1.奇経の諸元
奇経は分からないことが多いが、手始めに奇経八脈の諸元について示し、古典的な語意について若干の解説を加える。
①下極:体幹の一番下の兪穴。すなわち長強穴。
②陽脈の海、陰脈の海
「海」とは、多く集まる処の意味。前者は他の陽経と多数連絡する処、後者は他の陰経と多数連絡する処。
③足少陰の別絡、足太陽の別絡
前者は腎経の伴走路、後者は膀胱経の伴走路。
④経絡の海
脊柱の深部を走行。前方では諸陰経に、後方では諸陽経に交わる。
2.ペアとなる奇経の走行図
奇経その走行についての古典的な図は載っていても、詳しく調べようとすると曖昧性が残る。そこで筆者は、東洋療法学校協会編「経絡経穴概論」(旧版)のテキスト記載に基づき、なるべく私見を交えることなく現代感覚での図式化を試みた。また奇経八脈は、臨床上は特定の2つの奇経をペアとして組み合わせて治療するのが普通なので、その2経を一枚の図に示した。
3.奇経の規則性について
1)奇経八脈は、帯脈を例外として、下から上に流注する。
2)体幹前面中央には任脈が上行性に縦走している。その両脇を陰蹻脈が縦走し、さらにその左右外方を陰維脈が縦走している。体幹背面中央には督脈が上行性に縦走している。その両脇を陽蹻脈が縦走し、さらにその左右外方を陽維脈が縦走している。これらの走行は川の流れに例えることができるだろう。川の流れは中央は速く、両岸に近ければゆっくりになる。
3)任脈の絡穴は鳩尾、督脈の絡穴は長強
私が針灸学生に経穴概論の講義をする際、学生の興味を引き出すため、「昔の中国人は、人間には尾っぽが2つ有ると考えていたようだ」と話すことにしている。すなわち後の尾は尾骨先端、前の尾は剣状突起である。尾の直下に骨はないので、押圧すると指が沈む。絡穴は、正経では次経と連絡する部位であるが、奇経では深層への出入り口と考えたらしい。
4)陽蹻脈と陰蹻脈
「蹻」とは足のくるぶしのことで外果と内果がある。奇経は緊急予備用の経で、たとえて言えば、地面なのか川なのか区別がつかないほどの大雨の時のようなものである。こうした大雨の時も、小高い丘であれば、水に埋もれることないので、道しるべとなり得る。それが足の外果や内果である。人間でいえば重度浮腫のような場合である。
5)陽維脈と陰維脈
「維」とは大地をつなぐツナ、四隅を引っ張るツナの意。ここでは隅々までという意味で、陽蹻脈や陰蹻脈に属さない身体の隅という解釈。中国の神話,伝説において,天は大地の四方の果てにある柱によって支えられ,逆に大地は天に結ばれた4本の維(=太い綱)によってぶらさげられていると考えられた。天変地異が起こると、「天柱が折れ,地維が切れて,大地が東南に傾いた」などと、大げさに表現することがある。
なお四維とは四方のことだが、東西南北とは違って、東南・西南・西北・東北の方角になる。
6)体幹の流注の規則性の発見
古代中国医師は自然界の規則性に真理を見出したが、奇経走行についても、その趣向がみられる。
7)衝脈と帯脈
衝脈は深層を走り子宮から起こっている。その浅層は腎経が走る。衝とは、「ぶちぬくような勢いで物にあたる」ことで、イメージとしてはビンに入った炭酸水の栓を抜くと、沸いてくる炭酸泡の勢い、あるいは間欠泉における噴水の吹き出しである。月経が定期的に発来することに関わっている。
帯は胴の臍周りの細い部に巻く布などの名前である。ベルトが緩むと、ズボンが下に落ちてしまうように、帯脈の役割は、子宮にある血を漏らさないように留めておくのだろうと考えることができる。病的に膣口からダラダラと血が垂れた状態を帶下、またはコシケ(腰下)とよぶ。帯脈は、腹部の脹満、臍から腰周りの痛みを生じたり、帶下(膣からの不正出血)にも関わりがある。
4.ペアとなる奇経
奇経8脈には定められたペアとなる組み合わせがある。ただし( )内は各経の代表ともいえる宗穴。
①陰維脈(内関)-衝脈(公孫)
②陽維脈(外関)-帯脈(足臨泣)
③陰蹻脈(照海)-任脈(列缺)
④陽蹻脈(申脈)-督脈(後溪)
ペアとなる宗穴に施術するのが原則で、したがって手関節と足関節部付近にある
12本の正経上には、それぞれの代表ともいえる原穴が定められている。しかしながら、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗穴である足臨泣、任脈の宗穴である列缺、督脈の宗穴である後溪は、自からの経脈上にないのである。このことが多くの後の研究者を悩ませることになった。
ともかくも、奇経治療の方法は、定められたペアの宗穴を施術することになるが、結果として手関節と足関節あたりに治療穴を求めることになる。
この説明困難な状況を解決するには、先に記した奇経走行図では不十分であって、たとえば陰維脈と衝脈パターンの治療には内関(手関節あたりにある)と公孫(足関節あたりにある)をつないだルートを見出す必要があるだろう。
(以下に続く)
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