「来い!って......か......( ̄ー ̄;」
僕さん、朝の玄関前でしばし熟考......
「マジで将門さんの助太刀に行くのであれば、
それ相応の準備がいるな.....
こうなったら、もう、腹を決めて、ソレしか無いか......」
僕は、みゆきちゃんやねーさん達みんなに
朝の日輪写真をリアルタイムで送りつつ、
「了解。行くことにします。」
と、返事を入れました。
......続く。
首塚(将軍塚)へ行く日は、名古屋から来るOさんのスケジュールに合わせ、
この日輪が出た日から約2週間後の週末にするとのことで。
当日集まるメンバーは、Oさんの他、
いつもの仲良し三人ムスメーズであるネーサンとmikoちゃんとikuちゃんとになると。
そして僕さんは、というと......
「首塚に行くまでに打てる手は打っておかねばなんねーぞ......」
と。
「俺にとっては甘いところでは無いからなぁ......」
と。
2週間、
個人的に出来る首塚への準備をやれるだけやることにしました。
今回に関しては少々思うところもあり、
先ずは古代富士王朝の中心地、
関東統一国家始まりの聖地、三鷹の森の「旗神社」さんへ。
幼い頃、暴れ回る僕さんの命を幾度となく救ってくれた
恩義あるアメノウズメ(天鈿女命)さんにご挨拶をせねばなんねーべ、と。
ウズメ・カラーのお花を持ってイソイソと......
僕なりのいつもの掃除もしたのですが、
近頃ではもう、いつ来ても綺麗な花や水が添えられていて。
社(やしろ)の周囲も常に綺麗で。
しかも!すぐ横には!
癒やされる小川のセセラギまで造成されちゃったりなんかしていて......
(●゚д゚●)ホヘェ......
再起動以来、今や近所の皆さんにもとても愛されているようで。
感激してしまいます。
神様に導かれ、
地図にも載っていなかったこの社(やしろ)を最初に探し当てた時は、
汚れ朽ちていて、見る影もなかった社だったのに......
本当に凄い事です。
去年には「あおばさん」のファインプレイ!で、
Google マップに迄載りました。
その時のコトの詳細は「ぷりーず!」という衝撃的な!?
過去記事とコメント欄にもありますが、此処に来る度に、
僕には何やら深い感慨みたいなものが込み上げても来るのです。
あとは宮崎駿さんあたりが!?
三鷹市あたりに口を利いて頂いて!?
自治体予算とか寄付金とかでヤシロの立て替えが出来ちゃったりなんかしたら!
ね!?
サイコーなんすけど。ええ。ええ。
アチキも寄附しまちゅち。
して!この時も!
ウズメさんからのサインを頂いちゃって......o(TヘTo) くぅぅ ......
「頑張ってみるでおま。
体が痛いのでおま......(*´ω`*)
また護って頂けたらとぉー、、でおま」
続いて別の日には絶対に外せない!
武蔵野国の一宮、大宮氷川神社さんへと向い。
「青き炎」の主、大王スサノオさんにもシッカリとご挨拶......
「お力添えを、よろしくでおま......(*´ω`*)」
境内の「神池」の中に佇む宗像三女神さん達にも......
「どーか、ひとつ、なにとぞぉぉ......(*´ω`*)」
そして今回は、最近綺麗に整備され、解禁されたばかりの禁足地!
大宮氷川神社発祥の地とも謳われる「蛇の池」さんにも本腰を入れて御挨拶。
神池の水源でもあり、
瀬織津姫(せおりつひめ)さんのエナジーも宿る場所......
「たすけて頂けるとありがたいのでおま......(*´ω`*)」
さらに、念には念を入れて。
古代「香取の海」最強の門番!鹿島神宮さんへGo!
「なにとぞでおま......(*´ω`*)」
台風で崩れた時からかなり復活してきた御手洗池にも顔出しさん。
ちょっと安心(^ω^)
そして勿論!香取神宮さんにも。
しかし今回は、一般にはあまりにもマニアックな
「津宮浜鳥居(つのみやはまとりい)」さんがメイン。
以前記した「香取徒然」という記事では記していなかった場所なのですが、
利根川の河川敷にある「香取の海」における重要地なのです。
この鳥居は太古の昔は「香取海」の中に立っていたであろう鳥居さん。
香取神宮へ参るには、本来、船で海からやって来て、
最初にこの鳥居をくぐって御宮に行っていたハズなのです。
由緒正しいトテモ重要な場所。
今回の首塚参詣に関しては、みゆきちゃんに降りたビジョンも含め
「ココは絶対に外せないな.....
昔はココを知らずに首塚に行っちゃった、って感じでもあったし......」
と。そう思っていた場所。
神宮の主祭神であるフツヌシさん(布津主神)が
最初に香取の地に上陸した場所でもあり、
香取神宮本来の「一の鳥居」であり、表参道でもあるわけです。
なのでこの鳥居の先の道には古代神宮と縁の深い沢山の古墳や神社さんが
ズラリと並んでいたりもします。
特に露払い的な宮となる、この沖宮神社さんとか.......
イザナギさん(伊奘諾命)を祀る忍男神社(おしおじんじゃ)さんとか......
塩みたいっす......
中でも、ココ......
神道山古墳群(しんとうやまこふんぐん)。
その中の......
頂上の円墳の中にある祠(ほこら)と、
古墳裏の桝原稲荷神社(ますはらいなりじんじゃ)さん......
稲荷では無いのです......けど......
今回の「お呼ばれ」しての首塚参拝は、
僕的には将門さんは勿論、将門さんが背負い続けている香取の海と、
そこから繋がる、
古代東京湾一帯に暮らしていた多くの人々の
残留思念的御霊(みたま)の為でもある事だとも感じていて。
であれば、古代の要所と参道を正しく辿らねばと。
そんな気持ちでの香取神宮参拝。
最後の仕上げは勿論、香取神宮さんの本殿や奥宮さんで......
「全て、無事に出来ますよーにー、、でおま......(*´ω`*)」
こんな感じで、
僕は前回記事の地図にも載せた香取の海から東京湾一帯にかけての要害地に
自分なりの気持ちを示しに行き、ソレナリの準備をしました。
その間、神様からは、そんな動きに答えてくれるかの様に、
当日必要となるアイテムに関するメッセージ等が幾度となく降り来てもいました。
Oさんやねーさん達の方では、
僕やねーさんの所に邪魔をしに来て、
そのまま居所に帰れなくなっているチョット困った!?
大狐さん用の油揚げと、
皆の「血の代わり」となるであろう
「塚に注ぐ赤ワイン」
とを用意して来てくれるとのことで。
特に赤ワインに関しては「邪馬台国徒然」の時の様に、
「誰かの、思わぬ血が流れてしまう.....」
なんていう事態を避けれるよう、
神々が僕達に配慮してくれたアドバイスであったとも思え。
そして僕さんの方では、神々御所望のアマテラス祝詞と、念の為、
般若心経をお願いされているOさんのフォローアップ用に、
経(きょう)から大事な部分だけを抜き出したショートバージョンも用意。
普通に上げると、本来抜きたい「アノ部分」の言葉も挙げてしまうかもしれないし、
それでは、表裏一体の仕掛けがある心経が「般若の面」ともなって、
元も子もなくなるわけで。しかも都会の真中にある首塚は、
僕が時折見かける限りいつも人々がひっきりなしに訪れていて。
普通の時間に行ったのではきっと祝詞も二回が限界であろうと。
更に長い般若心境に至っては間違いなくフルで唱えることなど不可能だろうと。
真摯に訪れる人々に絶対に迷惑をかけてはいけないし、
そういう事も予測出来るので、
それらに全対応出来るコンパクトさで準備しなければ......と。
そして、最後にもう一つ。
将門さんが大好きだという久保田の「萬寿(まんじゅ)」というお酒も用意して......
「これで、やれる準備は出来たのかな、、」
首塚に「行く」と決めてから2週間。
僕は一人、こんな参詣準備をしていました。
約束の日の前日には、家のベランダや近所から見上げた空に、
勇気付けられるいつものシルシが......
「此方の準備も整いましたよ......」
と。僕にはそんな風にも見えて来て。
今回、事前にこれほど動いたのには訳もあって。やはり、
昔味わった首塚での苦い個人的経験が、
トラウマの様に僕の心身にこびり付いているからであり、
首塚とはある意味、「関東最重要地の一つ」でもあろう所。
その力は今以て皇居や丸の内を下支えしているほど強大で。
しかし、巧妙に書かれた神武東征(じんむとうせい)神話や、
後の世の人々の土地の埋め立てなどによって、
歴史の教科書からも、
子供教育の現場からも、
現代の人々の記憶からも、
全てから消されてしまった、
不本意にも全てがボヤかされてしまった......
そんな関東の王国にいたモノモノ達の「嘆きの聖地」でもあって......
この国の始原には我らの国家があったのだ!
都合の良い神話など、いい加減捨ててしまえ!
神話と嘘で色塗られたこの歴史こそが、
この国の不透明さと、常に憤る国家政治を生んでいるのだ!
いい加減に目を覚ませ!
世界に、国家起源がこれほど曖昧な国など無いのだぞ!
誇りはないのか!?恥ずかしくないのか!?
我等の叫びを聞け!
我等にも息をさせろ!埋めるな!
お前達は我らの子孫なのだ!子供なのだ!
我等はそれに気づいてほしいのだ!
我等の存在を認めて欲しいのだ!
我等を認めなくて、
お前達も、大和国家も、認められるわけがないのだ!
そんな渦が色濃く巻きうねる場所に思いやりの心も持たず、
軽いノリと好奇心だけで大した準備もせずに行ってしまった
昔の自分の浅はかさと軽率さを償う気持ちも強く。
「あんな間違いはもうしたく無いなぁ......」
と。
「たかが神社じゃん!
タダの首塚だろ!?
お気楽〜極楽〜♪」
......なんて、いつもそんな感じでいたいとも思うのですが。
自分の持って生まれたポンチキさ加減も含め、
そんな思いとは対極にある緊張感に添って過ごした2週間でもありました。
そうして迎えた参詣当日はとても良い天気で。
朝早くに起きた僕は「萬寿」を掴み、
いつものダカインのスモールリュックへ詰め込んで。
もう一度、気を引き締めて。家を出て。
青き炎の様に晴れ渡った空を見上げながら、
皆の待つ東京、大手町の首塚へと向かいました。
......このお話はもう少しだけ、続きます。
☆「青き炎」シリーズ記事☆
「青き炎」「2」「3」「4」
「大和編」
「海賊編」 「2」
「番外編」
「氷川編」
「素粒子編」
「首塚編」「2」
僕さん、朝の玄関前でしばし熟考......
「マジで将門さんの助太刀に行くのであれば、
それ相応の準備がいるな.....
こうなったら、もう、腹を決めて、ソレしか無いか......」
僕は、みゆきちゃんやねーさん達みんなに
朝の日輪写真をリアルタイムで送りつつ、
「了解。行くことにします。」
と、返事を入れました。
......続く。
首塚(将軍塚)へ行く日は、名古屋から来るOさんのスケジュールに合わせ、
この日輪が出た日から約2週間後の週末にするとのことで。
当日集まるメンバーは、Oさんの他、
いつもの仲良し三人ムスメーズであるネーサンとmikoちゃんとikuちゃんとになると。
そして僕さんは、というと......
「首塚に行くまでに打てる手は打っておかねばなんねーぞ......」
と。
「俺にとっては甘いところでは無いからなぁ......」
と。
2週間、
個人的に出来る首塚への準備をやれるだけやることにしました。
今回に関しては少々思うところもあり、
先ずは古代富士王朝の中心地、
関東統一国家始まりの聖地、三鷹の森の「旗神社」さんへ。
幼い頃、暴れ回る僕さんの命を幾度となく救ってくれた
恩義あるアメノウズメ(天鈿女命)さんにご挨拶をせねばなんねーべ、と。
ウズメ・カラーのお花を持ってイソイソと......
僕なりのいつもの掃除もしたのですが、
近頃ではもう、いつ来ても綺麗な花や水が添えられていて。
社(やしろ)の周囲も常に綺麗で。
しかも!すぐ横には!
癒やされる小川のセセラギまで造成されちゃったりなんかしていて......
(●゚д゚●)ホヘェ......
再起動以来、今や近所の皆さんにもとても愛されているようで。
感激してしまいます。
神様に導かれ、
地図にも載っていなかったこの社(やしろ)を最初に探し当てた時は、
汚れ朽ちていて、見る影もなかった社だったのに......
本当に凄い事です。
去年には「あおばさん」のファインプレイ!で、
Google マップに迄載りました。
その時のコトの詳細は「ぷりーず!」という衝撃的な!?
過去記事とコメント欄にもありますが、此処に来る度に、
僕には何やら深い感慨みたいなものが込み上げても来るのです。
あとは宮崎駿さんあたりが!?
三鷹市あたりに口を利いて頂いて!?
自治体予算とか寄付金とかでヤシロの立て替えが出来ちゃったりなんかしたら!
ね!?
サイコーなんすけど。ええ。ええ。
アチキも寄附しまちゅち。
して!この時も!
ウズメさんからのサインを頂いちゃって......o(TヘTo) くぅぅ ......
「頑張ってみるでおま。
体が痛いのでおま......(*´ω`*)
また護って頂けたらとぉー、、でおま」
続いて別の日には絶対に外せない!
武蔵野国の一宮、大宮氷川神社さんへと向い。
「青き炎」の主、大王スサノオさんにもシッカリとご挨拶......
「お力添えを、よろしくでおま......(*´ω`*)」
境内の「神池」の中に佇む宗像三女神さん達にも......
「どーか、ひとつ、なにとぞぉぉ......(*´ω`*)」
そして今回は、最近綺麗に整備され、解禁されたばかりの禁足地!
大宮氷川神社発祥の地とも謳われる「蛇の池」さんにも本腰を入れて御挨拶。
神池の水源でもあり、
瀬織津姫(せおりつひめ)さんのエナジーも宿る場所......
「たすけて頂けるとありがたいのでおま......(*´ω`*)」
さらに、念には念を入れて。
古代「香取の海」最強の門番!鹿島神宮さんへGo!
「なにとぞでおま......(*´ω`*)」
台風で崩れた時からかなり復活してきた御手洗池にも顔出しさん。
ちょっと安心(^ω^)
そして勿論!香取神宮さんにも。
しかし今回は、一般にはあまりにもマニアックな
「津宮浜鳥居(つのみやはまとりい)」さんがメイン。
以前記した「香取徒然」という記事では記していなかった場所なのですが、
利根川の河川敷にある「香取の海」における重要地なのです。
この鳥居は太古の昔は「香取海」の中に立っていたであろう鳥居さん。
香取神宮へ参るには、本来、船で海からやって来て、
最初にこの鳥居をくぐって御宮に行っていたハズなのです。
由緒正しいトテモ重要な場所。
今回の首塚参詣に関しては、みゆきちゃんに降りたビジョンも含め
「ココは絶対に外せないな.....
昔はココを知らずに首塚に行っちゃった、って感じでもあったし......」
と。そう思っていた場所。
神宮の主祭神であるフツヌシさん(布津主神)が
最初に香取の地に上陸した場所でもあり、
香取神宮本来の「一の鳥居」であり、表参道でもあるわけです。
なのでこの鳥居の先の道には古代神宮と縁の深い沢山の古墳や神社さんが
ズラリと並んでいたりもします。
特に露払い的な宮となる、この沖宮神社さんとか.......
イザナギさん(伊奘諾命)を祀る忍男神社(おしおじんじゃ)さんとか......
塩みたいっす......
中でも、ココ......
神道山古墳群(しんとうやまこふんぐん)。
その中の......
頂上の円墳の中にある祠(ほこら)と、
古墳裏の桝原稲荷神社(ますはらいなりじんじゃ)さん......
稲荷では無いのです......けど......
今回の「お呼ばれ」しての首塚参拝は、
僕的には将門さんは勿論、将門さんが背負い続けている香取の海と、
そこから繋がる、
古代東京湾一帯に暮らしていた多くの人々の
残留思念的御霊(みたま)の為でもある事だとも感じていて。
であれば、古代の要所と参道を正しく辿らねばと。
そんな気持ちでの香取神宮参拝。
最後の仕上げは勿論、香取神宮さんの本殿や奥宮さんで......
「全て、無事に出来ますよーにー、、でおま......(*´ω`*)」
こんな感じで、
僕は前回記事の地図にも載せた香取の海から東京湾一帯にかけての要害地に
自分なりの気持ちを示しに行き、ソレナリの準備をしました。
その間、神様からは、そんな動きに答えてくれるかの様に、
当日必要となるアイテムに関するメッセージ等が幾度となく降り来てもいました。
Oさんやねーさん達の方では、
僕やねーさんの所に邪魔をしに来て、
そのまま居所に帰れなくなっているチョット困った!?
大狐さん用の油揚げと、
皆の「血の代わり」となるであろう
「塚に注ぐ赤ワイン」
とを用意して来てくれるとのことで。
特に赤ワインに関しては「邪馬台国徒然」の時の様に、
「誰かの、思わぬ血が流れてしまう.....」
なんていう事態を避けれるよう、
神々が僕達に配慮してくれたアドバイスであったとも思え。
そして僕さんの方では、神々御所望のアマテラス祝詞と、念の為、
般若心経をお願いされているOさんのフォローアップ用に、
経(きょう)から大事な部分だけを抜き出したショートバージョンも用意。
普通に上げると、本来抜きたい「アノ部分」の言葉も挙げてしまうかもしれないし、
それでは、表裏一体の仕掛けがある心経が「般若の面」ともなって、
元も子もなくなるわけで。しかも都会の真中にある首塚は、
僕が時折見かける限りいつも人々がひっきりなしに訪れていて。
普通の時間に行ったのではきっと祝詞も二回が限界であろうと。
更に長い般若心境に至っては間違いなくフルで唱えることなど不可能だろうと。
真摯に訪れる人々に絶対に迷惑をかけてはいけないし、
そういう事も予測出来るので、
それらに全対応出来るコンパクトさで準備しなければ......と。
そして、最後にもう一つ。
将門さんが大好きだという久保田の「萬寿(まんじゅ)」というお酒も用意して......
「これで、やれる準備は出来たのかな、、」
首塚に「行く」と決めてから2週間。
僕は一人、こんな参詣準備をしていました。
約束の日の前日には、家のベランダや近所から見上げた空に、
勇気付けられるいつものシルシが......
「此方の準備も整いましたよ......」
と。僕にはそんな風にも見えて来て。
今回、事前にこれほど動いたのには訳もあって。やはり、
昔味わった首塚での苦い個人的経験が、
トラウマの様に僕の心身にこびり付いているからであり、
首塚とはある意味、「関東最重要地の一つ」でもあろう所。
その力は今以て皇居や丸の内を下支えしているほど強大で。
しかし、巧妙に書かれた神武東征(じんむとうせい)神話や、
後の世の人々の土地の埋め立てなどによって、
歴史の教科書からも、
子供教育の現場からも、
現代の人々の記憶からも、
全てから消されてしまった、
不本意にも全てがボヤかされてしまった......
そんな関東の王国にいたモノモノ達の「嘆きの聖地」でもあって......
この国の始原には我らの国家があったのだ!
都合の良い神話など、いい加減捨ててしまえ!
神話と嘘で色塗られたこの歴史こそが、
この国の不透明さと、常に憤る国家政治を生んでいるのだ!
いい加減に目を覚ませ!
世界に、国家起源がこれほど曖昧な国など無いのだぞ!
誇りはないのか!?恥ずかしくないのか!?
我等の叫びを聞け!
我等にも息をさせろ!埋めるな!
お前達は我らの子孫なのだ!子供なのだ!
我等はそれに気づいてほしいのだ!
我等の存在を認めて欲しいのだ!
我等を認めなくて、
お前達も、大和国家も、認められるわけがないのだ!
そんな渦が色濃く巻きうねる場所に思いやりの心も持たず、
軽いノリと好奇心だけで大した準備もせずに行ってしまった
昔の自分の浅はかさと軽率さを償う気持ちも強く。
「あんな間違いはもうしたく無いなぁ......」
と。
「たかが神社じゃん!
タダの首塚だろ!?
お気楽〜極楽〜♪」
......なんて、いつもそんな感じでいたいとも思うのですが。
自分の持って生まれたポンチキさ加減も含め、
そんな思いとは対極にある緊張感に添って過ごした2週間でもありました。
そうして迎えた参詣当日はとても良い天気で。
朝早くに起きた僕は「萬寿」を掴み、
いつものダカインのスモールリュックへ詰め込んで。
もう一度、気を引き締めて。家を出て。
青き炎の様に晴れ渡った空を見上げながら、
皆の待つ東京、大手町の首塚へと向かいました。
......このお話はもう少しだけ、続きます。
☆「青き炎」シリーズ記事☆
「青き炎」「2」「3」「4」
「大和編」
「海賊編」 「2」
「番外編」
「氷川編」
「素粒子編」
「首塚編」「2」