以前から私は、柳谷素霊の「秘法一本針伝書」の、それぞれの刺針技法を自分なりに分析しているのだが、最後まで残ったが<上実下虚の針としての崑崙>だった。上実下虚は、東洋医学ではよく使われる所見の一つだが、針灸でその治療は可能か否かは別問題だ。素霊はどのような所見をもって上実下虚と判断したのだろうか。
ヒトは足が温かく頭が涼しい状態だと快適である。これが上虚下実で、類義語に頭寒足熱がある。これとは逆に頭がのぼせ、足冷のある状態を上実下虚とよぶ。
上実下虚をわかりやすく例えるなら、ヤカンの空焚き状態である。正常であれば丹田の熱で腎水が熱せられ、体温をつくり体幹内臓が正常に機能する条件をつくっている。しかし腎水が無くなれば、乾いた熱(火)が舞い上がり、赤目、赤ら顔、めまい、のぼせなどを生ずる。このような状況の治療には、対症治療としては頭を冷やすことだろうが、本治法としては腎水を注入(=脱水時の補液)が必要となるだろう。
1.「一本針伝書」崑崙の刺針法
一本針伝書の崑崙の取穴と刺針:
①<立位で全身に力を入れつつ崑崙あたりでアキレス腱の前縁に張ったスジ様のものを爪先で前後に探れば、ビンビンとする細い索状のものが触れる。このものの前際が崑崙である。穴位より内方に向けて、索状の際を、針尖を通過させるようにし、足踵中に入れるように刺入する。>
→→「ピンピンとする細き索状のものの前際」 とは長拇趾屈筋腱の前縁.。「足跟中に入らせるように」 で、跟腱とはアキレス腱のことで、アキレス腱方向に刺入する。ここでは踵骨部の長拇趾屈筋腱の傍を通過させ、踵骨に命中するようにする。「立位にて両手や腹に力を入れて」とは筋緊張により促通しやすい条件にせしめ、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を誘発させる。脛骨神経に当てるのであれば、膀胱経ではなく腎経側から刺入した方がよく、太谿あたりを刺入点とすべきだろう。
②<立位にて両手や腹に力を入れて....>
→筋緊張により促通条件を増し、崑崙あたりに刺針して、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を発動させ、同筋緊張を緩める。なお長拇趾屈筋は、下 腿後側深部筋で、腓腹筋やヒラメ筋の深層にある。フクラハギがつる原因筋の一つ。
③<一退三進、四方をせん別するように針灸。なお響きあれば弾振する。響きが上に応じて頭に至れば大いに効果あり。また弾振連続すれば、次第に上部の鬱滞する気血下降し、頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である。術者は患者の顔や脈に十分注意し、患者の顔が蒼白となったり、脈が細沈(≒触れにくくなる)ならば直ちに針を抜去して患者を正座または仰臥せしむる。
→→「せん(金+賛)」とは突き通すこと。針を乱針術のように刺入し、響きを得るようにするというが、頭にまで響きを得ることは実際は困難である。素霊の文章表現でも
<頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である>としていて、頭が冷えるように手技針せよとは書いていない。めったに起こらない現象だからに違いない。その一方で、立位で崑崙に強刺激の針をする際、顔面蒼白とが脈が弱くなるなどへの避ける対処法を記している。これは迷走神経反射である。すなわち脳貧血を起こす一歩手前まで誘導すると考えるに至った。すなわち結構リスクのある治療法といえるのではないだろうか。この脳貧血は明らかに頭に至る響きとは異なる現象だろう。
2.冷え性の原因と針灸治療
上実下虚は、下肢冷と上逆の合併といえる要素がある。冷え性の治療については、本ブログでも書いてきたが、再掲載する。
機能的な冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らないの三つ。うち、衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。
冷え性に対する針灸治療 ver3.3
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b0cd645261ae6728f3964824e827a558
1)熱の製造不足
原理的には基礎代謝上昇ホルモン(甲状腺ホルモン)に働きかける。
甲状腺機能低下症では、冷え・脱毛・色黒、易疲労など腎虚症状になる。
針灸治療では、身体をすっきりさせ、疲労回復を治療目標にする。
2)熱がまわらない →対処法:腰仙部を加熱することで、足を温める
①腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルなどで覆い放熱を予防する。深部までの加熱を行うため照射間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。その加熱要領は、ローストビーフを焼くコツに似ている。火を肉の芯まで通さねばならず、それには長時間の弱火がよい。短時間の強では肉の表面が焦げ、中はナマ焼け。
この時重要なのは、足は直接温めないことである。腰仙を温めることにより、患者自身の動脈血流増加により足部膚温を上昇させることが大切。逆にいうなら足部皮膚温が上昇するまで、腰仙を温め続ける。
②仙骨部へのこんにゃく温灸 (浅野周:北京堂鍼灸HPより)
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。コンニャクを取り出しタオルにくるむ。伏臥位で患者の仙骨部に置き、20~30分間程度温める。ただし本法では置鍼の併用困難。
③腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。壮数は多いほどよいということだが、実際追試してみると、足部温度を上昇するほど灸の壮数を重ねることは困難だった。
3.冷え性の針灸の原理
1)針灸刺激の非特異的作用
皮膚刺激により、末梢血流改善や筋緊張改善が生じ、また刺針部に発赤(フレア)が生じる。針灸に限らず、寒冷時に手をこすり合わせると少し手は温まる。拍手を続けても手は温まる。この機序は軸索反射で説明できる。冷え性の対処法として、手掌をこすり合わせるだけでなく、筋や関節を刺激することも有効。
岡本雅典氏の見解:患者の手指足指の間に術者の指を入れ、ひっぱりつつ強く掌屈・背屈させる。私も体験してみたが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きが悪いらしい。関節受容器は関節包や関節靭帯の機械的な変形を感知。受容器にはパチニ小体、ルフィニ終末、靭帯受容器、自由神経終末がある。
・ルフィニ終末:関節運動の最終域で活性化し、特に他動運動に反応する傾向がある。
・パチニ小体:運動中の機械刺激に対して反応するが、非運動中は反応しない。
2)グロムス機構の操作
上図②は、井穴刺激で、指末端グロムス(詳細後述)のある処である。③は手指間グロムスである。
①グロムス機構
末梢血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という構造になる。しかしこの流れとは別に末梢毛細血を経由ぜず、細動脈→細静脈あるい細動脈→細動脈へとショートカットするルートが手指や足指に存在する。この部位を動脈吻合(=グロムス機構)とよぶ。
動静脈吻合は表皮から1㎜奥にある。動静脈吻合の基本的役割は余分な熱逃がすこと。動静脈吻合の開閉制御は交感神経による。
暑い日→動静脈吻合を開放して末梢血流を増やし放熱量を増加させる。核心温の上昇防止の意味。この時の動静脈吻合不全では熱中症になる。
寒い日→動静脈吻合を閉じて末梢血流量減らし、熱の放出を防ぎ、核心温の低下防止。その代償として四肢の「冷え」生ずる。
②グロムスを刺激する針灸アイデア
足や手の冷えでは、正常皮膚温と冷えのある部の境界が触診で明瞭になる。ここがグロムスが開き、グロムス装置以下の血流が減少している結果である。この温度境界部分を刺激してグロムスの開閉を人為的に操作することを試みたのだが、無効だった。
その結果、四肢グロムスを刺激することよりも、核心温度を下げないことが重要である。基本的には防寒衣類、手袋やマフラーなどで対応、それに加え治療室内では室内を十分暖房しておき、その上で腰仙骨部の温補をする。立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位をとらせると、基本的に身体は副感神経優位になり、結果として足の温かくなるから、冷え症の治療は仰臥で行うべきである。
就寝時の足冷対策として普通に行われるのは、靴下を履いたまま寝ること、電気毛布や足部にアンカを使用することだろう。これらは足冷の治療にはならないが、入眠しやす くはなる。
寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には余剰の熱を手足から放散する必要がある。この結果、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすくなる。
※就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法
私は普段は冷え症を自覚しないが、寒い時期に夜布団入る時、足が冷たく感じ、なかなか足が温まらな いので寝付けなかった。ある時冷たくなった足尖を、対側の膝部に当てた状態で、はさみ込むように膝屈曲させてみると、気持ちよい温感が指先に感じられた(伝導性の熱移動)。1~2分経ち、足先が温まったら、反対側足指も同じようにする。数回にわたって左右交互に足先を温ることで足が温まる。
3)不眠と冷え性の関係
睡眠の意義は脳の加熱を防ぐことにある。睡眠時には脳血流量が減るが、延髄の深部温設定も下がる。この指示に従い、余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎる)
3.のぼせ(逆上)
のぼせは東洋医学では陰虚火旺で、腎水不足により火力が強くなり過ぎた状態である。上衝ともいいう。治療は補腎であり、同時に脾を強めて腎に水を回すことを考える。興味深い見方ではあるが、実効性がある理論なのだろうかと常々考えている。
のぼせとは、「頭顔面に限局したほてり」といえる。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象になる。脱水による発汗不足が体温上昇やほてりを感ずることはあるだろうが、これは危機的状況で、輸液による水分補給が必要。
江戸時代には、長寿の灸として足三里に灸することが流行した。<外台秘要>には「人、四十にして三里に灸せざれば、目暗きなり」と記載されているという。当時、中風(脳卒中)になるのは、ノボセが原因だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるということで、長寿の灸として推奨された。
1)機能性のぼせの3大原因
①熱い風呂
熱い湯船に長時間首までつかっている時、誰でものぼせてくる。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱はできず、代償的に顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流量が増加している状態。熱中症も同じ。老人では暑さを感ぜず、喉の乾きも自覚できないから熱中症になりやすい。(視床下部の口渇中枢機能低下)
②更年期障害(最も多い)
更年期または卵巣・子宮の摘出手術後精神緊張に伴う自律神経異常。
周期的発作的に生じるのぼせ・発汗異常は更年期障害特有。
卵巣からの女性ホルモン分泌不足←下垂体前葉からの性腺刺激ホルモン分泌増大して、もっと女性ホルモンを出せと命令→しかし更年期では卵巣機能低下して女性ホルモンが出ない→もっと性腺刺激ホルモンを出せと命令。この時、下垂体前葉では、波状にパッパッと分泌。これと同期してノボセ・ほてり・発汗異常発現するという。
更年期障害対する女性ホルモン注射→対症療法として、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。
③精神緊張:精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温が上昇して顔や耳が赤くなり熱っぽくなる(脳深部温上昇に対する放熱効果。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをする時など。このような場合、対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。
2)足が火照って眠れない状態
四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっている。寒い時期は真皮に行く血行は乏しいので皮膚温は冷たいが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部温は比較的温かい。
一方、暑い時期は手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手は温かいが、これも程度を越えると、手足が火照るという症状が生ずる。
とくに火照りは、就寝前に意識する。というのは人間の体温は、日中活動時には高値にセットされており、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなる。しかしこの状態が続くとやがて脳内はオーバーヒートを予防するため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとして眠くなる。
脳内血流量の減少をさせるための方法として効率的なのが、手掌や足底から放熱で、その結果として手足のほてりが生ずる。この対策にはアイスノンなどを首の下に置く方法もあるが、これを中断すると余計ほてるかもしれない。関節症の治療は一般的に温めるが、近年では非常に低温の冷気を吹き付ける治療がある。これは一旦、冷やすことにより、二次的な生体反応として温まる反応を利用しており、この反応は深部も温まり長持ちする。
足がほてる際、足を熱い湯中に入れた後、まもなく足のほてりを感じなくなることを経験した。つまり足のほてりセンサーの誤作動をリセットするのだろうと思えた。
令和6年11月16日、針灸学校教員メンバーを中心としてベテラン勢4名で国立市「しんさく」で飲み会を実施しました。お題は「一本針伝書」の上実下虚の針についてでした。
写真左から順に、寺師健、似田敦、岡本雅典、筒井宏史(敬称略)。