AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

指神経知覚麻痺の針灸治験

2017-03-20 | 上肢症状

知らない疾患のことは診断できず、治療方針もぶれる。このことをまじまじと実感した。反省を込めて報告する。

1.症例報告(36才、男性、ギタリスト)

1)主訴
左手の母指尺側と示指橈側部の感覚鈍麻

2)現病歴
普段からギタリストとして仕事していたが、ベースの演奏も要望され、練習を重ねていたら、当院初診4日前から左手の合谷あたりの感覚が鈍くなった。運動機能は正常で、握力も正常。母指球の深部が痛むという。なお病医院の診療は受けていない。

3)理学テスト

麻痺部の筋萎縮は判然としない。握力は左40㎏、右50㎏。
頸部神経根部の圧痛なく、押圧で上肢への放散痛もない。

4)当初の判断と治療

合谷部の知覚鈍麻として、橈骨神経知覚枝の麻痺を疑った。合谷の深部が痛むとの訴えからは、母指内転筋症も考えた。
治療は、橈骨神経知覚枝走行部である合谷・偏歴と、橈骨神経運動麻痺時の圧迫好発部である手三里、それに腕神経叢刺針を行い、パルス通電10分とした。
母指内転筋症の治療として合谷から魚際方向に深刺運動針も行った。
橈骨神経の軽い麻痺症状なので、数回の治療で改善するだろうと患者に伝えた。


5)治療経過

①第2診(初診3日後)~第3診(初診5日後)
・しびれ症状3割減となったというが、予想より治りが悪い。
・知覚麻痺部は、合谷ではなく母指尺側と示指橈側部の側面だという。
・示指の基節骨部橈側側面でチネルサイン陽性(軽く叩くと示指先に放散痛あり)があることが判明。知覚麻痺部分は、示指の圧痛点を患者自身に探してもらい、圧痛点に浅刺刺絡+円皮針を貼ってみた(円皮針はすがにチクチクして自分ですぐに剥がした)。

②第4診(初診20日後)
前回よりも症状の改善はみられないとのこと。さすがに治りが悪すぎると考え、ネット検索してみて、本患者の訴えに似ている病態を発見した。それは「指神経麻痺」だった。
この説明文よむと、自然回復すると書いてあったので、後で自分でも読むように指導した。

6)反省点

筋緊張や皮膚過敏であれば、術者の指頭感覚で主体的に短時間で診察できるのに、知覚麻痺では患者の問診が主体となるので、病態把握が甘くなった。初めは、橈骨神経知覚麻痺あるいは母指内転筋症と思ったが、実際には指部の指神経麻痺(正中神経の知覚麻痺)だったらしい。もっとも、局所施術そのものは妥当なところだろう。ただし前腕部は、手三里や偏歴への刺激よりも、大陵や内関を選穴すべきだった。


2.指神経損傷の概要

1)手の知覚神経支配


※手掌は正中神経と尺骨神経の皮膚知覚枝が知覚支配。


2)指神経損傷の病態と症状
   
手の指の特定部位に強い力が日常的に加わることで、この部を走行する指神経が圧迫(楽器演奏やボーリング練習)や損傷(カッターなどでの創傷)を受けたことで、指の特定部位の皮膚の知覚麻痺が起こる。運動機能は正常。知覚麻痺している部の少し上流に、チネルサイン(指先で軽く叩くと症状部に放散痛) 陽性。
            
 

 

3)治療と予後
   
いつまでも症状改善ない場合、神経切断を予想するが、この部の神経は非常に細いので、顕微鏡を使って神経断端を糸で縫合する必要がある。断裂して離れてしまっている場合、神経は自然には回復しない。
 ※本例はオーバーユースによる知覚神経麻痺なので、手術は必要なく、自然回復すると思われる。


モートン病に承山・地機の運動針が有効だった症例

2017-03-05 | 下肢症状

私は「モートン病に承山の円皮針が有効だった自験例」という内容のブログを以下に書いたが、実際の患者で同種の例を経験したので、この続報という形で紹介したい。

http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=737c9e71059671ed370db49faf14f7c0&p=1&disp=50

(62才女性)

1.診断:右足第3~4指間のモートン病


2.現病歴


10ヶ月前から、朝ジョギングを5分間した後に症状出現。4ヶ月前から右第3第4指間のビリビリした痛みが出るようになった。第2第3指間の少し痛むという。近くの整形の診察を受け、モートン病だが、神経腫はないといわれた。その整形で何回か局所神経ブロック注射受け、また足の横アーチを支持する足底パッドを装着するように指導されたが歩行時の痛みは取れなかった。

悩んだ末、ネットで承山に刺針してモートン病を治すという針灸院を見つけたので、その治療を5回ほど受けてみたが効果なくウチでは治せないといわれた。自分で工夫して百均で売っている足指間をスポンジで広げるようなウレタン製パッドを装着してスニーカーを履くと痛みなく歩ける。


     
3.診察

右足の横アーチが平旦化傾向。チネルサイン陰性(症状部をタッピングしても放散する痛みはない)。自覚痛の押圧でもあまり痛みは出現しない。神経腫は触知できない。以上のことから、固有足底神経が滑液包により刺激されたものだと考えた。


本患者は、足を両サイドから覆うような靴を履くと症状が増悪するということで、足の両サイドをせばめて甲を高くするような動作で症状は再現できたが、これは隣り合う中足骨の間隔を狭めたことによるものだろう。ただし整形でつくった足横アーチを支持する足底板で足底痛が改善しなかったことは、横アーチの減少が症状形成に関わっていたのではなく、足指間を走行する固有足底神経の絞扼を免減させるような自作装具が効果があったということだろう。


4.治療


足底筋膜炎やモートン病は腓腹筋の承山あたりの刺針で改善できるとの感触から、本症例も、伏臥位で「承山」あたりの圧痛硬結をさぐってみたが明瞭な反応はなかった。今度は仰臥位で股関節やや外転、膝45度屈曲位で下腿内側の圧痛硬結を調べると、ヒラメ筋上部で「地機」と、同じ高さの腓腹筋内側頭部のあたりに強い圧痛を発見した。そこでこれらの反応点に寸6#2で置針、そのまま足関節屈伸運動を行わせ、ヒラメ筋に対する運動鍼を十秒間ほど行って抜針。ちなみに、体重負荷状態での腓腹筋反応をみるため、立位で再び「承山」あたりの反応を探すと、今度は弱いながら2カ所の圧痛硬結を発見したので寸6#2で刺針。その状態でつま先立ち運動数回実施して抜針。

これで症状の変化を聞いてみたが、歩行時に痛み感じないという。刺針部に円皮鍼を貼って治療を終えた。
この良好な状態は4日後の再来時も維持できていた。

※ヒラメ筋運動針は仰臥位膝屈曲位で刺針し、足関節屈伸運動。腓腹筋運動針は膝屈伸で刺針して足関節屈伸運動。したがって、腓腹筋運動針は結果的に立位で踵の上げ下げ運動を行うことになる。 



5.コメント


1)私の治療が著効を得たのに、自宅近くの針灸院で治せなかったのだろうか、患者に聞いてきた。そこの針灸院では下腿の反応点を探すことなく、伏臥位の状態で下腿中央あたりに置針しただけだという。いくらモートン病に「承山」が効くといっても、膝窩中央から下8寸の経穴学でいう承山の位置に反応点は必ずあるものではない。結局指先で反応点を見出さないと治療効果は得られない。基本的なことだが、要するに反応点を探して施術するということが大事なのだ。


2)今回の症例は他の針灸院で治らなかったということなので、違うことをしようと思って最初から運動針を併用した。それゆえに運動針の有無の効果の違いは明瞭になっていないという観点からは残念だった。