序
逆子に対し、至陰の灸が効果があることは、鍼灸師の間で知識として存在していたが、試みるチャンスも少ないことから、半信半疑のまま放置されていた。しかし1984年、林田和郎医師(当時、東邦医大)は、584人の骨盤位に対する三陰交の灸頭針治療により、525人(89.9%)の妊婦が正常位になった(林田和郎:東洋医学的方法による三陰交施灸の効果、日本東洋医学会雑誌、1(3):7,1950) ことを発表して以来、産婦人科医の間で注目を浴びるようになった。
私自身は、産婦人科領域の針灸治療について、あまり興味を持てなかった。しかしこの度の現代鍼灸科学研究会での鈴木学先生の報告「症例報告:逆子(骨盤位)」が面白かったので、鈴木先生の報告内容を紹介しつつ、自分でも少々調べることで、この稿をまとめてみた。
1.逆子の病態
胎児が小さいうちは子宮の羊水内で自由に位置を変えている。次第に胎児が成長するにつれ徐々に子宮に余分なスペースがなくなる。胎児の位置が固定化してくる妊娠7ヶ月頃になると、超音波検査により逆子の有無が確定できる。
2.針灸治療の成績
早めに針灸治療を開始することは差し支えないので、妊娠後期の28週以降の妊婦が、逆子の鍼灸治療の対象となるが、この時期に逆子矯正できたとしても、単なる自然経過であって、針灸の作用と結論づけるのは難しい。医学的には30週以降が勝負になる。
砺浪総合病院東洋医学科(富山県)では、妊娠28~32週で逆子だった妊婦に、<とやまプロトコール>と称する針灸パターン治療を行い、210例中187例で改善した(89%有効)。しかし同じ方法を亀田総合病院(千葉県)で妊娠34週を過ぎた逆子の妊婦に行ってみると、逆子矯正率47%に低下した。なお亀田総合病院の産婦人科医は、「針灸で34週過ぎての逆子の改善を図ってくれると格好良いけどね!」と語ったとのこと。
※とやまプロトコール:片側の三陰交に刺針後灸頭針3~5壮。対側の至陰に糸状灸20壮。次回は足を左右替える。週3回治療。治療日ごとに左右交互に施術する。
形井は、35週までに治療を開始すべきで、36週を越えると困難だと記している。(形井秀一 :Mainichi INTERACTIVE 毎日ライフ)
3.至陰の灸について
逆子に対する至陰の灸が語られ始めたのは、戦後らしく、戦前は難産時に利用された。現在、難産には別の治療が用意されているので灸は顧みられなくなった。
1)施灸の方法
①施灸:椅座位。至陰穴に鉛筆の芯大の灸をする。ジーンと浸み込んでくるような熱さを伴った響きを 求める。だいたい10壮以内にこの感じが得られるようである。
②条件・成功率:施灸すると、胎児が腹の中で動くのを感じることが多く、これが成功の前兆となる。週2回の施術で3~4回治療までで逆子是正の効果が出る場合が多い。正常位に回復したかどうかは、産婦人科医の超音波診断による。
2)至陰への施灸の作用機序
至陰へ施灸すると、子宮動脈と臍動脈の血管抵抗が低下することが観察される。この現象は、子宮筋の緊張が低下したことを示唆している。つまり、至陰の灸は子宮筋の緊張を緩め、子宮循環が改善することにより、胎児は動くやすくなり(灸治療中に胎動が有意に増加することが確認されている)矯正に至るのではないかと推察される。(高橋佳代ほか:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について、東京女子医大雑誌、65,801-807,1995)
4.三陰交の灸について
石野信安は産婦人科医師として、世界で初めて、逆子に対して三陰交の灸が有効であるこ昭和25年に学会発表した。それ以前は、妊婦に対する三陰交の灸は禁忌とされていた。石野は、妊婦に対して三陰交の灸をする効能として、他に下腿浮腫軽減・下腿だるさ軽減・分娩時間の短縮(分娩促進)、出血量の減少、和痛分娩などの効果を指摘している。(石野信安:異常胎児(逆子)に対する三陰交施灸の影響、日本東洋医学会雑誌、1(3):7,1950)
1.序
最近行われた「現代鍼灸科学研究会」の席上、中髎穴への刺針が話題になった。ある先生は、1㎝刺せば十分だと話し、別の先生は、深刺して響かせなと効果がないと発言した。どちらが正しいといえるのだろうか。この辺りの知識を調べてみることにした。
2.仙骨神経の走行
仙骨神経は左右5対(S1~S5)ある。脊髄を出た後、仙骨神経は後枝と前枝に分かれる。仙骨背面には、左右4つずつの後仙骨孔(第1~第4後仙骨孔)があり、この後仙骨孔ら、S1~S4神経経後枝が出てくる。この中で、とくに S1-S3後枝外側枝は中殿皮神経と称され、仙骨部を中心とした皮膚知覚を支配する。
一方S1~S3の前枝は、前仙骨孔から出てきて、L4・L5神経枝とともに仙骨神経叢をつくる。
3.後仙骨孔からの刺針
仙骨の後仙骨孔(第1~第4後仙骨孔)対応して八髎穴がある。すなわち上から順に、上髎・次髎・中髎・下髎である。第1後仙骨孔(上髎)への刺針が最も深く、足方向に向て斜刺60度程度となる。第4仙骨孔(下髎)への刺針は比較的浅くほぼ直刺になる。
針灸治療において、これら4穴の中では、次髎と中髎が使用頻度が高いので、ここでは中髎を例にとって刺針を検討する。
1)中髎直刺深刺
中髎穴を刺入点として、第3後仙骨孔孔中に刺入すると、まず第3仙骨神経後枝を刺激できる。第3後仙骨孔を貫通した後、針は仙骨管(仙骨管中には硬膜があり、硬膜にまれた馬尾神経がある)に入り、ときに仙骨神経前枝も刺激し、第3前仙骨孔中に入っ本孔を貫通し、骨盤内に入る。
その後、仙骨神経叢中に入り、仙骨神経叢から発する神枝である坐骨神経や陰部神経を刺激し、それら支配領域に針響を与えたり、筋収縮反応生ぜしめたりする。すなわち坐骨神経を刺激すれば下腿までの針響が生じ、陰部神経を激した場合、肛門や生殖器に針響が至ることになる。
これらの仙骨神経叢を刺激するためには、針は6㎝程度の深度が必要なので、2寸以上長さの針を使用することになる(ただし第3前仙骨孔入口から第3後仙骨孔出口までの骨の厚みは約3㎝)。
2)中髎斜刺深刺
第3後仙骨孔上の皮膚を刺入点として、頭頸部方向に斜刺して仙骨後面に鍼を沿わせる方法。第3前仙骨孔中はもちろん、第3後仙骨孔中には刺入しない。本法は、北小路博司先生が泌尿器疾患の治療で行う方法である。これには2寸8番針を使用し、50㎜皮下に刺入する。仙骨孔中に深刺しなくてもこのような方法で骨盤神経(S2~S3)に影響を与えていることが知れる。
4.八髎穴の中で、どの穴を使うか? 刺激深度・方向はどうするか?
1)坐骨神経症状、陰部神経症状をつかさどる仙骨神経叢は、L4~S4前枝で構成されいる。
この仙骨孔から出る部を1カ所刺激するとすれば、ほぼ中央になるS2仙骨孔、すなわ次髎が妥当であろう。しかしながら、坐骨神経を刺激するのであれば、殿部ほぼ中央にる坐骨神経ブロック点から刺針する方が容易である。陰部神経を刺激するのであれば、部神経刺をする方が容易である。すなわち坐骨神経痛や陰部神経症状に対し、あえて次から深刺(6㎝程度)する意義は乏しいであろう。
2)泌尿生殖器臓器の副交感神経機能をつかさどる骨盤神経は、S2~S4なので、S3骨孔である中髎刺激が妥当である。中髎からの刺激は、骨盤神経を刺激するのに適切だが、後第3仙骨孔に入れるほど深刺をしなくても、泌尿生殖器疾患の治療に効果のある場合が多い。表面刺激である施灸刺激でも差し支えないのかもしれない。
3)上記見解により、仙骨を貫通するほどの次髎や中髎からの深刺は不必要であると考えた。この目的では坐骨神経ブロック点刺針や陰部神経刺針の方が容易である。ただし太い針で仙骨骨面に沿わせるなどの針や、大きな艾炷で壮数を増やすなどの強刺激は必要かと考えた。
1.めまいと頭頂部浮腫の相関性
めまい発作が起こる時期になると、百会を中心として「神聰四穴」あるいは「廻髪五処」の領域で、広い範囲で皮下浮腫状態が観察され、発作が鎮まるとその程度が減 弱する症例があったとして、めまいと水毒、水毒と百会は密接な関係がありそうだ、と代田文彦先生は記している。
竹之内診佐夫氏も、メニエール病患者は、頭頂部付近の皮下浮腫帯がみられ、この部の浮腫の消長と症状が一致することを指摘した。浮腫部に対する治療として、通天または絡却から百会に向けての横刺を行うことで、著効47%、有効53%(30症例中)の成績を得たという。(竹之内診佐夫ほか:めまいと鍼灸治療、全日本鍼灸学会雑誌 1985; 35(2): 117-125.)
2.頭頂部と頭頂導出静脈
百会と頭頂導出静脈の関係については、本ブログ<現代医学的針灸>の中の、「 百会の治効と導出静脈」2011.12.03報告で既に記している。その内容を要約すると次のようになる。頭蓋内の欝血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになるので、百会・通天に刺針施灸または瀉血をすると、この部分の血行を促進し、従って頭蓋内の欝血を除く。これは代田文誌先生が考案し、代田文彦先生にも継承された。
3.クモ膜下腔の狭小による脳脊髄液環流不全が想定される可能性
この考え方は、内臓体壁反射で有名な石川太刀雄(病理学者)も同調した。現代の臨床医である入野宏明氏は、頸性めまいの一所見として、頸部におけるクモ膜下腔の狭小による脳脊髄液環流不全が想定される可能性があることを指摘している。
脳脊髄液は、静脈洞の膜顆粒を通過して静脈血に吸収される場所と考えられているのだが、本来脊髄を下降すべき髄液が、頸部クモ膜下腔の狭小により、クモ膜顆粒を通しての静脈洞環流量の増加は、頭頂導出静脈を介して、頭頂部浮腫をつくるのかもしれないと記している(入野宏昭:めまいについて、入野医院HP)。
つまり頸性めまいの原因とは、頸部に下降すべき脳脊髄液が、静脈洞窟に流入する結果であり、その所見として頭頂付近の浮腫をみるという機序になる。
脳脊髄液は、前庭水管を介して内耳の外リンパ液と交流しているので、脳脊髄液圧上昇は、内耳リンパ液圧上昇を生じ、メマイ・難聴・耳鳴といった内耳症状を起こすことが考えられる。これらの事項は、頭頂浮腫、内耳症状の治療として、頸部治療が重要だとする一つの根拠となるだろう。
話は横道にそれる。故<北杜夫>は小説家であると同時に医師でもあった。北杜夫のユーモラスな自伝を読んでいたとき、医学部卒業試験だったかの教授との口頭試問されることがあった。その時の教授からの質問は「頭頂導出静脈は普段、頭蓋祖外から頭蓋内へ流れているか、それとも頭蓋内から頭蓋外へと流れているのか」だった。極度に緊張した北杜夫は、「内から外に流れる」と返したが、教授に「本当にそれでよいか」と問われると、「いや、外から内に流れる」と回答を変えた。すると教授は、また「本当にそれでよいか」と問いただしたので、しどろもどろになったとったエピソードが紹介されていた。「外から内に流れる」というのが正解である。
後頚部、とくに項部の天柱や風池あたりの刺激が重要なことは、多くの鍼灸師によって指摘されきた。筆者も2007.3.15ブログ報告「頸性めまいと半身脱力感に対する後頚部刺針」にて、後頭下筋の緊張が頭位認識に重要で、後頭下筋のコリはめまいを生ずるから、上天柱や天柱に深刺することが有効なことを説明し、2012.10.14ブログ報告「緊張性頭痛治療に効果的な天柱・上天柱の刺針体位(追補あり)」にて、具体的な刺針姿勢について説明した。
今回は、前記の具体的な刺針姿勢の応用として胸鎖乳突筋の刺針に言及する。
1.頸性めまいと良性発作性頭位めまいの病態生理の類似点
良性発作性頭位めまいは、内耳にある耳石片が三半規管に流れ込むのが原因と考えられているのだが、良性発作性めまいの発作は、一定の方向に頭や体の位置を変える(具体的にはベッドから寝起きする際、ベッド上で寝返りをうつ)際に、グラッと床が傾いた感じがすることによって生ずる回転性めまいということである。
しかしめまいを熱心に治療している生野医院HPの説明によれば、「良性発作性頭位めまい」と「頚性めまい」の区別は困難だという。良性発作性頭位 めまいがあれば、頚部のコリは付随するからである。要するに、針灸治療でも両者の治療は同様に考えていいと思われる。
2.胸鎖乳突筋をゆるめる刺針技術
胸鎖乳突筋の強い圧痛を生ずる代表疾患には、ムチウチ症がある。しかし発症動機が不明であ っても、本人も気づいていないのに、胸鎖乳突筋に中等度の圧痛をみることは少なくない。そう したたぐいに、「頸性めまい」や「良性発作性頭位性めまい」がある。
1)仰臥位で横を向かせての刺針(従来的)
ベッドに仰臥位に寝かせ、健側に顔を向かせ、患側の胸鎖乳突筋を露見させる。これまでは筋の圧痛点に、数カ所刺針していたのだが、胸鎖乳突筋停止部付近に刺針するだけでも同じような効果が得られることを知った。
2)座位でストレッチさせての刺針(新式)
座位で胸鎖乳突筋をストレッチ状態で固定しつつ、胸鎖乳突筋停止部に刺針する方法。筋コリを指先で把握しやすく、従来の方法より効果がある。
①座位で上を見るよう、そのまま健側に頸を向くよう指示する。(患側胸鎖乳突筋のストレッチ状態)
②術者の上腹部を、患者の健側後側部にあて、患者の頭を保持。
③寸6#2~#4程度で胸鎖乳突筋の乳様突起付着部停止の筋硬結を触知し、雀啄10秒で抜針。刺針ポイントを変えて数回繰り返す。
上画像は、海外のネットで偶然発見したもの。実際には、もっとしっかりと患者の頭を施術者の上腹~胸に押しつけ、乳様突起直下の胸鎖乳突筋に雀啄針を行う。