1.鍼灸のカゼ治療のニーズ
カゼを自覚すれば医者にかかるのは普通なので、「カゼをひいたから針灸して欲しい」という 来院理由は非常に少ない。他の愁訴で施術していて、ついでに咽痛も治して欲しい、咳も治して 欲しいなどというオマケ治療のニーズがあり、また医療にかかってしばらく通院したが、治りき らないので、鍼灸で何とかならないかというニーズである。
まずは現代の針灸家が概ね常識とする見解をいくつかあげ、個々について現代針灸の立場を説明する。
2.カゼの初期には風門の多壮灸(20~30壮)
カゼの初期とは、これから体温がぐんぐんと上昇する時である。これは免疫機能を高める目的で、延髄の体温中枢の命令する体温が高いことを示している。体温は内臓熱増大、筋の震え、発汗停止などの生理的機序を介して、実体温を延髄の指示した温度に一致させようとする。
しかし視床下部あたりに血流低下があれば、現在の身体の深部温度の情報を正確に把 握できない可能性がる。視床下部の血流低下の一因として頸肩部のコリがあるのだろう。発熱中枢である視床下部に働きかける目的で実施する。
3.長びくカゼに対しては、自律神経失調症としての治療
「半年もずっとカゼをひいている」という者がいる。これはカゼを契機として発病した自律神経失調状態が、カゼウィルス消失後も続いていると考えることができる。
※カゼがなかなか治らない場合には、次の疾患こともあるので鑑別を要する。
R/O アレルギー性鼻炎、慢性咽頭炎、慢性気管支炎、上咽頭浮腫
1)副交感神経優位に対する施術
副交感神経緊張状態に対しては、座位での風門の多壮灸といった使い方が代表的になる。
2)交感神経優位に対する施術
頸部の後方の筋(頭板状筋、頭半棘筋)、前方の筋(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、輪状甲状筋、舌咽頭収縮筋)、側方の筋(前中斜角筋、肩甲挙筋)などに著しい硬結と圧痛が必ずあるので、 これらの筋に対して希釈ステロイド注射をすると、短時間でこじれたカゼ症状が消失する。(枝川直義「なおさん(4)」医道の日本、昭59年3月)
4.初期を過ぎたカゼに対しては対症治療
本稿のテーマとはずれるので、ここでは現在私が行っている最も高頻度の治療点の紹介に留める。
鼻炎→挟鼻刺針
扁桃炎→舌根刺針
咽頭炎→上喉頭神経刺針
喉頭炎→気管軟骨多数刺針
5.安保徹先生の考えをヒントにしたカゼの針灸治療
カゼの経過は、①咽喉痛→②発熱→③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振→④治癒と進行し、治癒までは約1週間を要する。
1)カゼ進行期の針灸治療
①咽喉痛→②発熱→③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振の時期(5日間ほど)が、カゼの進行期になる。
この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。換言すれば「身体に活力をいれる治療」を行う。具体的には「座位にての施灸、針であれば浅針で速刺速抜」という方法が西条一止らの研究により明らかになっている(詳細は気管支喘息の項を参照)。熱いバスタブに短時間入るというイメージである。
この肢位にて上気道に対応したデルマトーム(Th1~Th3中心)上の起立筋上すなわち膀胱経の背部兪穴ラインまたは同じ高さの夾脊にに施術する。
2)カゼ回復期の針灸治療
カゼの過程の③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振の時期→④治癒の期間である。
カゼの治る頃には元気が出て、白血球の顆粒球と常在菌の反応により、硬く黄色い鼻汁となる。これらは交感神経優位の体調となった結果である。
この時のカゼの治療は、副交感神経を優位にするような施術を心がける。これには伏 臥位にての背部兪穴置針など、従来の針灸治療(これまでも無意識的に行われている治 療)でよい。副交感神経を優位に導く治療とは、いうなれば休息を与える治療(=リラクセーション)である。ぬるめのバスタブに長時間入るというイメージになる。