AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

東洋医学人体構造モデルの改訂版

2024-11-29 | 古典概念の現代的解釈

私は、東洋医学人体構造モデルを作成しようとしている。肺が気のポンプであるとするならば、心は血のポンプに相当する。肺のポンプ図化は以前から提示していたが、同じ要領で心のポンプ図を作成したので紹介する。

肺ポンプを作動するための、シリンダーの柄は横隔膜につながっている。横隔膜の上下運動の結果、呼吸が可能となる。肺を動かしているのは、横隔膜運動といってよい。
同じことが心についてもいえる。心ポンプの働きにより、血の循環が可能となる。ただし心ポンプのシリンダーの柄はどこにもつながっていない。シリンダーを動かすことは生命維持にとって非常に重要なことに違いはないので、この心ポンプのシリンダーを動かす作用が心包だと私は考えている。

 肺=気ポンプ機械自体  
 気ポンプを動かす力(呼吸)は、横隔膜運動
 心=血ポンプ機械自体 
 血ポンプを動かす力(心拍)は、心包の作用 
 心包=心拍動作用

 以前も書いたが、死ぬと心拍が停止するというのは、心包機能が停止した結果である。 同様に考え、死ぬと体温低下するというのは、三焦機能が停止した結果である。

なお肝は従来、丸印として記号化していたが、肝の血を貯蔵するという機能をプールのようなイメージにみたて、大きな四角形に変更した。以上の作業で、五臓のイメージをシンボル化できたように思う。


 

※ダニエル・キーオン著「閃(ひらめ)く経絡」医道の日本社刊では独創的な東洋医学的アプローチを展開し、人体構造モデルを発表した。

→「閃く経絡」の人体五臓図の解釈(「閃く経絡」の読み解き その2)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/d8e9a3159d2c63513b06bdd18a2805e2


三焦・心包とは何か? ver.2.0

2024-06-16 | 古典概念の現代的解釈

1.五臓五腑あるいは六臓六腑?

古典では陰陽五行説が支配しているので、内臓は五臓五腑に分別する。五臓とは肝・心・脾・肺・腎、五腑とは胆・小腸・胃・大腸・膀胱である。ところが経絡の正経は12経あり、それぞれに所属臓腑があるので、五臓五腑ではなく六臓六腑として把握される。臓には心包が、腑には三焦が加わるのである。

三焦と心包は現代医学にない概念であり、解剖してもその実体がないことから、これまで心包と三焦は何を意味するものか、大いに議論されている。心包とは心嚢を指し、三焦とは腸の大網を指すという見解もあるが、私は、心包の機能とは心臓を動かす力であり、三焦とは体温を生む機能だと考えている。

その理由を記す。


2.心包・三焦の機能は生きていることのバイタルサイン

生者と死者の臓器は基本的に同一である。ただ生者はそれが機能しており、死者は機能していない。では死者を死者とする所見は何だろうか?それは心停止と体温低下、(さらに瞳孔拡大)であることは今も昔も変わることがない。すると生者にあって死者にないものを探せば、心臓を動かす力が心包の機能であり、体温を生む力が三焦の機能であることが自ずと知れてくるのである。換言すれば、心包と三焦の機能停止が死となる。生者は六臓六腑が機能し、死者は五臓五腑になるともいえるだろう。


 

3.手に属する経絡と足に属する経絡

上左図の高橋晄正医師考案の図は、手に所属する臓腑、足に所属する臓腑の区分についての、示唆を与えてくれる。体幹内臓を横隔膜を境として胸部内臓と腹部内臓に区分されているが、この2つは相似形になっている。体幹内臓を立体的に描いているのは手に所属する6臓腑で、縁に簡略的に示しているのが足に属する6臓腑である。

12経絡の何が手の所属で、何が足の所属なのは、明確な回答がないようだが、この図を見るとそれも理解できる。手に属する臓腑は、生命活動工場設備そのものである。工場稼働スタンバイの状況にあり、三焦が機能して地熱発電所(=ボイラー)の温度が上がり、心包が機能してモーターを回転させ工場を作動させる。


その状態になった後に足所属の臓腑が活躍して工場が稼働する。外部から原材料を運び(脾・胃)、加工して製品をつくる(肝・胆)。その過程で産業廃棄物(腎・膀胱)は廃棄される。これを続けることで生命活動が営まれる。


4.ゴールドを火で溶かして、この養分を四肢末端まで行き渡らせる

ところで、この生命活動工場は、何を製造しているのだろうか。これも五臓色体表から導き出すことができる。
胸部臓腑は、心(火)・心包(火)・肺(金)であり、腹部臓腑は、小腸(火)、三焦(火)、大腸(金)である。
これを高橋晄正医師の図に当てはめると、胸部内臓・腹部内臓とも、るつぼに入れた金(ゴールド)を火で溶かし煮詰めている場面が思い浮かぶ。このゴールドは身体隅々にまで養分として行き渡るのだろう。あたかも古代中国の錬金術さらにその背後にある道教思想まで想いをはせることができる。
 
金丹とは?
中国道教で説く仙人になるための薬。金丹の金は、火で焼いても土に埋めても不朽である点が重んじられた。我が国ではお伊勢参りの土産物として、今日でも萬金丹とよばれる漢方の丸薬が販売されている。トイガンで使うBB弾ほどの球状で黒く、
少量の金箔(?)をまぶしている。ちなみに萬金丹(マンキンタン)は、アンポンタンの元ネタ。


ケッペンの気候区分の手法による舌診分類と世界海流による経絡流注モデル ver.3.0

2024-06-14 | 古典概念の現代的解釈

1.舌体色(舌質色)

舌体色は、血液の色が反映されており、主に寒熱を診ている。熱証であれば赤くなる。
舌色は、卵の白身をフライパンで熱する時の変化に似ている。透明→白→黄と変化し、さらに熱せれば灰になり、その灰も黒くなる。ただし黒苔は暑いというレベルを超えて、極熱(=火傷)の徴候である。裏寒でも舌苔黒になるのは、凍傷の徴候であろう。ただし熱証には実熱と虚熱の区別があるが、実熱は外感に起因し、赤くなる。虚熱は陰虚(脱水状態)により、舌質が乾く。

舌苔舌先や舌辺が鮮赤色ならば実熱。熱毒では紫色になる。寒証であれば舌色は淡くなる。 寒熱は、脈診でいう脈の遅数と相関性がある。



①淡紅舌(淡紅色): 正常な血色 → 正常、表証
②淡舌(淡白色):正常より薄い色 → 血虚、陽虚、寒証、気虚  →貧血
③紅舌(鮮紅色):正常より赤い色 →熱証(実熱) →感染症 または陰虚証(虚熱) →脱水
              舌苔無→虚熱、舌先や舌辺が鮮赤色→実熱。
④絳舌(こうぜつ)(深紅色):紅舌より赤が深い→熱極・陰虚火旺(虚火) →高熱感染疾患 
⑤紫舌(赤紫、濃い青紫、乾燥):熱毒 →チアノーゼ
⑥津液が無くなる -寒証:淡い青紫色、湿濁、血瘀:瘀斑、瘀点も生じる。 →低体温症

2.舌苔

1)舌苔とは

舌の表表面は糸状乳頭という絨毯様の凹凸で覆われる。中医学的には、消化管の奥からの「胃気」が蒸気のように管を上り、舌面に現れると考える。ここでいう胃気とは、脾胃の働きによって得た後天の気の総称。胃気あれば生き、胃気なければ死すといわれる。胃気=食欲と捉えればよい。
すなわち舌苔は胃腸管状態の状態を診るのに用いる。糸状乳頭自体は無色透明だが、上部消化管(とくに胃壁)の細胞がダメージを受けると、この部分の細胞が分裂速度が低下し、舌苔の厚みを増す。


2)舌苔の異常所見 
  
舌苔色は、主に寒熱をみる。舌苔が生え、色がつくには時間を要するので、併せて表裏(白は表、それ以外は裏)も併せて診る。
舌苔色と舌質色情報とは相関性を示すので、これを一グループとみなすことは可能である。

①白苔: 白い苔  - 正常、表証、寒証
②黄苔: 黄色い苔 - 熱証、裏証(外邪が裏に入り、熱化)
       黄膩苔であれば裏熱実証、痰熱 →慢性胃炎
③灰苔: 浅黒い苔 - 裏熱証(乾燥、熱盛津傷)、寒湿証(湿潤:痰飲内停)  →慢性胃炎増悪
④黒苔: 黒い苔  - 灰苔 、焦黄苔からの進行(重症な段階) →高熱疾患の持続

⑤舌苔が剥離したものを、剥離苔とよばれ、気の固摂作用の低下(気虚とくに胃の気)を意味する。
⑥鏡面苔:全体に剥離し、鏡面のようにテカテカ →胃気大傷、胃陰枯渇 →鉄欠乏性貧血
⑦花剥苔:一部が剥離し、テカテカ →胃気虚弱、胃陰不足 →胃障害 






4.舌苔の厚み
  
病邪の程度、病状の進退の程度を知る。急性は薄く、慢性になると裏に入り舌苔も厚くなる。ただし慢性の期間が長引き、体力が落ちていくにつれ、舌苔は剥げてゆき、 最終的に消失する。
  
①薄苔: 見底できる(薄くて見底できる) →正常、表証、虚証
②厚苔:見底できない。 →裏証、実証。
舌苔色は、寒熱と表裏の相関図が描けるのに対し、舌苔厚は、虚実と表裏の相関図が描ける。それは前図にも示しているように、左上が虚、右下が実になるような三次元図をを想像することである。

5.ケッペンの気候区分の手法の応用

1)ケッペンの気候区分とは
舌診の習得は、脈診よりも容易だとされてはいても、分類そのものに一貫性がないので、理解習得に困難を感じる。そこで筆者は細かな解釈には目をつむり、ケッペンの気候区分の手法を、舌診の分類に利用することを思いついた。ケッペン Koppen はドイツの気候学者で、1923年に発表した植物区分で知られている。 降水量と気候という、わずか2つの条件の組み合わせにより、世界の気候を分類した。

 

 


2)樹林地帯と非樹林地帯の舌苔の有無
 
気温の項を寒熱に、降水量の項を水分量に変更し、舌診法のうち、最も重要な舌質色と舌苔色について図式化した。ケッペンの気候区分では、まず樹林気候と非樹林気候に区分する。非樹林気候の条件とは、植物が生育できないほどの乾燥地帯あるいは寒冷地帯である。舌診では、舌苔ができるものと、できないものの区分に置き換えられる。しかし中医学の成書を読むと、中医学では乾燥では確かに「舌苔なし」になるが、寒冷地帯では「舌苔青紫」になる。ケッペンは寒帯を、氷雪帯とツンドラ帯に細分化しているので、「舌苔青紫」はツンドラ帯に相当するものとする。


3)熱帯・温帯・冷帯および灼熱帯の舌質色と舌苔色
 
ついで樹林気候を、熱帯・温帯・冷帯(=亜寒帯)に区分する。健常者を温帯におくとして、その舌質色は淡紅色、舌苔色は白~淡黄である。これと対比するように、熱帯では舌質色は紅色、舌苔色は黄色に、冷帯では舌質色は淡白に、舌苔色は白になる。
 ケッペンの分類にはないが、筆者は気温の項に熱帯の上の段階として、灼熱帯(=熱毒)を加えた。灼熱帯は、時間的持続性で、焼ける前と焼けた後に細分化した。焼ける前は、焼ける前後で、舌質は絳(紅よりも深みのある紅)→紫になり、舌苔色は芒刺→灰・黒と変化する。

4)特殊形

①陰虚火旺:熱により乾燥しているのではなく、水不足で乾燥している状態。砂漠状態。舌質紅で、舌苔なしの状態。舌形は裂紋舌。

②気血両虚:舌色淡という観点から、冷帯に所属することがわかり、裂紋舌という点から水不足であることもわかる。したがって、陰虚火旺盛に類似しているが、陰虚火旺よりも  さらに寒い状態と理解できる。

③黄膩苔:ねっとりしている舌苔。ねっとりするには、大量の水と熱が必要だと考え、熱帯かつ降水量大の場所に位置づけた。

④)胖舌:気虚とくに脾気虚で生ずる。気虚により水を代謝しきれない状態。ここでは黄膩苔に似ているが、熱とは無関係なので、温帯かつ降水量大に位置づけた。胖舌の結果、舌縁に歯形がつくようになる。これが歯痕舌である。

 

6.経絡流注モデルの発想

経絡の流注を個々の経絡でとらえた場合、よく川の流れに例えられ、これで初心者は分かったような気にさせられる。手足の三陰経は手足の末梢から体幹方向への流注するので納得だが、手足の三陽経は体幹から手足の末梢へと流れるので、まったく成立しないのである。このようなことは有資格者ならば誰でも知っていることなのに針灸初心者用のたとえ話ということで納得してしまっている。一つ一つの経絡の流注ではなく、鳥瞰的に全経絡の流注を考えるには、世界の海流図をモデルにするのがよいと思う。前記したケッペンの気候区分は陸地の気候モデルだが、今回は海流モデルと対照的だ。下図では、赤道反流が督脈に、北赤道海流と南赤道海流が膀胱経に対応するものとなるだろう。

 

 

 


奇経八脈の宗穴の意味と身体流注区分の考察 ver.3.0

2024-06-14 | 古典概念の現代的解釈

1.十二正経の概念図
 
筆者は以前、十二正経走行概念の図を発表した。

 http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/bac628918882edd51472352adefd6924/?img=0084a878810483f1998c462abef9281b

これと同じ内容をさらに単純化した図を示す。この図の面白いところは、赤丸の内側は胸腔腹腔にある臓腑で、鍼灸刺激できない部位。赤丸び外側は手足や体幹表面で鍼灸刺激できる部位となっているところである。鍼灸の内臓治療の考え方は、赤丸外の部位を刺激して赤丸内にある臓腑を治療すること、もしくは体幹胸腹側もしくは体幹背側から表層刺激になる。これは兪募穴治療のことである。

 

 2.奇経の八脈と宗穴

1)奇経の基本事項


上記十二正経絡概念図をベースとして、これに奇経走行を加えてみることにした。

始めに奇経に関する基本中の基本を確認しておく。奇経八脈はそれぞれ次のような宗穴をもっている。この治療点は次の奇経の二脈をペアで使い、4パターンの治療をすることになる。( )は宗穴名。

陽蹻脈(申脈)---督脈(後谿)

陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)


2)福島弘道の提唱した新たな四脈と宗穴  

 
福島弘道氏は、従来の奇経八脈の宗穴治療だけでは不十分だとして4脈を加え、次の2パターンを付け加えることを提唱した。福島がなぜこのような事柄を思いついたのかを探ることが奇経を理解するヒントになる気がした。


足厥陰脈(太衝)--手少陰脈(通里)

手陽明脈(合谷)--足陽明脈(陥谷)


3)十二正経走行概念図への追加事項


1)前図に奇経八脈の宗穴を描き加えてみる。つまり十二經絡上に8つの宗穴を描くことになるが、4經絡は宗穴が存在しない。


2)そこで改めて福島の提唱した4新宗穴をさらに描き加えると、十二經絡上にそれぞれ一つの宗穴が載ってくる。

①肺経(列缺)、②大腸経(合谷)、③胃経(陥谷)、

④脾経(公孫)、⑤心経(通里)、⑥小腸経(後谿)、
⑦膀胱経(申脈)、⑧腎経(照海)、⑨心包経(内関)、
⑩三焦経(外関)、⑪胆経(足臨泣)、⑫肝経(太衝)

3)ペアとなる宗穴を点線で結ぶことにする。陽経ペアは赤色、陰経ペアは青色を使うことにする。

 
<陰経ペア>

①肺経(列缺)--⑧腎経(照海)
⑨心包経(内関)-④脾経(公孫)
⑤心経(通里)--⑫肝経(太衝)  ※福島提唱
 
<陽経ペア>

②大腸経(合谷)-③胃経(陥谷)   ※福島提唱
⑥小腸経(後谿)-⑦膀胱経(申脈)
⑩三焦経(外関)-⑪胆経(足臨泣)

 

 

4)奇経走行概念図

上に示した正経と奇経の総合概念図は、内容が込み入っていて、直感的に把握しにくいので、本図から、正経走行を取り除いてみることにする。奇経は臓腑を通らないので臓腑も取り除いてみることにした。

 

 

するとかなりシンプルな図が完成した。きちんとループを描いたが、奇経の8宗穴+合谷と陥谷を使った場合ということであって、これが奇経治療になるかは少々疑問である。というのも、使っているのは正経をショートカットしたルートだからである。


3.手足の八宗穴を使うことと奇経流注の謎

上図は、症状に応じて定められた手足の一組の要穴を刺激することで治療が成立することを示すものだが、この方法は奇経治療以外にも行われている。手足の陰側と陽側それぞれにある定められた12の要穴を使った治療は、1970年代に発表された腕顆針(日本名は手根足根針)が知られている。この図を見ると、手を上げた立位の状態で縦縞模様に区分されている。

 

 

奇経治療は、八つの奇経を組み合わせて使うのが原則なので、4パターンの治療になるが、同じような縦縞模様となっている図に、「ビームライト奇経治療」というものがあることをネットで知ることができる。

 

 http://seishikaikan.jp/blkikei.htm

 

4.新しい奇形流注図

縦割りの考えで奇経を眺めると、体幹と頭顔面の中央に、陰側に任脈があって背側に督脈がまず存在している。任脈のすぐ外方には陰蹻脈が伴走し、さらに陰蹻脈の外方に陰維脈が縦走している。督脈のすぐ外方には陽蹻脈が伴走し、陽蹻脈の外方には陽維脈が縦走しているといった基本構造がまず想定されている。これは道路を走る車に似ているように思う。道路の中央は高速車(一般乗用車など)が、端の方は中・低速車(バスがトラックなど)が走る。道路に応じてそれに相応しい車種が走っているわけだ。一方、衝脈と帯脈は、流注構造では反映されていないが、この理由は後に説明する。

これまで鍼灸治療の治療チャート図は、頭針であれ耳針であれ、高麗手指針であれ、ある日突然完成形が提示され、その理論の正しさを、実際に治療効果がみられたとすることで読者を説得してきたが、論理的とは言い難く、知的満足感も得られない。自分にできる方法として、現実どうしてそう考えるのかの、思考過程を順序立てて明らかにすることで、その間違っているかもしれない部分を指摘できるようにすることが重要だろう。

これまでいろいろなことを考えてきたが、①手足の八つの宗穴で、定められた手足のペアとなる宗穴を結んだ図を描く。
②衝脈と帯脈の走行は無視するが、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗である足臨泣は。各ペアとなる陰維脈ならびに陽維脈の流注における足部代表治療点として位置づける。以上の2点を重視し、私の考える奇経走行図を示したい。手足のペアとなる宗穴は連続してつながっている必要があるが、本図では背部の陽維・帯脈の流れは、肩甲骨によって上下に分断されていることになる。しかしながら、陽維・帯脈は、肩甲骨・肋骨間を上行している、つまり立体交差していると考えれば、納得いくものとなるだろう。

衝脈と帯脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は初潮から閉経の間に機能し、婦人病に関与するという共通点があると思える。他の奇経が自己の生命を正常に営むことを目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を生むための仕組みに関与している。

帯脈:帯を胴体に巻かないとズボンが落ちてしまうのと同じように、帯脈の機能がなくなると、帶下になるのだろう。帶下とはおりもの意味で月経以外の膣からの分泌物をいう。この意味から広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含めるのではないか?

衝脈:「衝」過とはぶつかるような、つきあげるような勢いのこと。衝脈は子宮から発するとされているから、原意は妊娠時のつわりにあると思えた。次第に広義の悪心嘔吐も衝脈の病証とされるようになったのだはないか? 

 

 

  筆者は、古代中国医師は「おそらくこう考えたのではないか」という視点を骨の隆起など解剖学的立場から奇経を推察しているが、実際に奇経治療で効果を出すという臨床的観点から論説している立場がある。ネットで関連文献を検索してみると、伊藤修氏の論文に奇経八脈の走行図を推察したものが載っていた。原図はモノクロだが、私の<奇経八脈流注の考察(似田>と比較しやすくするため、カラー化して下記に引用する。類似点が多いのは当然だが、肩甲骨周りと骨盤周りの奇経走行が私の図と大きく異なっている。帯脈の扱いをどうすべきかという点、手の小腸経と督脈が連続していないことに困惑しているかのようであり、ここが多くの学習者を悩ませる部分でもある。 

5.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?

督脈の宗穴が後渓であることは基礎知識だとはいえ、後正中を縦走する督脈の流注がなぜ小腸経の後渓なのか、経絡的に連絡がありそうに思えなので、合点がいかない話である。まあ東洋医学は、納得できない内容が多いのだが、それをいちいち疑うことなく、まずは騙されたと思いつつ臨床で使ってみると、自ずと会得できるようになるとされていたりもする。

身体の柔軟な者では、左右の肩甲骨を内転せると、左右の肩甲棘基部を接触させられる者がいる。ということは、このポーズで督脈を流れるエネルギーは肩甲棘基部から流れを乗り換え、エネルギーは肩甲棘を外方に移動し、肩峰あたりから上肢を下行(針灸的には上行)して後渓まで達することになる。

肩甲骨を内転させるには、菱形筋と前鋸筋の収縮が必要となる。ちなみに「肩甲骨はがし」というのは翼状肩甲状態をつくることで、そのため菱形筋と前鋸筋を脱力させてストレッチ状態をつくるようになる。病的な翼状肩甲は、長胸神経麻痺による前鋸筋収縮不全により生ずることは周知のことであろう。

 


主要な脈状診の解釈

2024-06-01 | 古典概念の現代的解釈

1.脈状診とは

寸口(橈骨茎状突起の内側の橈骨動脈拍動部。太淵穴)に指頭で圧をかけ、その指の感触から、病因の推測、寒熱の度合い、予後の判定などを診る診察法。 
※平脈:健康人の正常な脈を平脈とよぶ。平脈とは次のような脈をいう。一息(一呼一吸)に 4~5拍動(術者の呼吸で判定)、リズムが一定、太くも細くもない。硬くも柔らかくもない。浮いても沈んでもいない状態。

なお脈とミャク(月+永)は同じ意味である。漢字を構成する右側の造りは、水流の細かく分かれて通じる様子であり、これに月(=肉)を加えると、とくに細かくわかれて通じる血管をさすようになる。



脈診で太淵穴を指頭で圧する意味は、太淵穴が部位的に圧しやすいという意味からであって、古代中国人は太淵穴の脈の具合を病態に照らし合わせ、体系的に整理していったと思われる。無数にある血脈の一部位をもって、全身の血脈の具合を推察しようと努めた結果であって、太淵が肺経上にあることは、考慮しなくてもよかろう(背部膀胱経に、背部兪穴が並んでいるのと同じ)。


2.脈の可変因子

1)血脈における気の固摂作用

血管断面積を決定するのは、気の固摂作用である。気の固摂作用が強いほど血管断面は小さくなり、皮膚からの距離は遠くなるので、沈脈となる。気の固摂作用が弱いほど血管断面は大きくなり、皮膚からの距離は近くなるので、浮脈となる。

 
2)血脈における気の推動作用

気は血流速度にも影響を与える。気の推動力の強弱は、血流速度の遅速と相関する。また血流速度は、脈拍数と相関する。

 
3)心拍出力

心臓における血液拍出力が強ければ血流圧(=血圧)が増加する。この値は現代でいう血圧値(とくに最高血圧)の測定で推定できる。心拍出量が大きければ実脈に、小さければ虚脈になるであろう。
 
4)肝の疏泄作用

肝の疏泄作用とは、気血水を滞りなく、のびのびと回す力をいう。この疏泄作用の低下の原因は、ストレス(抑鬱、怒り)であり、中医学では 肝鬱気滞(=肝気鬱滞)と称する。気の流れが悪くなって滞り、引き続いて血流の勢いも低下する(気滞血オ)。



4.代表的な脈状
脈の数は何十種類もあるが、その脈状の意味を共有できる者が大勢いなければ、
学問としての発展性は乏しい。かつて日産厚生会玉川病院東洋医学科(当時の主任、鈴木育雄氏)では、代田文彦氏の考えを具体的に現すものとして、以下に示す八種の脈を、同科の内部で共通して用いる代表的な脈状診に定めた。

1)浮脈

概念:軽く指をあてて触れる脈
解釈:気の固摂作用低下で、血管が緩んだ状態。つまり末梢血管拡張状態。病が表にあることを示す。体熱を放散する目的←風邪の表証。いわゆるパワー不足←気虚証。
刺激:針を浅く(5㎜)刺す。

2)沈脈

概念:強く圧して初めて触れる脈
解釈:気の固摂作用亢進で、血管が緊張した状態。つまり末梢循環収縮状態。裏証。多くは冷えによるものであり、体熱を逃がさないようにする目的がある。 
刺激:理論上は針を深く刺すことになる。実際には寒証が多いので温補がよい。

3)数脈

概念:一呼吸に六拍以上(90拍/分以上の脈)、頻脈
解釈:気の推動作用増加し、血流が速くなる。熱証。現代医学では基礎代謝増加(発熱疾患、精神緊張、甲状腺機能亢進症、脱水)
解説:一般感染症をまず考える。しかし針灸に来院する患者に有熱者は少ないので、大部分の者は鬱熱状態(陽気が長期間外に排出できない)を考える。鬱熱の原因として情志機能の失調による臓腑の機能障害(交感神経緊張)がある。
刺激:浅く速刺速抜し、熱をさます。

4)遅脈

概念:一呼吸に三拍以下(50拍/分以上の脈)、徐脈
解釈:気の推動作用減少し、血流がゆっくりになる。寒証。現代医学では基礎代謝低下(甲状腺機能低下症、低体温症)。
解説:徐脈は一般的にはまず心疾患(房室ブロック)を考える。心臓に異常がなければ、甲状腺機能低下症(基礎代謝低下による徐脈)などの内分泌疾患を考える。東洋医学では血流が活発でないことによる寒証を意味するが。その本態は血虚(血液量不足)または腎虚(精力不足)にある。
刺激:治療は温灸や知熱灸がよい。

5)実脈

概念:明らかに力強い脈で、浮中沈ともよく触れる脈。
解釈:血液が血管に充満して圧力をかけている。すなわち高血圧、動脈硬化状態。心拍出量増大。実証。
刺激:太い針で強めの刺激をする。

6)虚脈

概念:明らかに力のない脈で、浮中沈ともあまり触れない脈。
解釈:血液が血管をかろうじて満たしている状況で、圧力に乏しい。低血圧状態。虚証(気虚、血虚など)
解説:心拍出力低下(=低血圧)、腎虚(=生命力低下)。
刺激:強い刺激を身体が受け付けないので、細針で針響を与えないよう刺す。

7)弦脈       

概念:琴弦を押すように力強く(緊張した)脈。
解釈:集まった気血が拡がらない状態。この原因としてつぎの2つがある。
①肝の疏泄作用の失調 →肝気鬱血
②痰飲:痰があるので
③痛み:苦痛大なので脈も緊張している。
解説:中枢因子:ストレス過多による交感神経緊張状態(肝の疏泄作用の失調→肝気鬱血、疼痛状態)
       末梢因子:痰飲によって気が阻滞
   ※筆者は、肝の作用を、現代医学でいう大脳新皮質の作用と考えている。精神的要素=肝の病
    変と考える。この詳細は、「古典概念の現代医学的解釈」カテゴリー中の、「古代中国人の肝
    の認識」ブログ参照のこと。

8)緊脈

概念:ワラを押すよう。琴弦がさらに細くなった、弦脈の緊張型。血管が緊張して力強さ感じる。
解釈:弦脈と同病態 + 寒証

               


以下に脈診分類に関する新たな試みを示した。

ケッペンの気候区分による脈診の分類(2019.2.28)

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/ead80c07657299b0753ff75c6f97f0bf


奇経理論の再考察

2024-04-05 | 古典概念の現代的解釈

1.はじめに

筆者が針灸免許を取得する前から奇経には非常に興味があった。というのも当時の医道の日本誌では、奇経治療がブームとなっていて誌面を賑わせていた。何よりも最初に針灸治療の指導を受けた先生が奇経治療の臨床をやっていたからでもあった。しかし奇経治療のルールに従って治療して効いたという報告が多く、いくら調べても本質的な疑問に対する解答は得られなかった。ルールに従うのではなく、なぜそうしたルールになったのかを知りたかった。
奇経でペアとなる経絡は次のように定まっているが、どうしてペアとするのかにも謎が多い。下記ペアの左側にある陽蹻脈の宗穴を申脈、陰蹻脈の宗穴を照海とするのは納得できるが、それ以外の奇経と宗穴は自経上にないことも納得がいかない。
     

ペアで用いると定められた奇経 の組合せ                                         
陽蹻脈(申脈)---督脈(後渓)                            
陰蹻脈(照海)---任脈(列缺)                             
陽維脈(外関)---帯脈(足臨泣)                           
陰維脈(内関)---衝脈(公孫)             
                             
各経の走行を検討すると、以下の組み合わせの方が自然だと思う。ただし帯脈の宗穴、衝脈の宗穴は定まらない。そもそも帯脈、衝脈に宗穴は不要なのかもしれない。

合理的に考えてみた奇経の組合せ
陽蹻脈(申脈) --- 上肢尺側(後渓)                          
陰蹻脈(照海) --- 上肢橈側(列缺)                           
陽維脈(足臨泣)--- 上肢背側(外関)                         
陰維脈(公孫)  --- 上肢前側(内関)                         
帯脈(?)------ 衝脈(?)   

                        
奇経に似ていて、手根と足根に所定の治療穴を定めておき、その組み合わせで治療するという内容は、奇経治療以外では「腕顆針法」がある。腕顆針は、奇経の宗穴に相当する部を治療点とするが、手首部に6カ所、足首部に6カ所設定していて、十二正経に応じている。下写真がその書籍で、表紙に描かれた6本の帯の図がこれを象徴している。なぜそんなことまで知っているのか。それは表紙デザインは私にやらせてもらったからだ。
奇経は手首部に4カ所、足首部に4カ所の宗穴なので、奇経治療の方が単純化されているという基本的違いがある。腕顆針法は中国の張心曙により考案された。1980年代にわが国には手根足根針と改題され、杉光胤の訳により医道の日本社から出版された。

 

奇経治療については、筆者ブログ2019年12月8日「奇経八脈の宗穴の意味と身体流注区分の考察 ver.2.0」としてすでに説明したが、説明不足の点が多々あった。今回は、わかりやすさに留意して書き改めた。


2.奇経全体の走行  

上図は、私の考えた奇経走行の全体図で、すでに紹介した。ただしこの図の見方について説明をしてこなかった。今回はペアの経ごとに走行を説明する。


3.陽蹻脈と督脈

陽蹻脈は、自経内に宗穴として申脈をもつ。なお「蹻」とは足くるぶしのことをいう。陽蹻脈とは、足の外果を起点とする流注であることを示している。

陽蹻脈のペアとなる督脈は、自経内に宗穴はなく、上肢の後渓を宗穴と定めている。ただ奇経治療はペアとなる二つの奇経の手根と足根にある穴を治療点とするのが奇経治療の原則なので、体幹背面の脊柱を上行する流れから分岐して後渓へと走行するルートを模索すると以下の図のようになるだろう。
Th3棘突起くらいのの高さから肩甲棘を内端から外端までを通過し、上腕尺側を流れて後渓に達する。Th3棘突起と肩甲棘は離れているので、流注が途切れているかのようだが、左右の肩甲骨を内転(肩甲骨内縁を接触させる運動)させるならば肩甲棘内縁はTh3に接触できるだろう。
このように考えることで、後渓-申脈は、手首・足首ペア治療が適用できるものになる。 

4.陽維脈と帯脈

陽維脈は、自経内に宗穴はなく、手根にある外関を宗穴と定めている。
ペアとなる帯脈も、自経内に宗穴はなく、足の臨泣を宗穴と定める。陽維脈の宗穴は外関のほかに、本来は帯脈の宗穴なのだが、陽維脈経内の要穴として足臨泣を定めることにすと、手根には外関、足根には足臨泣となり、外関-足臨泣がペア治療として治療点となり、すっきりした解釈ができるだろう。帯脈については別枠で考察する。

身体の背面で、陽蹻脈と督脈の領域以外の部分が、陽維脈-帯脈の担当領域になる。「維」にはつなぐという意味がある。何をつなぐのかといえば、陽蹻脈と督脈の領域と、後述する陰蹻脈-任脈を領域をつなぐ範囲というのが私の理解である。上図では、肩甲骨が点線で描いている。これは陽維脈は肩甲骨と肋骨間を走行することを表現している。

 

5.陰蹻脈と任脈

陰蹻脈は、自経内に宗穴として照海をもつ。

陰蹻脈のペアとなる任脈は、自経内に宗穴を持たず、手根部にある列訣を宗穴と定めている。奇経治療はペアとなる二つの経絡の手首・足首にある穴を治療するという規則があるから、体幹前正中を任脈・陰?脈が上行して、手首へと流れるルートを考察すると、鎖骨内端から外端へと直角に流れを変え、そこから上肢橈側を手首に向けて列欠へと流れるというルートが想定できる。

6.陰維脈と衝脈

陰維脈は、自経内に宗穴はなく、手根部にある内関を宗穴と定めている。

ペアとなる衝脈も、自経内に宗穴はなく、公孫を宗穴と定めている。内関と公孫に施術することで陰維脈・衝脈の証の治療にあたる。
下肢前面→胸腹部の中央以外の前面と上行し、鎖骨にぶつかると直角に折れて上肢の前尺側を内関に向けて上行する。なお衝脈については別枠で考察する。

7.帯脈と衝脈

帯脈と衝脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は子宮から始まり、初潮から閉経の期間に機能し、婦人病に関与するという共通性がある。他の奇経が自分自身の生命維持を目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を誕生させるための機能に関係している。
帯脈は子宮内の血液を留めていく機能で、衝脈は子宮内の血を月経血として下す機能だろうと思われた。互いに相反する作用になる。帯脈の作用は弱まって衝脈の作用が強くなると月経が始まる。

1)帯脈とは
腰の帯をしっかりと留めておかないと、ズボンが下に落ちてしまう。同様に帯脈の機能が低下すると、子宮から血が漏れ出てしまう。これを帯下とよぶ。帯下とは現代でも使われる言葉で、月経以外の膣からの分泌物、オリモノのことをいう。この意味を広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含める。
 
2)衝脈とは
衝脈の「衝」とはぶつかるような、つきあげるような勢いのことをいう。「衝」のつく経穴には、衝門穴、太衝穴など脈拍を触知する部位であることも多いが、気衝穴のように胃経の走行が直角に折れ、上行した気が勢いよくぶつかる処という意味でも用いられる。衝脈の衝は、後者の意味である。
 
妊娠可能な女性は、生理的に月に一回月経を迎える。その時は帯脈の力が弱くなり月経血を留める力が減る一方、衝脈の勢いが増して月経血を強く下に押し出すことで月経が始まる。妊娠時は月経が停止して、妊娠初期にはツワリが生じるから、悪心嘔吐も衝脈の病証と解釈されたのだろう。


頭部ツボ名の由来

2023-11-17 | 古典概念の現代的解釈

経穴の学習は大変だが、その中にあって最も難しいのが頭部になるだろう。頭部の経穴は、取穴となる目印が少なく、ツボ名自体も抽象的なものが多い。そこで今回、自分の学習を兼ねて、頭部の経穴の由来を整理してみることにした。ツボ名の由来には合谷、百会、手三里など各人一致した見解をみる穴も多いが、絡却・本神・懸顱・天衝・浮白・承霊など漠然としたイメージにしか浮かばない経穴もあり、こうした経穴の語源はやはり各書で意見が異なっている。結局何が正しいのは今となっては分からいので、最も興味深く印象に残る意見に従った。なかには書物の記述に満足できず、漢和辞典を調べた上、自分の考えを記した部分もある。

 

1.頭顔面経絡の流注概念

①頭顔面には督脈と6本の陽経が集まっている。陽経のうち、ツボが多数存在しているのは、膀胱経・胆経・三焦経それに督脈である。

②膀胱経:後頭部~頭頂部~前頭部(前頭~帽状腱膜~後頭筋)の矢状領域
③胆経:側頭部の側頭筋領域。陽がよく当たる処。
④三焦経:耳と側顔面の頬骨上域支配→老人になると耳遠くなり、頬上部(こめかみ部)がこける。頬上部がこける原因、加齢や栄養不良による側頭部脂肪体の減少。
⑤膀胱経:後頭部~頭頂部~前頭部(前頭~帽状腱膜~後頭筋)の矢状領域
  

2.前頭部~頭頂部のツボ

①神庭(督) 脳は元神の府であり、「庭」は前庭(神社の拝殿に相当すると思う
) ※本神穴と呼応している。
②上星(督) 天空の星を見上げた時、星に最も近い場所。
③顖会(督) 顖=大泉門のこと
④前頂(督)  百会のすぐ前にある穴   
⑤百会(督)  多くの経絡が集まる部位。
⑥後頂(督)  百会のすぐ後にある穴
⑦曲差(膀)  「曲」=曲がる、「差」=不揃い。睛明からここまで膀胱経の流れは一直線ではなく、曲がることを示している。      
⑧五処(膀)  五処は承光の前、曲差の後にある。五処の両脇には上星と目窓がある。本穴を含めたこの5穴はどれも眼疾患に効果がある。さら五処は
 胱
経の5番目の穴である。  ※膀胱経の流注:①睛明→②攅竹→③眉衝→④曲差→⑤五処...
⑨眉衝(膀) 眉頭の上方の髪際にある。眉毛を動かすとこのツボまで、突き上げるような動きがある。
⑩承光(膀) 天からの光を拝受するツボ。目に効くことを示す。 
⑪通天(膀)  天に届くほど高いこと。頭頂部の意味。
⑫絡却(膀) 「絡」は絡脈のことで小さな静脈、「却」は退却。眼の充血を消す効能がある穴。頭頂導出静脈関連?
⑬頭臨泣(胆)太陽経膀胱経最初の穴である睛明と少陽胆経最初の穴(内眼角)である瞳子髎(外眼角)は、ともに泣くと涙が出る処。本穴はこれら2穴
       の
上方で、瞳孔線上。
⑭目窓(胆) 「窓」は光を入れる窓のこと。眼疾患を治し、眼の窓(瞳孔)を散大させる。
⑮正営(胆) 「正」=正確、「営」=営(現代でいう血液)。脳が正確に血を動かし全身に栄養を回している処。    
⑯本神(胆) 神庭(拝殿)の横にあるのが本穴で、本殿に相当する。外方には骨に段差があって、頭維をとる。正門(神庭)→本殿(本神)→御神体(頭維の奧にある脳)という境内は神社の様式である。古代中国に神社はないが、代わりに道教寺院がある。道教寺院は、神仙思想すなわち仙人のようになって長寿を得るための修行の場だった。しかし現在中国にある道教寺院はすっかり観光化してしまった。もっとも観光化したからこそ中国共産党を脅かすものではないと判断され、当局の弾圧を免れたのだろう。
 この段差から骨中に入り、奧には御神体(=脳)がある。脳は元神の府である。

上の写真は、埼玉県坂戸市にある台湾系の道教寺院。日本国内にも道教寺院が数カ所あるが、「聖天宮」が最大規模である。
漢詩<月落烏啼霜満天(月落ち烏啼いて霜天に満つ)で知られる寒山寺も、中国蘇州にある道教寺院である。


⑰頭維(胃) 「頭」は頭部、「維」は額の髪とヒゲをつないでいる部分。

⑱強間(督) 後頭部の人字縫合にある部。小泉門部。

3.後頭部のツボ

①瘂門(督)  瘂=唖(おし)。声を出せない者のこと。発声するのに要となる部位

②完骨(胆)  完骨=乳様突起
③玉枕(膀)  玉=頭蓋骨のこと 寝る時にマクラが当たる部位。
④天柱(膀)  天を支える柱。天とは頭蓋骨のこと。頸椎を天柱骨とよぶ。
⑤脳空(胆)  「空」は孔や陥凹。脳戸の横で、外後頭隆起上の陥凹部に挟まれている。
⑥脳戸(督)   出入りする処を「戸」と呼び、脳の気が出入りする場所になる。
⑦風府(督)   風邪があつまるところ。風邪は頭項部を冒しやすい。
⑧風池(胆)   後頸部の陥凹部で風の吹きだまり。
                                                        

4.側頭部のツボ

①翳風(三)    翳とは、鳥の羽。鳥の羽により風よけとなっている部位。
②角孫(三)    角とは耳上角、孫とは小血管=孫絡のこと。
③頷厭(胆)  「頷」は頭を下げてうなづく。「厭」とはいやになる。頸が回らなかったり、うなづくことができないなどの症状を治す。
④頭竅陰(胆) 竅は強くひきしまった細い穴の意味。頭竅陰は頭部にあって眼、聾、舌強直、鼻閉、咳逆、口苦などの「竅」の病を治す。
 ちなみに足竅陰穴は足にあり竅の病を治す。
 ※人体の九竅:陽竅=耳孔(二)、目孔(二)、鼻孔(二)、口孔(一) 陰竅=前陰と後陰(二)
⑤曲鬢(胆)「鬢」=額の左右にある髪の生え際のこと。
⑥瘈脈(三)「瘈」はひきつけ、痙攣の意味で、「脈」は絡脈の意味。耳後浅静脈の上にあり、小児の痙攣やひきつけなどの病症を治す。
⑦顱息(三)「顱」=頭部。横向きに休息する際は、この部がマクラに当たる。
⑧懸顱(胆)「懸」=ぶら下がる。「顱」=頭部。側頭から出た髪毛がぶら下がる部位。
⑨懸釐(胆) 「懸」=ぶら下がる。「釐」=整える。側頭から出た髪毛を整える。
⑩承霊(胆)「承」は受ける、「霊」は神。本穴は頭の最も高い場所である「通天」の傍らにあり、神の思惟活動に関与している。
⑪率谷(胆)「率」は寄り添う。「谷」とはここでは側頭骨の縫合をさす。
⑫天衝(胆)「天」は頭頂にある百会穴のこと。「衝」はつきぬける。本穴は百会へとつきぬける道としての役割がある。
⑬浮白(胆)    脈気が軽く浮いて上昇し、天衝を経て、頭頂の百会に到る処。白は百に通じることから。
      
     
     

引用文献
①森和監修 王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著 土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE

 

 

 

 

 

 

 

 


臓腑の官職 ver.1.1

2023-08-25 | 古典概念の現代的解釈

古典「素問」霊蘭秘典論では、臓腑の機能を古代中国の官職に例えている。臓腑の機能は、これだけにとどまらないが官職に例えることで、親しみやすくなっている。臓腑の官職については、これまでにも大勢の人が説明しているが、私も整理してみることにした。
なお官職の説明の最後は、ほとんどが「○○出ず」となっている。これは出ないという否定形ではなく、どうして出ないことがあろうか、という反語表現になっている。


  ①肝    将軍の官                                        
  ②胆    中正の官
  ③心    君主の官
  ④小腸   受盛の官
  ⑤脾    倉廩(そうりん)の官 
  ⑥胃     同上
  ⑦肺    相傅(そうふ)の官 
  ⑧大腸   伝導の官
  ⑨腎    作強(さっきょう)の官 
  ⑩膀胱   州都の官 
  ⑪心包   臣使の官 
  ⑫三焦   決瀆(けっとく)の官 

 
 
1.肝        

将軍の官、謀慮出ず   

肝は「月」+「干」で、干は幹の原字。身体の中心となる幹のことでその重要性が知れる。「謀慮」とは人間の思考のこと。
将軍が君主の下で全体を統率するように、肝は身体中央にあって思惟・精神活動に深く係わるとのこと。
肝は木の枝葉のように、のびのびと伸びているのがよく、この状態であれば気を身体中に巡らせることができる。すなわち気合いを入れた状態。
「肝」の機能が失調すると情緒が不安定になる。とくに肝の「疏泄機能」(全身に気を巡らす機能)は人間の精神状態に非常に影響されやすく、ストレスを感じるとすぐに失調すやすい。
  


2.心    


君主の官、神明出ず

「心主血脈」ともいい、血液の運行を制御する意味になるが、より重要なことは、心は君主のように一国の統帥の位置にあり、協調統一的な生命活動を維持するための「神明」すなわち神のような英知を生むことである。


3.脾・胃      

倉廩(そうりん)の官、五味出ず


脾と胃は不可分の関係があって、胃は受納をを主どり脾は運化を主る。内経では「脾と胃は膜をもって相連なる」とあり、脾胃は不可分の関係にあることを指摘している。

「倉廩」は米殻の倉庫、「五味」は気血に化生する源のこと。胃から分泌する津液により飲食物を消化をして気血に変換し、五臓に送り届ける。


4.肺     

相傅(そうふ)の官、治節出ず

「相傅」とは補佐の意味。ここでは君主である心の補佐官のこと。「治節」とは肺の主な生理機能を包括的に説明したもので、肺が呼吸運動を調節することで、同時に全身の気機(昇降出入)が正常に行われて血液の循環も維持され、津液の代謝も管理・調節されるといった意味。

 

5.腎    

作強の官、伎巧出ず
 
「作強」とは、重労働に耐える強者、「伎巧」とは聡明で智恵にまさり精巧多才なこと。

作強の官とは、腎が他臓器の作用を促進することを意味する。腎のこのような作用は、一口でいえば活力の源で、腎は精を蔵し髄を生む結果、足腰を強化し生殖や生長を担うものとなる。

※作強は、もともとは作疆だったのが、書き写すうちに作強に変化したとする説がある。「疆」はあまり馴染みがない漢字だが、中国北西部辺境にある新疆自治区というような地域名で使われる。無理にやらせる、境界といった意味がある。作疆も<無理にやらせる>といった意味となる。


6.心包    

臣使の官、喜楽出ず

「臣使」とは君主の代行として、心に代わって喜楽を伝える役割。

 

7.胆        

中正の官、決断出ず        

「中正」とは不偏の意で、公平、正確の意味を含み、「決断」とは決定、判断のこと。公平中立な立場の役人である裁判官で正邪を分ける役割。腸道と膀胱中の糟や排泄物とは異なり、胆汁はけがされていない。このことから不正に染まることがないので、「胆は清浄の腑なり」ともよばれる。

※肝は計画、胆は実行され、戦術の決断は、胆に依拠して初めて下される。

 

8.小腸   

受盛の官、化物出ず
 
「受盛」とは、受け入れ器に物を盛ることで、予算配分する役人のこと。「化物」とは、消化して変化させる意味で、胃が消化し脾が吸収した飲食物の残渣の中から、さらに有用なものを吸収する一方、不要な水分を膀胱へ送って小便とし、不要な固形のかすを大腸に送り大便とする。小腸の機能が失調すると、これらの分別が不十分なまま大腸に送られ、下腹部痛や下痢などの原因となる。

 

9.大腸   

伝導の官、変化出ず


「伝導」とは、大腸が糟粕(しぼりかす)を輸送する通路。「変化」とは、糟が変化して糞便となって体外に出し、腸内にとどめないこと。

胃で消化したものが小腸で更に消化吸収され、その糟粕が今度は大腸に集められ、糟粕を糞便に変化する。
大腸が失調すると、腹鳴や下痢や便秘といった排泄障害がみられるようになる。

 


10.膀胱    

洲都の官、津液蔵す


「州都」の原意は中州(川の砂州)に住居し得る場所で、ここでは膀胱が、水(小便)を貯蔵し、一定量集まると排出する。これを管理する地方(体の下部にあるので)の長官。
なお膀胱と表裏をなすのは腎で、小便は、腎の気化作用により作られ、膀胱に送られる。ここでの気化作用とは、水が気に変化することをいうが、具体的には腎が温められて腎水は水蒸気として上にのぼり、やがて冷やされて雨となって腎水に戻るという原理に基づく。
   

11.三焦    

決瀆(けっとく)の官、水道出ず

「決」とは、疏通状態、「瀆」とは溝。「決瀆」とは水道を疏通すること。三焦は溝を切り開き水を流す官吏に例えらる。体内の水液を上下に流通し、体外に排出することを管理する。上焦で病気を治せないなら、水は胸に溜まる、中焦では胃に水が溜まる、下焦ならば水は二便が乱れる。

 


澤田健「十二原之表」の解説

2023-08-22 | 古典概念の現代的解釈

1.代田文誌の「十二原之表」との出会い

上表左の一文:
上表は、『鍼灸治療基礎学』中のもの。<毎朝六十六難の図に対し、原気の流行・衛栄の往来を黙座省察することで身中の一太極を知り、自らを万象にぴったりと符号する態度を貫き通す>広岡蘇仙の言(『難経鉄鑑』の著者)

 

代田文誌が長野で鍼灸治療を開始して間もない頃のこと、東京市雑司ヶ谷の澤田健の治療院に初めて見学に行った(満27才)。『鍼灸神髄』にはその時の状況が書かれている。治療室に入ってまず目に入ったのは、「五臓之色体表」と、「十二原之表」だった。十二原の表は初めて目にするものだったので、「どうか御説明を」と御願いしたが、「簡単に説明できるものではない。毎日見ていればよい。そのうちにわかってくる」と叱咤されてしまった。「五臓之色体表」と「十二原之表」は、巻紙に毛筆で記し、記念の書として何人かの弟子に贈ったようである。私も現物を見せてもらったが、気合いに満ちた見事な筆使いであった。
     
 沢田流太極療法 (代田文誌の鍼灸姿勢その2 ) Ver.1.5  2021-01-08 
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/90e2d4cb08485c0c8c12a8780dd7d6e6

 

2.「十二原之表」の解説

「十二原之表」の説明は、結局『鍼灸神髄』の中で示さなかったが、その13年後に著した『鍼灸治療基礎学』で説明している。この「十二原之表」は難経六十六難の内容(十二経絡それぞれの原穴)を示すものだが、それに澤田流独自の考え方も表している。『基礎学』の説明にしても難解なので、ここでは平易に説明したい。


<要点>

①十二原穴の部位は、三焦の気が運行して出入りし、留まる部位でもある。
ゆえに五臓六腑に病あれば、所属する経脈の原穴を選穴する。

②原気には、先天の原気と後天の原気の2種類ある。先天の原気とは生まれながらにして体がもっている精気である。後天の原気とは宗気(酸素)・栄気(飲食物)・衛気(小腸の乳糜管にて食物中の栄養素)を介して、いずれも体内に入る精気である。
 
※上の衛気の<小腸の乳糜管にて食物中の脂肪分>との説明は唐突のように見受けられる。これは三谷公器著「三焦論」の影響を受けている(詳細後述)。若かりし頃の澤田は三焦の正体に悩んでいたが、「三焦論」の読後、考え方が大いに進歩したと語っていた。

③後天の原気である宗気・栄気・衛気を取り込んで生化学反応を起こさせる反応炉であって、換言すれば<内部環境>の保全が三焦の役割である。三焦とは熱で三焦とは人体の3つの熱源(=体温発生源)のこと。先天の原気と併せて人間の生命活動を生み出している。この三焦を特に重視したことが澤田健太極療法の特徴である。これは生理学でいう恒温動物の深部温度のことで、内部環境保持のため一定温度(ヒトでは37℃)に保たれていことが生理的になる。このような環境下で、初めて五臓六腑を正常に機能させることができる。

④従って治療に際しては、まず三焦に流入する宗気・栄気・衛気の状況を是正することが第一で、次に五臓六腑の十二原穴の是正という順番になる。三焦経の原穴である陽池の灸を重視したのは、三焦を整える意味からである。

⑤この原気の根は臍下丹田(臍下3寸で関元穴)の腎間の動悸(腹大動脈の拍動)でみることができる。すなわち臍下丹田は原穴の元締めに相当する。腎間の動悸で、人間の原気の虚実をうかがう。たとえ重病に思えても臍下丹田の動悸がしっかりしていれば治療しやすい、といった判断をする。


3.『解体発蒙』にみる三焦論          


三谷公器は、西洋医学の内容を中国医学で折衷しようと試みた江戸時代後期の医師で、杉田玄白ら著『解体新書』出版の40年後に『解体発蒙』を出版した。屍体解剖を通じて、小腸壁から上に伸びる多数の乳糜管を観察、乳糜管が集まってリンパ管に吸収され胸管中を流れる胸管になるのを観察した。下の図は内臓を背中側から観たもので、乳糜管の走行が見事に描かれている。三谷はこの中を流れる液体を栄液と訳し、チノモト(血の素)とした。チノモトは肺気を受けて血液とするとした。

この乳糜管内で、乳糜と水分が混じり温められて上昇することは、生(せい)石灰に水を注ぐと、温度上昇するようなものであろうと記している。ちなみにこの化学変化による温度上昇は、日本酒や弁当を温めることに利用されている。

※三谷公器は小腸壁から伸びる多数の乳糜管を観察したとしているが、実際には腸間膜のことではないだろうか。

『解体発蒙』の三焦論 に啓発された澤田健は、明治5年に復刻版を完成させた。その行動力には舌を巻く。  

 

4.澤田健と難経の取捨選択

澤田健の治療は、五臓色体表と、難経六十六難をベースとしたが、後に出現した経絡治療派のように難經六十九難(子母補瀉論)や難經七十五難(相剋選穴論)は治療に利用しなかった。澤田健は脈診も遅速虚実程度であって、三部九候の脈は治療に取り入れなかった。代田文誌も脈診は行うことはなかった。澤田流太極療法が誕生したのは、いわゆる経絡治療が誕生する以前の頃なので、それも当然であるといえるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


石坂宗哲著『鍼灸茗話』より(兪穴の俗称、妊娠と不妊の治療、肩関節痛治療のコツ) Ver1.3

2023-08-20 | 古典概念の現代的解釈

石坂宗哲著『鍼灸茗話』は、江戸時代の鍼灸書の中でも広く知られている。そのせいもあって、鍼灸師の基礎知識として学校教育で学習済みの内容が多く、その意味からは新鮮味は少ないが、中にはオヤッと思う記載があるので、いくつか紹介する。なお、鍼灸茗話は、久次米晃訳による。
茗話は<みょうわ>ではなく、<めいわ>と読むのが正しい。「茗」とは遅く摘んだ茶葉のことで、通常の季節に摘んだ茶葉のことは単に「茶」という。すなわち茗話とは、「のんびりと回想しながら書き溜めた茶飲み話」といった意味になるだろう。なお※印は、筆者の注釈である。
『鍼灸茗話』は和綴じ本ながら、昔は医道の日本社店頭で普通に購入できた。



1.兪穴俗称


1)ちりけ
第三胸椎棘突起下の「ちりけ」は、元々小児の痰喘壅盛(今日の小児喘息)の病名であると鷹取の書にもある。今日の人が兪穴の名前であると思っているのは間違いである(『本朝医談』)。今も関西では小児の急吼喘(=喘鳴)を、「はやちり」とよぶところが多い。

※「壅」(よう)とは、人家を堀や川で囲む、押し込める、塞ぐの意味。この文中では、呼吸しにくいとの意味
※鷹取の書:鷹取秀次著「外科細漸」上中下巻 全3冊  江戸初期 和本 医学書 (下写真)


2)斜差(すじかい)


すじかいとは、男児では左の肝兪と右の脾兪に一壮ずつ、女児では右の肝兪と左の脾兪に一壮ずつ灸すること。肝兪は風邪に侵入されないように、脾兪は飮食で疲労しないように。小児は気力が脆弱で灸熱に堪えることができないため、左右の肝兪・左右の脾兪という四穴全部に施灸しない。二穴に省略して施灸する。



3)貫き打ち(=打ち抜き)


内果の上四指一夫を三陰交という。また外果の上四指一夫に絶骨(=懸鐘)穴がある。この両者を世間一般では「ぬきうち」の穴とよぶ。打ち抜きの灸とよぶこともある。外関と内関にも貫打ちの灸を行うことがある。向かい合う2穴同時に灸熱を加えるもので、術者が一人でやることは難しい。

※一カ所から灸をすると、病邪は奥に逃げ、逆側から灸をすると、病邪は、元の方に戻る。このような場合、病邪の逃げ場がなくなるよう、病邪を挟む位置にある二穴同時に灸熱を加えるのが良いとの考え方がある。

※四指一夫:第2指~代5指を、指を開かないで揃えて伸ばすこと。



4)井のめ


井のめとは、腰眼のことで、十六・十七椎(第4・第5腰椎)の間で左右に三寸半開いたところの陥凹部をいう。「井のめ」とは亥目である。
※骨盤を後からみた時、イノシシの顔に似ていて、イノシシの目に相当する位置に井のめ(=腰眼)を取穴する。 ハート形なのは、イノシシの目の形がカタチがハートに似ている(実際には似ていない)ことに由来する。猪目には災いを除き、福を招くという意味がある。奈良時代頃からお寺や神社などの建築装飾としていたるところに使われている。

 

5)からかさ(唐傘)灸

足の第二指・第三指の間で内庭穴のこと。唐傘灸。(「医学入門」では足痞根している部位でもある)

※「痞」とは、胸がつまる、胸がふさがる、つかえ、腹に塊のようなものがつかえる病気などの意味をもつ漢字)。この部の灸は逆上のぼせを下げるのに効くという。 

※唐傘とは洋傘に対する和傘の総称で、唐代にわが国に入ってきたもの。それ以前の傘は、折りたたむことができなかった。唐笠には別名番傘ともいう。竹の骨組みに油紙を貼っている。洋傘よりも重く大きい。番傘というのは油紙に紛失防止のための番号が振ってある和傘で、貸し出し用として使われた。内庭は、足の五本指が集まるところという点から、唐傘の骨組みの中央にたとえだのだろう。

唐傘は、「番傘」のほかに、「蛇の目傘」ともよばれた。広げた傘を上からみると二重円で内円が黒くぬってあるというデザインが流行した。注意を促す記号として従来から知られていて、蛇の目のようであったことから、蛇の目と呼ばれた。蛇には瞼がないので、ずっと目が開いているように見える。(実際は目の上に透明な瞬膜という膜があり、目を保護している)


※通常の痞根は、L1棘突起下縁と同じ高さ、後正中線の外方3.5寸の部位。L1棘突起下は、後正中から、懸枢→三焦兪(外1.5寸)→ 肓門(外3寸)→痞根(外3.5寸)と経穴が横並びになる。

 


6)かごかき三里

かごかきは、「駕籠かき」の意味。駕籠をかついで人を運ぶのを職業とする人足のこと。ふくらはぎの下の筋溝で陥凹部。人体の中の三魚腹(=下腿三頭筋)のうちの一つで、承山穴がこれ。かごかきは足をよく使うことから、脚の疲労回復のつぼのこと。
※時代劇などでよく見るのは「四つ手駕籠」で駕籠の中では最も軽量なタイプだが、それでも重さは約10㎏はあった(ちなみに大名駕籠は50㎏)。これに人を乗せて運ぶのだから、当時の客人は小柄だったとしても総重量60㎏にもなっただろう。それにしても当時の人夫の体力には驚かされる。ちなみに四つ手駕籠の料金は、一里(4㎞)で、現在の一万円以上もした。
                  

2.求嗣断嗣(きゅうしだんし)

求嗣とは子孫を求めること、断嗣とは子孫を求めないことの意味である。昔から妊娠させること、させないことの方法が論じられているが、顕著な効果をあげたという例は極めて少ない。しかし、まったくだめだと言い切ることはできない。(中略)
 
かつてある人妻が不妊症で私の処にやってきた。診ると臍下に引きつっている部分がある。天枢穴の下にあたるところで、かすかな動きがある。そこを押すと、陰器の奥に響いて痛む。これは疝癖(「疝」とは、生殖器・睾丸・陰嚢部分の病証。体内の潰瘍が外に膿を出す)であり、不妊症になっている原因がこれだと考えた。まず二十日のほど当帰勺薬散を煎じて飲ませ、外陵・大巨の左右四穴に施灸させ、十数日間に七・八回、子宮口と周辺に細鍼で連環刺した。更に毎月十五回ずつ前の四穴に施灸させた。数ヶ月もたたないうちに生理が止まり、臨月になり安産した。(中略)
なお連環刺とは、連環の形(半月を連ねたような形)に刺すもので、営衛の經絡・宗気の流れを漏らさずに取るための治療手技。石坂流の家定三刺法の一つ。

石坂宗哲著『鍼灸説約』に掲載された治験には次のようなものがある。
『銅人腧穴鍼灸図経』1027年製作)では、「中極穴は女性の不妊を治す」とあり、『千金方』(唐代618年- 907年)では「関元は女性に刺針すると子が生まれない」とある。中極穴と関元穴は3寸(1寸の誤りか)離れているだけである。ところがその一方は不妊症を治し、他方は刺すと子供を産めなくなるとある。
これは疑わしい。昔、貧しい商人の家で、毎年出産する者がいた。五、六年で五、六人の子供が産まれた。その夫婦は生活に困り、不妊になるようにしてほしいと言った。そこで試しに関元穴に2寸から3寸刺針し、右門穴に十四壮施灸した。七日間施術して終わりにした。ところが、その人はまた妊娠した。やってきて、鍼は効かないと、私を嘲笑した。

妊娠5ヶ月になるのを待って、関元・合谷・三陰交の三穴に七日間刺針したが、妊娠は良好だった。臨月になって、男子を出産した。安産だった。私はここに至って、昔の人も嘘を書き残すことがあるのだと悟った。

(この見解に対し柳谷素霊は「不妊治療は成功しやすいが、避妊・堕胎は成功しにくい。しかし施術がうまくいけば、避妊・堕胎も不可能ではないが、上に示している避妊の穴に刺針して、内臓収縮現象が起こらなければ効果を期待できない。」と記している。


3.狄嶔(てききん)の言

唐の魯州の刺史庫で、狄嶔という人が風痺(筋肉・関節の疼痛を特徴とする病証を痺証といい、風痺は、とくに風邪が勝っているもので、四肢の関節・筋肉の遊走性の疼痛が特徴)であり、の病気を患い、弓を引くことができず、非常に困っていた。
その時に医師瓢権が治療した。まず嶔に、弓矢を持って弓場に行かせ、立ったまま肩髃穴に刺針したところ、鍼を刺入するにつれて、射ることが自在になったという。


※症状の起こる動き(この場合、弓を引く動作)をさせ、その時出現する局所圧痛点に刺針することが効果を生む秘訣で、これは現代においても針を効かせるための重要なコツになる。


古代中国の天文学と経穴名 ver.1.3

2023-07-28 | 古典概念の現代的解釈

最近、経穴の語源について調べているのだが、そうこうしているうちに経穴の中に星や星座と関係する経穴がいくつかあるのを発見したので、354正穴の中からピックアップしてみた。昔の中国人の考え方の一端を知ことができて感慨深い。とくに前胸部の胸骨に特徴的なツボが並んでいる。


                                       
      
1.紫宮(任)    
華蓋の下1寸にある。紫宮穴は心臓の位置にある。古代中国では、天帝が住んでいる星すなわち北極星を紫微星(しびせい)とよんだ。紫微とは、価値のある星の意味。紫が尊いということは、道教の思想である。北京にあったかっての中国皇帝の住まい(故宮)のことを紫禁城と称した。これは、紫微城の地を一般人の立ち入りを禁ずるというところからきている。一方、それ以前からあった五行説では五方(東西南北と中央)ので中央にあるのは黄だとして、中国黄帝以外に黄色の服は着てはいけないとの規則をつくった。

紫色染料の原料として、アクキガイ科の巻き貝の内臓からとれる分泌腺を利用してきたのだが、1gの染料を採るのにアクキガイ科の巻貝が約2000個必要だった。大変高価なものだったので王様や貴族など、ごく少数の富裕層の服飾にのみ使用された。紫が尊い理由は、貝からとれる染料(これを貝紫とよんだ)が高価なもだという理由による。ちなみに聖徳太子のつくった冠位十二階の最高位も紫だが、こちらは植物の紫根を染料にしたので安価だった。紫根は現代では、紫雲膏の原料として知られている。

紫微星は一つの星ではなく、北極付近の星々のことを指している。紫微星の北には北斗七星、南には南斗六星がある。

 


2.華蓋(任)  

華蓋穴は、胸骨角(胸骨柄と胸骨体の接合部の骨隆起)中央にとる。
華蓋とは、五臓六腑の中で最も高い位置にある肺のこをいう。ただし華蓋は高貴な身分の者の頭上にかざした、上質の絹でできた傘をさすことが多い。



上図中央の人物は、黄色の服(皇帝以外に着用禁止)や冕冠(べんかん。四角い板の端から珠暖簾のようなもの)から秦の始皇帝だと思われた。冕冠の意味は、世の中の端々の嫌なことを見ないようにするためだとする意見がある。自分からは相手が見えるのに、相手から自分の顔が隠され見えないという役割があると思う。

 

と思われる。

ちなみにキノコの一種のキヌガサタケ(衣笠茸)は絹傘茸とも書く。華蓋の形状に似ていることからつけられた名前であろう。

 

3.璇璣(任)
華蓋の上1寸にある。   
①璇(せん)と璣(き)は北斗七星を構成する星で、どちらも美しいとの意味がある。
ちなみに天枢とは北斗七星の一番目の星、

②回転仕掛けの天文器械。渾天儀(天体の位置を観測するために用いられた器械)の別称。

4.天枢(胃)
天枢穴、臍の外方2寸にある。
北斗七星の七つ星のうち、最も紫微に近い星も天枢とよぶ。これはどういうことだろうか。
枢」は、もともと回転扉の回転軸部をいう。現在では金属製の丁番(=ちょうつがい)が当たり前に使われるが、昔は金属は高価で金属加工技術も低かったこので、丁番に代わる方法を工夫した。扉の片側に凸状の出っ張りをつけ、片方を凹の部分と噛ませることで扉を開閉させていた。凹凸の部品は枢で、和名は「くるる」とした。この回転のしくみが元となり、回転の軸となるものを枢とよぶようになった。


一方、臍の高さは、お辞儀をする際に上半身を前屈する境界となる。すなわち天枢は身体を上半身と下半身を分ける境目線としての意味があるのだろう。
これが回転軸という意味になった。天枢とは動く部分と動かない部分の境界というのが語源だろう。

 

5.太乙(胃)
 天枢穴の上2寸、下脘穴の外2寸。
太乙は北極星をさすが、なぜ甲ではなく「乙」なのか不明。中国語の発音では、太乙と太一は同一なので、太一から変化したのだろうか。太乙も太一も、中国の古代思想で、天地・万物の生じる根源。太極という意味もある。太極は万物の根源であり、ここから陰陽が生じるという易学における根源の概念である。


.箕門(脾)    
①箕門穴は、大腿内側の上1/3で縫工筋と長内転筋の間、大腿動脈拍動部に取穴する。箕門膝を曲げて足を外転させた姿勢で取穴する。その姿が箕(み)に似ていることから命名。箕は竹で編んだザルのような農具で、米などの穀物の選別の際に殻や塵を揺すって外に取り除くために用いた。ちなみに蓑(みの)はワラで作った雨具のことで別物。

②古代中国で「箕星(みぼし)」は南斗六星から柄を除いた四角形の部分をいう。南斗六星は北斗七星に比べて暗く規模も小さいものだが、はるか昔の夜空は暗く空気も澄んでいたから、容易に発見できたことだろう。

     


7.太白(脾)  
足の第1中足趾節関節の後、内側陥凹部。
①古代中国の金星。太陽、月に続く3番目に明るい星として認識されていた。その光が白銀を思わせるところから太白と呼んだ。本来は明けの明星を啓明,宵の明星を長庚または太白と呼んで区別した。
②中国には太白山と名前のついた山が多数あるが、西安(唐の都長安のこと)の西の宝鶏市にも太白山(標高3767m)がある。ここは太白峰の別名がありかつて道教の聖地たっだ。この太白山は西安から見て「宵の明星金星、すなわち太白星がその山上に輝く位置、そして沈む位置」にあることから命名。
③太白金星のこと。中国伝統神話に登場する白髪の老人で金星の神様。中国の民族宗教と道教の神。天界と地上との伝令役で、孫悟空を天界に案内した。もともとは若い女性の神様(西洋の美の女神ビーナスを連想させる)だったが、時代を下ると老人の神様ということになってしまった。しかし老人になってからの方が人気がでてきた。


8、日月(胆)
9肋軟骨付着部の下際に期門(肝経で、肝募)をとり、その直下5分に日月(胆経上で胆募)をとる。期門穴と日月穴は1㎝ほどしか離れていない。たとえば期門に針や灸をすれば、その作用は日月にも波及するだろう、その逆もしかり。このことが日月という穴名にも関係している。

日月で、日(=太陽)は胆、月は肝をさしているが、天体としての太陽・月との結びつきは弱い。
唐の文人韓愈は、「肝胆相照らす」という成句を創案した。これは「教養ある立派な二人がいて、互いに相手に感化されつつ、心底親密な関係」という意味である。五行での肝は戦略構想を計画し、胆はそれに基づき決断実行するということ。すなわち肝は計画、胆は実行ということ。

期門と日月は、車の両輪のように協調しつつ、疾病に対処するといった意味になるだろう。


         

 

 


輒筋穴という名称の由来 ver.1.2

2023-06-11 | 古典概念の現代的解釈

側胸部第4肋間で乳頭と並ぶ線で、中腋窩線上に淵腋穴をとり、その前方1寸に胆経上のツボとして輒筋(ちょうきん)穴がある。
「輒」は見慣れない漢字なのでネットで調べてみた。なお淵腋(胆)  は「脇の下に隠れる水溜まり(腋窩腺分泌)」の意味だろう。

すると①牛車(ぎっしゃ)などの両側の手すり、②牛車のひさし部分、③牛車をひかせるため、柄の端を牛の首に乗せる木のこと、④轍(わだち)のこと、とあった。轍とは荷車が道を走った際、2つの車輪により地面につけられた跡が肋骨だと説明したものもあった。これまで辞書というのは正確だという認識があったのだが、内容がバラバラであることに驚かされた。

④は明らかに別物なので除外できた。②の牛の首に載せる木とは何なのだろう。牛車各部の名称を図解したものを見てみると、長い柄の先には軛(くびき 首木)とよばれる横木があり、それを牛などの首に乗せ、車を牽かせるというものだった。この解釈も間違いだった。

 

軛(くびき)をつけた牛の写真
 

香港で出版された辞書には、「輒」とは荷車の側板だとの記載があった。この側板は、板を何枚も並べて作られていたものである。何枚もの板を、比喩として肋骨に例えたのだろうと、ここで初めて納得できた。輒筋は肋骨間中にあるツボだからである。肋骨の間にある筋という意味でと輒筋と名づけられたと思った。


  

しかしここで、新たな疑問がわいてきた。前胸部にあるツボの大多数は肋間にあるわけで、肋間にあるのは何も輒筋穴だけの特徴ではない。輒筋穴特有の解剖学的特徴は何かないのかと、再び解剖図と経穴図を見比べ検討すると、側胸の一部分には前鋸筋があることに気づいた。前鋸筋も板が並んでいるように見える。すんわち輒筋の「筋」は肋間筋ではなく、前鋸筋のことだと理解した。

「輒」の字を分解すると、「車」+「耳」+「L(おつにょう)」になる。そして「耳」と「L」で、柔らかい耳タブを意味すると書いてあった。なるほど、そういうことだったのかと、初めて腑に落ちた。前鋸筋のノコギリのようにみえる筋の一つ一つは、耳朶のようにも見えないこともない。


胃の大絡・脾の大絡の考察

2023-06-09 | 古典概念の現代的解釈

最近私は、ツボの由来に興味があり、本ブログにも数回報告してきた。この次は前胸部のツボの由来に取り組もうという段になり、「胃の大絡」「脾の大絡」という単語が出てきた。昔、鍼灸学校で勉強した覚えはあったが、内容については何も記憶してなかった。自分なりに調べてみると、胃の大絡はまあよいとして、脾の大絡について納得できる説明は見つからなかった。私だけでなく、多くの針灸師も脾の大絡について理解できていないのではなかろうか。そこで胃の大絡について一通り説明した後、脾の大絡について私独自の見解を記すことにした。

1.胃の大絡=左乳根       
 
1)胃の大絡とは何か

   
胃の大絡の別名を虚里(こり)という。「虚」とはむなしい、うつろになっている状態、「里」とは距離を意味するので、虚里とは勢いの乏しい動きのこと示すと思えた。
虚里の動とは左乳下三寸のにある心拍動をさす。虚里の動は、「胃の気」と「宗気」に関係していて、元気の衰えや残された生命力を測る反応になる。胃の大絡とは、胃から直接出る1本の大絡脈で、胃から上に行き、横隔膜を貫通して肺に連絡した後、外に向かって分かれ出て、左乳下の心尖拍動部する部に分布するとされる。
 
2)心尖拍動

     
心収縮期に心尖部(最も左外側で触知する心臓の左前方の尖端)が前胸壁に突き当たり、その部分が心臓の拍動とともに持ち上がる現象。心尖部が胸壁に衝突して起こる胸壁上の隆起。心臓の収縮期に正常では第5肋間、左乳線より1横指内側の心臓の外端より少し内側(乳根~歩廊穴だろう)にあたる位置で触診できる。心尖拍動の診察により左室拡大、左室肥大の有無などが分かる。
※乳根:胃経。第4肋間外方4寸の乳頭部に「乳中」をとり、その下1寸で第5肋間に「乳根」をとる。
 歩廊:腎経。「乳根」の内方2寸。「中庭」の外方2寸。


3)虚里の動の自説

   
肌に触れている服の上からでも拍動を確認できる状況では、すでに臓腑の気が衰弱して、宗気が外に漏れ出ていることのあらわれで、生命を維持できない危うい状態を示しているとされる。

※私は三焦について三段蒸し器のイメージをもっている。下段には水が入っていて、下から加熱して沸騰し、蒸気を出している。中段には食べ物が入っていて、下段からの蒸気で蒸している。上段は蒸気が溢れている。蒸し器上段のフタに隙間があれば、そこから蒸気(蒸し器上段の気=宗気)が漏れ出るので、上手に食物を蒸すことはできない。蒸気の漏れは、心尖拍動として観察できるのではないだろうか。



2.脾の大絡=左大包

 
1)一般的な脾の大絡の説明

   
十二経絡には、経脈から分かれて働く細かい分枝1本づつあり、これを絡脈とよぶ。
これに陽を束ねる督脈、陰を束ねる任脈、脾の大絡の三つを加えて「十五絡脈」とよぶ。脾だけは絡脈が2本あることになるが、この理由に「後天の気」を重要視しているからだとする意見がある。
脾の大絡は、脾から直接分かれ、側胸壁の「大包穴」から出て、胸脇部に散布する。
 
2)大包穴


全身に巡る気血を統括し、臓腑四肢、つまり全身にくまなく滋養をする働きがある。

大包の位置:中腋窩線上の第6肋間。「包」には、包む、包容力といった意味がある。
  

3)脾の大絡についての大胆な仮説
     
繰り返すが胃の大絡では虚里の動を診ている。虚里とは心尖拍動のことで、心臓の収縮具合を観察することで、疾病の状況を診察している。このような説明であれば十分に理解しやすい。一方、脾の大絡は、<気血を統括するとか全身を滋養する>などと説明はなされていても、脾の大絡ならではの必然性についての説明はない。

   
そうした状況なので、私は脾の大絡は横隔膜のことではないかと考えるようになった。横隔膜のすぐ左下には胃泡があり、これは左下肋部の聴打診により認知できる。このように考えると、胃の大絡と脾の大絡は次のように同列に考えることができるだろう。
例として気胸では、肺が縮小するので胃泡の位置が上がってくる。呑気症では胃泡が拡大する(鼓音領域が拡大)などが観察できる。
       
胃の大絡(左乳根)=心尖拍動を診る→心臓機能
脾の大絡(左大巨)=胃泡を診る→横隔膜の動き(肺機能)

 

 

4)食竇穴の名称について
   
食竇(脾)穴の位置は、乳根穴(胃)の外方2寸にある。食竇の名称由来を調べると、「竇」=通り穴。食竇は食べ物の通過道であり食道のこと」と説明されていることが多いが、仮に食竇が食道を意味するとなれば、食竇穴の位置は前胸部胸骨あたりになくてはならない。私は「竇」の使われ方を調べてみると、中国では副鼻腔各洞の名前で、蝶形骨洞を蝶竇とよんでいる。
つまり竇には洞穴、空洞といった意味もあったのだ。
これは何を意味していのだろうか。左大包と同様、左食竇も胃泡部を意味していると考えるに至った。確かに大包と食竇は近い位置にある。 

   

 

    
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


経穴名からみた五神の理解

2023-05-19 | 古典概念の現代的解釈

五神の意味をツボ名を手がかりとして昔の中国人が考えた内容を調べてみることにした。なお五神とは五行色体表の一項目で、神・魄・魂・意・志の精神のことをさす。いろいろな見解がある中で、シンプルであることを心がけた。

1.「神」の名がつけられた経穴   
古代中国人が考えた「神」はエホバのような人間を超越した絶対的存在ではなく、万物のもつ非物質的側面をさしている。

1)脳
大脳皮質機能と関係し、人間を人間としての理知的存在ならしめている。
①神庭(督):前頭部、前額髪際。脳は元神の府であり、「庭」は門庭(前庭)
②本神(胆):前頭部、神庭穴の傍。脳は人の根本。
 
2)心

心臓の前壁には神堂と神蔵はあり、心臓の後壁の肩甲背部には神堂がある。現代 いう心臓のポンプ機能と同じ。
古典では<心は神を宿す>と記している。これは心拍に変化をもたらすような感(喜怒哀楽)は、「こころ」により行われるとする意味だろう。
①神堂(膀):肩甲間部、心兪の傍。心の精神である「神」を蔵する部。
                 「神堂」は心兪の外方にあって膀胱経背部兪穴の一つになる・
②神蔵(腎):前胸部で紫宮の傍。霊墟の上にあり、神霊(心)を守る。
③神封(腎):前胸部で膻中外方。「神」=心、「封」=境界線。
④神門(心):手関節部。心経の原穴。「心」の臓に関係する。
 
3)先天の気=遺伝子

①神闕(任):臍部。臍は神の出門であるとされる。へその緒を伝い、胎児は滋養され、親から神(=先天の気、遺伝子)が伝わる。


2.「魄」「魂」「意」「志」の名がつけれた経穴

五臓に対応して一穴づつあり、背部兪穴とよばれる。背部兪穴は背部膀胱経上にあるが、それぞれ独立して五臓と関係し、その診察と治療に用いられる。 五臓兪穴の外方1.5寸にある背部膀胱経二行線上には、それぞれの内臓が蔵する 神(精神要素)の名称がつけれた経穴が並んでいる。
 

1)五神名のついた膀胱経二行線にある経穴
① 肺:魄戸(膀) 
 肺兪の傍にあり肺は魄を蔵する。呼吸停止(気が動かなくなる)して魂がなくなると、白骨死体だけが残る。魄の解字は白+鬼で魂を失った白骨死体。
②心:神堂(膀)
 心兪の傍にあり、心の精神である神を蔵する部。
③肝:魂門(膀) 
 魂とは、気を主どるものである。魂は死ぬと雲の上にのぼる。
④脾:意舎(膀)
 脾兪の傍にあり、脾の精神エネルギーを蔵する。
⑤腎:志室(膀)
    腎兪の傍にあり、腎の精神エネルギーを蔵する部


2)魄・魂・意・志の考察        

  「意」は音+心臓の合成文字で、行動や選択をする際の元となる内的な心の動きを示す。「志」は心臓の上に「之」(=向かい行く)がのった漢字で、心の向かうところ、心の目指すところという意味になる。一方、神・魄・魂は、よく知られている言葉ではあるが、いろいろな意味に使われていて、逆にイメージ漠然としたものになっている。
 
①魂

 生者は当然ながら「気」を有している。死ぬと気が失われるので、動かなくなり五官も働かなくなる。この気を主どるのが「魂」で、魂は雲+鬼の合成したものである。通常ならば魂は雲の上へとのぼって「神」なるのだが、天に上がれず、地をさまよう状況になれば鬼となる。
魂が強くなると、怒りっぽくなるという。これは雲が多い→悪天候→風雨がまるとの自然観察から生まれた考え方だと思われた。
   
②鬼

鬼の正体は判然とせず、「目に見えない何か」ということになる。「鬼」はグロテスクな頭部を持つ人という象形文字。右側のムの字は古字(現在使われなくなった字)で、モノを囲むとのが元の解釈で、そこから私という意味に転じた。人は死ぬと鬼になるとされているが、生前の人とは異なる姿形ということになる。人が死ぬと鬼籍に入るとは、生者の籍から離れ、死んだ人の名簿に入るという意味になる。強い者や大きい者の接頭語として鬼編集長、鬼軍曹などのように、鬼○○という表現があるが、これはわが国独特の表現である。赤い皮膚をして角があり、金棒をもつというのも我が国固有のイメージ。

 

 

③魄

人が死ぬと魂と魄に分かれる。魂は雲の上へとのぼって神となり、魄は白骨死体となり地に留まる。魄は白+鬼の合成した漢字である。白とは白骨死体のことだが、魄もは物質とての白骨死体そのものをさす。魄には、人間の外観、骨組み、生まれながらに持ている身体の設計図という意味もある。

一方、道教でいう「魄」は上述の意味とはかなり異なる。肉体を支配する感である喜び、怒り、哀しみ、懼れ、愛、惡しみ、欲望の7つをまとめて七魄と呼び、これらは肉体を支配する感情とした。通常であれば「魂」が制御しているのでこらの感情はあからさまに表に出ることはないが、魂が消失した状況下の「魄」は制御不能な感情を意味する。


3.「霊」の名がつけられた経穴

五行色体表の「五神」にはないが、魂とよく似た言葉に「霊」があり、霊の名がつられた経穴も3穴みられた。経穴における魂と霊の相違点はどういうものかを探った。  
①霊墟(腎):「霊」は死者の魂のこと。「墟」は土で盛られた高い山。
霊墟は前胸部の山のような高いところにあるため。       
       秦の始皇帝が築いた運河。現在の中国の桂林市興安県に現存。
②霊台(督):「霊」は死者の魂のこと。「台」は高く平らな場所。物見台、天文台。        
      この穴位の前面は心臓であり、心臓疾患を治療する。

③霊道(心):前腕の心経上になる。死ねば魂は天に上って神になるという。

   

「魂」は死者の中だけでなく、生者の中の精神的要素を示す場合がある。この場合、”三つ子の魂百まで”(幼いころの性格や気質は大人になっても続く)という表現や、気力や心の活力いった意味にも使われる。
一方の「霊」は、死者の魂といった限定した意味で使われる。とくに死体を埋葬た墓が、霊のいる処とのイメージが強い。これまで死ぬと魂魂に分離する   記した手前、死者の魂という表現は矛盾した表現である。しかしながら病院などで死体を一時保管する部屋を霊安室、死体埋葬所を霊園と呼んだりすることは、間違った言葉の使い方だと騒ぎたてるのも野暮というものだろう


水の動態に関する手足の経穴と経絡の考察 ver.1.1

2023-05-12 | 古典概念の現代的解釈

経絡はしばしば川の流れに例えられるが、それは初学者に向けての大ざっぱな紹介にすぎないものたっだ。肘から先、膝から先には五兪主病といった井榮兪経合の性質をもつツボがあることも教わったが、あまりにも画一的であり単なる古典的修辞だとして真剣には学んでこなかった。

なお私は過去に五兪穴について調べたことがあって、これを本ブログに載せているのでご覧いただきたい。

五兪穴のイメージ(ニーダムの見解を中心に)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/5566d414c785a766265f459e87fc2efd

ではどのようなアプローチをすれば経絡経穴について建設的な発見が得られるのだろうか。今回私は、354穴の正穴名の語源を調べたり想像したりもして、手足の水流に関係している経穴名をピッアップし、続いて水の流れの動態変化を調べるため、経絡ごとにこれらの経穴の関連づけを行うことにした。その結果、次のことがわかった。

①水流に関係した経穴があったのは十二正経の中の四本の経絡に限定された。
②その四つの経絡とは次の通り。(  )内は水流動態に関係した経穴数。
三焦経(4)、肺経(4)、腎経(5)、心包経(2)
※一見するとこの経穴数は少ないように感じられるかもしれないが、合谷や後渓というような、単なる地形を示すツボは含まれていない。また水路ではなく一般的な水に関係する穴(例:水分、水溝)なども省略した。体幹部にある穴も含まれない。たとえば腎経の中注穴(臍の外方5分下方1.3寸)は、一見すると水を注いているイメージだが、「中注の内側には胞宮や精巣があり、腎気が集まるところで、中注から胞中(子宮)へ腎気注がれる」といのがツボ名の解釈であって、今回のテーマ「水路」とは無関係である。


1.三焦経


水路といってまず思い浮かべるのは三焦経である。三焦は決瀆の官(運河開発管者)すなわち三焦経は水質代謝の通路。「決」は堰(せき)の扉を開いて水を開通せること、「瀆」には汚れを流すドブという意味があるも、四瀆は中国の4本の大河を意味している。四瀆の意味を総合して考察すると、汚物を流すための大河ということ。すなわち決瀆とは、体内の水の代謝(水を巡らせ汚水を流す)するという意味になるだろう。

☆「堰」といえば中国2200年前の歴史的利水工事となった中国四川省の都市、都江堰(とこうえん)が有名で世界遺産にもなっている。それまで四川盆地を流れる大河は洪水や干ばつで人々を困らせていた。そこで李冰(りひう)は8年の工期を経て、川を本流と支流にわけ、それぞれに堰築き、水量を調節するような堰を完成させた。以降、成都は肥沃な土地としてよみがえり、天府と称されるまでになった。ちなみに都江堰は道教発祥の地である。

1)三焦経の経穴
①液門:液とは少量の水。
②四瀆:a.「瀆」=汚水を流すドブや溝。
    b. 四瀆は中国の四大河(長江、黄河、淮水、済水)をさす。
③消濼:濼=水たまり。水流が消えて水溜まりになる。
④陽池:手関節背面を背屈してできる中央の陥凹を池にたとえた。
 
2)三焦経の水の動態

少しの水(液門)が池(陽池)となり、大河(四瀆)となるが、やがて流れはなくなり水溜まり(消濼)になる。
  
2.肺経

1)肺経の経穴

①尺沢:沢は水の集まる処。
②列缺:肺経の列から分かれて欠けるの意味。
③経渠:渠=人工の水路。現在では暗渠との単語が使用されている。水路に蓋をしものを暗渠という。暗渠は土地の有効活用であり都市に多くみられる。  
④太淵:淵=河川の流れが緩やかで深い場所。経暗渠から分かれ出る。

 
2)肺経の水の動態

沢の水(尺沢)から流れ出て、途中一部は支流(列缺)になって分岐。本流は人工的な水路(経渠)に入り、最終的には流れがゆるやかになり、大きく深い淵(太淵)に至る。
 
3.腎経  

1)腎経の経穴

①湧泉:泉のように水が湧き出る。
②太渓:湧泉から流れ出た水が(太渓)の処で一つに集まり、大きな渓流となる。
③水泉:水が深いところから溢れ出てくる。
④照海:「照」は<光り輝く>のほかに<広い>との意味もある。たとえば照合は、広く比較することである。海は平らで水がたまるような凹んだ処。すなわち照海は水が溜まる広い凹みをいう。足内果下は、皮下組織が薄く、やや凹んで平らな部なので、照海となづけたのだろう。あるいは浅く広い水溜まりが波風なく鏡のようは状態だったことで太陽光が反射して「照」の文字がつけられたのだろうか。
 
⑤復溜:ふたたび流れてくるの意味。水の流れは太谿→大鐘→水泉→照海と、内果の平らな処をグルリと回った後、再びこの部へと上行する。
 
2)腎経の水の動態



湧泉から湧き出た水が集まり大きな渓流(太渓)となり、水深の深い処から溢れて(水泉)、足の内果下の平たい処を一巡して広い凹み(照海)に入った後、再び上行(復溜)する。
※復溜穴の由来を調べていくうちに、足内果下あたりで腎経がグルリと回っている理由が理解できる。これは水が渦巻きのように回転していることを示すものだろう。用を足した後のトイレの水流を起想させる。

 

4.心包経

1)心包経の経穴

①天池:肋間のくぼみのような池。
②天泉:天池から、心包経の気が泉のように流れ入る処。
 
2)心包経の水の動態

肋間に溜まった池の水(天池)が、上腕二頭筋筋溝(天泉)に流入。