AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

営衛と宗気のイメージ化した解説

2018-06-22 | 古典概念の現代的解釈

江戸時代末期の異端の鍼灸医師、石坂宗哲の真骨頂は、古典学説の營衞を動脈と静脈に、宗気を脳神経系捉えることで、当時のオランダ医学と一本化しようとしたことにあると思っている。こうした石坂宗哲の考えを理解するには、それ以前の伝統的な營衞と宗気について知っておく必要があるだろう。当時の中国人の頭脳になったような気持ちで考察してみたい。

1.營衞

1)衛気営血弁証のおさらい


外感熱病である温病に関する弁証で、主として「熱邪」による陰液消耗の経過を分析したもの。 衛気営血弁証の気や血は、基礎医学上の気や血とは異なる意味で用いられていて、病像には便宜上、衛・気・営・血という名前の4段階あるというように解釈する。表証は衛分証、裏証は気・分・血の各証に相当する。各証の概念は次の通り。

①衛分証
発病初期の段階。温邪を感受。この邪が口・鼻から入り、往々にして肺を犯す。
 ↓
②気分証
外感熱病の進行期。温邪が熱邪に変化して裏に入った状態。入った部位により症状は異なり、肺・胃・腸などの臓腑症状を呈する。
 ↓
③営分証
熱盛期にあたり、脱水が生じた段階。
 ↓
④血分証
陰の消耗がはなはだしく出血傾向を生じる。危急段階。


2)営・衛のイメージ


衛気営血弁証は、当時の中国の敵と味方の攻防から考えだされたのかもしれない。士官が陣営にいて、兵卒は周辺を防衛する。(「『史記』五帝本紀)
「営」は松明(たいまつ)で取り囲んだ建物。「衛」は外を巡回すること。ともに巡回する意味を含む。軍事用語であった營衞を医学に転用したと。 (林孝信 日本内経医学会研究発表   2010年1月10日)
このイメージをイラスト化してみた。陣地の内側に兵舎「営」があり、明で照らされている。周囲は棚で囲まれ、出入口の門(「腠理」がある。棚の外側には守備隊である「衛」が配置され、外敵から陣地を守っている。外邪は門から中に入ろうとするが「衛」はこれを防禦する。

 

3)衛の役割 

衛は水穀の悍気のこと。脈の中に入ることができないで脈外である皮膚の中や筋肉の中を走っている気。外邪を守衛する役割があることから、「衛」と名づけられた。(「素問」の痺論)
外邪が侵入してきた場合、まず最初に戦うのがこの衛気であり、高熱前の悪寒戦慄は、衛気が邪気に抵抗している一つの現れである。

4)営(=栄)の役割 
営は水穀の精気のこと。五臓を調和し六腑にそそぎ、よく脈に入る。栄とは消化吸収された栄養素のこと。現代の血液とほぼ同じ意味。血液そのものを営血ということもある。

 

2.古代中国の皮膚関連単語

上述のイラストでは、血管から皮膚部まで古典的に4層の組織を分けているが、現代医学での皮膚・皮下組織構造との対比を行った。

 1)皮毛
皮とは表皮と乳頭層部分のこと。毛とは体毛のこと。2つ合わせて皮毛という。

2)腠理(そうり)
腠理には、皮毛と筋肉の間という意味と、体液が出る場所という2つの意味がある。一般的には、後者の認識であることが多いが、体液がにじみ出る処という意味で両者は共通性がある。

① 皮下組織(皮下脂肪組織)をさす

 

「腠」は、「肉」+「奏」の合わさったもので、「奏」には集まるの意味がある。腠理とは人体の脈や筋などが集まったところの意味、具体的には、皮膚、筋肉、臓腑の間を指す。

真皮と筋肉の間の隙間である皮下組織部分も腠理である。真皮と皮下組織はゆるく結合しているので、動物の毛皮の採取には、皮を引っ張り、皮と筋肉間にある皮下組織部分をナイフで断ちながら剥いでいく。が、その剥がす断面を腠理とよんだのではないかと夢想している。真皮と皮下組織はゆるく結合している部分に、体液がにじみ出て、地下水のような形で皮下を流れていると考えた。

②体液が出る部
皮下を流れる地下水は、ところどころ井戸のような形で汗腺が口開け、皮膚表面に出てくる。これが汗である。体液がにじみ出る処という意味では、汗腺も腠理といえる。
この井戸の縦坑の断面積は一定でなく、広がったり狭まったりする。縦坑が広がることを、腠理が開くという。腠理が開く目的は、衛気を外に発散して外界に対する防御のためであり、津液を汗として体外に放出するためである。これを宣散作用とよぶ。
腠理が閉じる目的は、津液が体外に漏出することを防ぐことにある。これを固摂作用とよぶ。
    
3)肌肉と筋(すじ)

古代中国人は、筋肉を、肌肉と筋(すじ)に区別して認識していた。体幹の背部、胸腹部にある軟らかい筋を肌肉とよび、前腕、下腿にあるスジ状の筋肉を腱を含めて筋(スジ)とよんで区別した。

4)(血)脈

血管のことを脈という。血管には拍動するものと、しないものがあるが、拍動するものを動脈、しないものを血脈(けつみゃく)とよんだ。なお血脈を<けちみゃく>と読ませると、仏教用語で祖先から代々受け継がれる血統のことをいう。

 

3.宗気 

1)宗気の伝統的意味

宗気は気の種類の一つで、水穀が化生した營衞の気と、吸入した大気が結合して、胸中に蓄積された気のこと。宗氣の作用は、中国漢方医語辞典によれば「一つは上がって喉へ出て呼吸を行うもので、言葉・声・呼吸の強弱に関係すること。もう一つは心脈へ貫注し、気血を運行することである」とある。これは他の書籍をみても判で押したように同じことが書かれているのだが、それ以上の深い内容に乏しく、宗気をイメージすることは難しい。本当のところは誰もわかっていないのではないのではないか、と疑いたいところである。

2)宗気とは雲のことか? 

①「雲」の漢字の象形 
私は、昔から宗気とは雲のことだと直感的に考えていた。古代中国人は雲の成分が雨粒だと正しく理解していたらしい、というのは「雲」の漢字は、「雨」+「云」に分解され、云は雲に隠れた龍が尾だけ出した状態という象形文字に由来するという。

雲に頭を隠した龍 https://www.47news.jp/24510.html

②人体中の雲の生成と宗気
自然界の水の循環は次のようになっている。
海などの水が太陽の熱によって蒸発し水蒸気となる。→上空で冷やされる→小さい水滴となる→この水滴が集合して雲になる→水滴が集合して重たくなると空中に留まれずに雨になって地上に落ちる。
 
この状況を、人体にたとえた蒸籠で再現すると、つぎのような図になる。
蒸し器の下に腎水が入れてあり、それを命門の火で温められ水蒸気になる。水蒸気は上るにつれ冷やされ、小さな水滴となる。それが集まって雲となる。古代中国人が蒸籠内の「雲」を発見し、宗気の概念を創作したのだろう。


大腰筋性腰痛の症状と鍼治療 ver.1.1

2018-06-04 | 腰下肢症状

1.腸腰筋の基礎知識
    
大腰筋とは、大腿骨から腰椎のそれぞれ全部の間に走る筋で、腸骨筋は骨盤から大腿骨の   間に走る筋。腸骨筋は走行途中で大腰筋と同じの束(腱)になり大腿骨に付着しているので、2筋合わせて腸腰筋とよばれる。

起始:浅頭は第12胸椎~第4腰椎までの椎体および肋骨突起。深頭は全腰椎の肋骨突起。
停止:大腿骨の小転子、支配神経:大腿神経,作用:股関節の屈曲(大腿の前方挙上)

 

 2.腰神経叢症状を生ずる腸腰筋緊張

腰神経叢はL1~L3脊髄神経前枝で構成されるが、腸腰筋中を走行しているので、腸腰筋が緊張すると腰神経叢症状を生ずることも多い。具体的には大腿前面、大腿外側痛、大腿内側痛を生ずることがある。また腸腰筋停止部は大腿骨停止部なので、鼠径部から大腿小転子部の痛みを生ずることがある。

3.大腰筋性腰痛の症状
   
①Th12~L5の脊柱傍の痛み(腸骨稜に圧痛なし)
②大腿痛とくに鼠径部、大腿前面の痛み
③大腿骨小転子付近の圧痛
④大腿挙上困難
⑤中腰姿勢が痛み少なく、無理に上体を起こすと腰痛増悪(腸腰筋伸張痛)
何らかの原因で、大腰筋の持続的過収縮が生じると、中腰姿勢となる。中腰姿勢が続くとバランスをとるため、二次的にアウターマッスルである腰背筋の収縮をきたし、腰背筋の筋々膜痛としての症状を呈するようになる。
⑥朝起きたときに痛むことが多い。←持続収縮状態にある腸腰筋を、上体を起こすなどして無理に伸張した。
⑦背腰筋緊張状態の合併がない場合、腰部起立筋に顕著な圧痛はみられない。

 

4.大腰筋刺針(似田) 
    
伏臥位にてL4、L5椎体棘突起の外方3寸(腸骨稜縁)からの内方に向けて深刺して大腰筋中に刺入する方法が一般的である。

 

だが、筆者はそれを側腹位で実施している。この方が大腰筋を触知しやすく、刺針も容易になる。側腹位、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁を刺入点とし、椎体横突起方向に7~8㎝刺入する。針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。大腰筋を包む腰仙筋膜深葉が刺激された結果である。
       
側腹位で大腰筋が触知しづらい場合、上になっている側の大腿部を自分のお腹に近づけるよう、強く股関節を屈曲させるようにすると、さらに大腰筋を触知しやすくなる。
  

5.大腰筋刺針アドバンス(大腰筋を緊張した状態にしての刺針)
     
大腿を挙上しづらいという訴えに対し、立位で踏台に患足を乗せた姿勢にする。その姿勢を保持した状態、上述の大腰筋刺針を行う。ときには置針した状態で、健足を少々宙に浮かせ、患足に全体重をかける。その状態にして、すでに刺入してある大腰筋刺針を軽く上下に動かすと、大腰筋が硬く緊張するのを刺手に感じとることができるので、雀啄手技を加えて抜針する。