AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

頭痛・眼精疲労時の太陽穴反応と刺針手技 ver,1.1

2023-01-29 | 眼科症状

1.太陽穴の名称
 
中国語でコメカミのことを太陽という。太陽穴との名称理由は不明だが、屋外で最も太陽に照らされる部位と考えたのではなだろうか(頭部は頭髪があるから陽は直接は当たらない)。ちなみにコメカミのことを英語ではテンプル temple という。これはお寺の temple とスペルも同じなのだが、外来語を英訳する際にたまたま同じ綴りになってしまった訳で両者間に関係はない。 


2.太陽穴の取穴


こめかみ部で、外眼角と眉毛外端を結んだ線の 中点から後 外方に約1寸の陥凹部にとる。頬骨の外縁で側頭筋前方になる。



3.太陽の局所解剖


太陽穴のある側頭筋は咀嚼筋の一つである。側頭筋の機能は下顎骨を挙上させ、食物を咀嚼することである。側頭筋は扇形に広がった形をしており、起始は側頭骨外周に、停止は下顎骨筋突起にある。力学的観点から、側頭筋は後方(緑矢印)に比べて太陽穴のある前方(赤矢印)に強い収縮力が起こることが理解できる。すなわち太陽は、側頭筋の筋収縮が起こりやすい部だといえよう。



4.緊張性頭痛と太陽穴


緊張性頭痛のタイプには、「きつい帽子をかぶっている」タイプと「頭に石が載っている」タイプの2種類あり、主に前者は側頭筋、後者は後頭筋由来だとされる。太陽の圧痛反応は、きつい帽子をかぶっているタイプに起こりやすい。
トラベルによれば本筋のトリガーポイントが活性化すれば、上歯への放散痛が生じたり側頭筋~眉上の前頭筋部の痛みが生ずることがあると記している。ただし側頭筋緊張が眼部へ放散痛をもたらさないことに留意すべきである。
このような場合、コメカミへ自分の橈骨茎状突起を押しつけならがグルグル回すと症状緩和に効果ある。指先で押圧してグルグル回すのではポイントが限定されるぎるようだ。

 

 

5.緊張性頭痛と眼精疲労の相関関係

動物は敵と戦う手段として<噛みつき>攻撃を行う。人間でもその本能が残っていて、ストレスがあると無意識的に強く噛みしめることがある。ゆえにストレスが強いと、無意識下で咀嚼閉口筋である側頭筋緊張が起こりやすい。

また頭痛と眼精疲労は同時に起きやすいことは経験的にしられているが、両者には因果関係がない。ただしストレス→頸肩コリ→眼精疲労という関連はある。前述したようにストレスは側頭筋緊張→緊張性頭痛との流れも平行して起こるので、側頭筋緊張と眼精疲労は同時に起こりやすい。

なお眼精疲労の一因としてドライアイがあり、ドライアイの原因として最も多いのは、ディスプレーを集中して見続けることによりまばたき回数の減少にあるとされている。

 


6.側頭筋に対する運動針法

過収縮した筋を緩めるには、運動針が効果的なことが知られている。そのため側頭筋の圧痛硬結をさぐり、反応点に#2~#3程度で刺針する。トラベルの側頭筋トリガーポイントと放散痛を示した図は、側頭筋のトリガー歩医院とは横に一列に並んでいる。これは噛む力を徐々に強めていった際、側頭筋の緊張したスジバリも後方から前方に移動するという観察と一致する。強く噛む際に出現するのが太陽穴ということになる。治療に際しては、噛むように指示し、その時出現した側頭筋のスジバリを治療点とするのがよいだろう。

これで満足すべき効果がみられない場合、タオル等を口に噛ませた状態で刺針。刺針したままタオルを強く噛む動作を数回行わせるとよい。

 


私の行っている眼窩内刺針の方法 ver.1.6

2023-01-20 | 眼科症状

1.はじめに

以前私は、「 眼窩内刺針が刺激対象とするもの Ver.2.12015-08-19 」と題したブログを発表した。この記事は現在削除され、当ブログ内容に反映されている。

この記事を読んだとして、眼精疲労を主訴とする患者が来院した。眼精疲労の来院患者は少なくないが、その多くは頸コリや肩コリも同時に訴えていたり、精神的ストレスがあったりしている。主訴が眼精疲労のみを訴える患者は珍しいことであった。

ところで中国や日本で眼科疾患を中心に治療している針灸施設であっても、必ず眼窩内刺針を行っている訳ではない。それは医療過誤を恐れてのことに違いない。針先が強膜(三叉神経第2枝知覚支配、毛様体神経支配)を傷つけこれが感染源となる危険性はゼロはなく、医療過誤を起こせば場所が場所だけに大変な事態になるだろう。それに加え、眼窩内刺針を行わないと結果が引き出せないとする情報もない。万が一の危険性を考慮すれば、眼窩内刺針を行うにしても切皮程度に留めておくのが無難であろう。

 

2.眼精疲労症例(21才♂、学生)

数年前から目が疲れる、とくに左右に眼球を動かすと目頭が疲れるとのこと。近くの針灸院に行って眼窩内刺針をやってほしいと頼んだが断られ、私のブログを見て当院来院した。眼窩内刺針を希望していた。眼瞼に内出血する可能性があることを理解してもらった後、
眼窩内刺針その他を行ったところ、患者は、これまでにない効果があったと述べた。
実際の治療点は眼窩内刺針の他に頭維刺針、上天柱刺針を行ったが、ここでは眼窩内刺針の技法について記してみたい


3.眼窩内刺針の技法


眼窩内刺針には上眼窩内刺針と下眼窩内刺針があり、上眼窩内刺針の方が上眼窩と眼球の間が広いので刺針しやすい。眼瞼の内出血を防ぐためと、眼球に過多な刺激を与えぬ用心のため、寸6#1などの細い針を使うことが多い。
細い針を使うこともあって、上眼窩内刺針と下眼窩内刺針とも響きはないのが普通である。眼瞼の内出血を避けるために雀啄などの手技針はせず、単刺や置針をする。

1)睛明

疲れ目に際しては、母指と示指で両方の目頭のやや上方をつまむように押圧する動作を自然に行いがちである。その部位こそが眼精疲労の刺針点として相応しいだろうと考えてみた。患者を仰臥位にさせ、寸6#2にて内眼角部のやや上方に睛明穴をとり、ゆっくり直刺すると2㎝ほど刺入すると硬いものに命中すると同時に眼に響きを得ることができた。
別の眼精疲労患者対して上睛明刺針を行てみても、やはり2㎝刺入で硬いものあたると同時に眼球に響きを得ることができた。結構、再現性がある。
睛明の深部には上眼窩裂がある。ここから三叉神経第1枝(知覚)と眼球を動かす役割のある動眼・滑車・外転神経が出る。 しかし視力機能とは関係がない。
最近、黄斑変性の患者を治療する機会を得た。いろいろな鍼灸院に通院経験がある方なので、患者的にどのような眼窩針が効果あるかを身をもって知っているようだった。その患者が言うには、上睛明より数ミリ外方を刺入点にした方が、眼に響くというこなので、新たな治療点としてこの部位に深刺すると、眼に響くということで満足したようだった。眼に響くというのは三叉神経第1枝を刺激したということだろう。

睛明は、掃骨針法で知られる小山曲泉が記しているように、「眼窩内に指を折り曲げて按圧した際、患者に快痛が得られる部が、その患者に適した治療点で、この穴に3~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄すようにすると、快痛の響きがある」ということである。


2)上睛明

睛明穴の5~10㎜上方を取穴。睛明穴深部に上眼窩裂があるならば、上睛明穴深部には視神経管がある。視神経管とは視神経が通る孔、視神経は視力機能をつかさどる役割がある。すなわち視力と密接に関係しているといえよう。


3)球後

外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さにとる。球後深部には、下眼窩裂がある。下眼窩裂は眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る裂孔で、臨床上は眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。視力には関係ない。三叉神経第2枝の眼窩下神経は、下眼窩裂を通過して四白から頭蓋骨外に出る。四白(眼窩下孔で、眼窩下縁の下1㎝)から外眼角にむけて斜刺すると、下眼窩裂に入れることも可能である。

以上の理由から、球後刺針は下眼窩裂への刺針を目的としていない。「球後」とは、眼球の後側という意味で、中国では内眼病の治療に多用されている。球後から眼球の裏に達するほど深刺した場合、おそらく毛様体神経節の刺激になる。
この刺針の適応は不明だが、眼球の裏には毛様体神経節、長・短・鼻毛様体神経などに影響を与え、眼に対する副交感神経刺激になる。ワサビを食べると鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。患者は眼球が熱く腫れる感じを覚えるという。
    
    
          


4)魚腰

眉中央に魚腰をとる。眼窩上神経痛の場合、眼窩内病変や帯状疱疹などの二次性原因の他に、やはり特発性があり、特発性の場合、額から眉への水平刺が有効になることが多いが、このような施術の一貫として、魚腰穴あたりからの上眼窩刺針を行う方法がある。眼窩上神経は、顔面表情筋により絞扼されて眼窩上神経痛を起こすことが知られている。前頭部の皮神経痛を生ずる代表は眼窩上神経だとされる。(なお大後頭神経痛は、後頭部の頭半棘筋の絞扼が原因とされる)
(参考文献:清水暁:頭蓋表層の解剖学的要因による頭皮神経痛と頭痛-眼窩上神経痛・後頭神経痛・開頭術後頭痛-、臨床神経学、54巻4号(2014.5)

眼窩内刺針創始者の郡山七二は、瞳孔線上すなわち魚腰からの上眼窩内刺針は、上眼瞼部に血管があるため皮下出血しやすく、このため魚腰からは、左右いずれかに少しずらして刺入すると皮下出血を避けることができると記している。(同氏著「現代針灸治法録」)。


5)涙腺刺激

眼窩の外上方に涙腺がある。「このあたりを刺針すると涙腺刺激になるので、ドライアイに効果あるかも知れない」と考えるのは早計である。
ドライアイの主原因は涙量が減るのではなく、涙層の上にある油層が減ることで、眼球表面を覆う水層が蒸発しやすく理由による。
したがって、油層を多量に出すためには、その出どころである上瞼縁にあるマイボーム腺の分泌を活性化させるのがよい。それにはまず瞼の温罨法(蒸しタオルをあてる)などが推奨できる。針は、上眼瞼への散針を行う。

 

 


顎関節症の針灸治療 改訂2版

2023-01-17 | 歯科症状

1.顎関節症の概念                                                                               

咀嚼や開口時の顎関節とその周囲の疼痛、開口障害と開口時雑音などを主体とする。3大症は、①顎関節痛(開口時、ものを咬む時)、②開口不全(開口しづらい。3横指以下)、③関節雑音(顎の関節がカクカク、ジャリジャリと音がする)。  
 
Ⅰ型~Ⅳ型に分類。それらに当てはまらないものをⅤ型とする。 Ⅴ型の多くは心身症。

Ⅰ型は筋肉の障害。Ⅱ型は靭帯の障害。Ⅲ型は軟骨の主に動きの障害。Ⅳ型は軟骨が変形したもの。痛みが出るタイプはⅠとⅡである。
2つ以上の型を合併することも多い。

                
   <顎関節症の分類> 1996年、日本顎関節学会
   
顎関節症Ⅰ型:筋肉の障害  <噛む時の痛みで咀嚼筋痛。 関節音なし>
顎関節症Ⅱ型:関節包・靱帯の障害。<顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛>。
顎関節症Ⅲ型:関節円板の障害。<開口制限あり。コキッというクリック音>
顎関節症Ⅳ型:変形性顎関節症   <強く咬む時の痛み、ジャリジャリ音がする>
顎関節症Ⅴ型:上記に当てはまらないもの(心身症によるものを含む)。      

顎関節症分類 語呂:「訴訟法人、内緒で変形精神」                                         
①訴訟 咀嚼筋障害(I型) ②法人 関節包・靭帯障害(Ⅱ型) ③内緒 顎関節内障(Ⅲ型)  ④変形 変形性顎関節症(IV型) ⑤精神精神的因子によるもの(Ⅴ型)                        

2.顎関節症Ⅰ型(筋肉痛タイプ)

1)病態
頬や顎の筋肉の炎症が原因した顎関節障害。開口時に痛みがあったり、片頭痛・頬がだるい・重たい・腫れぼったい・顔がゆがむといったもの。口を動かしたり噛んだりするときに必要な筋肉が緊張して炎症を起こし、筋肉に負荷が加わると痛みや、開口制限が出現する。

①閉口筋は、側頭筋・咬筋・内側翼突筋であるが、側頭筋過緊張は側頭部痛を生じ、内側翼筋過緊張時は、下奥歯痛を生じるのみで、顎関節症との関連は薄い。

②開口筋は、外側翼突筋が障害の中心である。
③顎二腹筋は咀嚼筋に分類されず、胸鎖乳突筋と同様に側頸筋に分類される。顎二腹筋には前腹と後腹があるが、顎関節症と関係するのは後腹のみである。

 
2)咬筋刺針

 顎関節症Ⅰ型の治療で治療対象となることが非常に多い。高頻度にみられるのは、咬筋の付着部の多数の圧痛である。患者を強く歯をくいしばった状態にさせ、咬筋の起始・停止の痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。


 

3)外側翼突筋の役割
①開口筋として
”外側翼突筋を制する者は、顎関節症を制す”といわれるほど、外側翼突筋は重要。閉口筋機能である咬む力は食物を咬んだり敵と戦うために欠かせないものであるため、ヒトにおいても側頭筋・咬筋・内側翼突筋など3種の筋が存在するが、開口筋はそれど強い筋力を必要としないので、外側翼突筋単独で担っている。
  
②下顎の突き出し

口を大きく開ける際、下顎頭の回転すると同時に前下方への2横指ほど滑走し、「顎のき出し」運動を行っている。下顎の突き出しが出来ないと大きな開口もできない。本筋の麻痺では下顎が前に突き出せない状態に、本筋の過緊張では下顎が前に出た状態のままになる。
 
外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させる作用なのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用をする。このような表現をすると両筋には拮抗作用があるかのようだが、作用ベクトルが異るので両筋協調することで下顎の回転運動が可能になる。下図で顎二腹筋は舌骨舌筋群に所属する。

③下顎の横づらし
 奥歯で穀物をすり潰す際は、上下の奥歯穀物を入れ、下顎を横にずらしてすり潰す運動必要である。この横ずらし運動は内側翼突筋との共同運動で行われる。
(臨床的には、横づらし機能は「下顎の突き出し」ほど問題にならない)
 
4)外側翼突筋下頭刺針(下関直刺)

 下関から外側翼突筋へ直刺1~2㎝直刺。刺したまま、痛くない範囲で患者に開口運動下顎の横づらし運動を10回ほど行わせる。。
  

5)顎二腹筋後腹への刺針

顎二腹筋は、は舌骨上筋群(舌骨と下顎骨の間にある筋群)の一つで、咀嚼筋ではなく、鎖乳突筋と同じく側頸筋の分類に入る。前腹(三叉神経支配)と後腹(顔面神経支配)に大する。顎関節症で問題となるのは後腹である。
後腹の起始は、乳様突起内側の側頭骨乳突切痕で、停止は中間腱になる。

<開口補助筋としての顎二腹筋の機能>

①顎二腹筋は下顎を後に引きつける作用がある。頭位に応じて、顎の位置を変化させので、上を向くと自然に下顎は後に引っぱられる。
②顎二腹筋後腹は開口筋という点では、外側翼突筋と共同筋である。
一方外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させるのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用があるので、両筋は拮抗関係があるかのようだが、作用ベクトルが異なるので両筋が機すると下顎の回転運動に機能する。

③「 歯ぎしり」とは、強くかみしめた状態で下顎を側方や後方に強く引きつける動作で、これには顎二腹筋が強く働く。その状態が続くと顎二腹筋に痛みを生ずる。
歯ぎしりは、それが関わる運動が障害されることで生じるだけでなく、不安や恐怖、強い神的な緊張、ストレス、中枢性の病気などでも緊張が高まる。
④顎二腹筋の筋力低下時には、顎を奥に引っぱる力が不足するので、大きく開口できなくなる。この時の理学検査は、顎下に指を置き顎先を喉側に押し、大きく開口させてみる。指で押た方が大きく開口できるならば、顎二腹筋前腹の筋力低下を疑う。

 

<顎二腹筋後腹の治療>
 顎下三角(下顎骨の下縁と顎二腹筋の前腹と後腹がつくる三角)中央の陥凹を押圧するとスジばり感じる。これが顎二腹筋の前腹。舌骨と乳様突起の結んだ線上にあるのが顎二腹の後腹。顎二腹筋の緊張では筋硬結を触知でき、押圧で痛みを感じる。
後腹の治療点は、ツボでいうと頬車~天容穴あたりになる。顔を上に向かせて本筋を伸させて刺針するとよい。

3.顎関節症Ⅱ型(関節包・靭帯障害)
 
1)病態

顎関節の関節包や靱帯の炎症による痛み。「痛み」が出るのは、Ⅰ型とⅡ型のみである。顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛という病態で、開口時の痛みは顎関節関節包(とに関節内膜)の炎症に由来。痛みは聴会穴あたりに出現する。

耳珠3穴の語呂:門(耳門)の宮(聴宮)の前で会(聴会)う、巫女(三・小)たち(胆)  
※耳前3穴は、外耳道炎の際の圧痛が出ることが知られている。  

 


大きく開口した際、耳珠やや下方に陥凹を触知できる。聴会穴はこの陥凹にとる。


2)治療

痛みは顎関節部(耳門穴のやや前方)あたりに限局する。経過は比較的短く、放置していも痛みは軽快に至る。顎関節過使用によるから、過使用を避ける生活習慣を指導する。大きな開口を避ける。圧痛ある顎関節部局所に浅刺+円皮針。
    

 

4.顎関節症Ⅲ型(顎関節円板のずれ)
  
顎関節症で最も多いのがⅢ型。治療せず放置している者も多い。下顎頭は生理的に下顎窩から前方脱臼し、滑走することで大きな開口ができる仕組みになっている。正常であれば、滑る際にはに下顎頭上に関節円板が載っている。関節円板の位置がずれているのをⅢ型顎関節症とよび、の2タイプがある。

 
Ⅲa型

閉口時に下顎頭に乗っている関節円板がズレてはずれる時、ポキッと音がする。
下顎頭はその下に無理に戻ろうとする。戻る瞬間にカックンと音がする。
純粋なⅢ型の顎関節症では痛みを生じないが、Ⅰ型などと合併しているケースでは痛みをずる。

Ⅲb型 
常に関節円板がずれているので、口を開けようとしても引っかかったように開かない(音はしない)。
大きく口を開けようとすると痛みがある。
最大開口で縦に指が1~2本しか入らない (正常では3~4横指入る)。

 

1)外側翼突筋上頭への刺針

外側翼突筋上頭の停止は関節円板であり、外側翼突筋上頭収縮時(つまり開口時)によって関節円板が前方に移動する。もし外側翼突筋上頭の収縮力が弱まれば、顎関節円板を十分前方に引っ張ることができず、関節円板の脱臼が起こる。本筋上頭へ刺針すること筋力を回復できるのならば、それが治療効果を生むかもしれないという考え方ができるで   ろう。この理論の是非については、次の報告がヒントを与えてくれる。外側翼突筋の上頭:起始は蝶形骨、停止は顎関節円板。
    

    

※顎関節症Ⅲa型の治験報告(19才、女性)
(皆川陽一ほか明治国際医療大学研究員著:顎関節症Ⅲa型に鍼治療を試みた一症例 転位した関節円板と伴症状に対する 全鍼誌 2010年第60巻5号)
 開口障害、開口・咀嚼時痛が主訴。外側翼突筋に対する刺針を中心とした施術を行い、施術2回目から効果が現れ、治療8回で運動制限と開口障害の改善をみた。だしMRIでは関節円板の転位に著変はなかった。すなわち、外側翼突筋に刺針しても顎関節の転移に変化はないにもかかわらず、運動制限と開口障害の改善をみている。

このことはバネ指や腱鞘炎の治療の考え方とそっくりだと感じた。 

バネ指で、指の腱にできた腫瘤が、腱鞘内を通過できなくても、腱につながる筋がストレッチできていれば、指が伸びる。したがって母指屈筋や深浅指屈筋中に貼りして運動針させるこがバネ指の治療になる。関連筋緊張を緩める(筋を長くする)ことで、腱に加わる張力を減らし、それが症状緩和に役立つということだろう。
すると顎関節の針灸治療は、Ⅰ型は当然のこと、Ⅱ型・Ⅲ型・Ⅳ型においても筋緊張を緩めることで、ある程度の治効果をもたらすといえるのではないかと思った。問題は顎関節症の型ではなく、重症度の問題になるだろう。

 

<下関から顎関節円板に向けての刺針技法> 

①耳孔前(聴宮穴)に指先をあて開口を指示し、術者は下顎骨筋突起の動きを観察。同時にクリック感やシャリシャリ感などの有無を聴取する。
②仰臥位。寸3#2針にて下関穴からを聴宮穴方向に2~3㎝斜刺。針先を顎関節円板方向に向ける。
③刺入したまま、ゆっくりと10回程度開口と閉口を指示。最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺 2.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する。
④まず、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく口するよう指示する。術者は「1、2、‥‥」とカウントしつつ針に上下動の手技を加えつつ「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。


 

<顎関節円板の徒手矯正法>
示指の指腹を前側(鼻方向)にして外耳口に入れ、持続的に押圧する。押圧の際、患者にの開閉を20~30回行なうよう指示する。施術者の示指腹は顎関節の動きを触知でき、持続敵押圧により下顎頭の位置を調整する。

 

5.顎関節症Ⅳ型<変形性顎関節症>

口を開けようとすると痛みがある。引っかかる感じ。関節はカクカクではなく、ザラザラ、ジャリジャリ、ゴリゴリ音と擦れるような音がする。骨と骨の間のクッションがずれ、加齢とともに軟骨が薄くなることで骨同士が直接接触し、変形していく。すると周囲筋の緊張が始まり、口が開かなくなる。以上が急性症状。
 
しかし1週間もすると、症状が治まったかのように顎の痛みがなくなることがある。これは顎関節の骨が変形や摩耗によって滑らかになることで適応し、慢性的な状態になったことを意味するとのこと。 

当院では以前、この記述にそっくりの患者が来院していた。口を開け閉めするだけで顎が ガクガクしてスムーズに動かなかった。最近、同じ患者が別の主旨で来院したことがあった。この時の顎関節症は、滑らかに動いていたので非常に驚いた。良くなった理由を尋ねると、熱心に整体治療をした成果だと話してくれた。いつまでこの状態を維持できるかが問題なのだ。ただ西洋医の指摘したように”顎関節の骨が変形や摩耗によって滑らかになることで適応した”とも考えにくい。整体といっても、いろいろな考え方があることや、まともな理論がいこと(理論というより単なる治療の考え方)などで、信ずるに足りないのが現状である。


咳嗽の針灸治療

2023-01-13 | 耳鼻咽喉科症状

1.鎮咳の現代薬物療法
     
鎮咳薬として、病・医院では中枢性鎮咳薬(延髄の咳中枢の閾値を上げる)を処方することが多い。末梢性鎮咳薬(気管気管支に作用)はあまり効果がないからである。中枢性鎮咳薬には麻薬系と非麻薬系があり、もちろん麻薬系の方が効果が高い。麻薬であるが使用量はわずかなので、中毒の危険性はないが、副作用として便秘になることはある。麻薬系にはリン酸コデイン(商品名リンコデ)があり、非麻薬系にはデキストロメトルファン(商品 名メジコン)がある。

いずれにせよ鎮咳に効果的な薬物といえど、疾患自体を治すものではない。鎮咳薬が効かないということは、気道内部に何らかのアレルギー反応が関与した炎症が生じ、気道平滑筋のスパズム(収縮)が起きていること示唆する(例:咳喘息)。
※咳喘息:一見すると気管支喘息のようにみえるが、喘鳴や息苦しさを伴わず、咳だけを唯一の症状とする。慢性の咳の原因としては最も頻度が高くい。   

鎮咳の民間療法だが、ハチミツで市販の咳止めよりも効果があることが実証されている。ハチミツ中に含まれる酵素グルコースオキシダーゼが過酸化水素をつくり、これが強力な殺菌作用を持つ。またハチミツには、荒れた粘膜を保護作用もある。とくに子どもの咳に対して就寝前のスプーン一杯のハチミツが非常に有効だとする報告がある。

 


2.咳嗽の針灸でのアプローチ<交感神経を優位にすること>

   
咳嗽は自律神経症状なので、咽痛のように知覚神経の鎮静という治療方針は成り立たない。咳嗽により身体は副交感神経優位になっているので、針灸により交感神経優位に誘導すること
が重要になる。これは夜に咳が出たり、身体が温まったらせきが出るという者に適した治療方針になる。気管支喘息の治療でも同じことがいえる。喘息の薬物療法は、ステロイド+気管支拡張剤である。気管支拡張剤とは、交感神経興奮させる目的で交感神経β2を刺激している。
 
※語呂:β2刺激で気管支拡張→ 別(β2)機関(気管支)を開く(拡張)

いわゆるβブロッカーとは、これと反対に交感神経緊張を抑えることで血圧や心拍数を下げる薬。
 

3.治喘穴・定喘穴

   
①意義
頭蓋骨部器官全般の交感神経は、交感神経の下頚神経節(別名、星状神経節)から出発する。この下頚神経節と連結している体性神経はTh1脊髄神経なので、大椎付近の刺激は、頚部交感神経節刺激としての意義をもつ。


②取穴
座位。大椎(C7Th1棘突起間)の外側5分。
定喘(大椎の外方1寸)や肩外兪(大椎の外方2寸)でも同様の治効あり。
   
③刺針
3~5番針を6分~1寸刺入する。すると咽頭の方に響くことが多い。

 

4.天突移動穴(林家福、山下良平「応症針治」現代書房、昭和41年)

    
気管や気管支は内臓体壁反射が起こらないので、針灸治療は交感神経優位に誘導する方法を行う。しかしこれは気管支喘息時の気管支拡張作用に効果あっても、咳にターゲットを絞った治療ではない。

①取穴
教科書「天突」は胸骨上縁で頚窩の中央にとるが、本穴はそれよりわずかに上方。
座位にて胸骨上部に示指先を当て、そのまま指を上方に1㎝ほど撫で上げると、爪先に気管軟骨がひっかかる。この部は押圧すると咳を誘発しやすい特異な部位である。
  
②刺針
寸6#2で直刺。3分ほど刺針し、雀啄を1分間実施。さらに1分ほど刺入して再び雀啄、またさらに1分ほど刺入して雀啄。刺針中に咳を誘発しやすそうになったら、患者に手をで合図させ、ただちに皮下まで抜針)。この方法を2回3回と反復施術。


刺針すると気管軟骨にぶつかって針は止まる。針が止まらずどこまでも刺入できる場合、上下の気管軟骨間をすりぬけていると思えた。気管壁への刺針は針響が生じにくい。

  
③適応
上位気管が患部となる咳嗽、嗄声。気管支や肺の病変による咳嗽には効果不確実。

   
※伝統的な天突刺針:
座位で天突から気管に向けて直刺する。仰臥位で頭を伸展させた肢位で天突から気管に向け胸骨下に水平に入れる方法を行う。ともに気管壁に分布する迷走神経刺激になる。

 


網膜色素変性症に対する中国での治療と針灸治験例(43歳男性 自営業) ver.1.3

2023-01-03 | 眼科症状

1.病名:網膜色素変性症による視力低下、視野狭窄、夜盲

2.現病歴

小5の時に上記診断がついた。小学生時代は何とか健常者と同じ学校に通学できた。以来、症状はゆっくり進行していたが最近は進行停止している。現在視力は0.06。
これまで日本各地の鍼灸院に通っている。最も効果があったのは中国の先生の治療だったが、その先生は鍼灸治療自体を引退してしまった。当針灸院にはブログを見て来院。職業は父親と共に自営業をしている。

 

3.網膜色素変性症の概略

眼科疾患の一つで、成人中途失明の3大原因の一つ。数千人に一人の頻度で起こるとされている。盲学校ではこの病気の生徒が一番多い。進行性眼科疾患で、遺伝的要因が大きい。
始めは桿体細胞(明暗に関係する細胞)が機能しなくなり、徐々に錐体細胞(視力や色に関係する細胞)も機能しなくなる。
まず夜盲→次に視野狭窄(横から飛び出してきた自転車を避けきれない、視野外にある茶椀をひっくりかえす)→発病20~30年後に失明
※改めて調査すると60歳以上で、7割の者が視力0.1以上を保っている。両眼とも失明(光も感じない)者は1%

 

4.網膜色素変性症に対する中国の鍼灸治療
 
1)昭和62年8月の新聞記事で、中国における網膜色素変性症の針灸治療の驚異的効果が紹介された。網膜色素変性症の患者が針や漢方薬による5ヵ月間の治療で、視力0.3が0.8となり、5°の求心性狭窄だった視野角が55°に広がったという。

2)これに対する日本医事新報(昭63.3.12)
の質疑で次のような回答があった。中国における治療の前後にこの患者にあたった複数の医師によれば、「視力は治療前後で不変、治療後の検査で耳側に若干の視野拡大を認めた」とする報告もある。本疾患の本態が、視細胞外節に始まる網膜組織の変性、崩壊、消失であることを考えると、一旦変性に陥った細胞が再生することはありえず、視力が改善し視野が格段と拡大するような治療法は現在はありえない、と。


3)この日本医事新報の回答を読むと、回答者の見解が正しく、新聞記事の情報が眉唾ものに思えてくる。なぜなら網膜色素変性症は不治の病だというのが定説なのだから。
私もそのように認識し、だから中国の発表は信用できないのだと思った。しかし最近、当院通院中の網膜色素変性症の女性患者から、牟田口裕之著「暗闇からの生還 網膜色素変性症とたたかう」(自費出版)1991.11.19発行 をお借りできた。
非常に興味深い内容であり、中国での牟田口氏への治療が本当に効果があった事実だけでなく、社会的反響への戸惑いまで書かれている。すでに絶版でもあり、内容をかいつまんで紹介したい。


5.網膜色素変性症患者の中国での針治療内容  自費出版 

「暗闇からの生還」難病網膜色素変性症とたたかう 牟田口裕之著



1)著者の牟田口浩之氏1931年生(書店主)は昭和51年の40才の時に自分の目の異常に気づいた。野球をしていて外野フライを捕ろうとした際、球が消えるように見えなくなった。市内の眼科を受診したところ、網膜色素変性症だと診断された。 眼底を覗くと網膜変性が分かるので病名を出すのに誤診はまず起こらないという。50才を過ぎたあたりから進行は加速した。起床時は眼がかすみ、しばらくは何も見えない状態になった。
58才の時には、視野は左右5°まで狭窄が進行(健常者は左右それぞれ90°、上下は60~70°)。視力は右0.06 左0.08となった。視野5°というのは、竹筒を覗いて見ているという情況で歩行も困難になる。定期的に通院している医師からは、もう来なくてよいという話になり、「外国に行っても同じことで、成果は出ていない。ただし中国のことは分からないが・・・」と発言した。これをきっかけとして中国で治療する道もあるかもしれないと思い、一縷の望みをつないだ。

2)牟田口氏は静岡県の沼津市に住んでいるが、中国の岳陽市と友好都市の関係を結んでいた。山岳陽市に児童遊園地をつくろうという計画があり、日本の担当者にお願いして中国の病院探しをお願いした。山岳陽市の市長の計らいで、長沙の張懐安医師の紹介して下さった。張先生は、長沙市湖南中医学院第一付属医院眼科医師で、中国国内でも眼科の中医として有名な先生だった。

1987年(昭和62年)、眼の治療のため退職し3月から張先生の治療を開始した。牟田口氏はホテルに長期宿泊し、先生方がホテルに往診治療をするという形となった。
滞在後1ヶ月半して視力や視野に好転の兆しが現れ、計5ヶ月間治療を継続した。
治療内容は、鍼灸、推拿、漢方薬、薬膳、太極拳の総合的ものだった。
5ヶ月間の経過のなかで治療穴は次のように変わっていった。

①1ヶ月目:曲池、足三里
②2ヶ月目より:陽谿、霊道、外関あるいは支溝、陰陵泉、三陰交、懸鐘、脾兪、腎兪、肝兪
  5ヶ月間を通して行ったのは梅花針で以下の部位を軽く叩くこと
  眼の周り、頭項部から耳にかけて両側に下る、頭頂部中央から下って風池を充分に叩く、背部両側を上から下へ
③帰国後の医師による治療穴:睛明、承泣、球後、百会、風池、天柱、頭維、合谷、光明

5ヶ月間の中医治療を受け、次のように変化した。
視力 左0.08 →0,4   右0.06→0.6
視野 5°→50~55°
なお5ヶ月間の費用は治療費と滞在費を含め、合計200万円だった。

 

3)帰国後の反響
帰国後1ヶ月、著者の変貌ぶりが周囲の人々から伝わり、記者会見を開くまでになった。それはテレビでも放映されたことで、その晩からら問い合わせの電話が殺到することとなった。それは私も中国で治療を受けてみたいというものもあったが、網膜色素変性症は治らないのだから、あなたの話は信じられないというものが大半だった。
その翌朝の朝刊には「中国の針と漢方薬で5ヶ月で回復」もいった記事が載った。あまりにも反響が大きく、詳しい話を聴きたい者が多いことから、沼津市民センターで3時間の説明会を開くことにした。すると800名の人が集まり会場に入りきれない情況にもなった。

本症が治る筈のない病気であって、もし改善したというのであれば、それは網膜色素変性症ではなかったのではないかと考えたのが東大病院の医師で、牟田口氏はわざわざ東大に出向き、何枚も眼底写真を撮られたあげく、やはり網膜色素変性症で間違いないことが判明した。

網膜色素変性症の日本人患者が改善したことが日本で知られるようになったことが中国にも伝わり、中国の病院にも千通を超えるほど届くようなった。観光ビザで中国の病院に直接出向く人も出てきた。日本人相手だとすると中国人側も治療費を値上げし、400万円,600万円、800万円とはね上がっていった。

医師が治らないといった病気が、中医治療をしたからといって治るわけがないといった日本の医師の感情。また中国側の日本人を手玉にとった商魂。この2つが絡み合い、事態はどうかるかと思えた。すると岡崎嘉平太氏(実業家で戦後全日空をはじめ多くの企業を造った)の事務所から連絡があった。この先生の力が絶大で、中国医師を招聘して講演会、日本から中国へ円滑に患者を送る手筈などについて協力する旨の返事を頂戴することができた。

4)中国に5ヶ月滞在するとなれば費用もかさんだものになる。もう少し安い費用で国内で治療ができないものだろうか。この切実な悩みに対して、群馬中国医療研究協会(略称は群馬中医研)が対応を示した。新しい診療病棟が完成し、これまで使っていた古い診療所を合宿治療所として転用できるようになった。20名定員で、網膜色素変性症患者を3ヶ月間ほど合宿させる。費用は色々含めても1日5千円を超えない。この施設の治療には、クルミ灸も行った。針がねでメガネの枠をつくり、クルミの殻をはめ込み、上から温灸モグサで温める、なおこのクルミの殻は、クコの実や菊花を浸した液に一昼夜つけ込んだもの。

5)中国に患者を送り続けて4年目。この間、個人的なツテを頼って行った者も含めると、すでに500名近い人数にのぼっている。

長沙の湖南中医学員第一附属医院から送られてきた28名分の治療成績は、視力・視野ともかなり改善2名、視力好転2名、視野好転6名。多少効果あった者は視力で7名、視野で9名だった。
岳陽中医医院の41名の治療成績は、総合有効率81%でそのうち顕著な有効率は51%だった。たとえば視野が50°以上に広がった者2名、30°以上に広がった者2名となった。
北京広安医院での治療成績は、治療終了した者全員71名にアンケート調査をした。回答者は54名(回収率76%)。その結果、視力改善は12名(22%)、視野改善は
17名(33%)。中国の病院も最初のうちは治療成績にばらつきがあったが、回を重ねるごとに治療成績も似たようになりどこも向上していた。

厳しくみて快方に向かっている人は30%を越え、進行が止まった人まで含めると50~60%が、「治療を受けてよかった」と感じている。
それでも日本の眼科医は、以前としてこの現実を認めようとしていない。


6.当院での鍼灸治療

1)患者の要望に応える

この患者は、いろいろな鍼灸治療を試みており、どの治療が最も効果的だったかを自分自身知っているので、どういう施術を希望するか聴取し、次の回答を得た。
①針は中国鍼のような太い針がよい
②眼窩内刺針で、とくに睛明あたりからズンとくるような響きが欲しい
③眼窩内刺針ではたまに眼瞼に内出血することがあるが、自分は針先が血管に当たったことが分かる。その感覚があった際、伝えるのでそれ以上深く入れないでほしい。
⑤眼窩内刺針以外には、頭頂部に針が欲しい。太陽・頭維・天柱・風池の刺針はとくに効果を感じない。

2)睛明付近眼窩内刺針

①仰臥位。眼窩の骨際と眼球の境に指を曲げて按圧しつつ、眼窩内縁の硬結を探る。発見した反応(睛明~上睛明部位となることが多い)点から2番針(ときに4番針)を用い、2本程度刺入、内部で緊張した筋内に針先を入れる。深度3㎝前後。左右計4本。30分置針。10分毎に眼窩内刺針を雀啄刺激。置針中、時々自分で黒目をぐるぐると動かす運動を行うよう指示。なお使用鍼では中国鍼も使ってみたが、刺痛が強いので和針に切り換えた。
睛明穴の深部には、上眼窩裂があり、ここから眼球を動かす役割のある神経や眼球知覚の三叉神経第1枝が伸びている。睛明のすぐ上の上睛明穴の深部には視神経孔があり、これは視力そのものをつかさどる神経なので、視力と最も関係が深い。

②百会あたり数本30分置針。
③坐位にて上天柱、下風池手技針 
④他の部位は施術せず

 

3)球後刺針

球後とは眼球の後側という意味で、文字通り眼窩下縁で、深部に下眼窩裂があるあたりを取穴する。ただし下眼窩裂は三叉神経第2枝が正円孔を出て眼窩下孔(=四白穴)に向かう途中にすぎないので、臨床的意味はあまりないと思われた。(四白である眼窩下孔を刺入点として外眼角方向に刺入すると、下眼窩裂に達するが)
むしろ眼球後部中央に広がる毛様体神経節に影響を与えているのではないだろうか。内眼病治療穴として中国で最も頻用されている。

 

4)治療効果と感想

睛明や上睛明には解剖学的な特異性があるとは思えないが、誰しも眼の疲れを感じた時、鼻根をつまむように内眼角を押圧する癖がある。この深部にあるのは内直筋で、眼球を内転させる機能、つまり左右の眼球を鼻側に寄せて近見視しすぎるデスクワークのような作業と関係しているのかもしれない。

上記の当院の治療を行うと、毎回施術後に視力向上するも、その効果は当日止まりといった状況である。ただしこの患者は、片道1時間の通院時間にもかかわらず、週1回ですでに6ヶ月通院を続けていることを勘案すると、この治療に何らかの長所があると感じているらしい。