるアブラハムが,まだ,アブラムと呼ばれていたころ,神様の(一方的な恵みの)約束を信頼しきれず,不安になり,「本当なの」と疑い始めた話が出てきます。その時に,神様がアブラムを「ちょっと外に出て,夜空を見上げて御覧なさい」,とまるで,坂本九さんみたいなことを言ったことがありますよ。その時に神様の言ったのが「星を数えて」でした。それは,「子どもが今はいなくても,あなたの子孫はこんなのたくさんになるんですからね」ということでした。

 ですから,不安や疑いを持ちやすい人間にとって,信頼感を赤ちゃんの時に身に着けること,あるいは,神様を信頼することは,何のために生きるのか?と言う人間の最深欲求に応える意味で根源的に大事な課題ですから,根源的信頼感になる訳です。そしてこれは,自分を確かにされることの要です。自分を確かにされることをアイデンティティとエリクソンは呼んだんです。

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エリクソンの叡智: 新しい自分が生まれる時

2017-05-28 04:01:05 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 

 
一歩下がった態度で
   「子どもの目」に応える大人の態度 子どもはすぐに分かるその態度   マルクスの名言  ≪与えることの不思議≫。面白いですね。貰うつもりのない人が貰......
 

  今宵のエリクソンは,Toys and reasons. p.49.昨日の続き。ペッソ・ボイデンさんの話の続きでもあるから不思議です。

 

 

 

 

 

 見通しの持てるこの世の中で安心していられる感じを取り戻すのに欠かせない,いつでも将来に希望を持って生きていくってことはね,端っこにいて,無視されてるんじゃなくて,自分が生きる場の中心でいられるってことですし,オドオドしていて,だぁれも助けてくれないんじゃぁなくて,能動的にやれば何とかなることですし,感覚に圧倒されたり,感じることができなくなるんじゃぁなくて,自分で選んで感じることができることですし,そして何にも増して,ホッタラカシにされ,捨て置かれるんじゃぁなくて,「なあに」と振り向いてもらえ,価値ある者と認めてもらえることなんですからね。

 

 

 

 

 ナンシーさんも,エリクソンがここで教えてくれていることが,ペッソ・ボイデン体感療法を経験して,実現したわけですね。

 

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現世考: マスト

2017-05-28 03:29:16 | 間奏曲

 

 

 
癒しの受け皿
   姿勢や身体の使い方は、人生を決めちゃう?  自我を意識的と思っていたあなた、エリクソンが無意識レベルをも、自我が含むと聞いて、?と思いませんでした......
 


 マスト

 何のことかしら?

 ヨットに乗るときは,マストmastは船の心棒ですから,なくてはならないものですね。マストに帆がピッとはられて,スゥーと波を切り裂いて進む姿は,見ていて気持ちいいものです。風さばきが上手になって,帆が上手に膨らんで波を切って走れたら,見ているよりも,遥かに気持ちいいものですね

 でも,そのマストじゃないマストがあるのはご存知ですか? 英語をある程度ご存知の方なら,どなたでもご存知の言葉だろうと思います。mustのマストです。でも,助動詞のmustじゃなくて,名詞の方のmustです。助動詞の方であれば,中学一年生で習いますから,どなたでもご存知でしょう。でも,名詞の方になれば,ある程度英語をやらないと出くわさないはずです。mustのマストは,欠かせないこと自分にとって必須なもの

 昨日の朝,テレビの「あの人に会いたい」という,亡くなられた方のアーカイブスを10分にまとめて,放送する番組を拝見していて,このマストが出てきたんですね。デザイナーの石岡瑛子さんが話していたんです。そのマストが,ピィピィと来たんですね。

 石岡瑛子さんは,ウィキペディアでご覧になればお分かりのように,前田美波里さんが白い水着,白い帽子をかぶって,褐色の肌を出してこちらをキッパリとした目で見ている,資生堂のポスターのデザインをした人だそうですね。当時貼れば貼っただけ盗まれたそうですよ。その後,資生堂を退社。ハリウッドから声がかかって,映画や舞台の衣装デザインをしたそうです。アカデミー賞・衣装デザイン賞も受賞しているそうです。北京オリンピックでも衣装デザインを担当したそうですよ。

 「オリジナリティのあるものが好きだし,それから,タイムレスなものはすごく好きだし,それから,革命的なものは,生み出すのは大変だけれども,それを見た時には非常に自分が感動するし,クリエーターとして実現するということは,まぁ,簡単ではないけど,マスト,まぁ,ミッションみたいなもんじゃぁないかなぁっ,て思う。

 このブログの読者の皆さんにとって,あなたのマストは何ですか? はっきり意識して日々を過ごしておられますか?

 

 

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#背中に稲妻が走る  #能動的に主人公として過去を生き直す #ペッソボイデン体感療法

2017-05-28 02:05:49 | 間奏曲

 

 

  発達トラウマ障害(DTD)のご相談は,こちらへ。agape☆gmail.com  但し,全て半角にしてから,☆→1430777@に変換してください。

 
発達トラウマ障害は、PTSDと異なり、慢性病だぁ!
   絶望の心理  あのルターでさえ、根源的信頼感が脆かった。なんか逆に安心しますね。 Young Man Luther 『青年ルター』p202の最終行......
 

 今宵もペッソさんの,ペッソ・ボイデン・体感療法のワークショップの続きです(https://pbsp.com/も,ご参照ください)。

   ヴァン・デ・コーク教授の  The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.300. 第3パラグラフ。

 

 

 

 

 

 しかし,一番尋常ならざるのは,ペッソさんがいろんな情景を作り出すやり方でしたね。ペッソさんは,その情景のことを,その主人公の過去の「骨組み(立て直し)劇,ストラクチャ,structure」と呼んでました。主人公の語りが展開していくと,周りの人達は,「主人公の人生で大事な人たちの役割をして下さい」,と頼まれます。たとえば,両親だとか,家族だとかです。それは,主人公の人たちの心の中にある≪イメージ≫の世界が,3次元の空間に≪出来事≫になり始めるためでした。グループの皆さんは,理想的で,望ましい親を演じるようにと協力を求められます。その親になってくれた皆さんは,温もりがあって,主人公のことを大切に思い,味方になってくれます。こういったことは,過去の大事な時には欠けていたものでした。主人公になった人たちは,自分自身の遊び劇の舞台監督になり,むかしは手に入れることができなかった過去を,自分の周りに創りだしていきます。そして,その架空のシナリオを演じた後,身体も心も,根源的な解放を体験できるわけですこのセラピーは,オッカナイ思いをした,捨て置かれた,心の刷り込まれていた過去の記憶の隣りに,安全で心地よい記憶を刷り込み,吹き込んででいくのです。それは,元々の心も脳も出来てから何十年も後のことなのに,なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 この件を読んでいて,背中に稲妻が走りましたね。それは,私が論文にしようとしているケースの展開に,その骨組みのところで,あまりにも似通っていたからです。私が申し上げているエンジェル・シェアリングですね。言葉にならないでいた感性,感覚が,ハッキリと言葉にして貰った感じで,おかげさまで,すらすらと論文が書けましたね。自慢話になっちゃったかもしれません。でも,本当のことですから,仕方ありませんよね。

 ペッソさんのセラピーでは,ペッソ・ボイデン体感療法では,クライアントが本当に主人公になり,自分の遊び劇の舞台監督になることによって,自分の過去を,能動的に象徴的に作り直す訳です。この「遊び劇」と訳した英語は,playですけれども,遊びであると同時に,演劇でもあるので,「遊び劇」と訳したわけです。でも,遊びでもいいんです。庭や校庭でする遊びでも,まさにペッソさんがやっていることと同じことができるからです。そのことを,おそらくペッソさんも善くご存知で,それをさらに体系化して,クライアントが,その遊びに参加しやすくしたのが,ペッソ・ボイデン体感療法だと言っていいでしょう。そこが優れている点です。このセラピーの組み立てこそ,ペッソさんが,何度も作り直して,工夫した点だからです。ですから,ペッソ・ボイデン体感療法は心理劇であると同時に,プレイセラピーでもあるんですね。

 

 

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