AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

本稿での後頸部の経穴位置と刺激目標

2018-09-07 | 経穴の意味

1.序 

経穴の位置は、その古典的解釈や世界標準化などにより微妙に位置が変わることがあり、教科書もたびたび修正されてきた。その一方で施術者個人の刺激意図により、教科書とは異なった治療点を使用することも、これまた多い。

当然のことだが、学校協会編「經絡経穴学」に定めた経穴位置が今日の基準になっているので、本稿でもこれに準じているが、解剖学的観点から教科書にない治療ポイントも使っている。この新たな位置について、経穴名を別に定めた。具体的には「上天柱」「下玉枕」がこれに相当する。
種々の内容を書いていく上で、その最も基本となる経穴位置が不鮮明であると話にならない。まずは本稿での経穴の正確な位置を提示しておく。

 

2.天柱・上天柱

教科書ではC1C2椎体間の外方1.3に取っているが、何を刺激しようとしているのか治療の狙いが不明瞭である。本稿では、この天柱を使わず、教科書天柱の上1寸の部位を「上天柱」と命名し、臨床に使用している。上天柱は後頭骨-C1椎体間で、頭半棘筋→大後頭直筋と刺入できるが、大後頭直筋刺激用として用いることが多く、従って深刺になる。適応症は、後頭部鈍痛、眼精疲労などである。



3.風池

風池は、乳様突起下と瘂門(C1C2棘突起間で、左右天柱の間)を結んだ中央を取穴するというのが教科書である。これは後頭骨-C1間にとることを意味するので、上天柱と同じ高さになる。古くから風池は対側眼球に向けて刺すように指導されるが、そうすると頭板状筋→頭半棘筋→大後頭直筋刺激にな、治効は上天柱と大差ないものになる。伏臥位で、風池からベッド面に対して直刺すると、後頭三角の間隙に入る。この深部には椎骨動脈があるという解剖学的意義はあるが、治療としての意義は不明である。
風池ではなく、下風池(風池の下1寸)から直刺すると頭板状筋に刺入できる。頭板状筋は頭蓋骨左右回旋の主動作筋なので、本筋が過緊張すれば、その伸張動作(すなわち左右回旋)時に痛む。緊張した頭板状筋を伸張させた頭蓋骨回旋姿勢にして刺針すると回旋障害に対する治療となる。

4.玉枕と下玉枕

外後頭隆起の直上に「脳戸」をとり、その外方1.3寸に「玉枕」をとる。僧帽筋の停止が外後頭隆起なので、脳戸や玉枕は僧帽筋停止外縁刺激になる。また大後頭神経は、玉枕穴から浅層に出てくる。ワレーの圧痛点に一致している。
脳戸の下方で、後頭髪際から入る1寸に「風府」をとる。風府の外方1.3寸に「下玉枕」をとることにした。下玉枕は、頭半棘筋の停止部なので、臨床上刺激価値が大きい。この部の頭半棘筋は薄いので、下玉枕は直刺するよりも、水平刺するとよい。たとえば左玉枕穴から右玉枕穴に向けて刺入する。
下玉枕刺針は、上天柱は大後頭直筋に向けて直刺深刺するのと、異なることに注意すべきである。

 

 

 

 

 

 


『名家灸選』の腰痛の灸デモ(萩原芳夫先生)ver.1.1

2018-09-02 | 灸療法

毎年春秋に開催されている現代鍼灸科学研究会は平成30年春、ゲストとして萩原芳夫先生をおよびした。萩原先生は、かつて日産玉川病院第2期鍼灸研修生で、研修後に地元埼玉県で灸専門治療院として長らくご活躍されていたが、ついに昨年閉院されるに至った。

何しろ、この治療院は、『名家灸選』に基いた灸専門院であって他に類がなかった。是非ともこの方法を学習したいという意見が当研究会内部で持ち上がり、招待する運びとなった。
まずは、鍼灸院でおそらく最も多いと思える<「腰痛」に対する名家灸選の治療>というテーマで一時間強の講義と実技を行っていただいた。

1.名家灸選と名家灸選釈義

『名家灸選』は文化2年(1805年)要するに江戸時代後期に越後守和気惟享が第1巻を著し、続いて2年後に同志の平井庸信が続2巻を編著した。日本の民間に流布されている秘法、あるいは名灸と称賛されているものの中で、実際に効果のあるものを収集・編集したものである。

なお昭和の時代に灸治療家として名を馳せた深谷伊三郎には多くの著作があるが、同氏最後の著書で最高の書とされる『名家灸選釈義』は、『名家灸選』を現代文に訳し、現代医療と照合し実際の効果を検証したものであったが、今回の萩原先生の講義は『名家灸選釈義』とは、直接的には関連がない。 

萩原先生が提示されたのは次の内容だった。


2.名家灸選にみる腰痛の治療「帯下、腰痛および脱肛を治する奇愈(試効)

現代文訳:稗(ひえ)のクキを使って、右の中指頭から手関節掌握横紋中央の掌後横紋までの長さをはかり、この寸法を尾骨頭下端から、背骨に上に移し取り、その寸法の終りの処に印をつける。またその点から同身寸1寸(手の中指を軽く折り曲げた時にできる、DIP関節とPIP関節の横紋の橈側側面の寸法)上がる処にさらに印をつける。合わせて2穴で、この2穴の左右に開くこと1寸ずつ。合わせて6穴に灸すること各7壮。

 

 

 

 

 

 

 

3.萩原先生の治療デモ

1)ヒモを使っての取穴
原著ではヒエのクキを使うが、現在では入手困難なので、ホームセンターで直径2㎜の紙ヒモを購入し、それを洗濯ノリをつけて乾燥させたものを使用した。始めて目にするものだったが、黄土色をしていることもあり、一見すると細めの線香のような外見だった。線香にしてはきわめて真直ぐで、さらに軽いこと、皮膚に触れても冷たく感じないこと、安価なので、必要に応じてハサミで簡単に切ることができるのが特徴。

ヒモ状にひねったモグサ入れ

 

椅坐位で、肘をベッドにつけ状態を前傾姿勢にする。名家灸選の記載に従って、4点灸点を取穴。取穴には細めのフェルトペンを使用。前傾姿勢にするのは、脊柱の棘突起や棘突起間を触知しやすくするためとのこと。

  

 2)艾炷をたて次々点火

紫雲膏薬をツボに薄く塗り、艾炷を6個立て、線香の火で次々に点火(同時に何ヶ所も熱くなる)。艾炷は中納豆粒(米粒大と小豆大の中間)くらい。初めて灸する者は1カ所15壮くらい、経験者は30~50壮行う。何ヶ所か灸していると、場所によっては熱さを感じにくい場所があり、このような時には、そのツボだけ余分に壮数を重ねる。
事前にモグサ(普通の透熱灸用)をコヨリ状に細く長くひねっておく。太さは、直径3㎜、4㎜、5㎜ほどの3種類で、臨機応変に太さを選ぶ。長さは20㎝ほど。1本のモグサのヒモで30個前後の艾炷をつくれる。

 

 

3)腰下肢痛を訴える患者に対しては、上記の腰仙部への灸治療にプラスして下肢症状部にも施灸したのだが、次第に下肢症状部には灸することはなくなった。


4)普通の鍼灸院にかかるつもりで、萩原鍼灸治療院にかかる患者はあまりいない。ほとんどは患者からの紹介なので、覚悟して灸治療されに来院したとのこと。まれに熱いので灸治療中止することはあるが、基本的には当方に考え通りの壮数を行うことができる。



4.現代鍼灸からみた名家灸選

いろいろな症状に対する灸治療について書かれているのは、「名家灸選」にしろ他の古典書にしろ大きな違いは見られない。ただし項目によっては、記載通りの灸治療を自分が行ってみたところ、効果あった(試効)という記載がところどころにみられる。江戸時代の灸治療を知ることができ、興味深いものであった。
とはいえ、当然ながら現代的な病態分析、治療効果に対する分析はみられない訳で、記載されている行間を読み取ることで、どうして古人はそのように考えたのか、その真理なり誤謬なりを追究する姿勢が必要となるだろう。

 

  勉強会後の恒例の懇親会

 

☆中国の柴暁明先生が、本ブログを中国語に翻訳して下さいました。我很感謝

 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=2247483867&idx=1&sn=47b6902b159fea328ac501ef062020c6&chksm=fb463a73cc31b365d0c76b2d2d8eeeaaa6d58bea74228f34d603f6d928fc7b5ce3a5c75d98a4&token=394854727&lang=zh_CN#rd