1.十二正経の概念図
筆者は以前、十二正経走行概念の図を発表した。
http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/bac628918882edd51472352adefd6924/?img=0084a878810483f1998c462abef9281b
これと同じ内容をさらに単純化した図を示す。この図の面白いところは、赤丸の内側は胸腔腹腔にある臓腑で、鍼灸刺激できない部位。赤丸び外側は手足や体幹表面で鍼灸刺激できる部位となっているところである。鍼灸の内臓治療の考え方は、赤丸外の部位を刺激して赤丸内にある臓腑を治療すること、もしくは体幹胸腹側もしくは体幹背側から表層刺激になる。これは兪募穴治療のことである。
2.奇経の八脈と宗穴
1)奇経の基本事項
上記十二正経絡概念図をベースとして、これに奇経走行を加えてみることにした。
始めに奇経に関する基本中の基本を確認しておく。奇経八脈はそれぞれ次のような宗穴をもっている。この治療点は次の奇経の二脈をペアで使い、4パターンの治療をすることになる。( )は宗穴名。
陽蹻脈(申脈)---督脈(後谿)
陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)
2)福島弘道の提唱した新たな四脈と宗穴
福島弘道氏は、従来の奇経八脈の宗穴治療だけでは不十分だとして4脈を加え、次の2パターンを付け加えることを提唱した。福島がなぜこのような事柄を思いついたのかを探ることが奇経を理解するヒントになる気がした。
足厥陰脈(太衝)--手少陰脈(通里)
手陽明脈(合谷)--足陽明脈(陥谷)
3)十二正経走行概念図への追加事項
1)前図に奇経八脈の宗穴を描き加えてみる。つまり十二經絡上に8つの宗穴を描くことになるが、4經絡は宗穴が存在しない。
2)そこで改めて福島の提唱した4新宗穴をさらに描き加えると、十二經絡上にそれぞれ一つの宗穴が載ってくる。
①肺経(列缺)、②大腸経(合谷)、③胃経(陥谷)、
④脾経(公孫)、⑤心経(通里)、⑥小腸経(後谿)、
⑦膀胱経(申脈)、⑧腎経(照海)、⑨心包経(内関)、
⑩三焦経(外関)、⑪胆経(足臨泣)、⑫肝経(太衝)
3)ペアとなる宗穴を点線で結ぶことにする。陽経ペアは赤色、陰経ペアは青色を使うことにする。
<陰経ペア>
①肺経(列缺)--⑧腎経(照海)
⑨心包経(内関)-④脾経(公孫)
⑤心経(通里)--⑫肝経(太衝) ※福島提唱
<陽経ペア>
②大腸経(合谷)-③胃経(陥谷) ※福島提唱
⑥小腸経(後谿)-⑦膀胱経(申脈)
⑩三焦経(外関)-⑪胆経(足臨泣)
4)奇経走行概念図
上に示した正経と奇経の総合概念図は、内容が込み入っていて、直感的に把握しにくいので、本図から、正経走行を取り除いてみることにする。奇経は臓腑を通らないので臓腑も取り除いてみることにした。
するとかなりシンプルな図が完成した。きちんとループを描いたが、奇経の8宗穴+合谷と陥谷を使った場合ということであって、これが奇経治療になるかは少々疑問である。というのも、使っているのは正経をショートカットしたルートだからである。
3.手足の八宗穴を使うことと奇経流注の謎
上図は、症状に応じて定められた手足の一組の要穴を刺激することで治療が成立することを示すものだが、この方法は奇経治療以外にも行われている。手足の陰側と陽側それぞれにある定められた12の要穴を使った治療は、1970年代に発表された腕顆針(日本名は手根足根針)が知られている。この図を見ると、手を上げた立位の状態で縦縞模様に区分されている。
奇経治療は、八つの奇経を組み合わせて使うのが原則なので、4パターンの治療になるが、同じような縦縞模様となっている図に、「ビームライト奇経治療」というものがあることをネットで知ることができる。
http://seishikaikan.jp/blkikei.htm
4.新しい奇形流注図
縦割りの考えで奇経を眺めると、体幹と頭顔面の中央に、陰側に任脈があって背側に督脈がまず存在している。任脈のすぐ外方には陰蹻脈が伴走し、さらに陰蹻脈の外方に陰維脈が縦走している。督脈のすぐ外方には陽蹻脈が伴走し、陽蹻脈の外方には陽維脈が縦走しているといった基本構造がまず想定されている。これは道路を走る車に似ているように思う。道路の中央は高速車(一般乗用車など)が、端の方は中・低速車(バスがトラックなど)が走る。道路に応じてそれに相応しい車種が走っているわけだ。一方、衝脈と帯脈は、流注構造では反映されていないが、この理由は後に説明する。
これまで鍼灸治療の治療チャート図は、頭針であれ耳針であれ、高麗手指針であれ、ある日突然完成形が提示され、その理論の正しさを、実際に治療効果がみられたとすることで読者を説得してきたが、論理的とは言い難く、知的満足感も得られない。自分にできる方法として、現実どうしてそう考えるのかの、思考過程を順序立てて明らかにすることで、その間違っているかもしれない部分を指摘できるようにすることが重要だろう。
これまでいろいろなことを考えてきたが、①手足の八つの宗穴で、定められた手足のペアとなる宗穴を結んだ図を描く。
②衝脈と帯脈の走行は無視するが、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗である足臨泣は。各ペアとなる陰維脈ならびに陽維脈の流注における足部代表治療点として位置づける。以上の2点を重視し、私の考える奇経走行図を示したい。手足のペアとなる宗穴は連続してつながっている必要があるが、本図では背部の陽維・帯脈の流れは、肩甲骨によって上下に分断されていることになる。しかしながら、陽維・帯脈は、肩甲骨・肋骨間を上行している、つまり立体交差していると考えれば、納得いくものとなるだろう。
衝脈と帯脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は初潮から閉経の間に機能し、婦人病に関与するという共通点があると思える。他の奇経が自己の生命を正常に営むことを目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を生むための仕組みに関与している。
帯脈:帯を胴体に巻かないとズボンが落ちてしまうのと同じように、帯脈の機能がなくなると、帶下になるのだろう。帶下とはおりもの意味で月経以外の膣からの分泌物をいう。この意味から広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含めるのではないか?
衝脈:「衝」過とはぶつかるような、つきあげるような勢いのこと。衝脈は子宮から発するとされているから、原意は妊娠時のつわりにあると思えた。次第に広義の悪心嘔吐も衝脈の病証とされるようになったのだはないか?
筆者は、古代中国医師は「おそらくこう考えたのではないか」という視点を骨の隆起など解剖学的立場から奇経を推察しているが、実際に奇経治療で効果を出すという臨床的観点から論説している立場がある。ネットで関連文献を検索してみると、伊藤修氏の論文に奇経八脈の走行図を推察したものが載っていた。原図はモノクロだが、私の<奇経八脈流注の考察(似田>と比較しやすくするため、カラー化して下記に引用する。類似点が多いのは当然だが、肩甲骨周りと骨盤周りの奇経走行が私の図と大きく異なっている。帯脈の扱いをどうすべきかという点、手の小腸経と督脈が連続していないことに困惑しているかのようであり、ここが多くの学習者を悩ませる部分でもある。
5.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?
督脈の宗穴が後渓であることは基礎知識だとはいえ、後正中を縦走する督脈の流注がなぜ小腸経の後渓なのか、経絡的に連絡がありそうに思えなので、合点がいかない話である。まあ東洋医学は、納得できない内容が多いのだが、それをいちいち疑うことなく、まずは騙されたと思いつつ臨床で使ってみると、自ずと会得できるようになるとされていたりもする。
身体の柔軟な者では、左右の肩甲骨を内転せると、左右の肩甲棘基部を接触させられる者がいる。ということは、このポーズで督脈を流れるエネルギーは肩甲棘基部から流れを乗り換え、エネルギーは肩甲棘を外方に移動し、肩峰あたりから上肢を下行(針灸的には上行)して後渓まで達することになる。
肩甲骨を内転させるには、菱形筋と前鋸筋の収縮が必要となる。ちなみに「肩甲骨はがし」というのは翼状肩甲状態をつくることで、そのため菱形筋と前鋸筋を脱力させてストレッチ状態をつくるようになる。病的な翼状肩甲は、長胸神経麻痺による前鋸筋収縮不全により生ずることは周知のことであろう。