私が平成29年12月22日に発表したブログ<泌尿器科症状に対する陰部神経刺の限界>をみて、最近「初心のはり士」氏が、驚くべきことに数回にわけて自分の見解を示している。この内容は私のブログ内容とは直結していないが、内容はうなずかされる点が多い。これに対する私の直接の返答ではないが、内臓疾患に対する私の見解を示しておくことにしたい。内容的には過去ブログのダイジェストである。
1.現代鍼灸流の内臓治療の原則
内臓機能は主に自律神経によって調整されている。自律神経には交感神経と副交感神経がある。交感神経優位支配内臓では、交感神経節を仲介して脊髄神経に反応が出ている場合、該当内臓に所属するデルマトーム領域の起立筋や腹直筋の緊張部位を治療点に選ぶことになる。たとえば胃が悪いとする。胃はTh5~Th9レベルの交感神経優位の内臓で、この高さの起立筋や腹直筋を刺激するというが、患者の訴える胃症状を改善できるのだろうか。胃症状と思っているのは、実は横隔膜辺縁Th5~Th9の反応すなわち肋間神経の治療をしているのではないだろうか。肋間神経痛は体性神経なので、鍼治療の守備範囲である。横隔膜症状を問題視するのならば、柳谷素霊の一本鍼伝書中にある五臓六腑の鍼の一つの膈兪一行刺針の方が本質的な治療になるだろう。
肺・気管支と骨盤内臓器は副交感神経優位であって、デルマトーム反応が現れない。その内訳は、肺・気管支は第10脳神経である迷走神経中に含まれる副交感神経により、骨盤内臓器である泌尿器臓器は骨盤神経になる。
2.肺・気管支症状に対する鍼灸治療
ゆえに、鍼灸治療の基本的考え方として、肺・気管支疾患の症状は、副交感神経の活動を低めること、すなわち交感神経を興奮させることで症状緩和が図られるので、座位にして大椎や治喘への強刺激を与えることが理にかなっている。
以上は原則的な理論構成なので、実際の疾患に対しては思惑通りの効果を上げられるとは限らない。たとえば気管支喘息に上背部への強刺激を与えるのが良いとしても、同部位に伏臥位で浅鍼置針をすると、呼吸困難になるかといえば、そうも言い切れない。その治療をすると症状が悪化するのなら鍼灸医療過誤が多発することだろう。治療は過誤が強刺激するとその時は症状改善するが、その晩喘息症状出現するというケースは重度喘息患者(肺性心)に多数みられた。
針灸治療で大椎を使うのは、星状神経節刺針の代用としての用途である場合もある。医師が行う星状神経節ブロックの意味は、頸部交感神経節の支配を緩めることで、頭蓋内を副交感神経優位にさせ、血流を促進させて自然治癒力向上させることを目的としている。主に顔面麻痺で用いられるものである。ブロックした直後、縮瞳したり顔面発赤することで、ブロック成功を確認することができる。針灸治療で星状神経節を刺激しても、ブロックした時に準じた効果があげられるとい報告はある。しかし前頸部から刺針することは患者に恐怖感を与えるので、大椎刺針を使うという作戦になるのだが、大椎は喘息発作時に、交感神経興奮させる目的で行うと前段では書いた。これは星状神経節ブロックの効果とは真逆になる。大椎と星状神経節ブロックは似て非なる効果なのだろうか。
3.骨盤内臓症状に対する鍼灸治療
骨盤内臓は骨盤内臓神経という副交感神経優位の神経がコントロールしている。骨盤内臓はS2~S4からなるので、これを刺激するには八髎穴(とくに中髎)を刺激点とするのが妥当である。副交感神経の優位過剰が症状をもたらしているのであれば、八髎穴に強刺激を与え、交感神経興奮させることで相対的に副交感神経の鎮静化を図る。副交感神経支配が弱くなりすぎるのであれば、八髎穴に弱刺激を与えることで副交感神経を活性化させるということになる。実際の臨床では骨盤内臓が副交感神経優位になりすぎていると解釈して、八髎穴に強刺激を与えることが多いようである。そして研究報告では、八髎穴刺激が功を奏したという結論になることが多い。ただし現実には、泌尿器科症状を呈する疾患に対して鍼灸治療を行っても、当ブログへコメントを下さった<初心のはり氏>が指摘するように症状が改善しないケースは非常に多いのである。
鍼灸が体性神経症状に対して効果的なことは自明であるが、内臓疾患に対して、本当に鍼灸は効果があるのだろうか。それは臨床研究における「変化」ではなく、金銭を支払って鍼灸にかかった患者にとって、その金銭以上のメリットを与え得るのだろうか。
筆者のこれまでの経験から鍼灸は自律神経がからんだ症状にはあまり有効でないとの印象をもっている。たとえば慢性肝炎、慢性腎炎などの難病ではもちろんだが、過敏性腸症候群あるいは常習性便秘など機能性疾患に対しても、ゼニを受取って治療を請負うほどの自信はないのである。しかしながら尿路結石による側腹部痛には外志室深刺、胆石による中背痛には胃倉の刺針あるいは多壮灸など中空臓器の非常な痙攣による痛みには、これを速効で軽減する力をもっている。
4.体性神経性の内臓症状に対する鍼灸治療
数は少ないが内臓症状に有効な鍼灸治療もあって、それが内臓にありながら体性神経支配であるという例外がある。その体性神経とは横隔神経と陰部神経である。その証拠として横隔神経は呼吸運動に関与するが、呼吸は一時的なら我慢することができる。もし一時的に呼吸を止められないなら、水中に潜ることは当然として、飮食することもできなくなる(嚥下時は無呼吸になるので)。陰部神経は知覚・運動両方の線維をもつ。その運動線維成分だが、肛門や外膀胱括約筋を意志によりある程度制御できるので、大便や小便が我慢することができ、社会生活が可能になるのである。
陰部神経の知覚成分は、膀胱炎や切痔の痛みに、そして生理痛に関係していて、これらの疾患は針灸で非常に効果のあることが知れる。「頭痛・歯痛・生理痛にはバファリン」というコマーシャルがあるが、知覚神経の痛みにバファリンは効果があって、同時に針灸の良い適応もそこにあるのだろう。
胃症状に対しては、肩井・巨闕など横隔神経を刺激して胃症状の治療にあたる。生理痛は陰部神経の鎮痛を図る目的で八髎穴を刺激するようなものである。切痔にたいしても肛門周囲を刺激すると鎮痛効果が得られることが多い。
5..針灸治療を一生の仕事とすること
理論的矛盾を挙げるときりがないのだが、それでも鍼灸治療を続けるのが鍼灸師である。治療を続ける中で、より有効な治療法を方法を具体的に見出し、報告することが鍼灸の進歩につながってくる。治療理論がガラス張りなので、特定個人が神格化されることもない。伝統至上主義で変わらない医師でも針灸をやる人はたまにお目にかかるが、ちょっと針灸を行って効果がでないと、それを針灸の限界のせいにして、その後は関心を失ってしまう。その点、鍼灸師は鍼灸しかないのだがら、針灸が効かないのなら、効くような針灸をするよう努力を続けざるを得ない。この意味から針灸は鍼灸師が発展させるほかなく、今後鍼灸師が生き延びるには、医師が及ばない針灸をすること以外にないだろう。このように代田文彦先生は話していた。