AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

Th12/ L1とTh7/Th8  脊髄神経後枝の症状に対する背部一行刺針 ver.1.1

2024-12-02 | 腰背痛

1.メニュエ Maigné  症候群(=胸腰椎接合部症候群)  ※旧称はメイン症候群

1)病態

Maigné とは発見したフランス人研究者の名前で、これまでメインと表記されていたが、岡本雅典氏によるとフランスでの発音ではメニュエと発音するということを、現地のフランス人から指摘されたという。以後はメインではなくメニュエと称することにしたい。

メニュエ 症候群は胸腰椎移行部(Th12/L1棘突起間)の椎間関節症による後枝興奮症状のことをいう。 Maigné が提唱した。構造的に胸椎間は回旋の可動性があるが、腰椎間は屈曲伸展の可動性はあっても回旋可動性はない。上体を大きく回旋した場合、胸椎の各椎体は少しずつずれ、胸椎全体では大きく胸椎をひねることを可能にしている。しかしTh12椎体の回旋力は第1腰椎は回旋しないことで受け流すことができず、Th12/L1棘突起間には強い力学的ストレスが加わる。するとこのあたりの椎間関節近傍を走行する脊髄神経後枝が刺激され、脊髄神経後枝の神経支配である筋が緊張し、皮膚に痛みを感ずる。

この皮膚痛の領域は、①上殿部が中心だが、②側殿部、③鼠径部に痛みを起こす場合の3通りがありそれぞれ撮痛帯の出現する。中心となるのは①でTh11~L4脊髄神経後枝外側枝で、上殿皮神経の別称をもつ。
これら3方向の痛みは、どれもTh12/L1棘突傍の刺針で改善する場合が多い。
 
Maigné 症候群は国内ではマイナーだが、欧米で詳しく調べられている。PCで「Maigné syndrome」を検索していただきたい。撮痛との関係もしっかり記載されている。

 

2)川井貞文氏の症例報告

以前、代田文彦監修「鍼灸臨床生情報」医道の日本社1999.1.1発行 を読み返していたら、川井貞文氏(日産玉川病院東洋医学科)の症例報告が目にとまり、おもわず喝采を叫びたくなった。
上殿部痛に対し、Th12棘突起傍の灸頭針で改善した例を報告した。患者は胃が悪くなると、左上殿部痛が出るのだが、上殿部を治療するよりも、Th12棘突起傍の刺針が効果あると報告した。
これは典型的なメニュエ症候群だといえる。本患者の上殿部痛はTh12/L1後枝によるものだが、同時に小野寺殿部圧痛点でもある。

 小野寺殿部圧痛点と上部消化器疾患の関連機序は、小野寺直助が記載している。なお代田文誌は「鍼灸臨床ノート」の中で、「小野寺殿部圧痛点と脾兪圧痛は相関性がある」とする旨を記している。小野寺殿点と脾兪は、同じ高さの脊髄神経後枝なのでそういうことになるのだろう。上図の青枠内は、中側嘉志馬著、守一雄改訂「触診と圧診」金原出版、昭和53年7月20日発行(絶版)の中で発見した。ただし青枠外を筆者が推定して付け足した。

 

 

2.帯脈穴の圧痛の解釈

帯脈穴は臍の高さで側腹部中央にある。本穴は、その名称から帯下との関連を連想させるためか婦人科疾患時に使用されているようである。

前段で、Th12/L1脊髄神経後枝が上殿部痛をもたらすことを説明したが、背部の脊髄神経後枝は、どの高さでも神経根から斜外下方に規則的に走行し、皮膚を知覚支配している。
帯脈穴部の皮膚知覚も脊髄神経後枝支配になる。帯脈から斜上内方に撮痛帯をたどっていくと、Th7前後の棘突起に交差するであろう。Th7前後の後枝反応が帯脈に圧痛や撮痛をもたらしていることが想定される。このような見解から、筆者は数ヶ月前から帯脈と中部胸椎一行圧痛反応の相関性を調べたが、確かに関連があるとの印象をもった。
最近では仰臥位で左右帯脈の圧痛を調べることで胸椎椎間関節症の有無を予想するようになった。そして帯脈の圧痛は、Th7近辺の圧痛ある背部一行に刺針することで帯脈圧痛の変化を調べてる。帯脈の圧痛が直後に消えることはないが、一週間後宇の再診時に調べると、圧痛軽減していることが多いようだ。

 


腰痛に関する最近の筆者の考え ver.1.1

2024-08-09 | 腰背痛

何といても腰痛で来院する患者は非常に多い。針灸治療も手慣れた感じで行うことになるが、今更ではあるが新たな発見があるので、昨今の知見を総括してみたい。


1.背部一行の圧痛好発部位

第1胸椎以下の背部一行(棘突起外方3~5分外方)の圧痛を触診すると、胸椎全域と胸椎と腰椎の接合部、および腰椎と仙椎接合部に圧痛が出現することが多いことに気づく。

 

 2.胸椎間は回旋可動性、腰椎は前後屈可動性
 

椎間関節の関節刻面の傾斜により脊柱の運動方向が決定される。胸椎は左右の回旋運動(上体を後にひねる動作)が可能である反面、屈伸運動(上体の前かがみや上体反らし動作)ができないので、上体回旋運動による力学的ストレスが胸椎部の椎間関節に加わることで、椎間関節性変化を生ずるのであろう。上体の激しい回旋時、Th12胸椎は左右に動くが、その下にあるL1椎体間は可動できないので、Th12/L1椎間関節は力学的な歪みが生じて椎間関節性腰痛が起こりやすい。

同様のことは腰椎と仙椎間にもいえる。腰椎は前後屈できるが、仙骨は一つの骨に癒合していて
可動性がない。強い前屈・背屈ではL5/S1椎間関節の椎間関節症が起こりやすくなる。

3.背部一行にある障害を受けやすい筋

この椎間関節に加わる力学的ストレスによる障害は、そのすぐ近傍にある筋の無理な伸張を強いる。一般的に脊柱起立筋のように長大な筋は上手に力を逃すことができるのに対し、椎間関節近傍にある深部筋(横突棘筋と総称)は、椎間関節の変化を直接受け、筋長も短いので力を逃すことができづらく、筋筋膜症性変化も引き起こす。すなわち筋筋膜性腰痛を生じる。

その問題となる深部筋は、脊椎の可動性に対応したものとなる。胸椎では左右回旋に可動するので、この過剰可動を制止するため長・短回旋筋にストレスが加わる。腰椎部では前背屈に可動するので、この可動を制止するため多裂筋にストレスが加わる。
建物を増築した場合、元からある建物と増築部分の境界が地震に弱くなる。それは地震に伴う建物の揺れ周期が両者間で異なるので、継ぎ目が脆弱になるからである。これと同様のことが胸椎-腰椎間、および腰椎-仙椎間でいえる。
頸椎-胸椎間でも同じ現象が起こるので、大椎や定喘(C7/Th1棘突起間の外方1寸)
などは頸回旋時痛に際する治療点となる。


3.背部一行圧痛時の診断名

すなわち椎間関節性腰痛と筋筋膜性腰痛は、背部一行部にある筋においては重複した概念になる。そしてその椎間関節症は、先に示したように、胸椎全般と、Th12/L1間と、L5/S1間に起きやすい。

 




4.椎間関節直接刺について


繰り返して記すが、腰痛は、背部一行の圧痛のある触知をもって、椎間関節性腰椎であると判断することはできない。筋の問題にしても椎間関節の問題にせよ、脊髄神経後枝内側枝の鎮痛を図るという意図からは、背部一行刺針は有効なことが多い。


では捻挫時に局所の関節に直接刺針すると、よく効くのと同じように、椎間関節症に対して棘突起から外方2㎝ほどの部を刺入点として、筋中を貫き、椎間関節の骨にぶつかるまで深刺する方法も考案されている。ドーンという強い針響が得られるとのことだが、2~3番針程度の太さで行うのであれば針響も適度なものとなる。柳谷素霊の秘法一本針伝書中の「五臓六腑の針」もこの機序を利用したものであろう。

ブログ:柳谷素霊「五臓六腑の針」
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/4def4967b4651eb11221c8cf63c3a6ee

 


5.背部三行刺針

1)腰方形筋、腰仙筋膜深葉の痛み

背部三行とは、起立筋外縁と腰方形筋のつくる筋溝をいう造語である。筋筋膜性腰痛として腰仙筋膜深葉、それに腰方形筋性やなどの深部の腰痛で、この背部三行の刺針目標となる。穴としては胃倉、外志室、外大腸兪あたりになる。3寸ないし2.5寸の5~7番針程度が必要である。

起立筋は、体幹を下るにつれ、先細りになるのに対し、第12肋骨と腸骨稜間にある腰方形筋は逆に、体幹を下るにつれ広がっている。ゆえに下部腰椎部では起立筋の外方に腰方形筋がはみ出てきている。腰方形筋緊張による腰痛は、上後腸骨稜の外方で、腸骨稜上縁に沿うような痛みも出現しやすい。これは筋の骨付着部症としての脆弱性があるためだろう。立位上体前屈位にせしめ、腸骨稜縁の圧痛点に刺針。上体の屈伸運動を行わせると効果的である。


2)大腰筋性腰痛

大腰筋性腰痛が注目され出したのは最近である。何らかの原因で腸腰筋の持続的収縮が起こると中腰姿勢状態になり、上体を伸展させる際に、ひどく痛む。中腰姿勢の持続は、バランスをとるために腰背部筋の緊張を惹起するようになり、背部筋の筋筋膜性腰痛も合併するようになる。

大腰筋の伸張持続が極端な場合、このままでは筋が断裂すると筋・腱紡錘中の受容器が判断し、反射的に脱力(腰くだけ状態。立つことができない)になるとする説がある。治療は、側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁(痩せた者では横突起の直前)を刺入点とし、椎体側面方向に7~8㎝刺入。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。腰が抜け、立つこともできない者は、大腰筋の脱力を意味している。この状況から本来の筋トーヌスまで回復するには、1時間程度の置針が必要である。


仙椎一行の圧痛硬結の意味

2024-05-30 | 腰背痛

1.腰殿痛を訴える一部の患者に、触診すると仙椎棘突起傍に圧痛硬結をみることがある。患者の大部分は、自分自身でその反応に気づかない。しかし腰椎や下部胸椎や腰椎の棘突起傍に刺針してもあまり腰殿痛は改善せず、仙椎棘突起傍に刺針して、初めて腰が伸びたり、上体の前方屈曲が可能になる者が結構多く、下部胸椎や腰椎の一行と併せ、仙椎一行(棘突起傍0.3~0.5寸)の圧痛硬結に刺針することは非常に効果がある。

 

.仙椎一行の皮下にある筋は、表層も深層も多裂筋である。多裂筋や回旋筋は短いので、脊椎捻挫の際にモロに損傷を受けやすい。これに対し、起立筋などの長い筋は筋伸縮に余裕があるので衝撃を逃がすことでダメージを受けにくいのだという。腰部表層には、浅層ファッシア(浅層腰仙筋膜)が発達し、サポーターのようにて腰を保護している。したがって、腰部一行刺針で直刺すれば多裂筋、水平刺すれば浅層ファッシアに対する治療ということになる。

 

3.多裂筋のトリガーポイント
トラベルとシモンズの「トリガーポイントマニュアル」によると、仙骨部でS1やS4の高さの多裂筋のTPsは、まさにその部分の痛みが出現すように図示されている。


4.「椎間関節性腰痛」の顛末
30年ほど前、針灸師の間で、神経根症状のない腰殿部痛の大部分は、筋筋膜性腰痛(ほとんどは起立筋性や腰方形筋性の)と診断がつけられていたと思う。それが「椎間関節性腰痛」という病態が認識され出してから、胸腰椎棘突起直側に圧痛点を見いだせるものは椎間関節性腰痛と診断され、こうした圧痛が発見できないものには筋筋膜性腰痛とのベッドサイド的診断が行われてきたように考える。

それは椎間関節の捻挫→滑膜や周囲筋の筋損傷→脊髄神経後枝内側枝の興奮→背部一行の圧痛という機序で説明された。このような病態に対し、私は脊髄神経後枝内側枝の鎮痛目的で背部一行刺針を行い、まずまずの成果をあげてきた。一方、椎間関節にモロに針先をぶつけて刺激する方法も考案され、治療効果に優れていると記した報告も多々あった。この方法を試してみると、結構深刺になり、また確かに骨にはぶつかるが、椎間関節に刺入できているか否か判定しづらかった。さらに非常に強刺激な針になることがわかったので、使う機会は減っていった。というのも一行の針で満足できる効果が得られていたからでもあった。 
 

実際的に腰痛症の8割前後の患者に腰背部一行の圧痛が発見できるので、これをもって腰痛症の8割は椎間関節症だと考えたこともあった。しかし、これでは仙椎棘突起一行の圧痛を説明できない。仙椎は癒合しており、椎間関節は存在しないからである。すると痛みの原因として考えられるのは、背部一行にある筋自体の問題であって、前述したような多裂筋の問題に落ち着くのである。

 

 


筋々膜性腰痛の針灸治療(上) 横突棘筋性の腰痛 ver.1.4

2024-05-29 | 腰背痛

1.概念

背腰部の過伸展や捻転→筋々膜のトリガー活性化→脊髄神経後枝が筋膜を貫く部位で刺激されて枝興奮。なお腰背筋の代表といえるのは脊柱起立筋だが、この筋は脊柱を支え、固定するための能が中心で、寝ている時以外は常に緊張状態にあることが知られるようになった。筋筋膜性腰痛の関係は密接でない。
 

不正動作ににより突発的に生ずる痛みは、大腰筋・腰方形筋・横突棘筋(=短背筋)の問題らしい。これら筋群は、腰椎に直接付着しているという共通性がある。

2.横突棘筋の筋々膜性痛

1)短背筋の構造 

棘突起外方5分で背腰部督脈に伴走するラインを背部一行線(または夾脊)とよぶ。この部には半棘筋・多裂筋・長、短の回旋筋があり、横突棘筋(または短背筋)と総称する。腰椎-仙椎においては、横突棘筋のうち多裂筋が発達している。多裂筋も横突起と棘突起を結ぶ筋であるが、比較的筋長が長いので、回旋作用よりも屈伸作用が主体となり、腰仙椎部分で発達している。基本的に横突起を起始とし、それより上位の棘突起を停止とする筋。靴ヒモ様の構造になっている。すべて脊髄神経後枝支配。

 

 

 

 

2)横突棘筋の脆弱性

腰椎と異なり、胸椎においては椎間関刻面の構造上、左右回旋ができるが、前後屈はできないという特徴がある。なお胸を左右に回旋させる作用がある横突棘筋は、半棘筋と長、短回旋筋である。

上体を左右に回旋する時、上下に隣接する胸椎は、半棘筋・長・短回旋筋の作用で少しずつ回旋るが、腰椎以下はし、左右回旋運動できないが、前後屈はできるという特徴があるので、回旋運はTh12-L1間でスムーズに流れず、強い力学的ストレスが椎間関節に加わることになる。結果椎間関節症を起こしやすい。またこの椎体間の不正な動きは、半棘筋・長・短回旋筋を無理に伸張させる動きとなるので、同筋群の筋々膜性腰痛も引き起こしやすい。

※短背筋は短い、すなわち起始と停止の距離が短いので、椎体間の不正な動きの衝撃を受け流すことが難しく、筋にダメージを受けやすい。その逆に起立筋(棘筋、最長筋、腸肋骨筋)は筋長が長いので上手に衝撃を逃がしやすい。

3)横突棘筋性筋々膜性腰痛の所見と針灸治療

胸椎部一行線上の短背筋群に圧痛出現する。この圧痛点下にある障害筋中2~3㎝刺入。置針5~10分。なおTh12-L1間の椎間関節性腰痛は高頻度に起こり、これをメニュエ症候群(旧称メイン症候群)とよぶ。

 
3.とくに多裂筋性腰痛について

1)多裂筋の脆弱性

胸椎範囲の短背筋群の障害筋は、半棘筋・長・短回旋筋が代表的なのに対し、腰椎範囲の短背筋代表的障害筋は多裂筋である。なお多裂筋が発達してる一方、棘筋はないか、あっても薄い状態になっている。多裂筋は腰椎の前後屈運動を行う機能があるので、腰仙部で発している。多裂筋性腰痛は、上体の回旋動作で発症するのではなく、上体の前屈や再伸展動作で症しやすい。


寝ている時は何でもないのに、寝床から上半身を起こす動作で、急に腰痛を自覚する場合がある重症では継続して痛むが、軽症の場合では昼頃になると自然と腰痛消失し、翌朝は同じような腰が再び出現する。これは不良な就寝姿勢とくに軟らかすぎるマットにより殿が深く沈むことで腰前彎の増強→多裂筋緊張増強となっている状態である。
この状態は、仰臥位で腰部に手を差し入れるようにすると腰が浮き上がっていることで確認できる仰臥位で、両手で膝を抱えるようにして、背中を丸めるような姿勢をすると多裂筋伸張体操とな(=ウィリアム体操)。

 

 

2)レ・ネ・カリエの「腰痛三角」刺針

脊柱起立筋は、腰部を過ぎて仙骨まで走行しているが、仙骨部は腱構造となって先細りしている起立筋の筋収縮は、この先細り部に加わる力が非常に大きいので、筋筋膜性の障害が起きやすい。第5腰椎棘突起、第1仙椎棘突起、上後腸骨棘の3点を結んだ領域に腰痛が起こりやすいことら、フランス人医師であるカリエはこの部を「腰痛三角」とよんだ。これも多裂筋緊張を診ていると考える。


伏臥位にて、腰痛三角部中央部から直刺して、針先を多裂筋中に入れる。直刺深刺すると多裂筋刺針になる。

腰痛三角からの刺針は、水平刺する見解もある。この理由は胸腰筋膜(=腰仙骨筋膜)の一端を形成しているのがこの領域になるからである。胸腰筋膜とは、腰仙部の表層の解剖学図で、白く示されている浅筋膜(=浅層ファッシア)の領域で、表層筋や脊椎をつなぎ合わせている部分で、この場合、浅層ということで水平刺するのがよい(そういう風に教わった)。そして両脚の膝関節を10回程度、交互に屈曲(足をバタバタさせる)させる。また立位上体前屈位で腰痛三角から水平刺し、上体を前屈と再伸展を数回繰り返す方法も考案された。後者の場合、前屈可能な角度が増してくることを確認できる。これら2つの方法は、現在の患者の体位により使い分けるのがよい。

 

 

 

3)小腸兪と関元兪について

代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、小腸兪をL5棘突起外方1.5寸を取穴しているので、カリエの腰痛三角中央は、小腸兪一行に相当している(現在の標準的な小腸兪位置は、S1仙骨の外方1.5寸になってしまった)。一方、関元兪はL5棘突起下外方1.5寸に取ることに決まったので腰痛三角の中心は関元兪一行といえる。ただし沢田健は、L5棘突起外方1.5寸の部の小腸兪をリウマチの熱をとるツボと考えていた(煙にまかれたような話だが)。その意味するところを代田文彦先生に質問したが、全身的症状に対しては、いちいち疼痛部に針灸すると大変な労力となるので、痛みの中心路である脊髄、その中で上肢に関係深い頸膨大部として大椎穴を、下肢に関係深い腰膨大部として小腸兪に施術するという考え方があると教えていただいた。


 


腰背部刺針、四つの狙い処 総集編 ver.1.2

2024-03-09 | 腰背痛

 

背部一行刺針(棘突起肺胞5分)刺針と、棘突起外方1寸刺針、さらに棘突起外方3寸からの刺針の相違について整理した。断片的には、これまでも当ブログ内で部分的に説明したものだが、それぞれの違いについても比較検討してみた。私見も多く入っているので、初学者向とはいえないが、本質的な内容を問うものとなっている。

1.固有背筋の種類
     起始・停止とも腰背部にある筋を固有背筋とよぶ。固有背筋は次のように分類されている。


             
     

2.浅層筋
 
固有背筋は浅層筋は起立筋で、起立筋は抗重力筋として作用する。起立筋は棘筋・最長筋・腸肋筋の3種類あるが、これら3筋間はしっかりとした筋膜(ファッシア)で隔離しているわけではないので、筋膜癒着による痛みは起こらない。たとえば最長筋と腸肋筋の筋間はファッシアがないので、ファッシア癒着による痛みは起こりようがない。

起立筋浅層は胸腰筋膜浅葉に覆われるが、腰痛症で腎兪や大腸兪に圧痛はあまり出ないことから、起立筋筋膜は腰痛との関連は薄いと私は理解するようになった。
起立筋を覆う浅層ファッシアや皮下筋膜をターゲットとして1㎝程度の多数浅刺置針をすることはある。背中全般のコリ、体調不良、あるいは不眠症というような、交感神経緊張症に対するリラクセーション目的の治療に使うのが自分流である。


3.深層筋(棘突起外方5分)
棘突起外方5分は、昔から背部一行あるいは夾脊(ないし華佗夾脊)と名づけられた。

第1胸椎棘突起から第5腰椎棘突起までの、棘突起から外方5分(あるいは棘突起直側)から直刺深刺すると、針は浅層で棘筋を貫通して深層で半棘筋・多裂筋・長短の回旋筋それぞれの起始部に入る(腰椎部に棘筋はなく、その代わりに多裂筋が発達しており、多裂筋刺針になる)。支配神経は、脊髄神経後枝内側枝。

専門医の間でも急性腰痛の原因筋として多裂筋が問題だとする見解がみられるようだが、腰椎の棘突起傍の圧痛を調べると、Th12/L1間とL5/S1間を除き、他の腰椎棘突起傍5分には圧痛がみられることはめったにないという事実があるので、私としては多裂筋を急性腰痛の主因と考えることはできないと考えている。

背部一行で圧痛が多発するのは胸椎部で、ここは長・短回旋筋である。胸椎は左右の回旋可動域が大きいので、過剰な回旋のストッパーとしての機能が長・短回旋筋に与えられている。

胸椎の正常可動域を越えた回旋では、長・短回旋筋に伸張ストレスが加わり、これが痛みの原因となるだろう。半棘筋は頸椎~胸椎に分布しているが、頭や頚の重量を支持する意味があるので、胸椎運動との関わりは、長・短回旋筋ほど密接ではない。
 

脊椎一行に圧痛は多発するが、椎体棘突起の側面を母指腹でこすりつけるように押圧した際、圧痛を伴うグリグリした肥厚を触知する部が治療点となる。健常部はこのような肥厚はみられない。正常であれば皮下組織の上層と下層は身体の動きによって滑走するのだが、この間のファッシアの癒着があると、上層のみつまみあげることができず、上層と下層ともにつまむので分厚くしかも撮痛を感ずる。これは撮診法による撮痛部であることを示し、浅層ファッシアの癒着部であることを示している。胸椎背部一行の皮膚知覚支配は、脊髄神経後枝内側枝であり、深部の半棘・多裂・長短の回旋筋も同様に後枝内側枝が運動支配している。


胸椎の棘突起外方5分から深刺して長短回旋筋に刺入すると、後枝外側枝興奮による背痛だけでなく、前枝症状である側胸腹部~前腹部の痛みまで改善できることは、解剖学的に考えにくいことだが、私はこの現象を数十年観察してきた。たとえば本態性肋間神経痛による側~前胸部痛が、多裂筋刺針で改善できるケースが非常に多いことを確認した。

この数十年、慢性虫垂炎と診断された右下腹に限局した痛みも、Th12/L1レベルの夾脊刺針で改善できたりする。 横突棘筋の圧痛と、症状部の位置関係は、脊髄神経の後枝皮枝の走行に従うことを発見した。撮痛帯を調べると、結果として背部一行上の圧痛点を始点として外下方60°(あるいは45°)方向に出現する。

このような反応パターンで最も臨床で遭遇するのが、メニュエ症候群(旧称メイン症候群、Th12/L1間椎間関節症を原因とした腸骨陵上部の放散痛)といえる。実際の針灸臨床では、症状部を確認したら、その内上方60°の棘突起傍の反応を調べ、その圧痛点に刺針するという逆の手順で行う。

 

4.深層筋(棘突起外方1寸)

腰背部の深層筋は椎体の棘突起~横突起間にあるのが特徴で、その起始停止より横突棘筋と総称される。横突棘筋は、浅層から深層の順に、半棘筋・多裂筋・長短回旋筋となる。
 棘突起の外方1寸から深刺すると、まさしく横突棘筋を刺激できる。横突棘筋を刺激するなら、前述の棘突起外方5分からの深刺と大差ないと思うだろうが、外方1寸からの深刺には、体幹前前に回り込むように響くという性質がある。この機序については、後述の「本態性肋間神経痛の針ちりょうについて」を参照のこと。一方、棘突起外方5分からの深刺では遠くまで響くような針響はまず起こらない。

 

1)本態性肋間神経痛の針治療につて

本態性肋間神経は、肋間神経走行部周囲筋(内・外肋間筋)が緊張し、神経を絞扼した結果、
その部より末梢を走行する神経痛だとされていた。しかし改めて基本に立ちかえると、知覚神経は上行性である。たとえば足関節捻挫の痛みは上行性の知覚神経を通って中枢に伝わって、脳が「痛い」と認識される。これと同様に考えると、肋間神経痛は実は筋のトリガーポイント活性の結果として出現した筋の放散痛だろうとする認識がある。これがMPS(筋々膜性疼痛症候群)の考え方になる。肋間神経痛様症状は、横突棘筋のトリガー活性が主因で、その放散痛がたまたま肋間領域に現れたと理解する。

このあたりの詳細については以下のブログを参照のこと。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/2e5b7fa2601d28e0eab6ad97849b80ed

2)咳嗽、喘息に対する針治療について

成書をみると、咳嗽や喘息といった副交感亢進状態となった胸部症状に対して、座位でTh1~Th5棘突起の外方1寸から深刺(または多壮灸)するという治療法が数多く書かれていて、定番治療となっているかのようである。座位で施術するのは、交感神経優位に誘導するための方法。そこに上部胸椎の背部一行に強刺激を与える。肺や気管支の内臓体壁反射中心帯はTh1~Th5なのでこれ体壁内臓反射をねらった施術であると同時に、強刺激することで交感神経優位にするねらいがある。

ところでTh1~Th5棘突起の外方1寸からの深刺は、横突棘筋への刺激を目的としているのだが、このような刺針をすると、脊柱に沿って下方に響いたり前胸壁に響いたりする。これも横突棘筋を刺激した放散痛といえる。


3)柳谷素霊の五臓六腑の針について


膈兪~脾兪付近の高さの横突棘筋に刺入すると、肋間に沿って回り込むような響きが得られるが、肋間神経支配である横隔膜辺縁部を刺激できることが重要である。Th7~
Th12の高さの胸郭深部には、横隔膜停止部が付着している。横隔膜の閾値は低いので、横隔膜に響かせることができる。
横隔膜への針響は、被験者にとっては未経験なことが多く、胸に響いた、胃に響いた、みぞおちにに響いたなどと表現する。柳谷素霊が「秘法一本針伝書」で示した五臓六腑の針(膈兪、脾兪、腎兪)は、この横隔膜神経に響かせたものであると説明できる。腎兪は横隔膜辺縁部ではなく、横隔膜脚を刺激するという意味がある。


                     

             

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/4def4967b4651eb11221c8cf63c3a6ee

 

5.背部3行線(棘突起の外方3寸)
  
背部3行線とは膀胱経背部2行線のことで、志室・胃倉などが並ぶラインである。
志室の取穴は、解剖学的には腸肋筋と腰方形筋の筋間を取穴する。腸肋筋は脊髄神経後枝支配、腰方形筋は分類適には腹筋の一部で腹筋は脊髄神経前枝支配。両者の筋間には胸腰筋膜深葉という強靱な筋膜が発達していて、深部に腰神経叢もあるので、この2筋間を刺入点として針を横突起に向けて刺入すると、広範な針響を与えることができる。
主な適応は慢性腰痛の他に、下腹部・鼠径部・陰部・大腿前面・大腿内側症状に適応があり、尿路結石疝痛の鎮痛にも有効である。

下図で、起立筋浅層には棘筋・最長筋・腸肋筋の3筋であるが、腰部においては棘筋に代わり多裂筋が発達してるのが興味深い。

 

胃倉は下中背部でTh12/L1棘突起間の外方3寸にある。このあたりは筋構造が複雑な外縫線部(側腹筋と背筋の接合部で筋が複雑に入り組んでいる)部なので筋膜癒着が起きやすい。胃倉は慢性背痛の他に胆石症の鎮痛に効果がある。

6.まとめ

1)背腰痛は脊髄神経後枝興奮症状なので、背部一行(棘突起外方5分)刺針を用いる。後枝内側枝興奮の原因は、横突棘筋ファッシアの癒着による滑走不良の結果である。
この部の圧痛があると、腰背部の脊髄神経後枝皮枝走行部の撮痛帯もでてくる。このことは、背部一行(棘突起外方5分)刺針は浅層ファッシアの興奮性を軽減する作用があるといえるだろう。

2)体幹前面が痛むのは脊髄神経前枝興奮症状されるが、これは横突棘筋のトリガー活性した筋放散 痛だろうと考えている。針治療としては棘突起外1寸から深刺して横突棘筋に刺入する。
この好例として、本態性肋間神経痛に対する横突棘筋への刺針があげられる。これは横突棘筋の深層ファッシアの興奮性を軽減する作用といえるだろう。

3)Th7~Th12の高さの横突棘筋刺針は、横隔膜辺縁部を支配する肋間神経支配なので、この範囲の棘突起外方1寸からの深刺は、横隔神経を刺激し、横隔膜に響く。これを被験者は胃に響く、あるいはみぞおちに響くなどと表現することが多い。 この刺法を柳谷素霊は、五臓六腑の針と称したのであろう。

4)棘突起外方3寸の流れは、中背部では外縫線、腰部では胸腰筋膜深葉の存在により筋膜癒着の好発部位である。筋膜を刺激して滑走性を回復させる目的で、胃倉や志室から刺針する。胃倉も志室も脊髄神経後枝支配筋と前枝支配筋をしっかりと分離するような強靱な深層ファッシアが存在している。この癒着を改善する効果があると思われた。

 


立位前屈時痛と立位背屈時痛の浅層ファッシアの状態

2024-03-05 | 腰背痛

私の背腰殿痛に対する治療は、背腰殿部の反応を診るため側腹位にして、背部一行線や背部三行腺の反応点を探して刺針することを先行させる。その後、ベッド傍に立たせ、痛む動作をさせる。多くは上体を前屈・回旋させて痛みの程度を自己チェックさせる。これで症状が消失したら好都合なのだが、実際には症状半減する程度のことが多い。追加で治療を続けることになるが、”二の矢”としての治療は立位で行う。
一般的に腰痛は立位で感ずるものである。痛む姿勢にして、痛む処に治療点を求めるのが治療の原則だからである。

1.立位前屈時の痛み
 
1)最大前屈姿勢にての圧痛点施術

立位でできるたけ深く前屈させることで、背腰筋を伸張すなわち浅層ファッシアを伸張させる。この時、椅子やベッドなどに手を添えて上体を支えないようにする。添  え手を置くと、背腰筋への伸張負担が減るので正確な圧痛点を調べることができなくなる。

手は下肢に添えるようにする。そして術者は患者に、「もっと深く腰を曲げて...」と促し、「どこが痛いのかを指さして...」と誘導する。指で示した部に刺針して軽く手技針をする。さらに「今はどこが痛みますか。指で示して下さい」と質問する。すると先ほどの痛む部位とは別部位を示すので、そこにも刺針して軽く手技を行う。3~5回、このような応答を繰り返すうちに、患者は痛む場所を示せなくなる。これで治療終了である。
  
2)腸骨陵での腰方形筋付着部症
   
腸骨陵で、腰方形筋が起始している部が、筋付着部症となっている場合がある。この病態は、立位前屈位で、腸骨陵上縁の圧痛点を調べることで判定する。代表的な圧痛点には、腰宜(ようぎ)や力針(りきしん)がある。立位前屈位で、圧痛点に刺針、雀啄する。ここは筋が強靱なので、寸6#2のような細い針よりも、寸6#4以上の太い針を使うのが適している。腰神経叢や胸腰筋膜を狙っている訳ではないので、深刺する必要はない。
筋付着部を刺激することで、1b抑制は働き、腰方形筋の筋緊張が緩む。

①腰宜:  立位で上体を強く前屈し、腰方形筋伸張肢位。L4棘突起下の外方3寸。即ち大腸兪の外方1.5寸。
腰宜穴から直刺すると下行結腸を刺激できる。木下晴都は、左腰宣を便通穴とよび、習慣性便秘の治療穴としていた。

②力針:立位で上体を強く前屈。L4棘突起下の外方4寸。2寸#4腸骨稜上縁から刺針。


2.立位伸展時痛の治療

腰痛患者の中には、中腰になって治療室に入ってくる者もいる。背中を反らすと痛むという。要するに立位背屈時痛である。このような場合、足指と壁の距離が10㎝程度離して壁に向かって立たせる。顔はどちらか一方を向かせ、胸と頬を壁に密着させるようにする。術者は背腰の起立筋を押圧し、何カ所か圧痛を探す。そして圧痛点に刺針する。その状態で、壁から離れて、上体の屈伸動作を行わせ、治療効果を確認する。効果不足なら、再び壁に向かって立たせ、再度圧痛点と探して刺針する。


3.浅層ファッシアの病理

筋の伸張時痛はファッシアが癒着して伸張時に滑走性の悪いことが筋膜症の原因とさ れている。一方、上体を反らす際の痛みの理由はこれまでうまく説明できなかったが、運動と医学の出版社編「筋膜はなぜ痛い?皮膚のシワ、突っ張りのメカニズム」YouTube動画 をみると、興味深い内容が示されていた。下写真のように分厚い本を縮めるような運動の際、ファッシアを引っ張り上げて剥がされる時のような機序で痛むのではなかとの見方である。
背中を屈曲する時の痛みは、癒着している浅層ファッシアが伸張する際の痛みであり。背中を伸展する時の痛みは、浅層ファッシアが剥がれる際の痛みという見解である。
どちらにしても、深層より浅層のファッシアの方が力学的ストレスが大きいので、深刺する必要はないだろう。

 

 


メニュエ症候群と上殿皮神経痛の針灸治療の違い

2023-12-25 | 腰背痛

針灸臨床治療で常見疾患の一つにメニュエ症候群(旧称メイン症候群)がある。本疾患は上部腰椎~胸腰腰椎移行部~上部腰椎の高さから出る脊髄神経後枝が、外下方に延び、腸骨陵を越えた上殿部に痛みを訴える疾患である。治療は、後枝の出処であるTh12~L2棘突起傍(背部一行)へ深刺することで効果的な針灸治療となる。メニュエ症候群については、本ブログでもいろいろと報告してきた。

さまざまな適応がある中殿筋刺針(2022.2/3)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/9de6364bec37c3367dcd2e8d83463b9c 

一方、上殿部の痛みを訴えるもので、Th12~L2脊髄神経後枝が腸骨陵を乗り越え、上殿皮神経と名前を変えたあたりで、皮下筋膜の絞扼を受けることで強い痛みを生じる場合があり、これを上殿皮神経痛とよぶ。主訴のみから2疾患を判別することは困難だが、触診や撮診で鑑別することは難しくない。今回、上殿皮神経痛の針灸治療を経験して、気づいたことがいろいろ出てきた。


1.症例報告(85才女性)

主訴:左上殿部の劇痛
5日前から強い左上殿痛が生じた。近くの整形2カ所に行くも、X線をとられて腰椎の老化を指摘され、鎮痛剤の処方をうけるという同じ診療を受けたのだが、痛みは軽減しなかった。

初回治療
S)知人に当院を紹介されて来院した。本日で発症5日目。痛みが激しい時もあれば痛みのない時もあるとのことで初回来院時は痛みがない状態だった。
O)左殿部に圧痛
A)中殿筋の緊張によるTP活性状態
P)側臥位で環跳あたりに2寸#4で数本手技+置鍼10分

第2診(3日後)
S)前回治療の翌日から右殿部が激しく痛み非常につらかった。
O)中殿筋に圧痛強く広範囲に存在
A)中殿筋緊張の悪化
P)側臥位で環跳あたりに2寸#4で10本以上の局所集中置鍼10分

第3診(前回治療から3日後)
S)右殿痛は痛む時と痛まない時がある状態は、初診前と変わらない。
O)中殿筋に圧痛(-)となった。腰宜穴の圧痛(+)、胸腰痛一行の圧痛(-)
A)上殿皮神経痛かも
P)側臥位で、腸骨陵縁を撮む揺り動かす手技(筋膜リリース目的)+腸骨陵縁あたりに2寸#4で5本水平刺、置鍼10分

第4診(前回治療から7日後)
S)この一週間痛みがなかった。
O)腰宜穴の圧痛(+)
 ※腰宜穴(奇穴)の位置:L4棘突起外方3寸。腸骨陵最高点のやや内側
A)上殿皮神経痛と確信
  本当に中殿筋に異常はないか、横座り位で中殿筋を押圧すると、きつい痛みが出現したので、この肢位で3寸#8で深刺追加。

P)前回と同治療。

 

2.症例を通じて学んだこと

1)上殿皮神経痛とメニュエ症候群の鑑別
    両疾患の知識があれば鑑別は容易だが、知らなければ病態把握は難しい。
 共通点は上殿部痛、違う処はTh12~L2一行に圧痛があるか否かである。

2)上殿皮痛と中殿筋緊張の病態の相違

上殿部部痛はよくみる症状である。通常は中殿筋は上殿神経支配で、上殿神経は近く成分をもたない運動神経なので、コリは現れても痛みは出ない。痛みが出るのは、ここにTPが活性化したからだと考察した。
この上殿神経は、仙骨神経叢の枝である。しかしこの部の皮膚は上殿皮神経は上部腰椎の脊髄神経後枝の枝なので、筋と皮膚の神経支配はまったく違う。これは以前から不思議に思っていた。
今回の症例では、上殿皮神経痛(撮痛陽性となる)だったが、押圧して中殿筋に圧痛はなかったのだが、横座り位で、中殿筋を過収縮状態にして押圧すると強い圧痛が現れたのだった。本症例に関する限り、中殿筋過緊張と上殿皮神経痛は同時にみられたのだった。

 

 

 

 

 

 


右仙腸関節障害による劇痛にはトラマールが、残存する慢性痛には局所の針が効果あった自験例(68才、男性)

2022-03-29 | 腰背痛

1.主訴 右仙骨部の劇痛(右仙腸関節機能障害による)

2.現病歴


①令和4年3月20日
勉強会で立位と座位を繰り返しているうち、右腰痛出現。3時間すると座位から立ち上がることができなくなった。


②翌日

目覚めた朝、立ち座りは支障なかったが、仰向けに寝る際と、骨盤をわずかにひねるだけでもズッキンと息が止まるほどの激しい痛みを右仙腸関節部に感じた。ベッド上で仰臥位から上体を起こすだけで、仙腸関節にズッキンという激しい痛みが何回もくるので、それを思うと仰臥位になれなくなった。
横に慣れないので椅子に座ったままた眠ることにしたのだが熟睡できず心身ともに疲れ果てた。わずかな動きでもズッキンと痛むので、自分の骨盤に針を刺すのは困難たった。

③発症6日後

状態に変化がないので、近くの整形外科に行った。骨盤のX線をとるも大した所見なく、鎮痛剤を処方。自宅にあったロキソニン60mgを3T飲むもまったく痛みが止まらなかったことを伝えると、トラマール(麻薬に近い強力鎮痛剤)を処方された。午後6時にトラマール服用し、午後7時半~翌日午前○時半まで5時間久しぶりに仰臥位で熟眠できて、精神的にも少し落ち着くことができた。しかし起床後して間もなく右仙腸関節部の激しい痛みが再発。我慢できないので自宅にあったロキソニン4T(本来の最大内服量は3Tまで)を服用。すると間もなく寝返りがうてるようになり、明け方から朝にかけて4時間痛むことなく睡眠できた。

④発症7日後

午前9時に起きてみると、仰臥位から座位へ体位変換時、ギクッとする時が半減していた。その日は、骨盤の痛みを感じつつ、痛い痛いと言いつつ、仕事したが非常に身体が疲れ、午後7時にはトラマール服用して就寝した。

⑤発症8日後

深夜に目覚めたが、仰臥位から座位への体位変換時、ギクッとする痛みは8割減になっていた。そこで本日整形の2度目の受診日だったがキャンセル。本当は仙腸関節ブロックをしてほしかったのだが、それを言えない雰囲気だったたため。

⑥発症9日後
右仙腸関節部に、持続的な重だるい痛みを感じる時間が長い。とくに目覚めて起き上がると痛む。椅子に座っている分にはあまり痛まないが寝そべると、その後起きてからがつらい。ただしギクッした痛みは消失し、トラマールを服用するほどの痛みにはならない。
これまで仙腸関節を矯正する体操をいろいろ試したが、あまり効果なかった。

⑦発症10日後 
右仙腸関節部に円皮針やせんねん灸をしてみたが、あまり効果はなかった。そこで最後の手段ということで3寸#8針を用い、自分自身で右仙腸関節と思えるところに刺針してみた。刺針部位が自分で確認できず押手もできないので、刺針も不確かになるのはしょうがなかったが、針体を2㎝残して骨膜に当たり、当たると同時に響きのような鈍痛を感じた。自分自身で施術するので、正しくマトに命中させるのは難しく、数時間後に痛みは再発した。3時間後再治療。骨膜への針響を得て、仙腸関節体操を少々行い、5分置針して抜針。するといつもやってくる重だるい持続痛は大幅に軽くなった。半日経た現在、痛みは再発していない。

 

3.感想

①これまで何度も慢性の仙腸関節障害の患者を診てきたが、針でうまく治療できていたように思う。しかし仙腸関節障害で身動きできない劇痛になることもあることを身をもって知った。


②トラマール使用→熟眠できたこと→痛みの悪循環の遮断と心身安定といった流れがあった。トラマールはありがたかった。ただし慢性持続性の痛みは消えず、これも非常に苦しいものだった。この種類の痛みに骨膜に至る針が効果があり、針のありがたさを実感した。


③かつて代田文彦先生が、骨膜の針響は拡散性が強いという言葉を思い出した。すなわち厳密にツボに当たらなくても、針で症状と似た痛みを再現させれば効果ある。今回の治療効果は6時間以上たった現在も持続中である。針のありがたさが身にしみた。

 


右急性側腹痛の自験例(中部胸椎長・短回旋筋由来の激痛)ver.1.1

2022-02-07 | 腰背痛

62才、男性

2ヶ月前、右側腹部に激痛を生じた。その1週間くらい前からたまにチクチクした右側腹部痛はあったが、大したことはなかったので放置していた。

今回の右側腹部痛は床に横になっていた後、上体を起こそうとした瞬間に発症した。右手を床につけて上体を起こした姿勢のまま、動けなくなった。少しでも動かそうとすると激痛が右腹の帯脈穴あたりに走るので、あぐら座りにも、横になることもできなくなった。約一時間、楽に感ずる体位を探ったが無駄骨だった。自宅にあった鎮痛剤のロキソニンを飲んでも症状不変。やむを得ず救急車を呼んだ。10分後位で到着するとのこと。

右腹痛を生じたのは二階のリビングでだったが、救急車に乗るには、ともかく一階に行かねばならない。痛いのを我慢し、気力を絞って自力で立ち上がり、ゆっくりゆっくり階段を下った。階段を下り終えたところで到着した救急隊と出会った。さっそくストレッチャーに乗せられて病院に運ばれた。なお自分が患者となって救急車に乗ったのは初体験だった。
 
当直の外科医が診療にあたった。症状のある右腹部を圧迫しても痛みはないが、体動して腹筋を働かせるとズキンと痛む状態。レントゲンは正常、MRIでは内臓に異常はないが、右内腹斜筋か厚くなっているという。内腹斜筋は深層にあるので圧痛は目立たないともいわれた(本当かね?)。超音波検査異常なし。結局治療はボルタレン座薬を入れただけだったが、30分も経つと、自分で立つことができるまでに腹痛は軽くなり、そのままタクシーで帰宅。改めでボルタレン座薬の効き目を実感した。その8時間後に、再びボルタレン座薬を使ったが、以来痛みは消失している。



考察

あの痛みは何だったのだろうか。側腹部や腰殿部に圧痛はなかったでの、中背部はどうなのかと思ったが、自分の指では届かないので、決め手がない。そこで寝転がって背中の起立筋あたりにコーヒーの瓶をあてがい、自重で圧迫してみたところ、非常に圧痛ある部位を発見した。これは私が以前から主張している背部一行症状群に違いないと思った。伏臥位で家内に指圧してもらったが、素人なのできちんとしたツボを圧迫できなかった。しょうがないので円皮針を貼らせたが、今ひとつ。しかし症状は軽減した。毎日素人指圧してもらっていると2週間ほどで左腹痛は消失した。

MRIで発見した右側の内腹斜筋だが、帯脈を直角に押圧しても痛みは生じないのに、指先で引っ掻くように腹筋を擦りつけると、確かに圧痛ある筋のシコリを触知できた。この筋コリは結果であって、原因は、長・短回旋筋の緊張によるものだろう。なお今回は胸椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じた。もし腰椎~仙椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じたならば、多列筋の過緊張を疑う。前者は上体回旋時痛、後者であれば上体前後屈痛時が生じるが治療法は背部一行深刺ということで同じである。

今回の私の側腹痛のような病態は、実は野球の選手に多い。バットを勢いよく振る動作では、上体を強くひねることになるので、力学的ストレスが胸椎椎間関節に働く。「脇腹痛」「野球」のワードでネット検索すると、多数の記事が載っているのだが、腹筋の問題に終始しているものが多かった。これは整形外科での一つの盲点にもなっているように思える。

 


さまざまな適応がある中殿筋治療

2022-02-03 | 腰背痛

 


殿部痛を訴える者はもちろんのこと、殿部に症状のない者であっても、触診すると中殿筋の緊張がある患者は少なくない。この原因についてはいくつか理由がある。1は上殿痛(上殿皮神経痛)に対してTh12一行刺針が効いた例、2は上殿痛に対して立位で患側に体重をかけた体位で中殿筋への鍼が効いた例、3は中殿筋部痛で立てない症状に、中殿筋を固定ゴムベルトを装着して歩行可能となった例である。


1.メイン Maigne 症候群(=胸腰椎接合部症候群)

Th12一行に圧痛があり、同時に志室にもが圧痛あれば、上殿部皮膚に過敏帯が出現する。これはTh12脊髄神経後枝支配領域で上殿皮神経との別称をもつ。Th12後枝は第12胸椎と第1腰椎の間から出る神経であるが、胸椎構造体と腰椎構造体の接合部なので脆弱性がある。胸椎は左右回旋の可動性があり、腰椎は屈曲回旋の可動性があるとされるので、この境界部分は力学的ストレスが加わる。治療はTh12一行刺針をすると速効できることが多い。これは鍼灸臨床で頻繁にみられるパターンなので、実用的な知識である。なおメインとは報告した研究者の名前。

※中殿筋の運動支配は、上殿神経であり、上殿神経の上流は仙骨神経叢である。座骨神経も同じく仙骨神経叢であって、中殿筋緊張症では殿部梨状筋刺針(=座骨神経刺針)が適応になることだろう。皮膚知覚支配と筋運動支配とでは異なることに留意されたい。


2.立位で体重をかけた際の上殿痛

中殿筋の機能は股関節外転と学校教育で習ったことと思うが、臨床ではそれとは別の知識が必要である。なお中殿筋の起始停止は次のようである。
起始:腸骨翼の殿筋面、腸骨稜の外唇、殿筋腱膜
停止:大腿骨大転子上縁

立位における中殿筋は、大腿骨と骨盤間を固定し、体幹を直立に保持する働きがある。
左右どちらかの股関節障害などで同側の中殿筋が筋力低下すれば、健側の骨盤を挙上できなくなる。これがよく知られるトレンデレンブルグ徴候である。
しかし鍼灸臨床でありがちなトレンデレンブルグ徴候が陽性化しない軽度の中殿筋筋力低下では、立位で患側に重心をかけると、患側の中殿筋の痛みが出現しやすいという現象がでてくる。
簡単にいうと、痛む側の中殿筋に重心をかけて立つと、その中殿筋が痛むことがあって、痛みを誘発した姿勢のまま、中殿筋部を触診して圧痛を発見し、シコリに刺針すると立位時の痛みがとれることの多いことを発見した。

最近、63歳男性の患者で、臀部外側が動作時に痛むという訴えて来院した。側臥位で触診し、中殿筋の圧痛を探ると、腸骨稜沿った反応点は現れず、中殿筋停止部付近に圧痛反応が出現した。そこで圧痛反応点に2寸#4で圧痛数カ所に5分間置鍼というパターンで5回ほど施術したが、意外にも改善しなかった。
そこで問診し直すと、「動いている時よりも立っている時の方が痛む」との返答をした。中殿筋は、前述したように体幹を直立に保持する働きもあるので、立たせて再び中殿筋の圧痛硬結反応を診た。
すると驚いたことに、いつもの腸骨稜沿った圧痛反応が出現したのだった。「悪い方に体重をかけると、よけい痛む」とも返答したので、上体を患側に傾け、中殿筋の圧痛点に刺針すると、さらに効果を増すことができた。

 

3.殿痛で歩行不能な高度老人性円背患者

8年ほど前の症例で、86歳女性で高度老人性円背患者に往診に出かけた。
(2012.3.24報告「中殿筋による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」参照)
立つと中殿筋が痛く、歩くことができないという。かなりの肥満体だった。家の中では、手すりや壁をつかって、やっとの思いで伝わり歩きしている。排尿排便はポータブルトイレを使用。
本患者の主訴は歩行困難で、歩けるようにして欲しいとの要望だった。中殿筋筋力が低下していることはすぐに分かったが、中殿筋に刺針しても大した効果はなかった。

次回往診時には、股関節のぐらつきを抑える目的で、生ゴム性腰痛ベルト(商品名リフォーマーベルト)を上殿部~下腹を一周してきつく巻いてみた。するとぎこちないながら、治療直後から歩行可能ができるようになった。股関節のグラつきを減らそうと考えたからだが、効いたのかの考察は論理的ではなかった。現在ではなぜ効いたのか、次のように説明できる。

①円背姿勢では股関節伸展位にしづらい。(円背の代表的姿勢は股関節屈曲位)
②股関節伸展位にしないと、中殿筋は力を発揮できない。
③中殿筋の筋力低下では、股関節固定できないので歩行困難を生じやすい。

リフォーマーベルトは、普通は仙腸関節機能障害時に使用するが、上述したように中殿筋固定にも使える。

 

 


腰痛に対し、次の手として行う立位体前屈位で行う背腰部一行刺針

2022-01-17 | 腰背痛

腰痛には筋膜由来のものと椎間関節由来のものがある。鍼灸治療では、背部一行(棘突起の外方5分)からの深刺で、腰が伸びたり動作時痛が軽くなったりするのが普通である。しかし不十分な効果しか得られないことあるので、次の手段(=二の矢)を用意しておくべきである。

1.一の矢
 
頸背腰殿痛を起こすことの多い脊髄神経後枝症候群の鍼灸治療は、普通は腹臥位で背腰部一行に刺針することが多いと思うが、私は側腹位(シムズ肢位)で行うのを常としている。その方が反応点をつかまえやすく、刺針して深部の筋硬結に命中させやすいと思うからである。何カ所かに刺針し、5分間の置鍼を行うことにしている。側臥位で行う場合、片側側腹位で置鍼5分の後、もう片側にも置鍼5分するので単純計算で治療時間が倍になるという短所があるが、治療効果を優先するはやむを得ないことである。

このような施術をした後、患者を立たせてみて、痛みや背腰の可動性の軽減の程度を調べ治療効果を確認する。この方法で十分な効果が出れば治療を終える。


2.二の矢

 
しかし治療効果不十分な場合、次の<二の矢>としての治療を加える。ベッド傍に立たせ、上体を前屈させ、再び腰背部一行線上の圧痛反応を探し、一行反応点から深部にある硬結を目標に深刺する。なおこの体位は不安定なので置鍼はせず軽く手技した後に抜針。これを数カ所に行う。

患者を立位体前屈位に保持するには、次の2つがある。 1)より2)の方が効果的かと思っていたが、最近これを実証できた症例を経験した。

※二の矢の治療は不安定な体位なので置鍼はできない。一の矢の治療は、頸背腰殿部の診察を兼ねているのでどうしても必要。側臥位でだいたいの反応点に施術しておき、それでも治しきれない重要な患部を二の矢として治療する。すなわち一の矢は無駄な治療とはならない。

1)両手掌をベッドの天板につけて腰を曲げての体前屈位
 体位が安定するので、安定感をもって施術できる。背部筋伸張は後者より劣る。

2)上体をできる限り深く屈曲させての体前屈位
背筋を強く伸張した姿勢になるので、治療効果も勝るのではないか(Ⅰb抑制)。この姿勢は患者にとって不安定なので短時間で治療を終えるべきだろう。



3.立位でできる限り上体前屈位にて行う鍼治療(47歳男、植木職)

 
仕事柄、年中頸背腰が痛くなり、年に数回当院に通院している。今回は本日仕事中、急に腰が伸びなくなったとのことで来院。無理してでも腰を伸ばせない状態。側臥位で腰背部一行を触診すると、L5S1S2の高さに強い圧痛硬結を発見。左右とも側臥位で2寸#4で一行数カ所に5分置鍼するも効果不十分だった。

 
だがこの程度の効果しか得られないことはよくある。次に立位で両手掌をベッド天板にのせる軽度前屈位で、背部一行に手技鍼を実施したが、どうも鍼先が筋硬結に当たっている感じがしないので3寸#8に変えて背部一行に手技鍼を実施。ただしこれも治療効果不十分で、来院時よりも改善するも背筋を完全には伸ばせなかった。
 
さすがに少々焦ったが、<第三の矢>ともいうべき治療、すなわち立位で出来る限り深く上体前屈位をとらせ、3寸#8でL5~S2の高さの一行に深刺した。すると患者は、「オー」と叫んだ。どうしたのかと問うと、痛むところに響いたということだった。たしかし鍼先は硬い筋硬結(多裂筋)に当たったという手応えが得られた。抜鍼後には背中はほぼ完全に伸びるまでに回復させることができた。



4.立位体前屈位で行った電気鍼治療の自験例(中高生当時、男)

 
私が中高生の頃、2回ギックリ腰で、腰が伸びなくなり、寝ているしかなかったことがあった。当時は私の家族の祖母と父が、たまに近所の鍼灸接骨院(実際は良導絡の局所直流電流電気鍼)に通院した。家族が言うには整形の治療より効果あるということで、恐る恐る鍼治療に出かけた。

 
すると立位でできるだけ前屈位にさせ、良導絡の握り導子を握らせた。「どこが痛むのか、指で示して下さい」と言うので、私が「この辺りです」と言って指で示すと、先生は探索子でその部位を探り、メーターの針が最も振れるところを探し、太い鍼を刺して電流を数秒間流した。切皮痛も痛かったが、数秒間後にはギューというような強い締め付け感を生じて抜針。「今度はどこが痛みますか」というので、再び指で示したが、先ほどとは少し違った場所になった。先生はその辺りを探索導子で探り、メーターの針が最も触れる処を先ほどと同じ要領で刺針。5回程度この方法を繰り返すと、腰痛は自覚するがどこが痛むのか分からなくなった。これをもって治療終了。治療前と比べ症状は1/3程度に軽減した。何しろ痛い治療なので、早く治療が終わって欲しかった。気持ちよさは皆無だったが、実によく効く治療だと思った。
今思えば、電気治療が効いたというより、立位前屈位で行った施術が効果的だったと思う。


胸椎椎間関節症のアドバンス針治療 ver.1.2

2020-12-06 | 腰背痛

 1.背部一行刺針の限界

2016年6月1日に<胸椎椎間関節症には針が一番>と題したブログを発表した。

側腹位で胸椎椎間関節症に対して、胸椎の一行線に刺針すると一般的によい効果があげられることが多い。しかしながら直後効果は良くても数日経つと元にもどるケースがあったり、治療数回目まで順調に改善していても、それ以上治療回数を重ねても治療効果が頭打ちになるケースがあったりした。これが針灸の限界なのかとも思ったが、あれから一年半が経ち、背部一行刺針に運動針や体操を併用することが打開策らしいことが判明したので報告する。


2.短背筋群の構造と性質

 

 短背筋には多裂筋、長短の回旋筋、頭頸胸の半棘筋がある。その位置と機能は次のようになる。なお浅部筋である背部の起立筋は背腰部運動の主動作源であるのに対し、短背筋はそこまでの力はなく、動作時の脊柱のアラインメントを調和させる役割がある。起立筋は長いので予期しない外力が働いても力を上手に逃がしやすいのに対し、短背筋は起始停止間が短いので、まともに力を受け止めることになる。

1)多裂筋
腰椎・仙椎の高さで発達している。腰椎は椎間関節刻面の形状から、左右回旋の可動性に乏しく、前後屈の可動性がある。つまりは前後屈の動作で生ずる腰背痛は多裂筋に原因があるだろう。仙椎は癒合して一つになっているので、仙椎の椎間関節症はあり得ず、仙椎部の痛みは多裂筋性の痛みであるといえる。

2)胸椎部の短背筋は、長・短の回旋筋が発達している。胸椎は左右回旋方向の可動性に富み、前後屈の可動性に乏しい。左右回旋のための筋力は、この長・短回旋筋によるものだろう。

3)半棘筋の「半」とは脊柱上半分(Th10)以上にあるという意味であり、頭・頸・胸部で発達している。腰部には存在しない。半棘筋は上図をみると胸半棘筋は胸椎部にも発達している回旋よりも前屈背屈に関係している。半棘筋の役割は重い頭を動かすためのものだろうと考えた。寝違え時には後頭部や後頸部を治療するだけでなく、上背部一行が効果あるのはこのためだろう。その反面、胸半棘筋は背腰痛には関わりが少ないのではないだろうか。


3.背部一行刺針に運動針法を加える

胸椎部症状に対しては、立位で背部一行刺針しままま左右に上体をひねるよう指示すると治療効果が高くなる。またL5腰椎~仙椎症状には、立位で背部一行に刺針したままおじぎをするよう指示すると、治療効果が増す。キャスター付きの椅子に座らせて、上体を左右に回旋するよう指示すると、椅子が回ってしまうのでうまくいかないので注意。

   

 

4.操体法の追加

慢性的な胸椎椎間関節症は、胸椎の陳久性機能性側弯症を併発していることが多い。いくら胸椎の一行に運動鍼をしても、この側弯症を是正しないことには直後効果のみとなる。ただ側弯症は整体では問題視され、治療前治療後の写真を並べて、その効果を謳っていることも多いが、効果の持続時間はどれほどのものだろうか。
西洋医学的観点からみれば、軽症では経過観察、中症ではコルセット、重症では手術となり、整体的方法が治療効果をもたらすとは考えていない。
ただし側弯症を治すのではなく、胸椎椎間関節症による背部痛を改善するのであれば、結論は異なったものとなるのではないか。

ここでは背痛に効果をもたらすとされる操体法を紹介する。操体法の手技は、事実上PNFストレッチを行っているので、リハ的に合理性がある。

 


陳久性胸椎椎間関節症の針灸治療効果持続のための工夫

2019-08-22 | 腰背痛

筆者は2016年6月.1日に「椎間関節症には針が一番」との表題でブログを発表した。その病態生理は、胸椎微小捻挫→脊髄神経後枝興奮→後枝支配筋(とくに長・回旋筋)の緊張→放散痛として微小捻挫部から斜下方への痛みというものであった。その針治療の機序は、後枝支配筋(とくに脊椎傍筋)の緊張部(棘突起から外方5分にある胸椎一行)に刺針することで筋緊張緩和させ、それが後枝痛を緩和させるという考察であった。

では実際の症例に対して胸椎一行の限界はあるのだろうか。現在千人以上の患者に施術してみた印象を記すことにしたい。


1.急性~亜急性 (発症後数日~数週間)に対して


1)急性の椎間関節症には、強力な効果が発揮できる。

  
背腰部を訴える患者で、胸椎一行に圧痛があれば、そこに患側上の側臥位で深刺し5~10分間置針すると有効である。

背腰部の患者の訴える症状部位から、斜め上方45~60度方向で圧ある胸椎一行を治療点に定める。体位は患側上にした側臥位。また深刺とは、針先が椎弓根の骨膜に達するまで、または2㎝以上刺入して硬くなった筋に刺入する場合である。発症後数日~数週間程度の症状に対しては、1回~数回で略治に至る。
※伏臥位ではなく側臥位で刺鍼することの優位性は、棘突起傍の圧痛を探りやすく、また棘突起直側に刺針しやすいため。

2)プラスアルファの治療

  
上述治療後、ベッドから下りて上体を前屈したり上体を左右に回旋させることを指示し、現時点での痛みの具合を問うと、楽になったとはいうが、まだ痛むと訴えるのが普通である。痛みの出現するポーズをさせ、どこが痛むのかを指頭で触ってもらった部に新たに刺針したり、あるいは先に行った胸椎一行の圧点に再度刺針すると症状がもう一段階改善させることができる。

私は1)2)をも行うことで1回の治療としている。


2.慢性~陳久性 (発症半年から数年)に対して


1)慢性の椎間関節症には、一時的効果が得られるのみ


以前、私は「椎間関節症には針が一番」と題してブログを発表したこともあって、数年来何をやっても治らないという慢性・難治性のものを扱うことも多くなった。それもかなり遠方から来院する患者も少なくなかった。

急性の時と同じ治療を行い、側臥位で5~10分間の置針。反対側側臥位で同様治療点に治療で5~10分間の置針を実施。これで患者の多くはこれまでの治療で経験したことのない症状改善を実感できて、次回の予約をとって喜んで治療室を後にするのが普通だった。確かに最初の数回治療は、その効果に満足させることができるようだったが、やがて治療持続時間が数十分~半日と短いことに患者が気づき、間もなく来院しなくなるケースも少なくなかった。

2)治療持続効果を伸ばす40分間置針
 
治療直後の鎮痛効果をのばすために、当方でもいろいろ工夫したが、その努力も実りのないものだった。針に低周波通電をしてもみたが、治療効果が増すことはなかった。

胸椎一行刺針の使用針を2寸#4から2寸#8に変更すると治療直後の治療効果は増大したが鎮痛持続時間は延びることはなかった。
 
たまたま浅野周氏が、「木下晴都氏は著書『坐骨神経痛の針灸』の中で、筋をゆるませるための置針時間は、20分やっても15分置針と同等の治療効果だったので、効率的には15分置針か最適だと記していたが、本当に緩ませるには40分置針が必要だ」と主張していることを思いだし、置針時間を40分間延長することにした。

 
なお私はこれまで背部一行では患側上にした側臥位で背部一行に刺針しているので、両側治療するには反対の側臥位にしてもう一度背部一行に刺針することにしていたが、40分置針するには左右側臥位で40分ずつの置針では治療時間が長すぎるので、腹臥位で行ってみた。なお仰臥位40分ならばともかく、腹臥位40分というのは、患者にとって我慢の限界であって、途中針を半分程度抜いて体動できる状態にして、座位や立位で上体の運動を行わせる必要もあった。

 
最近来院した27歳男性の患者では、左右側臥での胸椎一行置針(#8針使用)で各10分置針では、治療後30分ほどで痛みが元に戻ったのに対し、腹臥位40分に変更してから治療後4時間の持続効果を維持できるまでになった。壁を一つ突破した感がある。

 伏仰位での胸部一行40分置鍼中(上写真では頚椎の一行置鍼も行っている)


椎間関節性腰痛と筋々膜性腰痛の針灸 再整理 ver.1.2

2018-01-09 | 腰背痛


下肢症状のない腰痛の針灸治療の代表的疾患といえば、椎間関節性腰痛と筋々膜性腰痛であろう。両疾患はともに、痛みの直接原因が脊髄神経後枝にあるという共通性があり、症状も紛らわしい部分がある。これらに対して現代針灸はどのようなアプローチをすればよいのだろうか。かつて解剖学的針灸という単語はあったが、現代針灸という単語はなかったように記憶している。確かに三十数年前は、「単に何々筋が緊張しているので、そこに刺針して緩めたので症状改善した」という以上の内容がなかった。一歩一歩ではあるが、現代針灸も進歩を続けているようだ。

 

1.椎間関節性腰痛


1)病態生理

 
急激な腰胸の動きで関節包内の関節滑膜が挟まり関節包炎症  → 椎間関節部の圧痛(+)

                   ↓
脊髄神経後枝内側枝に興奮伝達   →  背部一行(棘突起外方5分)圧痛(+)
                   ↓
脊髄神経内側枝の興奮が後枝外枝にも伝達  →  外下方45°方向に痛み放散、同部位に撮痛(+)

2)針灸治療


側臥位または伏臥位にて、2寸4番程度の針を用い、棘突起外方1.5㎝あたり(=椎間関節部)から骨に当ら深刺直刺し、骨に当てる。針先を骨にぶつけて数秒間タッピングを続けると、症状部に至る針響を得ることができる。(技量必要)

 註釈:脊髄神経後枝の皮膚走行

脊髄神経後枝の内側枝と外側枝は、約60°の角度で外下方に走行して皮膚知覚を支配していると主張しする文献( ScientificRwserch Open Acsess HP)がある。デルマトームの背腰部神経支配の分布の縞模様は、せいぜい30~45°なので、60°という角度は受け入れ難いかも知れない。 
しかしの60°というのは、撮診を行った結果であって、筆者の実感でもある。ただそうするとデルマトームの知識との整合性に無理があるので、あえて本稿では45°とした。

 


2.筋々膜性腰痛


1)病態生理


背腰部の過伸展や捻転で椎体間の急な位置変化

                   ↓
とくに短背筋群のトリガー活性   → 背部一行(棘突起外方5分)圧痛(+)
 (棘突起直側の深部筋)
                   ↓           
脊髄神経後枝内側枝の興奮が後枝外枝にも伝達  →  外下方45°方向に痛み放散、同部位に撮痛(+)


※註釈:ダメージを受けやすい筋とは


不正動作により突発的に生ずる痛みは、大腰筋、腰方形筋、短背筋群(=回旋筋群、多裂筋、半棘筋)の問題らしい。これらの筋群は、腰椎に直接付着しているという共通点がある。短背筋群の長さは短く、したがって起始と停止間が短いので、脊椎捻挫の際に衝撃を受け流すことが難しいので筋ダメージを受けやすい。

   

2)針灸治療

①夾脊刺針


短背筋群の筋筋膜症に対して実施。側臥位にせしめ、3~5番程度の針で、症状部から内上方45°の圧痛ある棘突起直側から深刺し、短背筋群中まで刺入。普通は症状部に至るような響きはない。



②志室外方から横突起方向に深刺:大腰筋、腰方形筋 

詳細については原稿を改めて説明する。上図で大腰筋や腰方形筋に対する針は、筋を直接狙わず、腰仙筋膜深葉を直接刺激している。これは、筋肉よりも筋膜の方が痛覚感受に富むことによる(もっとも筋肉も筋線維一本一本が筋膜に包まれているので、純粋に筋肉刺激と筋膜刺激を分けることはできない)。針灸治療においては、筋硬結中に針先が命中するようにもっていくことが重要である。筋硬結中に針先が達すると針響が得られる。

 
3.T4症候群(椎間関節性腰痛特殊型)

T4症候群とは、カイロプラクティック分野の概念なので、医学的にはマイナーだが参考にはなる。胃に神経を送り胃の働きを制御している中部胸椎Th4,5,6の中でもTh4の背骨が神経関節機能に障害をきたすことで、胃の働きに影響を及ぼ症状が出現するのだという。主に「逆流性食道炎」がその特徴だという。


横隔膜は、その中心部がC3~C4神経支配で、辺縁部がTh7~Th12肋間神経支配であることが知られている。胃は内臓としては知覚過敏な方だが、横隔膜と比べれば鈍感なので、我々が胃症状と思っている心窩部痛は、実は横隔膜過敏症状であることが多いだろう。

熟練を必要とするがTh6~Th7棘突起外方1.5㎝から深刺して椎間関節に針先を当てて、数秒間タッピングすると、針響はあたかも胃に響いているような感じを与えることができる。先のT4症候群いうのは、この現象のことを示しているのかも知れない。
 

 

 4.メイン Maigne 症候群(椎間関節性腰痛特殊型)

胸椎腰椎接合部症候群のことでMaigneが提唱した。胸腰椎移行部(Th12/L1棘突起間)の椎間関節捻挫に伴う後枝興奮のこと。臨床上高頻度である。胸椎間は回旋の可動性があるが、腰椎間は屈曲伸展の可動性はあっても回旋可動性はない。上体を大きく回旋した場合、Th12/L1棘突起間の椎間関節に強い力学的ストレスが加わることになる。
上殿皮神経が圧迫を受けて発症。上殿皮神経とはL1~L3脊髄神経後枝外側枝の別称である。

上殿痛・大腿外側~大転子部痛・鼠径部~陰部痛という3つの領域の痛みを起こす。腸骨稜の辺りに圧痛が出る。上殿皮神経の走行を調べるには撮診法が利用できる。


上記症状に対しては、Th12棘突起下直側の夾脊または椎間関節刺で再現痛が得られ、直後から痛み軽減することが多い。

 

 

 

 

 


 


急性腰痛に対する崑崙・中封刺激の適応と治効機序の考察

2017-04-03 | 腰背痛

1.はじめに

最近、足底筋膜炎と下腿三頭筋の関係についてのブログに書いてみた。足底筋膜炎時は、足底痛を出さないよう、足底筋膜の伸張させないように、母趾MP関節の背屈や足関節背屈動作をしないように、下腿三頭筋や前脛骨筋はアイソメトリック収縮をするのかもしれないという内容だった。

 
そこまで書いてみて、腰痛の特効穴である中封や崑崙の治効理由について、思いつくことがあった。


2.腰痛に中封や崑崙刺激が効果的な理由とは?


強い腰痛では、立位で上体前屈姿勢になることが多い。無理に上体をまっすぎにしようと思うと、腰痛が増悪する。これは腰部を安静に保つための、腰部筋のの保護スパズムによるものと説明されてる。上体前屈姿勢時は、歩きにくくもなるので、安静に保つという意味では合目的性がある。歩きにくくなるのは、上体前屈のためだけでなく、前屈姿勢を保持するため、下腿三頭筋や前脛骨筋収縮の結果、足関節の底背屈制限状態になるからでもある。

ということは、下腿三頭筋や前脛骨筋の緊張を緩めることが、立位前屈制限の改善につながるという逆パターンもあり得るのではないだろうか。すなわち上体をまっすぐ伸ばせないような急性腰痛には、中封や崑崙を刺激すると上体が伸びるようになるという意味になるのではないか?

なお崑崙と中封の使い勝手の相違点だが、下腿伸筋と屈筋が協調して上体前屈姿勢を保持を行っているわけなので、どちらを取穴するかは圧痛点で調べる以外にないと思う。


3.中封・崑崙刺激の注意


腰部保護スパズムを緩和すると体動時の筋の伸張痛は改善する。しかし脊椎を守るために必要な筋緊張がとれてしまう。患者は「治った」と思って自由に動くと、突然激しい保護スパズムが再来し、今回の痛みは中封刺針でも改善しなくなる。痛みが軽減しても安静を厳守させること。