AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

歩行時のよろめきに対する足関節キネシオテーピング

2015-11-23 | 下肢症状

1.「歩行時のよろめき」の2症例

1)自転車から下りる際のよろめきに対するテーピング治療(76才、女性) 

6ヶ月前から膝関節痛があるも、膝関節部の鍼灸治療で症状かなり改善していた。現在は、自転車から下りる際(クセでどうしても右側からになる)、よろけて転倒しやすいというのが悩みだという。
診ると右足外側関節外側部に圧痛多数あり、左慢性足関節捻挫状態になっていた。

以前、別患者で歩行時の不安定感(よろめき)に対して、股関節部をゴムベルトで巻いて改善した例が数例あったので、本症例も左右の股関節を覆うようなゴムベルトを試しに巻いてみたが、まったく改善なかった。

脳卒中のリハ訓練で、足関節装具を使うとブレずに歩きやすくなることを想いだし、本例に対して右足関節を固定するようなキネシオテーピングをして治療を終えた。1週間後の再来時、具合を聴くと、自転車を下りる時もよろけることはなくなったとのことだった。
 
2)橋本病にともなう歩行時のよろめきに対するテーピング治療(83才、女性)
 
20年程前から橋本病があり、甲状腺ホルモン剤を常用服用している。このためか易疲労や色素沈着がある。運動不足もあり、下肢は細く筋力低下もある。

 
当院来院理由は、膝痛と右肩関節痛で、膝痛と右肩関節痛は鍼灸治療により非常に改善しているが、高齢なこともあり、定期的な鍼灸受診で良い状態をどうにか維持している状態であった。

 それ以外に、歩行時のよろめきがあった。20年程前も甲状腺低下症状による歩行時のよろめきがあり、その時は交感神経緊張させる目的で項部~上背部の強刺激治療で、施術直後は症状軽減していたので、今回も同様の治療を行うも歩行時のふらつきはあまり改善しなかった。また股関節部をゴムベルトで巻いてみたが、歩行時のよろめき感は改善なかった。

そこで、足関節部に圧痛点はなかったが、先の症例と同じく、左右の足関節を固定するようなキネシオテーピングをし、直後に治療室内を歩かせてみた。すると、ふらつきを感ぜず、安定して歩けるとのことだった。

 


2.歩行時の「よろめき」と「ふらつき」の相違


 
周知のように平衡覚は回転性めまいや動揺性めまいに分類される。回転性めまいは、外界がぐるぐる回ると訴える。その代表疾患には、メニエール病や良性発作性頭位めまいがある。


動揺性めまい
は、ゆらゆらする、ふらふらすると訴える。動揺性めまいは、頸性めまいの頻度が多いが、他に中枢疾患(聴神経腫瘍、小脳脊髄変性症など)や内科疾患(貧血、起立性低血圧)も考え得る。
 
ところで上記した2症例のような歩行時の「よろめき」は、動揺性めまい症状である「ふらつき」と似ているようで、まったく違う病態だと思われる。要するに歩行できないほどの筋力低下が真因となっている。具体的には筋力低下→足関節を安定支持できない→歩行でよろめく、といった状態になる。 

 
片痲痺の歩行では、短下肢装具を使う場合がある。私が昔病院勤務の頃、
片麻痺で歩行困難な患者でも、本装具を装着すると歩行できるようになることを何度も見たことがある。大いに驚いたものだ。足関節のぐらつき防止は、歩行するために重要なのだろう。このことは登山靴やスキー靴の例でも理解できる。

立位保持は重心バランスが正常であれば、あまり筋力を使わない骨支持が主体となるが、その例外は足関節であり、足関節固定の目的で下肢の拮抗筋同士がランスをとって緊張している。つまり下腿の筋力低下は、足関節のぐらつきを生じ、歩行困難を生じやすい。これと同じことは、股関節周囲筋にもいえるので、股関節のぐらつきがあると歩行困難になるのだろう。
 

3.余談:キネシオテープの利点と欠点

  
上記2例は5㎝幅キネシオテープを30~40㎝使って一側の足関節捻挫の治療と同じような処置を行った。これは大変効果あったのだが、このようなテーピングを続けることは皮膚を痛める原因になるので長期的な治療として使うことは困難である。以前当院にキネシオテープ製造をしている日東電工の社員の人が患者として来院したことがあった。その人に、長期的に使用できるキネシオテープはないのか、と質問したことがあった。しかし粘着テープを剥がす度に、皮膚の角質層を剥がすことになるので、原理的に無理だという。もし行うのならばアンダーラップを使う他ないというのがその答えだった。結局、応急処置としてはキネシオテープでよいが、少々長く使おうと思えば、足関節サポーター以外ないようだ。足関節サポーター着用のままでは靴が履けないという大きな欠点は存在している。

 

 

 


全身筋骨格症状に対する下関深刺 Ver.1.2

2015-11-10 | 頭顔面症状

 

1.顎関節症Ⅰ型に対する針灸治療の基本

顎関節症Ⅰ型は、顎関節周囲筋の過緊張による筋の伸張時または開口制限ということであった。この周囲筋というのは咀嚼筋のことだが、調べてみると咬筋の問題が中心となるらしかった。

そこで顎関節Ⅰ型に対する針灸治療は、主に咬筋のコリ部を触知し、置針または口開閉の運動針をしていて、そこそこの効果をあげていた。なおⅠ型以外の顎関節症は、針灸はあまり効かないと考えていた。


2.全身骨格症状と顎関節症の関連


昔から顎関節の異常は、全身の筋骨格障害に異常をもたらすという話は知られていた。ある時、当時通院していた歯医者にそのことを聞いてみると、「話には聞くが、自分としてはそういうケースは経験したことはない」とのことだった。顎関節が全身に関係するといったことは、、「便秘に神門の灸が効く」という格言と同様に、珍しいので面白がって報告するのだろうと思った。


3.脊柱側湾症に由来した肋骨の左右不対称の症例(38才、男性)

 
幼少の頃から身体の骨格が歪んでいた。とくに右前面の下部肋骨が陥凹いている。背部は右起立筋の緊張が顕著。顎関節症、股関節症もある。主訴は左肩甲骨内縁の痛みとコリ。脊柱の歪みが根本にあると考え、背部一行に深刺置針し、他に症状部にも置針した。すると治療数時間は歪みが改善された感じはするも、数日間は持続しないとのことだった。この患者は、整形外科やペインクリニック以外にも、AKA仙腸関節矯正や山元式新頭針法、種々の民間療法も試みていた。それなりに効果あるというが、いずれも一時的効果しかなかった。

 
当院通院もトータルで何十回にもなった頃、ここがつらいといって、咬筋部(四白、顴髎、大迎、頬車あたり)を自分で指し示した。こうしたことは以前にもあり、とりあえず患者の示す圧痛点に置針したのだが、その時ふと外側翼突筋のことが頭をよぎった。顎関節症のゆがみが全身に波及しやすいとされるのは、外側翼突筋の問題だという見解を思い出した。


4.外側翼突筋について

1)機能

口を開くには、下顎の蝶番運動を行うが、さらに大きく開口するには、下顎を前方に滑走する運動が必要になる。この「下顎の突き出し」は外側翼突筋独自の運動で、他の3つの咀嚼筋がどれも閉口作用なのと異なる点である。
※まず口を開き、この状態から強く下顎を突き出すと、顎関節あたりに軽い痛みと緊張を感ずるが、これは外側翼突筋の収縮によるものであろう。






開口時下顎関節頭は回転し、 「下顎の突き出し」時、下顎関節頭は回転とともに大きく2横指ほど前方に滑走するので、顎関節円板に負担がかかっている。
「下顎の横ずらし」は、内側翼突筋と外側翼突筋の共通機能である。「下顎の横ずらし」の意義は、穀物などの固い食べ物をすりつぶす役割である。

 
2)診察方法


外側翼突筋は、他の3の咀嚼筋(側頭筋、咬筋、内側翼突筋)と比べて最も小さな筋で、顎骨内縁を擦り上げるように触知して圧痛をみるのがやっとである。しかし口内から指を入れての触診は可能である。触診する手にディスポのゴム手袋をつける。口内に示指を入れて、上顎の歯の、左右にある最も奥にある歯(第2大臼歯、親知らずがあれば第3大臼歯)を確認。 さらにその奥まで指を伸ばし、今度は歯茎と頬の間の粘膜に指を入れる。頬と歯茎の間に指が入ったら、示指の指腹を上に向けて、頬粘膜の最も奥の当たりを、上に押圧。そのあたりが外側翼突筋の位置。軽く触ったり押しただけで痛いときは、外側翼突筋が痛んでいる可能性がある。

 

3)刺針法

   
外側翼突筋深刺の元祖は、木下晴都の聴関穴(木下晴都の下歯痛に対する傍神経刺)になると思われる。聴関穴というのは、聴宮穴と下関穴の中間に位置するということで木下が命名したが、現在の標準的な下関穴の位置にほぼ一致している。

仰臥位でやや口を開いた状態にさせ、この標準下関から2寸針を使って3.5㎝直刺し、咬筋深葉を貫いて外側翼突筋中に刺針するというもの。2寸4番針を使って追試してみると、記載通り3.5㎝直刺でコリのある筋に命中できた。それ以上深刺すると骨にぶつかる。なお直刺でなく、針を傾けて刺入すると2~3㎝の深さで骨にぶつかってしまい、外側翼突筋にまで入らない。




 

ツボに当たったことを確かめた後、運動針(開口させた状態で下顎の突き出し自動運動10回)と、その後置針30分を行った。

4)刺針効果 
 
コリに当たると、患者もツボに当たったことが納得できるようだ。耳中に響いたり、上歯に響いたり、首から背中に響いたりするという。治療後10分くらいすると、背中の血流がよくなったことを自覚でき、非常に気持ち良いという。こんな経験は初めてで、効果持続時間も数日以上で、これまで5年間受けてきた種々の治療中、ベストだということだった。


5)感想


インターネットでいろいろ調べてみると、線維筋痛症に対して外側翼突筋に対するトリガーポイントブロックなどが効果ある例が報告されている。 本筋は他の筋と違って筋紡錘がないという。これは本筋の筋トーヌスが自動的に調整され難いことを意味している。咬み合わせの異常など→外側翼突筋の持続的緊張 →中枢の興奮と混乱→全身の筋緊張といった機序が考えられるということである。外側翼突筋深刺の適応症は意外と広いのかもしれない。