AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

柳谷素霊著「秘法一本針伝書」上実下虚の針の考察

2024-11-19 | 末梢循環器症状

 以前から私は、柳谷素霊の「秘法一本針伝書」の、それぞれの刺針技法を自分なりに分析しているのだが、最後まで残ったが<上実下虚の針としての崑崙>だった。上実下虚は、東洋医学ではよく使われる所見の一つだが、針灸でその治療は可能か否かは別問題だ。素霊はどのような所見をもって上実下虚と判断したのだろうか。
ヒトは足が温かく頭が涼しい状態だと快適である。これが上虚下実で、類義語に頭寒足熱がある。これとは逆に頭がのぼせ、足冷のある状態を上実下虚とよぶ。
上実下虚をわかりやすく例えるなら、ヤカンの空焚き状態である。正常であれば丹田の熱で腎水が熱せられ、体温をつくり体幹内臓が正常に機能する条件をつくっている。しかし腎水が無くなれば、乾いた熱(火)が舞い上がり、赤目、赤ら顔、めまい、のぼせなどを生ずる。このような状況の治療には、対症治療としては頭を冷やすことだろうが、本治法としては腎水を注入(=脱水時の補液)が必要となるだろう。
 

1.「一本針伝書」崑崙の刺針法

一本針伝書の崑崙の取穴と刺針:
①<立位で全身に力を入れつつ崑崙あたりでアキレス腱の前縁に張ったスジ様のものを爪先で前後に探れば、ビンビンとする細い索状のものが触れる。このものの前際が崑崙である。穴位より内方に向けて、索状の際を、針尖を通過させるようにし、足踵中に入れるように刺入する。>
→→「ピンピンとする細き索状のものの前際」 とは長拇趾屈筋腱の前縁.。「足跟中に入らせるように」  で、跟腱とはアキレス腱のことで、アキレス腱方向に刺入する。ここでは踵骨部の長拇趾屈筋腱の傍を通過させ、踵骨に命中するようにする。「立位にて両手や腹に力を入れて」とは筋緊張により促通しやすい条件にせしめ、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を誘発させる。脛骨神経に当てるのであれば、膀胱経ではなく腎経側から刺入した方がよく、太谿あたりを刺入点とすべきだろう。

②<立位にて両手や腹に力を入れて....>
→筋緊張により促通条件を増し、崑崙あたりに刺針して、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を発動させ、同筋緊張を緩める。なお長拇趾屈筋は、下 腿後側深部筋で、腓腹筋やヒラメ筋の深層にある。フクラハギがつる原因筋の一つ。

③<一退三進、四方をせん別するように針灸。なお響きあれば弾振する。響きが上に応じて頭に至れば大いに効果あり。また弾振連続すれば、次第に上部の鬱滞する気血下降し、頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である。術者は患者の顔や脈に十分注意し、患者の顔が蒼白となったり、脈が細沈(≒触れにくくなる)ならば直ちに針を抜去して患者を正座または仰臥せしむる。
→→「せん(金+賛)」とは突き通すこと。針を乱針術のように刺入し、響きを得るようにするというが、頭にまで響きを得ることは実際は困難である。素霊の文章表現でも
<頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である>としていて、頭が冷えるように手技針せよとは書いていない。めったに起こらない現象だからに違いない。その一方で、立位で崑崙に強刺激の針をする際、顔面蒼白とが脈が弱くなるなどへの避ける対処法を記している。これは迷走神経反射である。すなわち脳貧血を起こす一歩手前まで誘導すると考えるに至った。すなわち結構リスクのある治療法といえるのではないだろうか。この脳貧血は明らかに頭に至る響きとは異なる現象だろう。

 

2.冷え性の原因と針灸治療

上実下虚は、下肢冷と上逆の合併といえる要素がある。冷え性の治療については、本ブログでも書いてきたが、再掲載する。
機能的な冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らないの三つ。うち、衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。

冷え性に対する針灸治療 ver3.3
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b0cd645261ae6728f3964824e827a558


1)熱の製造不足

 原理的には基礎代謝上昇ホルモン(甲状腺ホルモン)に働きかける。
甲状腺機能低下症では、冷え・脱毛・色黒、易疲労など腎虚症状になる。
針灸治療では、身体をすっきりさせ、疲労回復を治療目標にする。
 
2)熱がまわらない  →対処法:腰仙部を加熱することで、足を温める

①腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルなどで覆い放熱を予防する。深部までの加熱を行うため照射間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。その加熱要領は、ローストビーフを焼くコツに似ている。火を肉の芯まで通さねばならず、それには長時間の弱火がよい。短時間の強では肉の表面が焦げ、中はナマ焼け。
この時重要なのは、足は直接温めないことである。腰仙を温めることにより、患者自身の動脈血流増加により足部膚温を上昇させることが大切。逆にいうなら足部皮膚温が上昇するまで、腰仙を温め続ける。

②仙骨部へのこんにゃく温灸  (浅野周:北京堂鍼灸HPより)
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。コンニャクを取り出しタオルにくるむ。伏臥位で患者の仙骨部に置き、20~30分間程度温める。ただし本法では置鍼の併用困難。

③腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。壮数は多いほどよいということだが、実際追試してみると、足部温度を上昇するほど灸の壮数を重ねることは困難だった。 
     
3.冷え性の針灸の原理
 
1)針灸刺激の非特異的作用

皮膚刺激により、末梢血流改善や筋緊張改善が生じ、また刺針部に発赤(フレア)が生じる。針灸に限らず、寒冷時に手をこすり合わせると少し手は温まる。拍手を続けても手は温まる。この機序は軸索反射で説明できる。冷え性の対処法として、手掌をこすり合わせるだけでなく、筋や関節を刺激することも有効。

岡本雅典氏の見解:患者の手指足指の間に術者の指を入れ、ひっぱりつつ強く掌屈・背屈させる。私も体験してみたが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きが悪いらしい。関節受容器は関節包や関節靭帯の機械的な変形を感知。受容器にはパチニ小体、ルフィニ終末、靭帯受容器、自由神経終末がある。 
・ルフィニ終末:関節運動の最終域で活性化し、特に他動運動に反応する傾向がある。      
・パチニ小体:運動中の機械刺激に対して反応するが、非運動中は反応しない。
 
2)グロムス機構の操作



上図②は、井穴刺激で、指末端グロムス(詳細後述)のある処である。③は手指間グロムスである。

①グロムス機構
    
末梢血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という構造になる。しかしこの流れとは別に末梢毛細血を経由ぜず、細動脈→細静脈あるい細動脈→細動脈へとショートカットするルートが手指や足指に存在する。この部位を動脈吻合(=グロムス機構)とよぶ。

動静脈吻合は表皮から1㎜奥にある。動静脈吻合の基本的役割は余分な熱逃がすこと。動静脈吻合の開閉制御は交感神経による。
 暑い日→動静脈吻合を開放して末梢血流を増やし放熱量を増加させる。核心温の上昇防止の意味。この時の動静脈吻合不全では熱中症になる。
 寒い日→動静脈吻合を閉じて末梢血流量減らし、熱の放出を防ぎ、核心温の低下防止。その代償として四肢の「冷え」生ずる。


②グロムスを刺激する針灸アイデア

足や手の冷えでは、正常皮膚温と冷えのある部の境界が触診で明瞭になる。ここがグロムスが開き、グロムス装置以下の血流が減少している結果である。この温度境界部分を刺激してグロムスの開閉を人為的に操作することを試みたのだが、無効だった。
その結果、四肢グロムスを刺激することよりも、核心温度を下げないことが重要である。基本的には防寒衣類、手袋やマフラーなどで対応、それに加え治療室内では室内を十分暖房しておき、その上で腰仙骨部の温補をする。立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位をとらせると、基本的に身体は副感神経優位になり、結果として足の温かくなるから、冷え症の治療は仰臥で行うべきである。
就寝時の足冷対策として普通に行われるのは、靴下を履いたまま寝ること、電気毛布や足部にアンカを使用することだろう。これらは足冷の治療にはならないが、入眠しやす   くはなる。
 寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には余剰の熱を手足から放散する必要がある。この結果、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすくなる。
   

※就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法   
私は普段は冷え症を自覚しないが、寒い時期に夜布団入る時、足が冷たく感じ、なかなか足が温まらな  いので寝付けなかった。ある時冷たくなった足尖を、対側の膝部に当てた状態で、はさみ込むように膝屈曲させてみると、気持ちよい温感が指先に感じられた(伝導性の熱移動)。1~2分経ち、足先が温まったら、反対側足指も同じようにする。数回にわたって左右交互に足先を温ることで足が温まる。 


3)不眠と冷え性の関係

睡眠の意義は脳の加熱を防ぐことにある。睡眠時には脳血流量が減るが、延髄の深部温設定も下がる。この指示に従い、余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎる)


3.のぼせ(逆上)                                                  

のぼせは東洋医学では陰虚火旺で、腎水不足により火力が強くなり過ぎた状態である。上衝ともいいう。治療は補腎であり、同時に脾を強めて腎に水を回すことを考える。興味深い見方ではあるが、実効性がある理論なのだろうかと常々考えている。
のぼせとは、「頭顔面に限局したほてり」といえる。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象になる。脱水による発汗不足が体温上昇やほてりを感ずることはあるだろうが、これは危機的状況で、輸液による水分補給が必要。

江戸時代には、長寿の灸として足三里に灸することが流行した。<外台秘要>には「人、四十にして三里に灸せざれば、目暗きなり」と記載されているという。当時、中風(脳卒中)になるのは、ノボセが原因だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるということで、長寿の灸として推奨された。


 
1)機能性のぼせの3大原因


①熱い風呂

熱い湯船に長時間首までつかっている時、誰でものぼせてくる。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱はできず、代償的に顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流量が増加している状態。熱中症も同じ。老人では暑さを感ぜず、喉の乾きも自覚できないから熱中症になりやすい。(視床下部の口渇中枢機能低下)
  
②更年期障害(最も多い)

更年期または卵巣・子宮の摘出手術後精神緊張に伴う自律神経異常。
周期的発作的に生じるのぼせ・発汗異常は更年期障害特有。
卵巣からの女性ホルモン分泌不足←下垂体前葉からの性腺刺激ホルモン分泌増大して、もっと女性ホルモンを出せと命令→しかし更年期では卵巣機能低下して女性ホルモンが出ない→もっと性腺刺激ホルモンを出せと命令。この時、下垂体前葉では、波状にパッパッと分泌。これと同期してノボセ・ほてり・発汗異常発現するという。
更年期障害対する女性ホルモン注射→対症療法として、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。
  
③精神緊張:精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温が上昇して顔や耳が赤くなり熱っぽくなる(脳深部温上昇に対する放熱効果。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをする時など。このような場合、対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。

 
2)足が火照って眠れない状態

   
四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっている。寒い時期は真皮に行く血行は乏しいので皮膚温は冷たいが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部温は比較的温かい。


一方、暑い時期は手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手は温かいが、これも程度を越えると、手足が火照るという症状が生ずる。

とくに火照りは、就寝前に意識する。というのは人間の体温は、日中活動時には高値にセットされており、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなる。しかしこの状態が続くとやがて脳内はオーバーヒートを予防するため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとして眠くなる。

脳内血流量の減少をさせるための方法として効率的なのが、手掌や足底から放熱で、その結果として手足のほてりが生ずる。この対策にはアイスノンなどを首の下に置く方法もあるが、これを中断すると余計ほてるかもしれない。
関節症の治療は一般的に温めるが、近年では非常に低温の冷気を吹き付ける治療がある。これは一旦、冷やすことにより、二次的な生体反応として温まる反応を利用しており、この反応は深部も温まり長持ちする。
足がほてる際、足を熱い湯中に入れた後、まもなく足のほてりを感じなくなることを経験した。つまり足のほてりセンサーの誤作動をリセットするのだろうと思えた。

                    

令和6年11月16日、針灸学校教員メンバーを中心としてベテラン勢4名で国立市「しんさく」で飲み会を実施しました。お題は「一本針伝書」の上実下虚の針についてでした。
写真左から順に、寺師健、似田敦、岡本雅典、筒井宏史(敬称略)。

 


足冷の針灸治療理論とテクニック ver.1.1

2022-12-15 | 末梢循環器症状

 ネットを色々と見ていると、<寝るときの靴下はあり?なし?医師に聞く →「絶対良くない」「リスク大きい」>とする記事を見つけた。回答しているのはK医師で、「靴下を履き、強制的にあたたかくすると、体温が下がらないので安眠につながらない」と説明している。これを見てあきれた。とても医師の意見だとは思えない。これは冷え性と安眠を混同している意見であって、「冷え性の者が靴下をはいて寝ることは、冷え性の改善にはならないが、眠りにつきやすくする一つの策だ」というのが正しい。睡眠中、足が適温になったら無意識的に靴下を脱ぐだろう。このあたりのことを説明したい。

1.四肢温度と核心温度
  
恒温動物の深部温度(=核心 core 温度)は、内部  環境保持のため一定温度(ヒトでは37℃)に保たれている。深部温度とは内臓などの体幹深部と頭蓋骨内の温度である。これに対し、皮膚表層温度(=外殻温度)は易変動性で、通常は気温に比例する。(皮膚温が高くなりすぎると、発汗して冷却するが)

  
体幹深部で温められた血液は、血流を通して末梢を温めるが、四肢の体温は末梢に近いほど外気温に平行して下降する。これは限られた熱エネルギーを分配する中で、内臓活動機能に不可欠な核心温度を保持するための対策である。


   

2.機能的冷え症の病理機序
 
1)熱の産生不足

   
体幹部核心温度低下しそうになたら、身体の産生熱量を増加させようとする機序が働く。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(ふるえ熱)であり、これらの代謝亢進のために、甲状腺刺激ホルモンや副腎髄質のカテコルアミン分泌が増加する。核心温を保つことができなければ死に直結する。

 
2)皮下動静脈吻合(AVA arterio-venous-anastomoses =グロムス機構)の役割

   
血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という基本構造をもち、毛細血管では酸素や栄養素の受け渡しをする。これとは別に、末梢毛細血管を経由しないで、細動脈→細静脈へと、あるいは細動脈→細動脈へと血流がショートカットする部分が、唇や耳鼻、手指や足指(要するに洋服で覆われない部分)に存在する。このような部位を動静脈吻合とよぶ。真皮にある動静脈吻合の役割は余分な熱を逃がすことにある。

   
暑い日には、動静脈吻合を開いて、末梢の血流量を増やすことで、放熱量を増加させて核心温の上がり過ぎを防いている。寒い日には、動静脈吻合を閉じて、末梢血流量を減らすことで、熱の逃げるのを防ぎ、核心温を下がり過ぎないようにしているが、その代償が「手足の冷え」である。

 

上下肢末梢が冷えは、その部分の血流量低下していることを意味する。グロムスが開いた状態であり、小動脈から小静脈へと大部分の血流が流れるので、それより末梢への血流が少なくなっている。
確かに手足が冷たく不快だが、それにより核心温を保持するという合目的性がある。

グロムスを閉じた状態にすれば、小動脈→毛細血管→小静脈と血液が循環するので手足は冷えない。身体が十分熱エネルギーを産生できる余力があるなら、産生量を増やして核心温度を保ちながらも上下肢末梢も温かい状態にできるだろう。しかし産生できるエネルギーに余剰が内場合、グロムスを閉じようとしても、核心温度が低下してしまう以上、グロムススイッチは閉じることができない。ゆえに、上下四の冷えの改善目的で、を井穴刺絡したり、指間針刺激してグロムスを刺激しても、その刺激に反応できずず冷えは改善しないことになる。

このような場合の処置としては、室温を温めたり、暖かい食事を摂ることが先決で、針灸治療としては仙骨の箱灸や赤外線照射を行うことが必要になるだろう。

 

3.不眠と冷え性の関係
    
睡眠は第一義的には脳の加熱を防ぐことにあり、睡眠時には脳血流量が減るので深部温を下げることができる。その時の余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。

   
足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎて内臓機能を維持できない)。こうした場合、靴下をはいて布団に入ると、下肢からの熱の放散も少なくてすみ。核心温度を下げ過ぎるというリスクが減る。

就寝中に脳内血流が減り、四肢から熱を放散できる情況になったら、無意識的に靴下を脱ぐだろう。すなわち靴下をはいて寝ることは、冷え性の治療にはならないが、睡眠促進にはなる。寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には多くの余剰の熱を手足から放散するので、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすい。

 

3.冷え症の針灸治療

1)腰仙部の長時間温補(筆者の方法)

①腰仙部の赤外線照射(または箱灸)


治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線照射(または箱灸)を実施する。加熱部以外はバスタオルで覆い熱を逃がさない工夫をする。深部までの加熱を行うため照射時間は、温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。この考え方は、ローストビーフを芯まで上手に焼く要領ににている。肉の芯まで火を通すには、長時間の弱火がよい。短時間の強火では熱がるだけで、芯は温まらない。
この時重要なのは、足は直接温めないということである。腰仙を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。換言すれば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。 
  
温罨法に熱湯で温めたコンニャクを20~30分仙骨部に貼り付けるというのは湿熱なので興味深いが、該当部位に置針ができなくなるので、針灸院で行う方法としては適切とはいえない。自宅療法としては好ましい。


②腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
「冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える」といった大胆な記載がある。追試してみたが、手間の割に効果が乏しい印象をもった。
 

2)動静脈吻合に働きかけるテクニック
   
動静脈吻合の開閉は、そこにある交感神経により支配されている。寒い日には末梢血管にまとわりつく交感神経は緊張して血管は細くなり、動静脈吻合は閉じるので、熱が漏れにくい。
意図的に閉じている動静脈吻合を開くことができれば、そこから末梢の血流がよくなり冷えも改善されるが、手関節部、指間部、指尖部などに刺針しても、大して手足の血流は改善しないという苦い事実がある。動静脈吻合への刺激の加えかたが妥当でないのかもしれない。
   
先日、針灸実技講習会<奮起の会>でご協力いただいている岡本雅典氏と話す機会があり、手足のグロムスを開放する手技療法についてご指導いただいた。患者の手指足指の背側から指間に術者の指を入れ、数回強く掌屈・底屈させるという方法で、手足の指間にある虫様筋・指間筋の伸張刺激になる。私も被験者としてやってもらったが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きかないらしい。


※指間の筋の構造と動静脈吻合のおさらい

指間には、背側・掌側骨間筋および虫様筋の2種類の筋がある。背側骨間筋は、指の外転(パーを出すように五指を広げる)に、掌側骨間筋は、指の内転(五指を中指に近づける)運動を行う。虫様筋は指の伸展運動に関係し、トランプを広げて持つ時のようにMP屈曲、IP伸展という形をつくる。通常筋は、骨と骨をつないでいるが、虫様筋は腱と腱をつないでいる。
以上の内容は難解だが重要ポイントは次のようである。深部に動脈弓があり、ここを基点に各指に小動脈が伸びている点が重要で、その枝分かれ部にグロムス機構(動静脈吻合、動々脈吻合)があって、血流方向を制御していることである。


冷え性に対する針灸治療 ver.3.3

2017-02-24 | 末梢循環器症状

1.冷え性の鑑別診断

冷え性は疾病というより、その人の体質である場合が多い。ゆえに冷え症とはいわず冷え性とよぶのが妥当である。他の疾患と同様、まずは器質的疾患の鑑別を行う。

朝の寝覚めがつらい→低血圧症
動悸、いきぎれがある→貧血
婦人科手術後、発汗過多、のぼせ、50才前後の女性→更年期障害
徐脈、肥満傾向、色黒→甲状腺機能低下症
レイノー→膠原病(RAとRF以外)、慢性動脈閉塞症

以上のどれにも該当しなければ、機能性の冷え性を考える。貧血は鉄欠乏性貧血のことが多く、鉄剤の投与が必要になる場合が多く、甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモン剤を使用する。甲状腺機能低下症は、易疲労を主訴とするので、針灸に来院することが多いが、標準検査のルーチン外になるので診断がついていないことも多い。

低血圧症については、その上位疾患に自律神経失調症があげられる。自律神経失調症の多彩な症状所見の一つに低血圧があるとするのが妥当であろう。低血圧を治すのではなく、自律神経失調症の治療が大切になる。

更年期障害については別項でも述べる予定だが、女性ホルモン分泌不足を契機として生じた自律神経失調症とみなされるので、基本的には自律神経失調症の治療が必要になる。

レイノーは一次性のものは稀で、大部分は二次性である。二次性の原疾患として最も多いのが膠原病(慢性関節リウマチとリウマチ熱以外)と慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症、バージャー病)がある。


2.機能的冷え性の病態生理 

1)熱の産生不足

体幹部核心温度低下しそうになたら、身体の産生熱量を増加させようとする機序が働く。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(ふるえ熱)であり、これらの代謝亢進のために、甲状腺刺激ホルモンや副腎髄質のカテコルアミン分泌が増加する。


※アドレナリン:恐怖に関係。心拍促進と血糖上昇作用
ノルアドレナリン:激怒に関係。末梢血管収縮作用→→冷え
※格言:怒りで顔が赤くなる人(アドレナリン分泌過多=おびえている人)はあまり怖くないが、青くなる人(ノルアドレナリン分泌過多=怒っている人)は怖いという。


2)四肢の組織と血流

体幹核心部で発生した熱は、動脈血流によって四肢末梢に運ばれる。四肢の基本構造は、皮膚表面から順に、表皮→真皮→皮下組織になっている。皮下組織は断熱材としての機能をもつ皮下脂肪がある。真皮は、動静脈の血流豊かなところなので、温かい動脈血流で保温されている。表皮には血流はない。なお真皮と表皮を合わせても2㎜程度の厚みしかない。


3)寒冷時と酷暑時の四肢血流の違い

冬の寒い時、真皮の血流は少なくなり、皮下組織のもつ断熱作用が身を守る。夏の暑い時、真皮の血流量は増し、手足表面温度を温めることで、熱を外部に逃がす。一般に小動脈は毛細血管を介して小静脈に変化する。毛細血管を経由する意味は、ガスや栄養交換のためである。しかし他に熱を緊急に逃がす装置として動静脈吻合(AVA)がある。これは小動脈→小静脈と血流をショートカットする役割がある。毛細血管は皮下0.2㎜程度の深さにあるのに対し、AVAは皮下1㎜の深さにある。

 



4)脳が「寒い」と感じる際の首にあるセンサー

※NHK<ためしてガッテン>「つらーい冷えが消え、手足を温めるスイッチがあった!」2002年12月4日放送より

AVAの開閉を決めるのは交感神経で、それは視床下部に支配されている。脳が「寒い」と判断すれば、末梢血流量を減らして末梢からの放熱を防ぐ。その結果、手足が冷える。脳が「寒い」と判断するのは、首が感じる気温に関係するらしい。したがって首をマフラーなどで覆って外気温から遮断すれば、「寒い」 と感じず、したがって四肢に送る血流量を減らすことなく、真皮に行く動脈血流量も減ることはない。その結果、手足が冷たく感じなくなる。就寝時にマフラーは使いづらいので、ネックウオーマー(100均でも買える)を使うとよい。

 

3.冷え症の針灸治療

冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らない、である。衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。
   
①に熱の製造不足についてであるが、針灸治療で基礎代謝上昇ホルモンに直接働きかけることは困難である。したがって最も原始的であるが、「身体を温める」ことを考える。

   
立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位を保持させるだけで、生理学的には身体は副交感神経優位になり、結果として足の温かくなる計算であるから、冷え症の治療は仰臥で行うのが前提となる。 


1)腰仙部の長時間温補(筆者の方法)


治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射を実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルで覆う。深部までの加熱を行うため照射時間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である(ローストビーフを上手に焼くには、火を肉の芯まで通さねばならない。それには長時間の弱火が必要である。短時間の強火では肉の表面が焦げるだけ)。  

   
この時重要なのは、足は直接温めないということである。腰仙を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。言い換えるならば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。 

   
赤外線照射の代わりとして、灸頭針や箱灸の使用は、20分間の温熱治療という考慮すると実施困難であろう。温めたコンニャクを使うという手もある。このアイデアは良いと思うが、コンニャクを置いた部には置針ができなくなるので、針灸師の行う方法としては考えものである。自宅療法としては推奨できる。
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。→コンニャクを取り出しタオルにくるむ(熱い場合は2~3枚くらい)、→伏臥位にさせた患者の仙骨部に置き20~30分間程度温めるというもの。一日何回やってもよい。最初は熱いが、コンニャクの温度も次第に下がるので、尻がホカホカになる。使っているコンニャクは水分が少しずつ失われるので次第に小さくなるが、10回程度は繰り返し使える。
  

2)腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)


冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える。

  


3)就寝時に感ずる足冷の自己対策

筆者は普段は足底をあまり感じないが、寒い冬に布団に入ると足が非常に冷たく、しかもなかなか温まらないのでどうしたものかと思っていた。アンカや電気毛布を使わず、なんとかしようと考えてみた。裸足になり半ズボンのパジャマを着る。片足のつま先を、もう一方の足の膝裏に置き、膝を屈曲して冷たい足を挟み込む。するとジンワリと足先に気持ちよい熱が伝わってくるのを感じる。30~60秒したら、左右の足を入れ替えて同様の処置を行う。片足あたり2~3回繰り返すと足が温まる。  

 

4)皮膚温低下のみられない足冷

足冷を訴える者の足部を触ると、多くの場合に皮膚温の低下していることがわかる。しかし少数ながら、皮膚温の低下がなくても足冷を訴える者がいる。この理解として、前者は末梢血流障害だとすれば、後者は冷えに対する知覚過敏だと考える者もいるが、その後の考察が続かない。代田文彦先生は「どうして両者の治療を変えればならないのか」と我々針灸師に質問したことがあるが、誰も返事できなかったことを、ふと想い出した。

足冷が生ずるのは、核心温度を守るという合目的性からである。もし足冷がないのであれば足部皮膚から熱が盛んに逃げている訳なので、体温も下がるようなら核心温度が失われてい危険な状態であって、足冷者よりも深刻な状況だといえる。治療法は、皮膚温のみられる足冷者と同じに行う。

4.足の火照りの病態生理と対処法

足冷の時、動静脈吻合を閉じて血液を末梢まで至らすことが、その対策として首の保温が重要であるらしい。そうであるならば、足の火照る人は、後頸部をアイスノンなどで冷やして布団に入るとよいのではないだろうか。

そうすると、「暑い」とは感じにくくなるので、手足の動静脈吻合をあまり開かなくなる。すなわち手足の末梢血流は増大しないので、手足の温度上昇は起こりにくくなるだろう。足が火照るからといって、足を水に濡らしたりすると、やった直後は快適だが、余計に足が火照るようになるので逆効果である。


下肢静脈瘤の針灸治療 Ver.1.2

2011-12-23 | 末梢循環器症状

1.下肢静脈の走行
下肢の静脈は表在静脈と深部静脈に分類される。血液を心臓に環流させるのに重要なのは深部静脈である。表在静脈は、結局は深部静脈に流入することになる。表在静脈と、穿孔枝(表在静脈と深部静脈をつなぐ)の静脈弁が破壊されれば、本来なら深部静脈に流入すべき静脈血が逆流し、その結果、下腿部に血液の欝滞が生ずる。これが下肢静脈瘤である。

 表在静脈の本幹は次の2つである。
①大伏在静脈:下腿内側と大腿内側を上行、鼡径部で大腿静脈に流入。下肢脾経ルート。
②小伏在静脈:下腿後面を上行する。膝窩で膝窩静脈に注ぐ。下腿の膀胱経ルート。

 

 2.下肢静脈環流の機序
足から心臓に戻る血液は重力に逆らって心臓へと環流するが、それを可能にしているのが静脈弁と筋ポンプ作用である。血圧に静脈環流する力はない。
1)静脈弁:逆流を防止し、血液を一方向に流す役割がある。

2)筋ポンプ作用:また足を動かした時など、筋が収縮することで、深部静脈が圧迫され血液が上方に押し上げられる。筋が弛緩すると深部静脈は広がり、下方から血液を引っ張り上げる。さらに穿通枝を経由して表在静脈からも血液を引っ張り上げる。


3.病態・症状
①長時間の立位で筋ポンプが機能しない 
②環流静脈血速度が遅くなる(動脈血速度は一定)
③表在静脈(大伏在静脈と小伏在静脈・穿孔枝)の静脈弁の破壊
※深部静脈は周囲の筋によって拡張が抑えられている。表在静脈は圧力上昇の影響を受けやすく、弁が壊れやすい。特に穿通枝は、深部静脈の圧力を直接受けるので弁不全が生じやすい。
④深在性静脈への還流血が表在静脈に流入
⑤表在静脈の異常拡大や屈曲蛇行
⑥進行すると脚が重くなり、脚が疲れやすく痛むようになる。血管に沿って皮膚が黒ずんだり茶色になる色素沈着や潰瘍が起こることがある。

一般に長時間の立位や夕方に悪なる。40才台の女性に多い。臥位で安静にしていると軽快しているが、立位になって動き出すと再び悪化。

4.現代医学治療
①圧迫療法(軽症例):弾性包帯や医療用の弾性ストッキング使用
②硬化療法(中症例):静脈瘤内に硬化剤を注射した後、圧迫して静脈瘤を癒着・硬化させて静脈瘤を消失させる。
③エンドレーザー法(重症例):従来は小さな皮膚切開を数多くしておき、拡張したり瘤化した静脈瘤を抜き取るという、患者にとって負担の多い方法だった。現代では、エンドレーザー法(Endovenous Laser Treatment)が普及しつつある。Endovenoustとは、「静脈内の」という意味がある。超音波検査で静脈血逆流部位を特定する。次に正常静脈部を切開して細いファイバーを患部まで到達させ、レーザーで血管を焼いて閉鎖する。その結果静脈の逆流は止まり、静脈瘤は縮小消失する。 1999年に開始された新しい治療で、わが国では2011年から保険適用になった。従来の伏在静脈を抜去する方法と比べ、侵襲性が少なく、入院も不要となった。

5.針灸治療
一度壊れた静脈弁を復活させることはできないので、針灸治療の目的は、故障した弁という原因に対処できず、結果として生じた下肢静脈瘤による痛みを軽減させることになるので、
針灸治療でできることは限られてくる。

大伏在静脈静脈瘤は、鼠径部の大腿静脈との合流で弁が壊れて逆流がおき、それが徐々に下腿部に広がり、下腿内側(ときに大腿内側に至るまで)に静脈瘤が累々と浮き出て目立ってくる。
小伏在静脈静脈瘤は、膝窩静脈との合流部の弁不全により逆流がおき、下腿後側に静脈瘤ができる。要するに、ふくらはぎの静脈瘤であっても、実は脚の付け根や膝の裏に原因がある。  

1)静脈瘤部への火針  
賀普仁教授 (北京中医病院針灸科)は、タングステン合金製の針(ステンレス製では火熱に耐えられない)を、アルコールランプで赤くなるまで加熱し、素早く速刺速抜している(患者はさほど熱さを感じない)。火針後は針孔に、痒み・ほてり・赤みが出るが、しばらくすると消失する。
小さな静脈瘤であれば消失することがあるが、大きい瘤は少し縮小する程度。自覚症状は治療数回で消失するという。(東明堂石原針灸院「毎日インタラクティブ2001.12 HPより)

私は、この方法に準拠して施術している。静脈血管を火で凝固させることで、これ以上の静脈瘤の進行を防ぐ意味がある。ただしタングステンの針は入手困難なので、ステンレス中国針の1インチ28号(和針12番相当)を数本用意し、針が赤くなるまで火で熱し、静脈瘤局所に数回速刺速抜している(針は非常に脆くなるので1本の鍼で複数回の刺針はできない。細い鍼の使用は禁止)。痛みに対して、やや有効との印象をもつが、静脈瘤を縮小する効果はないようだ。なお静脈瘤部へ刺絡すると、広汎な皮下出血が生じるので禁忌とすべきだろう。

2)静脈瘤傍の筋緊張部への深刺+針尖転位法
三島泰之先生の方法:「静脈弁の故障→周りに静脈血が溢れる→弱い血管は脹らみ静脈瘤となる→静脈瘤は自身の血管を膨らませ、その中を通っている神経を引き伸ばし、また瘤により周りの筋を圧迫する→痛み出現」というのが病理機序で、それに対して静脈瘤近傍にある痛む部と静脈瘤近傍の筋緊張部に2寸#5で、3~5㎝刺入し、硬いところをほぐすような気持ちで針尖転位法で実施する。(下肢静脈瘤の痛みと鍼灸について:医道の日本、平成18年12月号)

意見:要するに静脈瘤により発生した筋緊張と、神経興奮に対して施術しており、鎮痛を目的としているらしい。

3)妊娠中や出産後に静脈瘤が増悪した女性の場合      
妊娠中や出産後に静脈瘤が増悪した女性の場合、骨盤内静脈の鬱血が原因で、下肢静脈の環流が不良となっているケースもあり、仙骨部や臀部の施術を加えた方がいいとの報告がある(辻内敬子先生:妊婦下肢静脈瘤に対する鍼灸治療の1症例、女性鍼灸師フォーラム会報)。

意見:静脈瘤の原因の一つに、 内腸骨静脈からの逆流が知られている。いわゆる骨盤内オケツの処理ということであり、針灸的発想である。一方、妊婦の10~15%に「静脈瘤」が出現するが、出産後に80~90%は、自然に消失することも知られているので、この針灸治療が特異的に効果あったとはいいがたい。

 


レイノーに対する針灸治療の価値

2006-06-25 | 末梢循環器症状
1.レイノー現象とは
 レイノー現象とは、寒冷暴露に際して左右対称に手足指趾の末端動脈が発作性に一過性に収縮することで生ずる現象をいう。交感神経過緊張や強い情動が原因とされる。1次相は蒼白、2次相はチアノーゼ、3次相は反動的な動脈拡張による発赤。発作時は患部の知覚異常を訴える。
 1回の発作時間は、10~30分間ほど。ひどい場合には1時間程度になる。

2.1次性レイノーと2次性レイノー
 レイノー現象が単独で生ずるものを、レイノー病とよぶ。これは機能的血管収縮によるもので若い女性に多い。基礎疾患が根底にあり、症状の1つにレイノー現象があるものを、レイノー症候群とよぶ。レイノー症候群の代表疾患は、閉塞性動脈硬化症(ASO)・バージャー病(TAO)、膠原病などである。レイノー病に比べ、レイノー症候群が圧倒的に多い。

3.一次性レイノーの針灸治療
 グロムス機構の反射を期待し、好発指に対する指間指刺針や井穴刺絡を行うと、血管拡張することで症状軽減するようであり、発作が起こりにくくなる傾向がある。この治療パターンは代田文誌先生そのまである。
※グロム機構→「指端刺絡の作用」ブログ記事参照のこと。

4.二次性レイノーの針灸治療をめぐって
 Moehrle(1995)は1次性レイノーに対する針灸治療が有効であり、二次性レイノーに対する針灸治療が無効だったことを統計学的に証明した。(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼治療の科学的根拠」医道の日本社 2001)
 すなわち二次性レイノーに対する針灸治療の効果は乏しいが、それを云々する以前に、原疾患の存在を見極め、原疾患に対する治療を行うことが重要になる。

1)閉塞性動脈硬化症によるレイノー症例(代田文誌)
 代田文誌「針灸臨床ノート下巻」には次のような症例提示を行っている。
「レイノー病により左右の手の指端が黒色に変わり壊疽が始まったばかりの患者に対してm血管周囲に刺激を与える針灸治療を6ヶ月間行い、指端の壊疽発生を防止できた。針灸治療を継続しても、重症のものは6ヶ月~1年ほど要する」
 当時の記述としてはやむを得ないが、提示症例はレイノー病ではなく、レイノー症候群であり、基礎疾患に閉塞性動脈硬化症である可能性が高い。
 本疾患に対する現代医療は、先進的な試みが行われているが、決定的なものがない。最悪の場合は罹患部以下を切断することになる。

2)膠原病によるレイノー
 二次性レイノーを起こす最も高頻度の疾患は膠原病である。ただし常見膠原病の慢性関節リウマチにレイノーは起こりにくい。針灸院でRA以外の膠原病を扱う機会はあまり多くないが、大学病院で行う針灸治療では、膠原病に付随するレイノーは解決すべき課題であった。
 「あった」と過去形にしたのは、2004年頃から生物学的製剤の投与が行われるようになり、治療成績が格段によくなってきた。それに伴うレイノーの問題も自然と解決してしまったからである。現代医学の進歩が、針灸での取り組みを無意味にした例といえる。

 

末梢動脈閉塞性疾患の針灸は難しい

2006-04-21 | 末梢循環器症状
1.間欠性跛行症の針灸は難しい
 間欠性跛行症には、神経性と血管性がある。神経性は馬尾性脊柱管狭窄症があり、血管性では慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)とバージャー病(TAO)がある。
 高齢化社会になった現在、馬尾性脊柱管狭窄症やASOの患者数が増えており、針灸に来院する機会の多い疾患である。馬尾性脊柱管狭窄症は、陰部神経刺針を行うことで、症状改善する例が2~5割ほどあるが、ASOは針灸で治療することは難しいという印象がある。(TAOは治療経験は乏しいので不明)

2.末梢動脈閉塞性疾患の概要
1)慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)
 加齢性病変(50才以上)で、動脈硬化の部分症状。下肢の比較的太い動脈に好発。危険因子はタバコ。本症があれば冠状動脈疾患や脳血管障害の生ずる頻度が高くなる。
 フォンティン分類:血行障害による筋の阻血の程度により、重症度がきまる。
 第1度:しびれ、冷感 →週1回の硬膜外ブロック
 第2度:間欠性跛行 →持続硬膜外ブロックと強制歩行訓練
 第3度:安静時痛(とくに夜間就寝時痛)→人工血管バイパス術、下肢切断
 第4度:阻血性潰瘍、壊死 →同上
 
2)バージャー病(閉塞性血栓性血管炎)(TAO)
 原因不明で、四肢の遠位部の中~細動脈に血栓が形成され、阻血を起こす。20~40才台男性の喫煙者に多い。症状は指趾の強い阻血症状(潰瘍、疼痛)、後に間欠性跛行。下肢に生ずることが多いが、上肢にも生ずることがある。
 治療は、まず禁煙。交感神経切除術(副交感神経優位とさせ血管収縮を防ぐ)。
 血流増加目的で、プロスタグランジンE1製剤(血小板凝集抑制作用)

3.慢性閉塞性動脈硬化症の針灸治療法
 この疾患の針灸治療を、なかなか論理的に説明しているのが木下晴都著「最新鍼治療学」である。衝門(鼡径動脈)と太衝(足背動脈)の拍動を調べることで動脈閉塞部位を推測し、閉塞部に対する血管壁刺針を行っている。
1)衝門拍動(+)かつ太衝拍動(-)の時
 閉塞部は鼡径動脈と足背動脈の間にある。腓腹筋の疼痛を訴えることが多い。実際には大腿動脈の内転筋管の閉塞が多いので、陰包およびその周囲に約2㎝交差刺し、動脈血管壁への旋捻法を2~3回行う
2)衝門拍動(-)かつ太衝拍動(-)の時
 鼡径動脈より体幹側に動脈閉塞部がある。総腸骨動脈の閉塞を疑い、急脈(衝門の内側で陰毛中、外陰部の上際の外側)から上内方に約2㎝刺入する。前者より重症で、下腿部はもとより大腿筋まで緊張感や痛みを感じる。

4.閉塞性動脈硬化症の針灸治療効果 
 木下先生の方法による針灸治療効果は、週2~3回の治療で、1)では1~2ヶ月、2)では半年から~1年間の治療を行うも、症状軽減する程度だということである。この程度の効果しかないのであれば、患者の大半は途中で来院中止することになろう。私が追試してみても、少しは調子いいようだが、長期通院しても次第に改善するという傾向はあまりないようである。
 要するに、動脈硬化という器質的疾患が存在する以上、動脈狭窄部を針刺激したからといって、治癒には結びつかないのである。

 安藤富美子ほか:閉塞性動脈硬化症に対する鍼灸治療の効果(日温気物医誌、第68巻,2号,2005.12)によれば、フォンティン分類1~2度18例に1~3ヶ月間の針灸(筋パルス)すると、症状軽減したが間欠性跛行が消失するまでには至らなかった。3~4度3例には針灸無効だったと報告している。