AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

腓腹筋外側頭の痛む患者の針灸治療   ver.1.1

2024-12-26 | 下肢症状

1.腓腹筋外側頭部が痛む患者

腰殿部に症状はないのに、正座時に腓腹筋外側頭部が痛むという患者の治療を何例か経験した。正座しても膝関節痛はないのだが、この部が痛むという。この部は腓腹筋外側頭のトリガーポイントであろう。

 

 

2.腓腹筋外側頭部が痛む患者の針灸治療

膝窩部の痛みに対しては、伏臥位にて委中附近の症状部に刺針するのが一般的だろうが、この方法では改善できない。膝を90度屈曲位にして出現する痛む局部の硬結に刺針すると、比較的簡単に膝窩痛がとれる。このことは本ブログで報告済である。
※膝窩部の痛みで、そこに筋緊張が確認できる場合、これを「膝窩筋腱炎」という名称をネットで与えることを知った。

腓腹筋外側頭部痛の場合も同様に、膝屈曲位で腓腹筋外側頭部の症状部に、寸6#2程度で軽い手技針を施すと、治療直後から改善することが多い。

3.小殿筋トリガーポイントの放散痛部位ではないのか?

最近、59歳女性の患者を治療する機会があった。多愁訴だが、その一つに「膝の裏にモノがはさまっているようだ」との訴えがあった。膝窩を診察すると、ベーカー嚢腫はなく、圧痛点も少ないので膝窩筋腱炎ではなく、坐骨神経痛にも該当しなかった。委中周りのシコリに刺針しても治療無効だった。そこで腓腹筋外側頭部の筋痛として捉え、尻と下腿の間にマクラを挟んだ状態で正座させ、腓腹筋外側頭の圧痛点に刺針し、症状軽減した。なお、通常の正座位ではなく、膝裏にマクラを挟んだのは、正座をしても膝痛となるのではなく、腓腹筋への刺針をしやすくするための工夫である。

ただ、来院する度にこのような治療をしているわけで、症状をもたらしている根本があるのではないか、と思った。本患者は外臀部のコリも強く訴えていることから、小殿筋トリガーの放散痛として腓腹筋外側頭部の異物感が生じているのではいだろうか? 本患者にしても小殿筋に強度の筋硬結をみたので、横座り位で居髎に深刺を併用している。

小殿筋と中殿筋への刺針は、私オリジナルの横座り位からの居髎深刺を行うことで、治療の手応えを感じた。(側臥位で居髎深刺ではシコリに当たらなかった)。小殿筋のコリと腓腹筋のコリの間には相関性があるのかもしれない。なお中殿筋TPと小殿筋TPは、いずれも臀下肢部に出現するが、中殿筋の放散痛は膝関節より上に出現し、小殿筋の放散痛は、膝関節を越えて下肢に出現するという区別がある。ただし実際の治療にあたっては、横座り位で、3寸#10番くらいの針で、居髎から直刺して深部にある筋硬結に当てることが重要であり、中殿筋と小殿筋の鑑別はたいして重要な要素とはならないだろう。
居髎の取穴:上前腸骨棘と大転子を結んだ線を3等分し、上前腸骨棘側から1/3の処。


大腿外側痛の病態把握と針灸治療 2019.6.8 ブロク
小殿筋刺針の技法
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03c8b1fc1f9c88bc3814afbb3daad2a8


下肢~足の筋膜症アプローチ最終回(その5)シンスプリント

2024-10-02 | 下肢症状

1.シンスプリントの概要

Shinは向こう脛(すね)、Splintsは(骨折時に使う)副木のこと。短距離走はSprintなので、副木とは関係がない。ランナーやジャンパーにとって頻発疾患である。

軽症では、運動後に“ジーンとするすねの内側に痛みが多い。進行すると運動中も痛み感じるようになる。さらに進行すると安静時にも持続する痛みとなる。

重症度分類(Walsh)
ステージ1:運動後に“ジーンとする鈍痛(すねの内側に痛みが多い)
ステージ2:運動中も痛みを感じるようになる。
ステージ3:パフォーマンスに影響(タイムが落ちたり、足をひきずったり)
ステージ4:慢性的で安静時にも持続する痛み。次第に歩行困難となる。シンスプリント治癒までの期間は、運動制限を厳守すば2週間程度で症状が消失する。運動制限ができない場合、早い者だと1ヵ月程度、長い者では1~3ヵ月程度の療養期間を要する。


痛みの病理は、①筋膜痛(筋微小断裂含む)と②骨膜牽引痛である。脛骨の膜牽引痛では、マレに脛骨過労性骨膜炎のこともあり、限局性の強い痛みで疲労性骨折を疑う必要もある。

 

2.後内側型シンスプリント

下部:長趾屈筋と後脛骨筋筋膜の滑走障害
中部:長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害 前外側型のシンスプリント:前脛骨筋と長腓骨筋の滑走障害
 

後内側型シンスプリントは次の2つに分類できる。

1)後内側シムスプリント(長趾屈筋と後脛筋間の滑走障害)高頻度


①病態
下腿後側深部筋には後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋があり、この3筋の腱は、みな足内果の下方の足根管を通って足趾に停止する。その機能は足関節底屈作用(つま先立ち)である。したがって足関節底屈運動過多では負担が増強する。
足関節底屈すなわち踵を上げて走行するこのと多いランニングやジャンプの際には、癒した筋膜が滑走障害を起こしやすくなる。

②針灸治療
園部俊彦氏(運動と医学の出版社代表)によると、後内側シンスプリントは長趾屈筋と後脛筋間の滑走障害が多く、後脛骨筋関連の内側下1/3周辺に痛みが現れるという。
したがって仰臥位で、三陰交あたりから2寸針で脛骨下縁に向けて直刺深刺し、長趾屈・後脛骨筋を刺激するようにする。置針したまま足の自動運動を行わせることで、滑走を回復させる。

 

③運動療法
踏み台の上に立たせる。その際、踵を踏み台に置き、足の前半分踏み板の外に浮かせた状態にする。まず膝を伸ばした状態で、足関の底屈・背屈運動を大きな動きで30秒間に速いスピードで行わせる。    この運動は主に長母趾屈筋と長趾屈筋の収縮運動。
30秒間休んだ後、両膝45度屈曲位で上記同様30秒間実施する。今度は足指の屈伸運動に、下腿三頭筋運動が加わることで、下腿浅層筋下腿深層筋間の筋膜癒着を剥がそうとしている。この組合わせを1セトとして3セット実施。セット間休憩は1~2分間とする。


2)後内側シムスプリント(長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害) 

①病態
長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害が原因。ただし低頻度。ヒラメ筋は足関節の底屈作用、長趾筋は足趾の底屈作用であり、足や足趾屈曲の際に、これら筋膜の滑走が起こる。両筋間に癒着が生ずると滑走できず、下腿内側下部に筋膜痛が生ずる。
圧痛は、下腿内側の中央付近であることから、ヒラメ筋・長母趾伸筋とも起始は脛骨に着している部であり、痛みの原因は骨膜牽引痛の要素も疑われる。

②針灸治療
仰臥位で脛骨内縁の地機あたりの圧痛点を刺入点とする。2~3寸針を使って、腓骨下方向に向けて直刺深刺し、足関節屈伸および足の回内回外の自動運動を行わせる。
地機(脾):足内果の上10寸(旧テキストでは上8寸)、陰陵泉下3寸


3.前外側型のシンスプリント(低頻度)

1)病態

下腿前面外側が痛むタイプ。足関節背屈(足趾を足背側に向ける)すると痛みが増強する。園部俊彦氏によれば前脛骨筋や長母趾伸筋間の癒着による滑走障害だとしている。私の意見では、前脛骨筋の脛骨骨膜起始部の牽引痛かもしれぬと思う。本症は単一の原因とは限らないのだろう。
私が診た患者に「下腿前面の足三里あたりが痛む」と訴える者がいた。当初は前脛骨筋のコリに入れて足首あたりまで響かせる針をしたが効果なく。足三里を脛骨粗面の直側にとり、脛骨骨膜にこすりつけるような刺針をすることで初めて症状軽減した例を経験したことがある。

 

2)針灸治療
足三里をどこに取穴するかは文献によって微妙に異なる。下図は尾崎昭弘「図解鍼灸臨床手技の実際」からで前脛骨筋部から刺入し、深部で長腓骨筋との筋膜刺激になっている。これは園部氏の見解に沿った刺針といえるだろう。刺針方向によっては前脛骨筋のみに対する刺激にもなる。足三里を脛骨内縁にとり、直刺すると脛骨骨膜刺になる。

このような骨膜刺激の針法は、小山曲泉著「神経痛掃骨針法」(明治東洋医学院出版部刊)に同様の技法が参考になる。

 

 

 

 

 

 

 

 


下肢~足の筋膜症アプローチ(その4)モートン病

2024-09-30 | 下肢症状

1.病態

足の5つある中足骨の基部は深横中足靱帯により固定され、足底の横アーチを形成している。横アーチの下には足趾間の知覚をつかさどる内側足底神経・外側足底神経などが走行している。

モートン病の痛みはこれらの神経興奮によるもので、足裏の足趾にピリピリした感じが出現する。足底趾神経圧迫は、第3趾第4趾の間に最も多い。その理由は、内側足底神経と外側足底神経枝が交わる部位という解剖学的特徴による。ただし他の足趾間にもモートン病は生じる。

 

モートン病の誘因となるのは開張足である。開張足になると中足骨間が開大し、深横中足靱帯が伸張する。するとこの靱帯を貫通する足底神経が絞扼され、神経痛を生ずるようになる。圧迫されている部の近くには仮性神経腫と呼ばれる神経腫ができ、この神経腫は痛みを生じる。  

 

2.症状
跪座位(座位で踵を上げて床に足趾を押しつける)にすると足底神経が深横中足靱帯に圧迫を受け、足裏の趾先の方にビリビリと痛みが放散する。歩行時に床から繰り返し地面反力が加わるので、痛みのため歩行を続けることができない。

3.治療

1)傷防止パッドによる足神経の免荷

足底の足趾間にある圧痛点を確定し、その圧痛を挟むように百均の床キズ防止フェルトシール(百均ダイソー、直径2㎝、厚さ5㎜)などを貼りつける。
この時、跪座位にして放散痛が軽減する位置を探し出すようにする。歩かせてみて、まだビリビリと痛みが放散するのなら、痛みが軽くなる部位を探して、パッドの位置を微調整して貼り直す。パッドは就寝前に取り外す。下写真は、筆者がかつて罹患した左第2第3趾間のモートン病で、後述する床キズ防止パッドを貼って速やかに改善した。

筆者の罹患したモートン病(左第2第3趾間)時の床キズ防止フェルトシール治療

 

2)足趾の関節の底屈ストレッチ
モートン病では開張足になっているので、足の横アーチを回復するべく、術者が患者の指を強く底屈させ、足趾を底屈訓練を行う。
自宅療養として患者自身立位で足趾を底屈ストレッチを行わせる。

 

3)後脛骨筋腱の伸張

足趾の関節の底屈は、下腿後側深層筋である後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋の収縮による。これら3筋が正常に筋収縮していれば開張足にならず、モートン病にもならない。下腿後側深層筋が収縮力できないのは、下腿後側深層筋腱の滑走性が低下している理由による。つまり足根管部の絞扼障害が起きている

治療は、後脛骨筋を狙って承筋刺激をすることもできるが、承筋からの刺針では、ヒラメ筋→長母趾屈筋→後脛骨筋とかなりの深刺になってしまう。したがって水泉穴あたりの後脛骨筋腱を持続強圧しつつ、患者に足関節と足趾の関節の背屈・底屈運動を20回程度、素早く行わせる方法がよいだろう。
水泉(腎):内果最高点とアキレス腱の間の陥凹部。動脈拍動部に太渓をとり、その下1寸。踵骨隆起の内側上部陥凹部で足根管部に相当する。つまり水泉穴は、足根管部刺激の代表穴になる。

※足根管の構造と足根管症候群(参考)             

足内果と踵骨を結ぶ帯状組織を屈筋支帯とよび、屈筋支帯と足根骨に囲まれたトンネル様スペースを足根管とよぶ。足根管中を脛骨神経、後脛骨動・静脈、後脛骨筋腱・長趾屈筋腱・長母指屈筋腱が通る。脛骨神経は足管管を通過した後、足裏に回り、内側・外側足底神経、脛骨神経踵側枝となる。足管管症候群とは、足根管部で神経および動・静脈が絞扼され、足裏にしびれや痛みが生じた状態である。

      


下腿から足の筋膜症アプローチ(その2)外反母趾 ver.1.1

2024-09-28 | 下肢症状

1.外反母趾の概要
1)定義           

母趾がMP関節で小趾側に曲がり、第1中足骨と母趾基節骨の角度(HV角 Hallux  vaigus  angle)が20度を越えた状態。外反母趾は中高年の女性に多い。

 

※バニオンbunion :第1中足骨頭の内側部分の隆起。摩擦により生じた滑液包炎。発赤・腫脹・疼痛。

 

2)外反母趾の病態生理
   
深横中足靱帯(MP関節の近位部の足根骨と足根骨を結合する靱帯)のゆるみ

    ↓
足の横アーチ消失して開張足。靴幅が狭く感じる
          ↓
第2趾MP関節底部趾基部で接地し、床を蹴って前進するという習慣(接地部に鶏眼や胼胝が好発)
    ↓
歩行時に母趾屈曲力(長・短母趾屈筋収縮)を必要としなくなり、浮き趾になる。
    ↓
母趾の存在がかえって歩行の妨げになり、徐々に母趾が外反する。

 

3.外反母趾の治療
 
1)運動療法


ゴムバンドを両足の母趾にかけて離す動作に力を入れるホーマン体操が有名で、軽度から中等度の外反母趾に対して痛み軽減の効果が期待できる。
また足の趾でグーチョキパーを作って趾を開く母趾外転筋運動、タオルギャザー訓練も行われる。
日常的に鼻緒のあるサンダルを穿くと母趾と第2趾で鼻緒を挟もうとする力が働くので治療的効果がある。

2)キネシオテープによる外反母趾の矯正法

キネシオテープ矯正の直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、変形が治るわけではない。それに加え上ゴムの収縮力が失われ、伸びきってしまうと効果もなくなるので、持続効果はせいぜい2~3時間である。皮膚に直接テープを巻くことは、接着剤が皮膚の角質層を剥がすことになるので連用にも適さない。要するにキネシオネシオテープの用途はあくまで応急処置になる。

外反母趾のキネシオテープ法はいろいろ考案されている。以下はその1例で、私が常用している方法である。

幅約2.5㎝、長さ7㎝と15㎝の2本のキネシオテープを用意する。
テーピングの始点は、母趾基節骨の内側。母趾を小趾側に外旋させながら、母趾背面へとテープを巻いてゆく。

長期連用には、矯正用インソール(クツの中敷き)の使用がよい。

 

 

3)浮き趾に対する長母趾屈筋筋力訓練

長母趾屈筋は、文字通り母趾を屈曲させる機能がある。外反母趾になると、母腹で床を後に蹴って前に進む運動がしづらくなり母趾屈筋も使わなくなって、母趾は浮き趾状態になる。
長母趾屈筋筋力を復活させるには、術者は患者の足腹側から母趾IP関節を押さえつけ、患者にこれに逆らうように母趾を強く屈曲するよう指導する。 
長母趾屈筋は起始が腓骨体下部後面、停止が母趾末節骨底。

 

4)浮き趾の針灸治療
     
外反母趾そのものに対する針灸はないので、浮き母趾を改善することで歩行時に母趾腹で床を蹴る歩行動作改善を目指す。
長母趾屈筋は、下腿部ヒラメ筋の深層で腓骨の直下にある。 座位で下腿外側ほぼ中央、腓骨下縁の陽交~懸鐘を刺針点とし、腓骨下縁をかすめるように2~3㎝直刺する。刺入後、母趾の屈伸自動運動を実施。長母趾屈筋腱に加わる牽引力を緩和させる意図がある。陽交は、長母趾屈筋の腓骨起始部で伸縮しないので、光明~懸鐘が治療穴として適切になる。
陽交(胆):外果の上7寸、腓骨前縁に外丘をとり、その後方で腓骨後縁で長腓骨筋とヒラメ筋の筋溝に本穴をとる。深部に長母趾屈筋がある。
光明(胆):外果の上5寸
陽輔(胆):外果の上4寸
懸鐘(胆):外果の上3寸

 


下腿から足の筋膜症アプローチ(その3)足底筋膜炎

2024-09-28 | 下肢症状

1.足底筋膜炎の概要 

1)解剖
①足底の筋は、表在性の足底筋膜に覆われている。足底筋膜は踵骨隆起から起こり、足の指に至って足底の縦のアーチ維持に貢献している。
②足底筋膜に加わる張力の反復により、足底筋膜の付着部に牽引ストレスが作用し、また足底筋膜の微小断裂を起こす。長距離走の選手に多い。


 

2)症状
痛みの直接原因は足底を走行する脛骨神経分枝の神経痛による。
①足底部の脛骨神経分枝刺激
歩行開始時や走行中に、踵骨前縁(失眠穴前方)や土踏まず部(足心穴)が、ビリビリと痛む。 

※足心穴とは何となく聞いたことのある奇穴だが、本穴がどこに位置するかを明記している資料はなかなか見つからなかった。中国の記事で<足根穴は湧泉穴の別称>との記述はあったのだが、足心と湧泉は明らかに位置が異なる。困っていたが、ついに間中喜雄訳「奇穴図譜」(医道の日本社編)に、<湧泉の後方1寸の陥凹部>と記述されているのを発見した。

※外側ばね靭帯(底側踵舟靱帯):距骨を下方から支持し縦アーチ維持に貢献。 踵骨-舟状骨を結ぶ。臨床的重要性は低い。

  
②起床直後の母趾背屈時痛
この微小断裂は、夜間就寝中に治癒機転が働いて固まるが、翌朝に固まった損傷部に体重が加わると、痂皮(カサブタ)が引き伸ばされて破れるように、微小断裂部が破れて激痛となる。

3)経過と予後
スポーツ再開までには数ヶ月の安静が必要(治癒に半年以上かかる例が10%)

3.足底筋膜炎の病態生理と針灸治療

1)治療目標

下腿三頭筋が収縮して踵を離床するタイミングは、足関節の背屈可動性に依存している。正常では、十分な足背屈ができるので、歩行時の後足は十分後方に行った時点で、踵は離床する。
この段階から足指を屈曲して床を蹴るのが生理的である。
もし下腿三頭筋が過緊張していて足の背屈可動性が不十分な場合、早い段階で踵は 離床する(したがって歩幅は狭くなる)。このような歩行を長らく続けていると、足指を屈曲させるのに強い筋力が
必要になり、足底筋膜に負担がかかる。治療は、過収縮している下腿三頭筋の緊張を緩めることになる。


 

2)治療方法

①立位で踵立ちさせた状態で、下腿三頭筋を収縮させ、圧痛(承山など)に刺針する。

乳児は、下腿三頭筋と足底筋膜は種子骨を介して連結している.。種子骨の代表は膝蓋骨であるが、運動方向を変える機能がある。つまり下腿三頭筋の長大な腱という機能で足底筋膜が存在している形になる。生後1年になると乳児も独歩行できるようになり、その頃には種子骨が踵骨と一体になり、足底筋膜と下腿三頭筋は完全に分離される。このような成長の変化から推測できるように、足底筋膜と下腿三頭筋は関連があり、下腿三頭筋が緩むと足底筋膜も緩むと考える。

 

②局所治療:刺痛を与えないようできるだけ細針を使い、足底の圧痛点に浅刺する。結構な痛みを与えるので要注意。置針した状態で、足趾の屈伸運動をすることで運動針効果をねらう。

 

③自宅療法:座位で患側下腿を健側大腿の上に乗せ、自分で下腿三頭筋を強圧、そしてねじるような力を加える。


3)足底筋膜炎のキネシオテーピングの一例 


  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下腿から足の筋膜症アプローチ(その1)全体像

2024-09-24 | 下肢症状

1.前腕筋の構造と針灸治療理論
 

下腿の筋構造と筋膜症状について記す前に、前腕の筋構造と筋膜症状について整理する。前腕には手関節と手指関節を動かす筋が収まり、下腿は足関節と足趾関節動かす筋が納まるという構造的共通性があるためである。
 
前腕部の屈筋には浅層と深層に分かれ、浅層は手関節背屈作用がある。深層は指を 屈曲作用がある。たとえばバックハンドテニス肘には、短橈側手根伸筋(手三里外方)を施術するとよい。第2~5指バネ指に対しては、浅・深指屈筋(郄門の内方で 心経上)への施術を行う。つまり前腕症状はもちろん、手指症状であっても、前筋に対して針灸施術することになる。

前腕屈筋で、浅層筋は手関節の屈曲に関係し、深層筋手指の屈曲に関係する。

バネ指の針灸治療ver.3.3  https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e5b5616ff27ed725e4841034d9eee012

 

2.下腿筋の構造

①外反母趾→長母趾屈筋力低下(陽交)  
②足底筋膜炎→下腿三頭筋緊張(承山)
③モートン病→後脛骨筋腱緊張(水泉)+局所パッドによる免荷
④後内側型シンスプリント→長趾屈筋と後脛骨筋の筋膜癒着(三陰交),長趾屈筋とヒラメ筋間の筋膜癒着(地機)
⑤前外側型シンスプリント→前脛骨筋と長腓骨筋間の筋膜癒着(足三里移動穴)


下腿筋の障害により、外反母趾・足底筋膜炎・モートン病・シンスプリントなどの筋膜症が生ずる。今回は総括的な説明を行い、腿~足の筋膜症それぞれに対する治療の全体構成を観ていくことにした。これだけの説明では簡略化されすぎ、理解しづらいことだろうが、今後は各疾患の病態把握や針灸治療理論について、一つ一つ取り上げる予定でいる。 

 

1)下腿三頭筋と足底筋膜炎
  
下腿後側の屈筋には、浅層に下腿三頭筋(ヒラメ筋と左右の腓腹筋)があり、ともにアキレス腱に停止し、足関節を底屈する機能がある。

下腿三頭筋が収縮して踵を離床するタイミングは、足関節の背屈可動性に依存して る。正常では、十分な足背屈ができるので、歩行時の後足は十分後方に行った時点で 踵は離床する。
もし下腿三頭筋が過緊張していて足の背屈可動性が不十分な場合、早い段階で踵は離床する。このような歩行を長期間続けていると、足指を屈曲させるのに強い筋力が必要になり、足底筋膜に負担がかかる。
治療は、過収縮している下腿三頭筋の緊張を緩めることが重要である。それには、立位で踵立ちさせた状態で、下腿三頭筋の圧痛(承山など)に刺針する。


2)外反母趾と長母趾屈筋


外反母趾になると母趾腹で床を蹴って前に進むことはできず、第2趾MP関節底趾基部で接地し、床を蹴って前に進む習慣動作(接地部に鶏眼や胼胝が好発)になる。
床を蹴るのは示指MP関節部あたりになる。治療は、長母趾屈筋の筋力を増強させる運動法(タオルギャザーや鼻緒のあるサンダルの使用)を行い、治療穴としては下腿の長母屈筋刺激を目的として陽交を刺激する。
針灸治療は、外反母趾そのものに対する治療ではなく、浮き趾に対する治療になる。下腿外側ほぼ中央で、陽交穴あたりから長母趾屈筋に対して刺針する。


3)モートン病と後脛骨筋

 
モートン病の誘因となるのは開張足で、開張足になると中足骨間が開大し、深横中足靱帯が伸張する。するとこの靱帯を貫通する足底神経が絞扼をうけ、神経痛をずるようになる。  

 踵を上げて床に足趾を押しつけるようにすると足底神経が深横中足靱帯に圧迫をけ、足裏の趾先の方にビリビリと痛みが放散する。歩行時に床から繰り返し刺激が加わるので、痛みのため歩行を続けることができない。後脛骨筋は下腿後側の深層筋に分類され、本筋収縮は足関節底屈機能になる。下腿後側深層の母趾屈筋・趾屈筋には足趾屈曲機能があり、下腿三頭筋と協調して歩行やランニング、ジャンプ等の運動を実行する。
下腿後側屈筋の浅層筋と深層筋の筋膜癒着して滑走障害が起こり、下腿から足にかけての種々の症状を生む。治療は、この滑走障害を改善することにあるが、後脛骨は下腿後側の深部にあって運動針を行いづらいので、足根管部にある脛骨筋腱部(=水泉穴)を強圧しつつ、患者の足趾の底背屈運動を実施する。


4)後内側型シンスプリント  

 
① 長趾屈筋と後脛骨筋間の滑走障害 

下腿後側深部筋には、後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋があり、これらの腱はどれも足果の下方の足根管を通って足趾に停止している。その機能は足関節底屈作用(つま先立ち)であり、足関節底屈運動過多になれば痛みは増強する。踵を上げて(足関節底屈)走行するこのと多いランニングやジャンプの際、癒着した筋が滑走障害を起こして痛みを感ずる。
 園部俊彦氏(運動と医学の出版社代表)によると、後内側シンスプリントは長趾屈と後脛骨筋間の滑走障害が多く、後脛骨筋関連の内側下1/3周辺に痛みが現れるという。
したがって仰臥位で、太渓~三陰交あたりから2寸針で脛骨下縁に向けて直刺刺し、長趾屈筋・後脛骨筋を刺激する。置針したまま足の自動運動を行わせるこで、滑走性を回復させる。
  

②長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害(低頻度)   
長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害が原因となる場合もある。ヒラメ筋は足関節の底屈作用、長趾屈筋は足趾の底屈作用。足や足趾屈曲の際にこれら筋膜の滑走が起こるのが正常である。癒着が生ずると滑走できないので、腿内側下部に筋膜痛が生ずる。仰臥位で脛骨内縁の地機あたりの圧痛点を刺入点する。2~3寸針を使って、腓骨下端方向に向けて直刺深刺し、足関節屈伸およ足の回内回外の自動運動を行わせる。
地機(脾):足内果の上10寸(学校協会旧教科書では上8寸)、陰陵泉下3寸。
  

③前外側型のシンスプリント(低頻度)
前脛骨筋や長母趾伸筋間の癒着による滑走障害。足関節が背屈(足趾を足背 向ける)すると痛みが増強する。足三里は前脛骨筋中に取るが、本治療穴(足三里移動穴)は足三里と長趾伸筋の筋溝に刺針する。そのままゆっくりと足関節の底背屈・回内回の自動運動を行わせる。

 

 

 


ハンター管症候群に対する陰包刺針の効果 ver.2.3

2024-07-04 | 下肢症状

 1.内転筋管とその役割

大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋を2辺とするV字形の溝中にあり、互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースといえる。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。このV字の溝にフタをするように、内側広筋から伸びた筋膜である広筋内転筋板が伸びている。
伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち浅層ファシアの障害と関わってくる。

 

2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボでいう陰包(肝)
付近が障害部になる。この筋溝の底には大内転筋がある。症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側の表在的なピリピリとした痛みが起こる。伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
陰包は、大腿内側の膝側から上1/3のところで、膝上4寸にとる。

 

3.陰包刺針肢位の試行錯誤
   
大腿内側の陰包あたりが痛むとの訴えはあまり多くない。陰包あたりを深々と押圧すると
圧痛を感じる程度のものがせいぜいだった。仰臥位させ、圧痛ある陰包にある程度深く刺入してみても、スカスカするのみでツボに命中した手応えはなく、響きも得られないことが大半だった。しかし陰包に強い圧痛があった場合、筋硬結に命中してズンとした響きが下腿内側に与えられることがあった。

どうすれば安定的にズンという下肢内側への響きを与えることができるかが問題であり試行錯誤した結果、治療側を下にしてのシムズ肢位で陰包刺針することがよいことをつきとめた。この肢位で陰包刺針するとツボが逃げないらしい。陰包を響かせるには意外に深く、3~4㎝の直刺を必要とする。この響きは伏在神経を刺激した結果なのか、広筋内転筋板を刺激した結果なのかどちらなのだろうか。知覚神経の伝導は上行性なので、陰包に刺針しても末梢側に響くことはないが、運動神経が下行性であり、広筋内転筋板を支配する運動神経のトリガーが活性化し、その放散痛が下肢に響いたと判断できる。

4.ハンター管症候群の針灸治験
 
1)症例1(40才、女性)
「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
 ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
 
2)症例2(51才、男性)
数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。

 

5.その他の伏在神経症状
 
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。

 
1)膝蓋下枝

縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。

2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴は三陰交・地機・築賓などであり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。

 

 

 


急性足関節捻挫には局所強刺激単刺+テーピング ver 1.6

2024-05-22 | 下肢症状

1.捻挫の概念

関節捻挫とは、関節が一瞬ずれ、次の瞬間には元に戻るという状況である。関節が元に戻った後に来院するので、関節包や靱帯など、関節支持組織の損傷ということになる。足関節に好発する。
※今回は、急性足関節捻挫を説明し、次回は慢性足関節捻挫をとりあげる。

2.捻挫の好発部位

1)足関節外側捻挫(内反捻挫)


足関節の靱帯損傷は、外果縁(前距腓靱帯、踵腓靱帯)、と内果縁(三角靱帯)に起こりやすい。足関節の外側靱帯には前距腓靱帯・踵腓靱帯・後距腓靭帯がある。これらの靱帯損傷を総称して外側靭帯損傷とよぶが、外側捻挫はとくに前距腓靱帯損傷が多い。
2度(詳細後述)以上の重度の靭帯損傷があると、前距腓靭帯+踵腓靭帯損傷の形となることが多い。



2)二分靱帯捻挫


踵骨から舟状骨に、また踵骨から立方骨に靱帯が分かれしてついているので、この二つの靭帯を合わせて二分靭帯とよぶ。二分靭帯捻挫は、外側捻挫とほぼ同様の機序で発症する。二分靱帯はまれに剥離骨折を生ずることもある。

日常診療においては、足関節捻挫の最多好発部位である前距腓靭帯と部位が近いので、見逃しやすく、正確な触診による圧痛点(外果のやや前方の圧痛)の把握が診断に重要である。二分靱帯捻挫は、後遺症なく治るとされている。


3)足関節内側捻挫(外反捻挫)


足関節の外反捻挫は、前記の内反捻挫と比べて少ない。足の内果と足根骨は4本の靱帯で結合され、これを総称して三角靱帯と称する(4つの靱帯個々の名称は記憶する必要なし)。

三角靱帯は強靱なので、大きな捻挫を起こすことは稀である。一方、強力な力を受けた場合は、剥離骨折を生じることもある。

 
3.捻挫の自然経過と治癒過程

1)炎症過程(急性期) 
捻挫では関節包靱帯を損傷し、関節包靱帯の内面の滑膜層に炎症性の腫脹が発生する。腫脹の中身は滑膜層からの分泌物で、これが関節包の中に充満すると関節の可動範囲が狭まり、疼痛が発生する。
関節包靱帯やそれを補強する側副靱帯などが部分断裂を起こすと、その部分より出血を生じ、見た目にも青黒く皮下出血斑が広がっているのが確認できる。そのため、いち早いRICE処置が必要となる。


2)消炎期(治癒期)

3~4日の急性期が終わると、腫れも落ち着き、各組織が移動を始めて新しい組織を生み出す準備を開始し、組織修復が始まる。この頃になると、最初の炎症期のような激しい痛みはなくなる。この組織修復の原動力となるものは腱に含まれるコラーゲンであるという。


3)再生期(修復期)

腫れが引き、治癒の準備ができると組織は再生と修復を始める。筋肉や腱、靭帯などの組織は、受傷後3~4日して瘢痕組織を形成してしばらくの間、補強され、数ヶ月後にはほとんど元の組織に回復する。この瘢痕が存在する時期は、捻挫を再発しやすい時期でもある。この時期に捻挫を繰り返して瘢痕組織を傷つけると、捻挫が慢性化してしまう。
また受傷後の毛細血管はケガから2~3日で修復を開始し、新しい血管を形成していく。この段階は約4ヶ月も続くことがある。
新しい組織が強い構造(ケガの前の正常な構造配列)を形成するためには、ある程度のストレス(運動)が必要なことから、適切なリハビリが重要になる。


4.重症度分類と処置法

1)第1度

病態:靱帯断裂を伴わない軽度または微小な捻挫。

症状:ある程度の腫脹を伴う軽度の圧痛。
治療:安静とサポーター

2)第2度

病態:不完全または部分断裂を伴う中程度の捻挫

症状:明らかな腫脹、斑状出血、歩行困難
治療:膝下歩行、3週間のギブス固定

3)第3度

病態:完全な靱帯断裂

症状:腫脹、足関節不安定性、歩行不能
治療:ギブス固定または手術


5.針灸治療


1)針灸の適応とテーピング固定


針灸治療は第1度捻挫に著効する。第2度にもある程度適応がある。第3度には適応がない。要するに痛いながらも何とか歩けるものが適応になる。針灸治療自体は鎮痛消炎目的で行うので、ごく軽い捻挫を除き、治療院でも関節固定を行うべきである。とはいっても捻挫の固定は整形外科や整骨院が本業とするところなので、針灸院レベルではテーピング固定(伸縮性のないテープを使用)を行う程度となる。逆にいえば、テーピング固定しても歩行困難な患者は針灸適応外といえる。針灸治療だけで固定をしない場合、痛み自体は間もなく消退するが、靱帯がゆるんだまま炎症が治まった状態(これを慢性捻挫とよぶ)に移行しやすい。慢性捻挫では、一定の負荷の持続で、関節部が腫脹し痛みを訴える。また捻挫を起こしやすくなる。



2)針灸治療法


現代医学においても、打撲・捻挫などの外傷の時に、圧痛点に局所麻酔を打つと治癒が促進されることが知られている。痛みを放置した状態→反射的に筋肉の緊張が強くなる→交感神経の緊張が続き、腫れや血行障害が続く、ということで局麻注射は痛みの悪循環を遮断する意味がある。
   
圧痛点に針灸治療を行う意義も同様で、鎮痛→筋緊張緩和→交感神経緊張緩和→血行促進→自然治癒力増強という機序が作用する。

代田文彦は、「捻挫時の圧痛点刺針は、骨膜に至るまで深刺した方がよく、その理由として骨膜は広汎に響きを与えられるので、刺針効果の及ぶ範囲が広くなる」と話していた。針灸治療自体は容易で、捻挫部の圧痛点を数カ所みつけ、そこに強刺激の単刺法を行う。結果として阿是穴治療になることが多い。
刺針時の患者体位としては、捻挫部を広げて靱帯伸張させて刺針すると針が骨間の凹みの底に至りやすくなり、針の響きも広範囲になる。

 


3)第Ⅰ度の急性足関節内反捻挫の局所治療奏功例(2022.8.9 柏原修一氏報告)

患者:64歳、男

主訴:右足首の内反捻挫。

現病歴:2022.8/6に趣味のランニング中に道路の凹凸に足をとられて右足首の内反捻挫。

所見:内出血、発赤、熱感、腫脹なし。内反動作で右外果下部に動作痛および圧痛。重症度分類はⅠ度と推定。

治療:第5期針灸奮起の会 「下肢症状の治療技術」に基づきⅠ度の急性捻挫と診断し、右外果下の圧痛点5カ所に寸3-1で単刺。半米粒大の艾炷2壮を9分透熱灸。その後キネシオテープ3枚で固定。通常歩行動作で痛みのないことを確認。

考察:本症例は受傷後3日目の軽度急性捻挫と診断し、単刺と9分灸で消炎措置を行い、キネシオテープで固定して様子をみてもらうこととしました。本症例は、Ⅰ度の足  関節内反捻挫といことで、鍼灸はよく奏功するが、ここで必要となるのが、捻挫の重症度区分を見分ける知識である。Ⅰ度であれば歩ける。Ⅱ度であれば立てるが歩けない。Ⅲ度では立つこともできないという区分が役立つだろう。


こむら返りの病態生理と対応 ver.1.1

2024-05-21 | 下肢症状

1.こむらがえりとは

こむら(=腓)返り」とはふくらはぎが、つ(=攣)ること。腓腹筋痙攣 cramp in the calf で、これは有痛性筋痙攣の一種。腓腹筋に起こることが多いが、大腿、前脛骨筋、足指、足裏にも起こる。
 

2.病態生理

近年の研究では、“こむら返り”は、筋肉そのものではなく筋紡錘や腱紡錘(ゴルジ腱器官)がトラブルを起こした結果、発症するものと考えられるようになった。
  
1)運動時に起こるこむら返り
    
筋が伸びるとその中にある筋紡錘も伸びる。すると「筋が引っぱられた」との信号を中枢に送る。すると脳は「これ以上伸びると危険なので縮め」との指令を出し、運動ニューロンを介して筋が縮む。
運動をしている最中や運動の直後に、こうした状態になりやすい。筋紡錘の機能が過剰亢進すると筋肉が収縮し続けるので、こむら返りをきたす。
 
事例:かつて95才男性が当院に来院していた。ゴルフマニアで冬でも週1~2回はコースを回るのを生き甲斐としている。しかし最近気温が下がったせいか、プレイ途中でふくらはぎが痙攣し、どうしても途中棄権してしまうと訴えた。私はとりあえず痙攣しそうな処に、痙攣する前に円皮針を貼るよう指導した。すると次回来院時に言うには、以降ふくらはぎの痙攣はなくなり最後までコースを回れたと非常に感謝された。本患者は円皮針を外すことなく、次々に追加して貼ったので、ついに片側の下肢だかで数十個貼っている状態となった。風呂に入るのなで自然にとれるまで貼っておくと話していた(風呂で足裏に針が刺さるというので家族には不評だった)。
 

2)睡眠時に生ずるこむら返り
    
腱紡錘は、主に筋の縮みを感知するセンサー。筋が縮むと、腱紡錘はその縮みを感知。それを中枢に伝達。脳は「腱に負担がかかり過ぎになりそうになると、筋肉や腱を守るために、「これ以上縮むな」との指令を出す。
ところで、<こむら返りとは骨格筋が強烈に縮む>ことである。脳は「これ以上縮むな」という命令を出しているのだが、腱紡錘の機能低下により、筋紡錘は勿論、腱紡錘も緩む方向に誘導できず、筋収縮を止められない。この結果としてこむら返りが生ずる。

 

図1:一つの筋中に筋線維は多数あり、筋紡錘もこれに並列に並んでいる。筋紡錘自体は、筋収縮する機能はなく、筋の伸張程度をモニターしている。筋線維が伸長すると「引っぱられた」との情報を得る。
図2:腱紡錘は筋腱移行部に直列で存在する。筋線維が収縮すると、腱紡錘は「引っぱられた」との情報を得る。この時、筋紡錘は無反応。

 

3.腱紡錘の働きが鈍る原因

こむら返りは、激しい運動中でも起こるが、安静にしていて起こることの方が多い。とくに睡眠中にこむら返りが起こると、痛くて目が覚めるほどになる。安静時にこむら返りが起こるのは、腱紡錘の働きが鈍るのが原因である。ではなぜ働きが鈍化するのだろうか。
  
1)睡眠中

睡眠中は、筋肉の弛緩が長時間続く。これは腱紡錘への刺激がない状態が長時間続くということでもある。すると腱紡錘が休眠してしまい、腱が引っ張られたことを感知できなくなる。その結果、筋肉の収縮を抑制せずに、筋肉が収縮したままの状態になる。

2)
電解質の異常
筋肉の収縮の調節にかかわるのがMgとCa。不足すると神経伝達に支障が生じ、腱紡錘の働きも鈍くなり足がつる。これはスポーツ中に脚がつるなどの場合の原因になるが、加齢や疲労、脱水、冷えなどによってもミネラルバランスはくずれ、同様の機序で足がつる。高齢者では咽の渇きを感じにくいので脱水に注意する。
  
3)冷え
布団から足が出ていたりして足が冷えると、血流が滞るので、これも足がつる原因になる。
   
4)器質的疾患
脊髄疾患:脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア
代謝疾患:糖尿病、腎臓病、肝臓病     ←入院で輸液が必要になる程度の電解質異常がある場合
血管疾患:閉塞性動脈硬化症、下肢静脈瘤
 

4.つった時の対処法
  
1)筋収縮が生じた筋肉を他動的に伸ばすことで、ゴルジ腱器官を刺激。腓腹筋痙攣発作時には、経験的に発作が治まるまで母趾を強く背屈させて腓腹筋ストレッチをすることが有効である。夜間の発作の最中この動作をするのは、起き上がらねばならないので面倒である。しかし患側の足母指のMP関節を強く背屈させて、腓腹筋だけでなく長拇趾屈筋・総趾屈筋のストレッチをするようにすれば仰臥位のままできる。ちなみに長拇趾屈筋は、バレリーナがつま先立ちをするために鍛えるべき筋として知られている。



 

2)手足、とくに足の保温につとめる。具体的には腓腹筋部に保温のためのサポーターを施す。

3)芍薬甘草湯:
つったときに頓服的に服用する。ただし事前に服用しても効果あり。 効果発現まで平均6分。効果持続時間は4~6時間。内臓平滑筋痙攣も適応になる。
 

5.深腓骨神経ブロック(局麻注射)
   
高山瑩・伊藤博志は、腰椎変性疾患に伴うこむら返りで日常生活に支障が出ていた患者32人に対し、太衝穴から深腓骨神経ブロック(局麻注射)を実施。全例でこむら返りの発生頻度が1カ月に1回以下に減少すると発表した。一度行えば数カ月間、効果が持続する。なお中封からの深腓骨神経ブロックも試みたが、太衝ブロックよりも効果は劣った。
(「腰痛などを伴っているこむら返りに難渋している症例に対しての治療効果」:日本腰痛会誌、8(1):126--130.2002)

※この神経ブロックは、原理的に足母指を強力に背屈させるのと同じだが、持続作用があるらしい。太衝に円皮針を置いても効果あるだろうか?

6.腱紡錘の反応性鈍化が原因だとすれば、腓腹筋がアキレス腱に移行する部である承山あたりの刺激が有効となるかもしれない。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


筋痙縮時の自己防衛策

2023-02-28 | 下肢症状

もう少し寝かせて成熟させて発表しようと思っていた題材があったのだが、「しゅう鍼灸院」の柏原修一氏から下記1の記事があることを教えてくれた。記事が鮮度を保っている間に、この内容を発表することにした。


1.マラソン中、足が痙攣したら安全ピンで刺した話

 
令和5年2月26日放送のフジテレビ「ジャンクSPORTS」の中で、(元マラソン選手の福士加代子は、高校時代に長距離走中に足が痙攣した際は、叩いたら痛みを忘れるとかあるとかで、安全ピンで自身の足を刺したという話をしていたという。

これはテレビで流して良い話ではない。マネされて事故が起きればテレビ局の責任になるからだ。
ピンで刺すのは衛生面や安全面に問題はある。ただし強く痙縮する筋に対して、痙攣している部を自分の指腹で強く強圧して急場をしのぐ行為は、普通のことではないかと思った。
 

2.腹筋痙攣に対する自己対策
 
私は以前から無理な姿勢で上体を前屈した時などに、突然片側の内腹斜筋がつることがあった。年に1~2回のこと。つった瞬間は、自分でも分かり大した痛みはないが、数秒後から次第に腹筋か強く収縮して耐え難いほどの痛みになるのが常だった。それを必死で我慢すると、数分後に痛みは自然消失する(ときに筋の一部分に持続性収縮状態が残ることもあり)。

つった瞬間、から激しい痛みに至るまで、猶予は5秒間程度あるので、何とか激しい痛みにならないよう、自分なりに対策をたててみた。
対応A:前屈して腹筋をゆるめておく
 →でいつもより強い筋痙攣が生じ、最悪の結果だった。

対応B:腹臥位となって床に寝て、上体を起こすことで、腹筋を他動的に伸張させる
 →何もしないより痛みは2~3割減っただけ。
対応C:これから腹筋が痙攣するのを見越し、あらかじめ自分で腹筋を収縮させておく。
 →何もしないのと比べ、痛みは1/3程度となった。
  

なぜこのような結果になったのは不明だが、対応Cは制御された筋収縮になったのではないかと思っている。部位的に指頭で押圧すると、皮下組織が多いので筋を強圧するには無理があった。


針灸院における外反母趾の診療 ver. 3.1

2022-05-12 | 下肢症状

外反母指の針灸に関しては、「外反母趾のテーピングと針灸治療」(2006.7.9)で発表。その後三度全面改訂し2019.6.19がver.3.0となった。さらに2022年5月14日ver3.1として部分改訂した。

1.外反母趾の定義

足母趾の中足指節関節(MP関節)の外反(小指側に傾く)状態。中足基節関節角が「15度以上」を外反母指とする。この15度以上という数値は厳密なもので、医師は角度を測って外反母趾か否かを判断する。外反母趾の高度なものは、第2趾と重なる。男女比は、1:10 で圧倒的に女性に多い。     

中足基節関節角:正常=15°未満、 軽症=15°~20°未満、 中等度→20°~40°未満、 重度=40°以上

 

2.外反母趾の進行 

1)距骨下関節の過回内(オーバープロネーション)        

歩行時の接地は、まず踵後方→足底外側→母趾側へと体重は移動する。 小趾側から接地するのは衝撃吸収の役割からで、この時、距骨下関節は回内運動が起きている。回内運動することは生理的だが、過回内状態になると、重心が土踏まず方向に片寄るので、足の横アーチが崩壊して<開張足>になる。なお距骨下関節回内に筋は関与しない。 

 

 

地面を蹴るのは拇趾腹ではなくなり、第2趾MP関節底部に代償される。この部には接地部はウオノメやタコができやすい。  

 

2)浮き指       

常に靴を履いた生活スタイルでは、母趾で地面を蹴って前に進む能力が乏しくなる。拇趾を屈曲する力は、長・短母趾屈によるが、この二筋の筋力が低下する。これにより立位では母趾が宙に浮いた状態になる。これを<浮き指>とよぶ。  




3)母趾の外反・内旋の強制     

歩行時の体重移動が土踏まず側に片寄った状態では、母趾内側に体重がかかり、地面を蹴るようになるので、母趾の内旋を強いられる。この状態が外反母趾である。     
※ハイヒールや先細りの靴を履くのが原因とする説もあるが、履かない者でも外反母趾になる者は多いので決定的要因とはいえない。

 

3.症状、所見   

①母趾MP関節が突出し、靴との接触でバニオンとなり、発赤して腫脹。       
※バニオン bunion: 靴との接触で母趾MP関節内側部が滑液包炎を起こし、発赤腫脹して疼痛を生じる。  
②開張足(足の幅が広く、扇状に広がる)   
③足の横アーチの消失(土踏まずの消失)  

④外反母趾になると歩行時に足趾に体重負荷がしにくくなる。第2趾MP関節底部で体重を支持すことになるので、圧痛や自発痛、鶏眼・タコ等が出現しやすくなる。


3.針灸院でできる外反母趾の治療(浮き指に対して)

現代医学での保存療法の目的は、痛み少なく日常を過ごせることと、また外反母趾の進行を防ぐことが治療目標。外反母趾の外科手術は数週~2ヶ月の入院が必要で、一方再発率15%。外反拇趾の手術となると患者にとっては大ごとに違いないので、保存療法でどうにかならないかといろいろ模索しているので、針灸は一応の需要のある治療になっている。

前述したように外反拇趾は、①距骨下関節の過回内→②浮き指→③母趾の外反・内旋の強制、といった順序で完成する。これに対する針灸治療だが、①に対してはアプローチの手段がない。②の浮き指治療は、拇趾底屈力の強化になり、長拇趾屈筋と短拇趾屈筋の収縮力増強を目的とする。③の母趾の外反・内旋の強制の是正は、テーピングによる治療になるだろう。

1)短母趾屈筋に対するトリガーポイント刺針(森田義之氏による)    

短母趾屈筋は内在筋(筋は足底に存在)で、起始は拇趾基節骨底の両側、停止は主に立方骨下面。母趾MPの屈曲作用。  

 

2)長母趾屈筋に対する腱ストレッチおよび筋腹への治療

①ストレッチによる治療(「かわせカイロプラクティック」HPより)

②長拇趾屈筋トリガーポイントへの治療

長母趾屈筋は外来筋(下腿に筋が存在。足底にあるのは長拇趾屈筋の腱のみ)で、起始は腓骨後面の下方2/3・下腿骨間膜の下部、停止は母趾の末節骨底である。母趾IP関節の屈曲と足内反(拇趾側を上げる)作用。要するに筋本体自体は下腿後側の中央縦中央線のやや外側あたりになる。長母趾屈筋に刺針するには陽交または承山から深刺する。   

 

③タオルギャザー筋力訓練

外反母趾変形に対する効果は乏しい。足底筋の筋力強化にはタオルギャザー訓練(長・短母趾屈筋の訓練) が行われる。これは座位で床にタオルを敷き、その端を足指でつかみ、前にたぐり寄せる動作をさせる。長・短母趾屈筋は、足の横アーチ形成 に関係している。母趾内転筋横頭の筋力低下は、開張足を招くので、この筋力低下防止の目的で足指ジャンケンを行わせる。履物としてはゲタやゾウリなど鼻緒のついたものを使うようにする。

 

 

4.母趾の外反・内旋の強制のキネシオテープによる矯正  

キネシオテープによる矯正直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、勿論のこと変形矯正作用はない。つまりいくらテーピングしても治す力はない。それにテーピングを行うことは接着剤が皮膚の角質層を剥がすので、連続使用にも向かない。要するに応急処置としての用途であって、自宅にいる時は補装具を使うということになるだろう。キネシオテープでの矯正目的は母趾の外反制限と母趾内旋制限である。

距骨下関節の過回内矯正や開張足の矯正目的には、足底矯正板の使用が本質的かもしれない。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アキレス腱炎付着部炎に下腿三頭筋の運動針が有効だった症例(73歳女性、主婦)

2021-06-17 | 下肢症状

1.主訴:右アキレス腱部痛

2.現病歴:1ヶ月前より、歩行時に右アキレス腱部が痛みを感じるようになった。思い当たる理由はない。

3.所見:アキレス腱の踵骨停止部に圧痛、あり。発赤、腫脹なし。

4.診断:アキレス腱付着部炎
 
R/O (除外すべき疾患)アキレス腱炎:本症であればアキレス腱踵骨停止部の、上方2~6cm部分のアキレス腱の腫脹・圧痛を生ずる。

R/O アキレス腱滑液包炎:アキレス腱の踵骨停止部は強い摩擦にさらされている。この力学的トレレスを緩和するため、アキレス腱停止部の前後にアキレス腱下滑液包が存在している。このアキレス腱滑液包も長期的に強い摩擦にさらされると炎症が生じ、痛みと熱感が生ずる。局所は腫脹し、圧痛の範囲はアキレス腱付着部炎より広い。ズキンとする痛み。

5.治療方針

本例は、外傷歴がなく比較的単純な病態だったので気持ちに余裕があったため、アキレス腱の元の筋である下腿三頭筋に対する運動針体位を工夫してみた。

6.治療内容と経過

第一診療
仰臥位。圧痛点であるアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど選穴して刺針。そのまま足関節の背屈、底屈の運動針実施。さらにアキレス腱の伸張に制動をかけるため、踵骨-下腿三頭筋のキネシオテーピング。

第2診察
1週間後来院。アキレス腱の痛みは依然と存在しているとのこと。立位でアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど刺針、および下腿三頭筋の圧痛点4箇所ほど選んで直刺1㎝。そのまま膝の軽度屈伸運動を指示。しかしこの運動は非常に痛がるので中止。キネシオテーピングは前回同様実施。

第3診察
①1週間後来院。この患者は初診時だいたい3回くらいで改善する旨を伝えており、今回がラストのつもりだったが、まだアキレス腱の痛みは初回の半分以上ある様子だった。
②前回の立位での下腿三頭筋運動針は、痛がったので中止した。今度は体重負荷がない状態で下腿三頭筋運動針を行ってみることにした。
 伏臥位。ひざを軽く屈曲させ、足首の下に膝用マクラを入れる。その姿勢で下腿三頭筋圧痛点4~5箇所に直刺したまま、足首の背屈底屈運動10回実施。これはあまり痛くないようで、指示通りの運動針実施できた。刺針している針も上下に動いた。
③治療直後、患者から初めてずいぶん歩行が楽にできるとの報告を受けた。


痛風発作に灸治療が速効した例としなかった例 ver.1.2

2021-02-14 | 下肢症状

筆者は、2016年11月22日に「急性膝関節痛が痛風由来だった症例」を報告したが、この症例では膝痛が痛風からきていると推測できず、また鍼灸治療も効果なかった。しかし2018年3月28日に左肘の痛風発作が灸治療で即時に鎮痛できた症例を経験したので、この事例を追加して報告する。

1.痛風の概念
   
痛風の語源は、<風が吹いても痛い>からでは
なく、風邪の性状すなわち<風のように急に起こり、急に去る>ことに由来している。

1)高尿酸血症 

尿酸はプリン体の最終分解物である。プリン体は肉類に多く含まれるが、プリン体自体は殆ど利用されることなく尿酸となる。プリン体を排泄するには尿酸として排泄するしかないが、尿細管で90%は再吸収される。ゆえに血中に蓄積されやすい。(一方、プリン体の摂取は食物を原料する以外にも、体内でアミノ酸から合成される。こちらからの比率の方が高いので、メタボリック症候群は痛風の下地をつくる)
尿酸値は、7.0mg/dLを越えると高尿酸血症とよばれる。

2)痛風の病態生理

高尿酸状態が長期間続くと、血液に溶けきれない尿酸濃度(7.0mg/L)が尿酸塩となり次第に関節内、皮下、腎臓に沈着蓄積していく。

①ある時、衝撃を受けたり急に尿酸値が下がったりして尿酸塩の結晶が剥がれ落ちると、白血球はこれを異物と認識して貪食。この時炎症物質を大量に放出して、突然関節部の激痛を生ずる。これが痛風発作である。40~50才男性に多い。痛風発作の部位は、第1中足指節関節が全体の7割を占める。典型パターンは、ある日突然、足母趾MP関節が赤く腫れて激烈な痛みが生ずる。ほかに距腿・膝・アキレス腱などの下半身に発症するものが9割。半身の方が体温が低いことや、血流が滞る傾向が下半身に多いことによる。痛風の痛みは1週間から10日後に次第に自然軽快するが、無処置の場合1年以内にまた同様の発作がおこることが多い。一度発作を起こした者では、尿酸値を6.0mg/dL)以下にコントロールすべき。

②尿酸が皮下に沈着すると、耳介・足趾・肘・手指などに痛風結節を生じる。痛風結節そのものに痛みはない。結節の中身は尿酸結晶で、チョークの粉状。痛風結節そのものは治療対象とならないが診断の手助けとなる。
      
③結晶化した尿酸が腎臓の組織にも沈着する。無症状で長期間進行するが、やがて腎不全(血液から老廃物をろ過する能力が低下)により小便が出にくくなり、最終的には尿毒症になる。

     




3.痛風の現代薬物療法

1)救急処置
痛風治療の特効薬としてコルヒチンが知られている。発作が出そうな時には「コルヒチン」を服用する。コルヒチンには好中球が関節内に集まるのを抑える作用ある。関節痛を感じ始めたとき(好中球が関節に集まる前)に飲めば、激痛を未然に防げる。激痛になってからでは効かない。
    

2)血中尿酸値のコントロール
本質的な治療としては尿酸値を下げることになる。尿酸降下薬には、尿酸排泄剤と尿酸生成抑制剤とがある。尿酸の排泄が少ない人は尿酸排泄促進剤(ユリノームなど)を使って尿酸の排泄量を増やす。尿酸を作りやすい人は尿酸合成阻害薬(ザイロリックなど)を投与する。尿酸生成制薬は肝臓で働き、プリン体が尿酸になるのを抑制する働きがある。いずれも長期服用が必要。尿酸濃度(6.0mg/リットル)程度にコントロールする。


4.鍼灸治療 

局所が熱をもって痛む場合、局所から刺絡。足母趾MP関節内側痛の場合、局所である大敦施灸というのが定石。やむを得ないことだが、鍼灸古典では、疼痛の真因が高尿酸血症によるとは思いもよらないことだった。

1)右膝痛が痛風由来だった症例(52才男性)植木職


3日前から急に、右膝を90度以上の屈曲ができなくなった。思い当たる原因はない。 膝関節のロッキングがあるので半月板損傷を疑ったが、受傷動機がはっきりしないので本診断には確信がなかった。膝周囲に目立った圧痛点もなかったが、軽く刺針して治療を終えた。
治療直後効果はなかった。
  本患者は当院で治療成功しなかったので、翌日整形受診して「痛風」との診断をうけ、薬物療法を開始した。7日後当院再診。内服治療開始して数日~1週間で、ほぼ痛み消失したという。本例の膝痛が痛風だったとは驚いた。なお症例は、薬物で痛みを止めたのではなく自然緩解だったかもしれない。
 
痛風というと足母趾MP関節の赤く腫れ上がった激痛というイメージが強かったが、本例は可動域制限強いが熱感・腫脹とも見いだせなかった。こんな例もあるのかと驚いた。


2)左肘痛風発作に灸治療が速効した症例(39才男性)会社員

以前から検診で血中尿酸値の高値を指摘されていた。8日前から突然、左肘関節部が発赤・熱感・腫脹あり痛みのために膝の屈伸が十分にできなくなった。医師の投薬治療を8日間続けているが、症状に変化なくとてもつらいという。触診すると膝頭の直上1㎝ほどの上腕三頭筋腱部に限局的に強い圧痛が2カ所みつかったので、この2カ所に糸状灸を5壮実施。施術直後に痛みは減り、肘が伸びるようになったとのことだった。自宅でせんねん灸(強力温灸)を行うよう指示して治療終了した。
 

5.余談:ヘルマン・ブショフが中世ヨーロッパで紹介した痛風の灸

ヨーロッパに灸治療が最初に紹介されたのが、痛風の灸治だった。中世のヨーロッパ貴族に痛風が多かったのは、美食過多に要因があったらしい。利尿作用のある緑茶を多量に摂取して大量に排尿することが痛風予防になることが知られていた。小便が多量に出れば、大量の尿酸が体に排泄さる事にもつながるからだろう。
   
バタヴィア(インドネシアの首都ジャカルタのオランダ植民地時代の名称)在住のオランダ人牧師、ヘルマン
・ブショフ Herman Busschof は長い間、足部の痛風に苦しんでいた。現地のヨーロッパ人医師が頼りにならなかったので東南アジア出身の女医の灸治療を受けてみた。女医は彼の脚と膝に半時間の間にもぐさの小塊を約20個置いた。効果は彼の期待をはるかに上回った。治療の最中から、それまでは一晩も休めなかったブショフが気持ちよく眠り込んでしまい、24時間後に目覚めたとき、膝と脚はまだ腫れていたが発作は治まり、何日もしないうちに仕事に戻ることができたという。
このヘルマン・ブジョフの灸に関する1675年の報告が、灸に関するヨーロッパ初の出版であった。

当時、アジアには「痛風」という概念はなかったので、女医は脚気と診断して施灸治療を行ったとする見解がある。一方、「脚気」はヨーロッパにない疾患だった。

わが国では 心不全で下肢がむくみ、末梢神
経障害で足がしびれることから「脚気」と呼ばれた。( 心臓機能の低下・不全を併発したときは「脚気衝心」と呼ばれる重症だった)。
   

脚気の鍼灸治療

  http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=78051ede4bbb1c7646621d2cd19f771e&p=1&sort=0&disp=50&order=0&ymd=0&cid=dccbeb7efad376c56996341b4cbda8b4  


むずむず脚症候群の針灸治療 ver.1.4

2019-07-18 | 下肢症状

むずむず脚症候群の正式名称は、下肢静止不能症候群、RLS, Restless Legs Syndromeという。最近になって認知されてきた疾患である。ある日、橈骨麻痺で来院中の患者が「むずむず脚症候群もある」と訴えた。これまで抱いていた私の印象から、「それは大変だ」と応じたが、その患者は薬を飲めば治るが、あまり薬は飲みたくないと云った。私は患者がむずむず脚症候群であること以上に、治す薬があることに驚いた。早速ネット検索してみて、かつての常識がすでに古くなっているこをを思い知らされ、新たな見解も生まれたので、本稿としてまとめる。

1.症状

脚の不快感と動かしたい欲求。脚の表面ではなく深部に不快な感じがあり、動かすと少し軽減する。その不快感は様々に表現される。むずむずする、虫が這う、痛がゆい、など。

症状は夕方から夜間にかけて強くなることが多い。自然治癒はごくまれで、進行性増悪することが多い。人によっては背中や腕にも現れることがある。

2.原因

神経伝達物質であるドーパミンの機能異常。
    
神経伝達物質ドーパミンの機能低下

         ↓
A11と呼ばれる脳の神経細胞の機能低下。
                 ↓
脳に送る必要のない身体深部知覚の些細な信号をカットできず、脳が過敏状態
         ↓
     「むずむず脚症候群」
   
身体の中では、脳が認識する運動刺激や身体感覚の他に、一定の閾値に達しない「雑音」のような深部知覚が無数に発生している。これらの深部知覚は、間脳部に相当するA11領域から脊髄に伸びる下行性の神経細胞によって抑制されているので脳にまでは達しない。


しかし何らかの原因によってA11の神経細胞の働きが弱まり、特に夜間、運動刺激や身体感覚の刺激がなくなると、「雑音」のような深部知覚が上行しやすくなり、脳が感覚情報過多の状態になり“むずむず”するような不快感を覚えるようになる。

なおA11の働きが弱まる原因として、ドーパミン神経細胞の機能障害や、脳内の貯蔵鉄(フェリチン)減少や鉄代謝異常が関係しているとされている。

   
夜になると脳の松果体からメラトニンが分泌され、身体が眠りにつきやすいように深部体温が下がる。とともに“むずむず”するような異常感覚も現れてくる。明け方になってメラトニンの分泌が減って、深部体温が上昇し始めると異常感覚は消失する。 

A11の働きが弱まる原因として、ドーパミン神経細胞の機能障害が関係している。一部の統合失調症治療薬(リスパダールなど)は、ドーパミン過剰活性を抑えるので副作用として、むずむず症状が生ずることがある。  


 

3.現代医療での治療


 「ビ・ シフロール錠」が、日本で初めてむずむず脚症候群の薬として2010年1月に保険適用された。本剤はドパミンアゴニスト(=作動)薬で、ドパミンの代わりとなってドパミン受容体を刺激するもの。要するにドーパミン量を増やし、弱まったA11神経細胞に直接刺激を与え 脚の不快感のもとをブロックする機能を回復させるもの。

  
※本剤は、パーキンソン病での治療薬だが、むずむず脚症候群で使われる場合はパーキンソン病治療に比べて、6分の1~18分の1という少ない量で効果がある。ただし長期間連用すると効かなくなっていくる。

 

4.針灸治療

1)考え方


A11神経細胞の機能低下により、脳に届ける必要のない深部知覚信号カットできなくなっている。であるなら脳へより大きい深部知覚信号(=響かせる針)を送ることで、先の「雑音」のような深部知覚信号をマスキングできるのではないだろうか。この考え方は、パーキンソン病の四肢痙縮治療としても使えるものであろう。  

  

2)発作時、足三里に対する深刺で響かせる(小宮猛史先生)


体験例:うちの家内は、寝室で寝ていたかと思うと脚をどんどん叩きながら起きてきて「なんとかしてー」と訴える。虫が這うようなむずむず感を感じ、じっとしていられないと言う。発症はたいてい右側。


そこで発症するたびに足三里に、そっとゆっくり止まるまで刺入し、ゆっくり雀啄することで得るズーンという響きを与える。すると直後に8割くらい楽になり、次に足三里の少し下にもう一箇所響かすように鍼をするとすっかり消失し、そのあとぐっすり眠れるようになる。時間にして2~3分。なお切皮程度の深さで高速撚鍼して響きを与えても症状の軽快はみられない。


先日の発作時、家内に協力してもらい、いつもの鍼するところをお灸にしてみた(半米粒大の大きさで7壮ずつ)。しかし、じっとしていられるような効果までは出なかった。結局そのあと鍼して鎮静。(小宮猛史:ブログJTDの小窓 ムズムズ脚足症候群 2014.3.12より)

小宮猛史先生ブログ

http://blog.goo.ne.jp/takeincho/e/75b1700aff424fe277a7309dc1deb0c6



3)委中部の強圧(「昼のガスパール・オカブ日記」より)

患者は仰向けに床に寝る。治療者により患者の膝の裏の筋を強く圧してもらっていると、かなり痛く感じる箇所がある。そこを治療者に50回くらい念入りに強く圧すように揉んでもらう。これを両脚やる。揉んでもらっている時はかなり痛く感じるのが普通である。本報告者の場合、この治療の効果は1ヶ月程度である。それを過ぎるとまたむずむず感が出てくるので、上記方法を繰り返す。就寝前に治療を行うのが望ましいという。

 

 

4)下肢脛骨骨膜刺針が効果的かもしれない

ズーンと響くように刺針することが有効だという報告があったので、筆者は中国針で足三里や三陰交から神経幹ねらいで刺針してみたが、思うような効果が得られなかった。そこで脛骨骨膜刺として足三里や三陰交から脛骨骨膜に擦りつけるように刺入し、後脛骨筋に至るような深刺をしてみた。すなわち、シンスプリントの針治療の流用を行った。すると、これまで単に強い響きを与える目的で行った刺針よりも、ムズムズが減った。針灸治療的に、シンスプリントとムズムズ脚症候群は同じ範疇として捉えることができるのだろうか。
 

シンスプリントの骨膜刺激針治療(似田)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/58c9421d320b880ecd41da4e15861ead

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 


大腿外側痛の病態把握と針灸治療

2019-06-08 | 下肢症状

たまに大腿外側痛で来院する患者がいる。整形外科に行って治らなかったので針灸に来たという患者も少なくない。新米針灸師の中には、これをすべて大腿外側皮神経痛と診断する者もいる。確かに大腿外側皮神経痛のこともあるが、その頻度は少ない。多いのは小殿筋の放散痛、もしくはL5付近の後枝症候群である。それぞれ治療ポイントも異なってくる。
以下に3つの病態を示す。その鑑別は圧痛点の所在と、刺針後の治療効果(治療的診断)によるのが最も分かりやすい。

1.小殿筋放散痛の針灸治療
小殿筋の過緊張により、大腿外側痛を生ずることがある。中殿筋過緊張をもたらすのは、坐骨神経痛や股関節症であることが多い。側臥位にして小殿筋中の圧痛硬結点を見いだし、そこに2寸#4程度の置針をすれば症状緩和に効果ある。
なお小殿筋は中殿筋の下にあるが、中殿筋の放散痛であれば殿部の痛みとなり、下肢症状はあまり出現しない。

中・小殿筋は強大な筋であるから、側臥位で刺針しただけではなかなか症状は改善しづらい。横座り位にさせ、中・小殿筋を収縮状態にさせた体位にして、3寸#8の鍼で筋硬結に向けて深刺単すると、強い響きが得られて直後から改善することが多い。

 

2.L5付近後枝症候群

L5付近の椎間関節症やL5棘突起傍筋(棘筋や多裂筋)の筋筋膜症では、L5神経後枝が興奮する。側臥位にしてL5棘突起直側付近の圧痛点を見いだし、そこに2寸#4程度の置針をすれば改善できることが多い。

3.大腿外側皮神経痛
大腿外側皮神経は腰神経叢で、とくにL2L3神経から出て、鼠径靱帯外端の下を潜り、大腿外側皮膚に分布する知覚性の神経で、筋支配はない。
鼠径靱帯で神経絞扼障害を起こすことがある。上前腸骨棘内縁で、鼠径溝外端の圧痛点(維道穴あたり)に刺針すると改善できることが多い。