AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

アナトミートレイン理論からみた肩関節の遠隔治療穴 

2019-12-23 | 肩関節痛

1.アナトミートレイン理論                                                       

アナトミートレインとは、解剖学的筋膜の連結線のことをいう。身体の筋は筋膜で繋がってり、線のような繋がりが全身12本あるという。この走行は経絡の流れによく似ていることに驚かさせる。ところで肩関節と体幹をつなぐアナトミートレインは4本あるが、肩関節挙上と関係するのは深層バックアームラインと深層フロントアームライン2本である。  

1)深層バックアームライン     

肩関節の後方挙上動作時には、前腕尺側が上になる。つまり前腕尺側の筋膜が緊張する。

患者を椅座位にさせ、術者は患側の腕をゆっくり後方挙上させてみる。もし可動性不十分な場合、腕骨・清冷淵・天宗といったツボ圧迫しつつ後方挙上に引っぱり上げる。これで可動性拡大した場合、それぞれの障害筋をスレッチさせた体位にさせ、筋上のツボに刺針して運動針を施す。

結帯動作をとらせた時、小指球筋→尺骨々膜→上腕三頭筋→肩回旋筋群→菱形筋・肩甲挙のラインがねじれてつっぱる。この一連の機能筋膜連結も深層バックアームラインである。

 

2)深層フロントアームライン   

肩関節の前方挙上動作時には、前腕橈側上になる。つまり前腕橈側の筋膜が緊張する。

患者を椅座位にさせ、術者は患側のをゆっくり前方挙上させる。もし可動性不十分な場合、魚際・手三里、中府といったツボを迫しつつ前方挙上に引っぱり上げる。これで可動性拡大した場合、それぞれの障害筋をストレッチさせた体位にさせ、筋上のツボに刺針して運動針を施す。

 

3)アナトミートレインと奇経の関連          

奇八脈は基本的に下から上へと縦方向に流注する。深層バックアームラインは陽蹻脈の流注に似ており、、深層フロントアームラインは陰蹻脈の流注に似ているようだ。

 

2.肩関節後方挙上障害に対する深層バックアームラインを使った治療   

深層バックアームラインは陽蹻脈に似ている。ただ陽蹻脈の宗穴は足臨泣だが、肩関節痛での深層フロントアームラインでの代表穴といえるのはペアである奇経の督脈の宗穴、後溪となる。肩の後方挙上制限時には後溪を含め、他に魚際や手三里を刺激する。

 1)腕骨刺針    

単に腕を後方挙上させただけでは痛まず、とくに手関節の捻れが起点となることから、小球筋(腕骨穴)を押圧した状態で、結帯動作を行わせると、可動域が改善されることが多い。改善された場合、腕骨穴に刺針した状態で、結帯動作を行わせるとよい。

 

2)清冷淵刺針    

腕骨刺激と同じ発想で、上腕三頭筋起始の清冷淵を押圧しつつ、肘の屈伸運動を行わせ、帯動作の軽減をみたら、清冷淵に運動針を行う。

 

3.肩関節前方挙上障害に対する深層フロントアームラインを使った治療

深層フロントアームラインは陰蹻脈に似ている。ただ陰蹻脈の宗穴は照海だが、肩関節痛での深層フロントアームラインでの代表穴といえるのはペアの奇経である任脈の宗穴、列缺となる。肩の前方挙上制限時には列缺を含め、他に魚際や手三里を刺激する。

上腕挙上させた時、母指球→橈骨骨膜→上腕二頭筋→小胸筋がつっぱる。この一連の機能筋膜結合を深層フロントアームラインとよぶ。母指球筋(母指内転筋、母指対立筋など)を押圧する目的で、魚際と合谷を同時につまみつ、肩関節外転運動を試みる。改善するのであればそこに刺針して肩関節外転の自動運動実施。これは大胸筋・小胸筋がゆるんだ結果である。

1)魚際刺針   

2)手三里刺針      

手三里あたりで輪状靱帯・腕橈骨筋・長橈骨手根屈筋間あたりには外側筋間中隔(屈筋と筋の境にある筋膜)があり、筋の重積が発生しやすい。ここを術者の2~5指で押圧しつつ  前腕の回内・回外を10~20回行い、その後に上腕挙上させると滑走性が高まり挙上しやくなる。       

 

※五十肩に対する条山穴刺針について     

40年ほど前、「五十肩(広義)に対し、条口から承山へ透刺すると効果あり」とのニュースが中国から届いた。実際に条口から承山に透刺するには4寸針が必要となるが、腱側の条口から承山にむけて直刺深刺ておき、患側肩関節の自動運動をさせるという方法。 実践すると、効かないとも効くこともあって、なかには肩関節局所を刺激して効果なかった者に対してってみると、意外にも肩がすーっと挙がったという例も経験した。一見して凍結肩かと思える例であっても効果が出る例も経験した。ただし奏功機序はわからないままであった。  

しかしながらアナトミートレインの考えでいえば、肩関節挙上時痛に腕橈骨筋あたりの手三里を刺激すことになる。条口は前脛骨筋であるが、腕橈骨筋と前脛骨筋は構造的類似性がある。前脛骨筋で条口を選理由は、同筋で最もボリュームがあるところという点になる。条口を押圧しつつ、肩を挙げさせる運動をさせる。

 

 

 

 

 

 

 


心下痞硬・胸脇苦満の病態生理と針灸治療

2019-12-10 | 腹部症状

1.腹証の現代医学的理解(代田文彦講義より)

腹証個々の定義と現代医学的解釈については、以下のブログですでに説明した。今回、天宗刺激に興味深い適応を見いだしたので報告する。

腹診に関する現代医学的理解 Ver.2.0 (2009.5.25)

 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/8f8c34c0042642f61920ba28da6cc282

 

 

1)心下痞硬
①所見
「 痞」とは塊があってつかえる状態をいう。心窩部が硬くなっており、押すと硬い抵抗が触れる。心下部がつかえるという自覚症状のみは、心下痞という。  

②解釈
腸管、食道、胃のスパズムの反応。もしくは太陽神経叢反応。下脘あたりの刺激で改善することがある。瀉心湯の適応。   
※心下満:心下痞硬と似ていて、心窩部(巨闕、上脘あたり)が自・他覚的に充実して苦しい状態。肝木病における井穴の主治として、古典的に有名。肝の疏泄が欝滞し、横隔膜に変調を起こした状態(心筋梗塞のこともある)に対し、これ を瀉して欝滞を改善させる。肝経井穴として大敦を刺激する。

2)胸脇苦満
①所見
心窩部から肋骨弓にかけて帯状に自覚的な重苦しさ張った感じを訴える。他覚的には肋骨弓下縁から手を内上方に押し上げるように挿入すると抵抗を感じる。自覚的な場合、他覚的場合、自他覚ともに見られる場合がある。肋骨弓下の両側に出現することや、右のみ左のみ出現することもある。(右の方が出現頻度が高い)

②)解釈
横隔膜隣接臓器(おもに肝胆)の異常により、横隔膜が緊張している状態。肝臓の異常による。なお古典でいう肝の病は、現代ではストレスに該当するので、胸脇苦満は心労でも生ずる。柴胡剤(大柴胡湯、小柴胡湯など)を使うが、それよりも中背部の鍼灸の方が早く治せると思う。



2.寺澤捷年の観察と経験(寺澤捷年:胸脇苦満の発現機序に関する病態生理的考察 日東医誌 Vol. 67 (2016) No. 1 p. 13-21)

1)心下痞硬の針灸治療
膈兪・肝兪・胆兪などの脊柱起立筋群の刺鍼で消失することを報告した。しかしこれらの刺鍼で胸脇苦満は消失しない。

2)胸脇苦満の針灸治療
①棘下筋の天宗への刺鍼で、胸脇苦満が消失し、さらに「しゃっくり(吃逆))」が消失することを経験。棘下筋がC5・C6に起始する肩甲上神経に支配され、横隔膜がC3・C4・C5に起始する横隔神経に支配されることから横隔膜からの内臓体性反射で「胸脇苦満」が起こるのではないか?   

②棘下筋の硬結を緩める施術(3番針にて天宗あたりから肩甲骨に達するまで直刺約1.5㎝+電気温針器10分加熱)が横隔膜の異常緊張を解除するらしい。同じ理由で吃逆に対して棘下筋の硬結を緩めることで改善をみた。



3.症例:胃の蠕動運動自覚に天宗刺針が有効な例(一條俊行、37歳男性)

 

1)主訴
頸椎~T7の傍脊柱筋の痛みとコリ 、胃が動く感じ、左起肋部から心窩部にかけての圧迫感。
(顎関節症もあって顎の開閉でコキコキと音がする) 

2)診断
左下部頸椎~Th7の長短回旋筋の過緊張。心下痞硬は第5~7肋間神経の末端である心窩部のコリ由来。

3)治療1
伏臥位にて頸椎~T7背部一行置針40分間 。坐位にて督兪・膈兪に手技針(横隔膜に響かせる針)+せんねん灸。

4)経過
この治療で1ヶ月に4回通院後、来院休止していた。聞けばカイロに通院していたという。カイロ治療で骨や関節は整ったが、筋緊張は改善しないので、当院に再来したとのこと。

5)治療2
①これまでの治療は、心下痞硬の改善を狙いとしていたが、それに加え、胸脇苦満の治療を行うため、伏臥位で天宗に深刺直刺すると、患者は大いに驚き、自分が悪かったのはここだったと述べ、胃の勝手に動く感じは収まった。なお右天宗は早川点でもあり、早川点は胆嚢疾患の診断点として古くから知られている。

②天宗刺激でよく使うのが肩関節前面痛に対してである。天宗は棘下筋のトリガーポイントであり、その放散痛は肩関節前面~上腕にかけてであり、臨床で使用頻度が高い。天宗に刺針しつつ、肩関節を外転させるような運動をさせると、肩関節前面痛が軽減することは常套法ともいえる。だが天宗はこれだけに効くのではなく、新たな天宗の使い道を把握できた。

③天宗灸の古典的主治症に、乳腺症(乳管が詰まる)がある。ただし家内にこれをやったが灸を非常に熱がり、治療を拒否された。(やむなく急いで出産した病院にかけつけ、乳房マッサージを受けた。すると間もなく乳汁がシャワーのように吹きだすと同時に、みるみるうちに乳房が小さく正常な大きさになった。)私見だが乳房と肩甲骨は、整体観的に対称であることから、昔は乳房症状には肩甲骨その中心である天宗を使うとしたのだろうと思っている。