AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

喉頭症状に対する前頸部の針灸治療点の整理 ver.1.1

2023-08-18 | 耳鼻咽喉科症状

1.舌骨上筋刺針(舌根穴など)

適応:舌痛症、喉の詰まり感、
位置、刺針:舌根穴とはいわゆる舌の根もとの部分で、下顎骨の正中裏面。寸6#2で直刺1~2㎝数本刺入。刺入したまま唾を飲ませる動作を行わせる。
解説:
舌骨上筋とは、舌骨と下顎骨を結ぶいくつかの筋をいう。顎舌骨筋、顎二腹筋後腹など。
ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。

 

 

2.上喉頭神経ブロック点刺針

適用:上喉頭神経ブロック点に圧痛を認める咽頭部痛。
位置:前正中線上で、舌骨と甲状軟骨の間で甲状舌骨膜部に廉泉穴をとる。ここから左右それぞれ1㎝ほど外方に上喉頭神経孔があり、ここを治療点に求める。
刺針:仰臥位でマクラを外す。上喉頭神経孔に命中するよう、寸6#2で斜刺。咽頭に針響を広がる。
解説:上喉頭動脈という細い動脈で声帯に酸素や栄養を送っている。上喉頭神経が興奮すると、喉のイガイガ感が出て咳込むようになる。これは喉頭内への異物侵入防止のための咳誘発反射といえる。ポッテンジャーによれば、上喉頭神経が興奮すれば喉頭異物感が出現するという。この見解からすれば、梅核気など喉のつまり感には上喉頭神経内枝刺の適応があるかもしれない。


3.輪状甲状筋刺針

適用:高い声が出にくい場合か? 本刺針法が有効かどうかは不明だが、発声に関係している触知可能名筋は輪状甲状筋のみである。
位置:前正中線上で、甲状軟骨と輪状軟骨間に仮点を定め、そこから左右1㎝の処。
刺針:輪状甲状筋に対し直刺1㎝。刺針した状態で発声させると。本筋が収縮し針体が大きく動くのを観察できる。
解説:輪状甲状筋刺針が収縮すると甲状軟骨と輪状軟骨の距離が狭まり、これが声帯靱帯を伸張させ、高い発声を可能としている。つまり輪状甲状筋の緊張は、声の高さを決定する因子になる。

 

4.気管軟骨刺(郡山七二著「鍼灸治法録」の、”気管と喉頭直刺”より)

適応:喉頭や上位気管にに原因のある疾患の鎮咳去痰としての特効。それ以下の気管や胸腔内疾患の鎮咳去痰には効果がない。刺針部には知熱灸を併用。
位置・刺針:気管・喉頭ともに前面と側面から4~5本づつ、1~2㎝間隔で、せいぜい1㎝ほど刺入。軟骨に触れるものを限度にする。特定の部位といったものはないので、適宜に行えばよい。輪状軟骨にづづく気道は気管になる。気管は気管軟骨により内径が狭窄して呼吸困難になるのを予防している。気管には迷走神経が分布している。迷走神経興奮すると、咳が誘発される。
解説:
咳には、ノドから出るものと胸から出るものの2種類があり、患者は咳の出所を自覚できている。喉頭炎はノドから出る咳で、気管支炎や肺炎は胸から出る咳になる。
また咳には痰を伴う湿性咳と、痰のない乾性咳がある。湿性咳の場合、痰を喀出する目的で咳が 出るのだから、治療目標は鎮咳よりも去痰になる。去痰とは痰をなくすことではない(痰を減らすのは一朝一夕にできない)、痰を切れやすくする(痰の粘稠度を緩める、すなわち痰の水分を多くする)ことである。

 

5.下咽頭収縮筋刺

 

咽頭収縮筋には、上中下の3種あるが、治療で用いるのは主に下咽頭収縮筋。

適応:嗄声、良いつやのある声が出せない。
位置:甲状軟骨の外縁と頸動脈の間
刺針:下咽頭収縮筋刺へ深刺、または押圧
解説:中咽頭収縮筋が緊張するとは舌骨を頸椎に押さえつけ、下咽頭収縮筋は甲状軟骨を頸椎側に押さえつける。中・下咽頭収縮筋はは頭に入った食塊を食道に押し込む目的  があるが、同筋が緊張すると喉頭を頸椎側に押さえつけるので、声帯の動きを妨げることになる。本筋の緊張を緩めることで、正しい発声をしやすくする。
枝川直義著「ドクトルなおさんの治療事典」地湧社1983年9月)には、「風邪症状の嗄声とか声が出なくなった人で、前頸部の主として、下咽頭収縮筋とその周辺に超希釈ステロイド剤を注射しますと、その直後より正常な声が出始めるという事実があり、まるで奇術をしているような気になることもある」との記載があった。

 

6.洞刺(とうし)
※洞刺の読みは、ドウシではなく、トウシが正解。1948年 に代田文誌と細野史郎博士が協力して創始した。しかし降圧剤、気管支拡張剤(β2刺激剤)、抗コリン剤(内臓平滑筋痙攣の緩和)、などの薬物療法が進歩した現在、その実用的価値は低下したが、鍼灸発展の経過としての医学史的価値があるといえる。

適応:①血圧降下、②気管支拡張(喘息発作の改善)・止咳など
位置:喉頭隆起の高さで、総頸動脈が、内頸動脈と外頸動脈に分岐する部にある頸動脈洞(ふくれている部)部。
刺針:仰臥位で、左右一側づつ頸動脈洞部の血管壁外壁に刺入。7秒程度刺針(血圧が下がりすぎるのを予防)
解説:

①圧受容体刺激による血圧降下作用

 
頸動脈洞には血圧上昇を感知する圧受容器がある。

血圧上昇時に伴う頸動脈血管の拡張 →舌咽神経を刺激→ 延髄の血管運動中枢を刺激→迷走神経を介して血管拡張による降圧 
極端に降圧する恐れがあるので高血圧に対する場合7秒置針に留め、また両側同時に実施しないこと。ただし降圧効果はせいぜい最高血圧値で10~20程度(最小血圧値は変化ない)と強力な作用はない。現在では廉価で安全な降圧剤が入手できるので洞刺を行う意義は乏しくなった。

②化学受容体刺激による気管支拡張作用

気管支喘息発作時に洞刺を行えば、瞬時に喘鳴が改善して呼吸が楽になると代田文誌は記している。これも現代では気管支拡張剤(交感神経β2刺激剤)の入手が容易になったので、喘息発作の鎮静のため洞刺を行う意義は薄れた。頸動脈小体は、血中酸素分圧の低下を感知する化学受容体。 針で頸動脈洞を刺激すると舌咽神経を刺激するが、これを中枢では頸動脈小体からの信号であると誤認するので、呼吸中枢は血中酸素濃度を増やそうと迷走神経に気管支拡張命 令を送るのではなかろうか。

頸動脈小体が酸素分圧低下をキャッチ →舌咽神経が伝達 → 延髄の呼吸運動中枢 →迷走神経興奮し、気管支拡張


③舌咽神経痛の鎮痛

舌咽神経は、舌根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配しているので、洞刺によりこれらに 鎮痛効果をもたらす。その典型は扁桃炎の痛み。洞刺を行って速効しない場合でも、人迎部に3㎜皮内針を皮下針的に斜刺し固定すると、おおむね24時間以内に鎮痛効果が得られる。(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法、医道の日本 昭58.8)



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


良性発作性頭位めまい症とメニエール病に対する針灸治療の根拠

2023-06-27 | 耳鼻咽喉科症状

針灸院に来るめまいの2大疾患は、項部の筋コリを別格とすれば、良性発作性頭位性めまい症とメニエール病であろう。両疾患とも、特別な針灸治療法があるわけでなく、項部の筋コリを緩めることで改善していくというのが実情のようで、治療のアセスメントにしっかりとしたものはないようだ。
最近、上記2疾患の病態生理に共通点のあることが指摘された。卵円囊、正円囊から剥がれた耳石片が原因をつくるのだという。

 

1.平衡覚センサーとしての平衡斑とプクラ

  

内耳の前庭には卵形囊と球形囊がある。半規管近くには卵円囊があり、蝸牛近くには球形囊があって、それぞれの内部には平衡斑(=耳石器)がある。平衡斑内部には耳石があり、この動きにより自分の頭位情報を中枢に伝えることで、体をまっすぐに保つ静的平衡覚に関係している。身体の動きにあわせてバランスを保ち、まっすぐに体を保つことができるのは平衡斑の働きによる。
   
卵形嚢と球形嚢の平衡斑は互いに直交していて、卵形嚢では水平方向の直線加速度(電車発着の加速度など)を感知し、球形嚢では垂直方向(エレベーター昇降の加速度など)の動きを感知している。

  
一方半規管の根元の膨大部にはプクラ(=膨大部頂)があり、プクラ内部には感覚毛集合体がある。半規管内部にはリンパ液が充満している。頭を動かすと半規管内部のリンパ液が動き、これにつれてプクラも動く。プクラの動きは、回転加速度(=動的平衡)の情報を中枢に送る役割がある。半規管は互いに直角になるよう3本ある。


2.良性発作性頭位めまい 


1)原因と病態生理

  

 

卵形嚢の平衡斑にある耳石から小さな耳石片が剥がれ、それが半規管内に混入することがある。この砂粒様の耳石片は細かいので、リンパの動きに影響を与えることはない。しかし長期寝たきりや外傷などで、耳石が長時間同じ場所に集まると、次第に結合して大きな塊になり、リンパ液の流れを乱すまでになり、めまい発作を起こすようになる。
 
耳石片は、やがてリンパ液中に溶けていくので1ヶ月以内に7割が自然治癒する。しかし次々に新しい耳石片が剥がれるケースでは、回復には長期間を要する。


2)症状

   
①特定の頭位変換で誘発される回転性のめまい。30秒ほどすると自然消滅。
②難聴・耳鳴(-)                   
③減衰現象(+):ある特定の方向を向いて、数秒後にめまい出現するが繰り返すうちに、 めまい減衰。


3.メニエール病

 
1)原因と病態生理


   

蝸牛管内のリンパは絶えず産生され排出され、一定量を保持している。しかし球形嚢内で耳石が剥離し、耳石片が内リンパ液の通路を塞ぐと、内リンパ液は行き場を失い、蝸牛は内リンパ水腫となり、難聴・耳鳴りが起きる。内リンパ水腫がある限界に達すると、外リンパ液との境界(=ライスネル膜)が破れ、リンパ液の乱流がおこり、その際に回転性めまいが起こる。
しばらくするとライスネル膜は自然修復され、内外のリンパ圧は等しくなるので、症状は寛解するが、数週間~数ヶ月後には同じ機序で発作を繰り返す。

メニエール発作とは、発作性反復性に生ずる回転性めまいをいう。これを<前庭型メニエール病>とよぶことがある。メニエール病には<蝸牛型メニエール病>もある。これは従来、急性低音障害型感音性難聴に分類されていたものである。めまいを伴わずに低音域の難聴と耳鳴りだけが反復。人の声は中音域なので、あまりコミュニケーションに不自由しない。このタイプはと分類され、緩解しやすいが再発もしやすい難聴として知られる。20~40代の若い女性が多く発症。 


2)症状   

本疾患は、めまいの4割近くを占める。40~50才台に好発。性差なし。

 三主徴は、めまい(回転性)、耳鳴り、難聴
①水圧が上昇して音を感ずる細胞を圧迫→鼓膜からの振動が伝達しにくい→感覚細胞を乗せて震動する蝸牛基底板の動きを全体的に悪くするので、低音障害型の難聴となる。
②水圧上昇し、膜迷路が膨張し、ライスネル膜が破れると発作性回転性めまい(反復性)
③難聴耳鳴は一側性。難聴、耳鳴が同時に起こる。補充現象(+)
④めまい発作は2~3時間程度、ときに半日続く(30分程度で治まるということはない)。
⑤めまい発作は、発作性反復性に起こる。めまい発作が治まり、寛解期に移行すれば、難聴・耳鳴も消失する。

 

4.めまいの針灸治療の検討
 
1)頚部性めまいの針灸治療

   
針灸治療は頚性めまいに効果あるとされている。すなわち内耳平衡機能障害によらず、頸コリにより生じた非回転性めまいに針灸は有効ということだ。非回転性とは、フラフラした足が地面につかない感じ。あるいはまっすぐに歩くつもりでも、片一方に寄ってしまうというような状態をいう。

内耳の障害ではないので、前庭症状(-)、回転性めまい(-)、難聴・耳鳴り(-)。   

 平衡感覚に関する情報は、①内耳から、②目から、③深部感覚から来た情報が橋・延髄移行部にある前庭神経核に集められ、互いに照合されて平衡機能としての用を成す。頚性まいとは、③の深部感覚情報の誤作動で前庭脳の情報処理に矛盾をきたした結果である。深部感感覚は全身的に存在しているが、頭位とのかかわりを考えた場合、頸部深部筋との関わりが深い。頸部深部筋とは、後頭下筋、頭板状筋・頭最長筋・頭半棘筋などをさす。
 
前庭は左右独立して機能しており、一側前庭の興奮は同側の筋緊張を高めている。左右同じ程度に前庭が働くことで、筋の左右バランスがとれ、正常な平衡感覚を保つことができる。
もし左右一側の頚部深部筋の緊張がると、その側の前庭機能のみ亢進するので、平衡感覚異常が生ずる。したがって一側の頚コリを改善することが、平衡感覚異常の治療になる。
 
 
2)良性発作性めまいの針灸治療

   
本症は椅座位から仰臥位になるなどの体位変換時に、地面がひっくりかえるような感じがするので、患者は恐怖感がある。これは一瞬にしておこる激しい症状なので、発作時は独歩して針灸院に通院することはない。膝痛など他の疾患で治療していて体位変換を指示する際、良性発作性めまい発作が突発することはあるが、患者は慣れており、数十秒じっと動かないでいると自然に発作はおさまることを知っている。したがって、この時も針灸の出番はない。

   
良性発作性めまいについては、半規管内に混入した耳石片を、元の耳石器位置にもどす矯正手技(エプリー法やランバート法)は知られているが、耳石片を消すような薬物療法はない。ただ応急処置としてメイロン静注(炭酸水素ナトリウム)が行われ、数分後には寛解することが多い。メイロンの作用機序は耳石に作用して加速刺激感受性を低下させたり、内耳血管を拡張して効果をもたらす。剥がれた耳石片が半規管内リンパに溶け込めば治ったといえるだろうが、次々に新たな耳石片が半規管中に混入するとなると、治癒までは長期間かかる。

 

3)メニエール病の針灸治療

     
40年も昔になるが、東京女子医大耳鼻科の研究で、メニエールの発症には自律神経が関与しているらしいので、針灸治療が効果あるかもしれないから、実際に効果あるのかどうかやってみようという話になった。針灸施術は代田文彦が行った。臨床研究は十年以上続けられ、次の好成績を得た。

①めまい(3年間観察):著効 65% 、有効 26%、無効 18% 、判定不能 4%(計23例)。
②聴力(5年間観察):改善 5.6%、不変 91.5% 悪化 2.8%(計59例、71耳)
※聴力改善の成績はあまりよくないが、薬物療法よりは効果がある。   

メニエール病に針灸治療する意義とは、頭部や項部の針灸刺激により、これらの筋緊張が緩和され、そのことが前庭-脊髄反射の逆の作用を起こし、前庭機能を強化するのだろう。ただしメニエール発作を改善させるのではなく、次に起こる発作までの期間を長引かせる作用になると代田文彦は考察した。

 

4)慢性メニエール病の針灸治療
   
メニエール病の活動期と安定期を長期間繰り返しているうちに、症状か慢性化する状態をいう。めまい発作を繰り返すうちに、ライスネル膜は厚くなるので、膜の破綻は起きにくくなるが、常に内外のリンパ圧が違うことで、コルチ器が正常に機能せず、持続的な難聴・耳鳴を生ずるようになる。慢性メニエールは恒常的に内リンパに圧の圧力が高まっているので、耳閉感が主訴(頭がパンパンになる)となる。このような症状改善が治療目標となる。

治療原理は急性メニエール病と同 じく前庭脊髄反射により、項部~側頸部が非常に緊張するので、天柱・上天柱・風池・百会などの筋緊張部に刺針(できれば中国針)20~30分間することで、前庭機能によい影響を与える。ただし完治するのではなく、週1回程度の定期的通院で快適な生活を過ごせることが治療目標になる。


難聴・耳鳴に対する側頸部治療穴の理解 ver,1.2

2023-02-11 | 耳鼻咽喉科症状

下図は、佐々木和郎氏が報告した耳鳴りで多用する局所治療穴である。これらが示すツボは、ほぼ予想はつくので、筆者の見解を示した。さらにこれらのエリア内にあるツボの位置を図示してみた。耳鳴りの針灸治療で、とくに多用する穴を赤丸で区別した。各穴について説明する。


                


1.乳様突起後方
天柱、風池、完骨
後頭骨-頸椎間の動きに関係する。頭蓋骨の可動性を改善する。種々の疾患に適応がある。
「完骨」とは乳様突起の昔の名称である。頭蓋骨が終わるところ。


2.乳様突起直下(翳明、安眠、天牖)
胸鎖乳突筋の停止部に治療穴が多い。

1)安眠(新)
乳様突起下端(翳明穴)から下方1寸。  


2)天牖(三)

下顎角の高さで胸鎖乳突筋の後縁。患者を仰臥位にさせ、手掌を上にして骨際にとる。松本岐子氏は「チューインガムが骨についた感触で圧痛のある処にとる。天牖の下1寸に東風という新穴があり、このツボ反応も天牖と同時に調べていく」と記している。(松本岐子:長野式を中心としためまい・耳鳴り・難聴の治療、疾患別治療大百科5 耳鼻咽喉科、医道の日本社、2001.10.15)

3)翳明(新)

教科書的には完骨穴の下で耳垂と同じ高さにとる。

①松本岐子氏の方法:「患者を側臥位にさせ、術者は後から乳様突起の際を探っていくと硬結に触れる。胸鎖乳突筋中にとる。乳様突起の内側に向けて刺針する。必ずしも一穴ではない。長野潔は翳明穴として2~3穴、硬結に捻針していた」と記してる。


②柳谷素霊著「秘法一本針伝書」耳中疼痛の鍼である「完骨」と似している。眼疾一切の針である「風池」にも似ているようだ。

柳谷「完骨」:乳様突起尖端後側、胸鎖乳突筋付着部。この部に指を当て、頭をやや後側に曲げると胸鎖乳突筋が乳様突起に付着する部に陥むところがある。ここを完骨穴とする。患側上の側臥位で脱力させ、閉眼・開口。乳様突起尖端の内側下端をくぐるように耳孔の方に向けて刺入。1寸~1寸2、3分で手応えがある。本穴に対する刺針は、鼓膜を知覚支配する鼓室神経(舌咽神経の分枝)
刺激になっていると思えた。

柳谷「風池」:乳様突起後方に軟骨様の小突起がある。これは三角形で尖端は下方に向いている。これはゴリゴリの強度なものである。按ずるとコメカミに響くところ。患側上の側臥位で脱力させ、目は半眼で顎はやや開口。口呼吸させる。鍼を上内方に向け、鍼先を三角形の小隆起下を通過ときに貫通、眼底方向に刺入。5分~2寸刺入。側頭部または眼底に針響を得るとある。刺針深度にずいぶん幅があると感じつつ追試してみた。すると鍼先が頸椎頸椎横突起にぶつかってしまう場合は5分ほどしか刺入できず、うまくすりぬけた場合には2寸ほど刺入できることを納得した。結局2寸くらい刺入できて初めて効果あり、それはC1~C3頸神経後枝刺激となり、大後頭-三叉神経症候群の機序で三叉神経第1枝である眼神経に影響を与えていると思えた。

C
 

4)翳風(三)
翳風の「翳」は、鳥の羽で隠すという語意がある。耳垂を鳥の羽にたとえ、その羽により風から隠れた場所という意味になる。深部に顔面神経管があり、顔面神経が頭蓋骨から出てくる部。顔面神経ブロック点で、ベル麻痺の治療で多用される。
 

3.下顎枝部


1)頬車


①下顎枝の外縁には咬筋があり、内縁には内側翼突筋がある。下顎の動きに関係する。顎関節症や下歯痛に使用することがある。


②柳谷素霊の秘法一本針伝書の耳鳴の鍼に似ている。この刺針は下歯痛の穴と同じと記載されている。頬車または大迎あたりの下顎枝縁の内側から下顎骨に沿うように刺入、下歯槽神経を刺激することが下歯痛の治療になる。耳鳴の治療では、下歯に響きがあれば刺針転向して鍼先をやや上方に進めると、耳閉感や耳鳴が少なくなり、それをもって抜針する。二度三度繰り返して刺針してもよい。

 

③顔面神経下顎枝刺激部位

佐藤意生(耳鼻科医)は、感音性耳 鳴患者の顔面神経下顎縁枝に経皮的に反復電気刺激で
蝸牛神経の異常を抑制できるのではないかと考え、大迎と頬車に表面ツボ電極をつけ、2~30ヘルツのパルス低周波刺激を2分間加えた。それにより半数の者が耳鳴りは5割減となる好成績だったが、持続効果は8割が1週間以内であることも判明した。
91例中耳鳴が5/10以下 に 減少→47例(51.6%)、6/10~8/10 に減少→34例(37.4%)、9/10~10/10に減少→28例(11.0%)となった。治療有効者(53例)で、効果続期間は1週間以内に元に戻ったのは43例(81.1%)で、このうち持続期間が2~3日だった者は17 例(32.0%)だった。4週間経過後にも耳鳴が以前より軽いと答えた例も5例(9.4%)あった。(佐藤意生:顔面神経下顎縁枝刺激による耳鳴の抑制:耳鼻咽喉科臨床。98巻11号(2005))


4.耳珠部


1)耳門、聴宮、聴会

耳前三穴として知られる。 
語呂:門の宮で会う巫女(みこ)たち  
門(耳門)の宮(聴宮)で会(聴会)う巫女(みこ)(三、小、胆)たち。
上から順に、耳門(三)、聴宮(小)、聴会(胆)と並ぶ。 

①外耳炎のツボ反応は耳孔周囲に出現するので、圧痛を目安に上記の耳介前穴に施灸。耳介後方では、側頭部の胆経反応穴に施灸。針灸治療は著効することが多い。(郡山七二「針灸臨床治法録」より)

②耳掃除などで耳穴を触った後、耳介を引っぱった際に痛むのは外耳炎である。
中耳炎では耳介を引っぱっても痛みは増悪することはなく、耳奥が痛むと訴える。圧痛点も耳前三穴には現れない。

③中耳炎のツボ反応
中耳の範囲は広く、病巣部位に応じて反応点も変わってくるだろう。中村辰三氏は、ある患者(針灸師)の慢性中耳炎の圧痛を、手術前→術後1ヶ月→術後2~3ヶ月に分けて記録した。合谷に圧痛がみられ、耳周囲としては側頭部のロソク・後髪際であるケイ脈・完骨、側頸部の天ユウには常に圧痛がみられた。実後は、圧痛が耳介外縁の側頭部全体に拡大した。(中村辰三:慢性中耳炎の圧痛、医道の日本、第500号(昭和61年4月)

この中で、とくに興味深いのは天ユウで、芹沢勝助氏が耳鳴り圧痛点とし指摘していた部も、天ユウあたりになることである。

②顎関節の関節包・靱帯の障害。顎関節症Ⅱ型(関節包の痛み)時に反応が出る。顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛
③耳介側頭神経の神経ブロック点 。耳介~外耳道の神経痛は三叉神経第Ⅲ枝痛だが、Ⅲ枝の分枝の耳介側頭神経痛によるもので、これを「神経性耳痛」とよぶことがある。この治療に耳介側頭神経ブロックを行うことがある。

 

5.側頭部

1)角孫

①側頭筋中にとる。きつい帽子を被ったような感じの緊張性頭痛時の施術点となる。
②慢性中耳炎の反応点。
③胸鎖乳突筋トリガーの放散痛エリアである。

 


咳嗽の針灸治療

2023-01-13 | 耳鼻咽喉科症状

1.鎮咳の現代薬物療法
     
鎮咳薬として、病・医院では中枢性鎮咳薬(延髄の咳中枢の閾値を上げる)を処方することが多い。末梢性鎮咳薬(気管気管支に作用)はあまり効果がないからである。中枢性鎮咳薬には麻薬系と非麻薬系があり、もちろん麻薬系の方が効果が高い。麻薬であるが使用量はわずかなので、中毒の危険性はないが、副作用として便秘になることはある。麻薬系にはリン酸コデイン(商品名リンコデ)があり、非麻薬系にはデキストロメトルファン(商品 名メジコン)がある。

いずれにせよ鎮咳に効果的な薬物といえど、疾患自体を治すものではない。鎮咳薬が効かないということは、気道内部に何らかのアレルギー反応が関与した炎症が生じ、気道平滑筋のスパズム(収縮)が起きていること示唆する(例:咳喘息)。
※咳喘息:一見すると気管支喘息のようにみえるが、喘鳴や息苦しさを伴わず、咳だけを唯一の症状とする。慢性の咳の原因としては最も頻度が高くい。   

鎮咳の民間療法だが、ハチミツで市販の咳止めよりも効果があることが実証されている。ハチミツ中に含まれる酵素グルコースオキシダーゼが過酸化水素をつくり、これが強力な殺菌作用を持つ。またハチミツには、荒れた粘膜を保護作用もある。とくに子どもの咳に対して就寝前のスプーン一杯のハチミツが非常に有効だとする報告がある。

 


2.咳嗽の針灸でのアプローチ<交感神経を優位にすること>

   
咳嗽は自律神経症状なので、咽痛のように知覚神経の鎮静という治療方針は成り立たない。咳嗽により身体は副交感神経優位になっているので、針灸により交感神経優位に誘導すること
が重要になる。これは夜に咳が出たり、身体が温まったらせきが出るという者に適した治療方針になる。気管支喘息の治療でも同じことがいえる。喘息の薬物療法は、ステロイド+気管支拡張剤である。気管支拡張剤とは、交感神経興奮させる目的で交感神経β2を刺激している。
 
※語呂:β2刺激で気管支拡張→ 別(β2)機関(気管支)を開く(拡張)

いわゆるβブロッカーとは、これと反対に交感神経緊張を抑えることで血圧や心拍数を下げる薬。
 

3.治喘穴・定喘穴

   
①意義
頭蓋骨部器官全般の交感神経は、交感神経の下頚神経節(別名、星状神経節)から出発する。この下頚神経節と連結している体性神経はTh1脊髄神経なので、大椎付近の刺激は、頚部交感神経節刺激としての意義をもつ。


②取穴
座位。大椎(C7Th1棘突起間)の外側5分。
定喘(大椎の外方1寸)や肩外兪(大椎の外方2寸)でも同様の治効あり。
   
③刺針
3~5番針を6分~1寸刺入する。すると咽頭の方に響くことが多い。

 

4.天突移動穴(林家福、山下良平「応症針治」現代書房、昭和41年)

    
気管や気管支は内臓体壁反射が起こらないので、針灸治療は交感神経優位に誘導する方法を行う。しかしこれは気管支喘息時の気管支拡張作用に効果あっても、咳にターゲットを絞った治療ではない。

①取穴
教科書「天突」は胸骨上縁で頚窩の中央にとるが、本穴はそれよりわずかに上方。
座位にて胸骨上部に示指先を当て、そのまま指を上方に1㎝ほど撫で上げると、爪先に気管軟骨がひっかかる。この部は押圧すると咳を誘発しやすい特異な部位である。
  
②刺針
寸6#2で直刺。3分ほど刺針し、雀啄を1分間実施。さらに1分ほど刺入して再び雀啄、またさらに1分ほど刺入して雀啄。刺針中に咳を誘発しやすそうになったら、患者に手をで合図させ、ただちに皮下まで抜針)。この方法を2回3回と反復施術。


刺針すると気管軟骨にぶつかって針は止まる。針が止まらずどこまでも刺入できる場合、上下の気管軟骨間をすりぬけていると思えた。気管壁への刺針は針響が生じにくい。

  
③適応
上位気管が患部となる咳嗽、嗄声。気管支や肺の病変による咳嗽には効果不確実。

   
※伝統的な天突刺針:
座位で天突から気管に向けて直刺する。仰臥位で頭を伸展させた肢位で天突から気管に向け胸骨下に水平に入れる方法を行う。ともに気管壁に分布する迷走神経刺激になる。

 


慢性鼻炎・慢性副鼻腔炎に対する上星の長期施灸とマクロライド少量長期投与療法

2022-12-06 | 耳鼻咽喉科症状

1.上星・顖会への長期的透熱灸の効果

1)急性鼻炎の治療の耳鼻咽喉科治療は抗生物質投与がよく効くが、慢性化すると抗生物質を使うと改善するが中止すると元に戻るという情況を繰り返しているという現状がある。

2)一方、針灸治療では、鼻周り(挟鼻や攅竹など)への置鍼を行うとともに、前頭部の上星(前髪際を入ること1寸)や顖会前髪際を入ること2寸)に長期的に透熱灸をするのが定番化していると思っている。上記のツボはすべて三叉神経第1枝知覚支配だが、同じ三叉神経第1枝知覚支配の鼻粘膜に刺激を与え、それが交感神経を興奮させ、鼻甲介の充血を減らすので、鼻の通りをよくする。

3)鼻周りに灸をしないのは灸痕をつけたくないからで、前頭部は頭髪中にあるので施灸しても灸痕が目立たないという判断である。

4)急性鼻炎は耳鼻科で治療手段があるのであまり針灸に来院しないが、慢性症では相対的に針灸の価値が増してくる。その治療効果の秘密は長期施灸することにある。

5)半月~3ヶ月の反復刺施灸(自宅施灸)を与えることで良好な状態を長期間保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、しばらく症状は消失状態を保つことができる。このことは、慢性鼻炎・慢性副鼻腔炎の治療として有用であることを示すものといえる。
例1:1週間、外来処置や薬物治療すれば→直接アレルギー反応が抑えられるので、その間は調子がいい。
例2:  2ヶ月、外来処置や薬物治療すれば→粘膜が正常化してゆくので、治療後もしばらくは調子がいい。
(医道の日本社 発表は医師であるが氏名は失念)


2.マクロライド少量長期投与について
 
近年、3~6ヶ月間という長期間、抗生物質マクロライドを投与するという方法が考案され効果を上げることができるようになった。この方法は長期施灸とよく似た考なのが興味深い。マクロライド治効理由は、副鼻腔~気道の絨毛粘膜上皮の機能回復にあるとされ、これがそのまま上記の透熱灸治効の根拠になっているように思えた。
 
マクロライド系抗菌薬は、従来的な抗菌作用とは別に、免疫の調整や炎症を抑制する保護的作用のあることが発見された。現在は慢性副鼻腔炎に対する標準的な薬物療法として広く用いられるようになった。通常の抗生物質は長くても2週間程度しか連用しないが、この治療法では通常使用量の半分を、3~6月少量長期投与する。
 
本来、副鼻腔壁には絨毛があり、副鼻腔の中に侵入した病原体や異物を粘液とともに鼻腔に向けて動いて運び出す機能がある。この絨毛機能が障害され、慢性副鼻腔炎へと移行してしまう。以前は手術によってこの粘膜を完全に除去することを目的とした「副鼻腔根治手術」が治療の中心だったが、この方法により副鼻腔~気道の絨毛粘膜上皮の機能回復という作用があることが判明した。


慢性副鼻腔炎と花粉症の針灸治療 ver.1.3

2022-02-24 | 耳鼻咽喉科症状

  当院にたまに来院していた女性患者は、近くの整形外科の理学療法室で無資格ながらアルバイトをしていた。その人が私に慢性副鼻腔炎に鍼灸は効くか、と質問したのできちんと自宅施灸すれば効果があると返答した。しばらくして理学療法室の同僚の若い男性を副鼻腔炎を治してくれといって連れてきた。私は上星に直接灸3壮を行い、挟鼻穴(下記参照)に単刺して治療を終えた。そして上星には毎日自宅施灸するように指示した。この男性は毎日、自分で鏡をみながら上星の灸を続けたところ、数週間後にはついに鼻汁が止まった。それを見ていた女性患者はよほど驚いたらしく、鍼灸学校に入学したのだった。


1.副鼻腔とは


1)前頭洞、上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞の4種ある。うち上顎洞が最大。

2)副鼻腔の構造と特徴

鼻腔に接する頭蓋内の空洞で、開口部が鼻腔とつながる。
上鼻道の開口:篩骨洞(後部) 
中鼻道に開口:上顎洞、前頭洞、篩骨洞(前部、中部)
下鼻道に開口:鼻・涙管 
蝶形骨前洞窟に開口:蝶篩陥凹
  
大部分の副鼻腔の開口部は洞の下方にあるので、分泌物も溜まりにくい。しかし上顎洞は上方に開口部があり、分泌物や膿が貯留しやすい。 

 


 

2.副鼻腔炎の)病態生理

  
慢性鼻炎により鼻粘膜が充血、肥厚
    ↓   
副鼻腔開口部付近の粘膜も肥厚し、充血する。
    ↓
副鼻腔開口部が閉鎖され、血流により副鼻腔は陰圧になり、
貯留物が排泄できない。
(本来は副鼻腔に溜まった分泌物は、生理的に外に排出される)  
    ↓
感染が起きる。
 

3.副鼻腔炎の症状

   
慢性副鼻腔炎時は、同時に慢性鼻炎も存在している。症状は慢性鼻炎に似るが、膿性鼻漏が多量で、異臭があり、鼻周囲の圧痛出現する点が異なる。ときに鼻茸を合併。前頭洞の副鼻腔炎では攅竹附近は、前顎洞の副鼻腔炎では四白附近に重い感じがあり、押圧すると副鼻腔内圧上昇するとされ、鈍痛増悪する。

R/O 上顎癌:

50才以上で鼻の癌では上顎癌が最も多い。
その7~8割は慢性副鼻腔炎をもっている。血性鼻汁となる。


 

4.現代医療

抗生物質、上顎洞洗浄、ネブライザー。しかし根本的治療法に乏しい。


5.針灸治療

  
慢性鼻炎があれば慢性副鼻腔炎も存在している。両者の共通症状は、鼻汁(粘性~黄色粘性) と鼻閉。慢性副鼻腔炎では前頭部鈍痛や頬部鈍痛を訴えるのに対し、慢性鼻炎では、これらの訴えに乏しい。  

鼻炎(花粉症などの鼻アレルギー含む)と副鼻腔炎の治療は、針灸では治療は同様に行ってよい。鼻炎と副鼻腔炎とは、鼻粘膜に連続性があり、神経支配も同一であることによる。花粉症は季節性アレルギーで、症状のある期間は比較的短いが、症状自体は強いので、針灸でも効果不足になりがちである。

1)鼻周囲の三叉神経第1枝刺激 

  
鼻腔と副鼻腔は三叉神経第1枝が支配している。この神経を刺激すれば、鼻交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。


上鼻甲介付近の炎症や腫脹では、三叉神経を介して頭重が起こるとされる。慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎の者は、前頭部の前頭髪際付近に圧痛がみられることが多く、圧痛があればこの圧痛点である顖会(前髪際を入ること2寸)や上星(前髪際を入ること1寸)に長期的に透熱灸をすることが多い。
  
これは三叉神経を刺激することで、鼻腔や副鼻腔に持続反復刺激を与えている。頭髪中に施灸するので、灸痕が目立たず長期施灸を可能としている。施灸により、長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

     
①攅竹から睛明方向への水平刺
前頭神経(三叉神経第1枝の分枝)→鼻毛様体神経

②挟鼻(鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央)直刺。
鼻毛様体神経刺激。本神経は、知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。
揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。
 

 

2)大後頭-三叉神経症候群として後頭神経刺激
   
三叉神経線維は三叉神経脊髄路というルートを持っている。外部から入力された感覚は、三叉神経節を経た後、三叉神経脊髄路を経由して、すなわち一度、第2頸髄の高さまで一度下行してから、再び上行して脳に行く。
下行時には大後頭神経と連絡しているので、大後頭神経と三叉神経の間に、密接な関係を生ずる。眼精疲労時には後頭部痛も生じやすいのもこの理由による。天柱に刺針すると、三叉神  経刺激症状(特に第1枝の眼神経)に影響を与える。大後頭神経が興奮して三叉神経症状を生  じたものを、大後頭神経-三叉神経症候群とよび、ペインクリニックでの通称も天柱症候群とよばれる。針灸臨床では、眼精疲労、鼻閉に天柱刺針を用いることが多い。


3)顔面関連痛をもたらす筋刺激
山田智子先生の発表による)

①急性副鼻腔炎患者で座位で頸部前屈すると顔面痛増悪する例があった者に、伏臥位で頸部前屈されても顔面痛増悪がなかったこと。②頬骨筋を収縮させた状態(イーッと歯を見せる)では、顔面部圧痛増悪したこと、③項部と上顔面部に針灸治療を行って、副鼻腔炎治療に効果をあげていること、などから顔面症状は、後頸部筋(後頭下筋、頭半棘筋、頸半棘筋、頭板状筋、頬骨筋、咬筋など)のトリガー活性の結果かもしれない。後頸部や顔面部の筋刺激の有効性が示唆される。<山田智子(六ヶ所村尾鮫診療所):第3回プライマリ・ケア学会>

6.その後の見解の変化
上記文章を発表した3年半後のこと。奮起の会鍼灸実技学習会後の懇親会で、参加者の先生方の話をお伺いできた。

1)A先生の話

鼻漏である自分に対し、上記図を参考にして左右の挟鼻穴から円皮針(パイオネックス)を入れると、即座に鼻汁が止まることを確認し、以降は患者にも使っているとのこと。その際、ただしく取穴は挟鼻穴にきちんと当たらないと効かない。1回の円皮針を入れておく期間は、鼻部の皮脂の分泌量によって異なり、ずれてきて1日持たない者から1週間程度もつ者まで色々。左右挟鼻に円皮針を入れておくことは、とくに外出時に格好が気になる場合、マスクで隠すようにすればよいとのことを話していただいた。

2)B先生の話

鼻漏に対しては、鼻稜外側にある上唇鼻翼挙筋を指頭でこすると、プチプチとした手応えが得られる。
何回か縦方向にこすると、そのプチプチした感触がなくなると同時に症状もとれるとのこと。

 


 

2.花粉症に対して鼻孔付近へのワセリン塗布(イギリスの伝統治療)

イギリスでは鼻孔付近にワセリンを塗ることで昔から効果をあげているという。要するに鼻
粘膜に進入してきた花粉を鼻粘膜中の水分にふれされない工夫である。鼻の症状を抑えることにより目の炎症(神経反射)も治まることが知られていて鼻バリアをすれば目のかゆみ症状も軽減される可能性が高い。(NHKガッテン「今、ツラいあなたに!保存版 新発想の花粉症対策SP」 2019年4月3日より)

①.綿棒に少量のワセリンをつける
②鼻の穴の入り口周辺にぐるぐると綿棒で円を描くようにして3回程度回し塗る。
③最後に外側から小鼻を指で押さえ、中のワセリンを均等になじませる
はみ出たワセリンをティッシュで拭いて取り除けばOK!
⑤目安は1日3回~4回程度。ときどき鼻をかんで花粉がついたワセリンを拭き取る。



3.高野山、奥の院参道を歩くと花粉症発作は起こらないか(笑話

高野山には奥の院につづく約2㎞の参道がある。そして奥の院の裏手には空海が眠る御廟がある。あるブログを見ていると、花粉症の持病のある自分であるが、「この参道を歩いている間、くしゃみや鼻水は出ず、鼻は調子よかった。神聖な場所なので空気も澄んでいるからだろう」という文章を見つけ、思わず笑ってしまった。高野山の草木は切ることも抜くことも禁じられているので、植林されることもない。ゆえにスギ花粉が舞うことも少ないというのが普通の解釈だろう。宗教の期待感が判断を曇らせる。無関係なことに関連性を見いだそうとする愚。五行学説もその一つ。

 

 


副鼻腔炎に歯周病が合併した患者に対する鍼灸治療 (73歳、男性)

2022-02-01 | 耳鼻咽喉科症状

1.副鼻腔炎症例の鍼灸治療

3年前副鼻腔炎となった。耳鼻科で治療を受けると改善するが止めると元に戻ることを繰り返していた。左挟鼻穴を中心とした数カ所に置鍼5分間+糸状灸3壮、自宅でせんねん灸実施。この治療を開始すること数回で鼻の通りは改善し、治療5回目頃から左四白周囲の隆起も減少した。
なお副鼻腔炎でよく用いられる攅竹や上星・顖会穴に圧痛反応はなく、治療点に選穴しなかった。挟鼻部分は、三叉神経第1枝が走行しているが、挟鼻にきちんと刺激すると即効的に鼻が開通する。このことは三叉神経第1枝を介して充血状態にある鼻甲介を交感神経刺激し、充血を萎縮された結果だろう。鍼灸は慢性鼻炎だけでなく慢性副鼻腔炎にも効果が期待できる。副鼻腔炎時の膿性鼻汁であっても上星や挟鼻を刺激しているうちに粘性がとれ、鼻汁量が一時的に増加した後、鼻汁量自体が少なくなってくる。
※挟鼻穴の位置:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央を中心とした圧痛点。三叉神経第1枝の分枝の鼻毛様体神経が走行。ワサビを食べすぎて目から涙が出るのは本神経の刺激による。

 

2.副鼻腔炎の病態生理

慢性鼻炎により鼻粘膜が充血、肥厚
    ↓   
副鼻腔開口部付近の粘膜も肥厚し充血。
    ↓
副鼻腔開口部が閉鎖され、血流により副鼻腔は陰圧になり、貯留物が排泄できない。
本来は副鼻腔に溜まった分泌物は、繊毛運動により外に排出されるが、粘性の高い分泌物は排出されにくい。
    ↓
この状態が続くと感染が起きる。
 
慢性副鼻腔炎時は、同時に慢性鼻炎も存在している。症状は慢性鼻炎に似るが、膿性鼻漏が多量で、異臭があり、鼻周囲の圧痛出現する点が異なる。前頭洞の副鼻腔炎では攅竹附近は、前顎洞の副鼻腔炎では四白附近に重い感じがあり、押圧すると副鼻腔内圧上昇するとされ、鈍痛増悪する。

 


3.副鼻腔炎と歯周病との関連

 
この患者は2ヶ月に1回、歯科でプラークコントロール治療を受けていているが、歯科医に自分が副鼻腔炎持ちであることを告げると、X線撮影により左上歯の歯槽骨が不鮮明になっていることを観察、これにより副鼻腔炎は左上歯の歯周病から来ているのではないかといわれた。
本患者は現在歯症状はなかったが、この患者申告により、頬部を押圧して左上顎の奥歯あたりの圧痛腫脹を調べてみた。すると銀冠処置してあった左上顎第一小臼歯の歯根に相当する歯肉に圧痛を発見できた。ただし鍼管で歯を叩打しても痛みは出現せず、歯肉の腫脹もほとんどなかった。要するに歯周囲病の程度は軽かった。

私はこれまで副鼻腔炎と歯周囲炎は別個の疾患だとの認識でいたが、上歯臼歯の歯根末端は、上顎洞に非常に接近している(上顎洞に歯根が入り込んでいる場合もある)。上顎骨は比較的、海綿骨という骨質が「疎」であるため、細菌が広がりやすい傾向にある。この解剖学的特徴により次の2つのケースが起こりえる。
 歯性上顎洞炎:大臼歯部の虫歯を放置して溜まってしまった炎症が上顎洞内に入り込む
 鼻性上顎洞炎:上顎洞内にできた炎症が原因で、奥歯が痛くなる          

 

4.歯周病の鍼灸治療の併用

歯周病の標準治療は、歯肉のブラッシングおよび歯科での歯石除去とされる。歯周病にならないよう努力している人も少なくないが、大人の約8割、小児でも5割が歯周病だとされる。根本原因は免疫力の低下にあるといわれるが、そうなると却ってどうしたらよいか、わからなくなる。

歯肉病の治療には、歯肉のマッサージが効果あるので、これと同じように考え、圧痛ある歯肉に対して数カ所に5分間置鍼した。なおこれまで実施していた挟鼻中心の圧痛点への5分置鍼と糸状灸治療は継続して実施。
3日後再来。左第一小臼歯の歯根にあたる歯肉の圧痛はかなり減少した。鍼灸1回治療でで歯肉の圧痛が減ったので、歯科での歯周病治療は当面延期することとなった。

 

5.女膝灸の適応症 『名家灸選』

歯槽膿漏といえば『名家灸選』には女膝の多壮灸が効くと記されている。本書には女膝は、歯肉が腫れて出血しているものに適応があり、その作用は排膿を促すことにあると書かれている。本症例の適応外と思えるので使用していない。
※女膝穴位置:足の後かかとの赤白肉の際

現代では感染症に対して化膿させないことを重視している。しかし抗生物質のなかった昔は、化膿→排膿→治癒という流れが自然治癒への道筋として当たり前だった。排膿には、膿の出口をつくってやらねばならいので、その出口づくりが打膿灸の効能とみなされていた。桜井戸の灸として知られる面疔に対する合谷多壮灸も同じで、顔面の皮下組織にある膿を、合谷に膿の出口をわざとつくってやり、合谷から膿を出してやろうとする発想だと思えた。

 


慢性メニエール病に対する針灸治療  ver.1.2

2021-10-21 | 耳鼻咽喉科症状

 1.急性メニエール病の症状の機序

 内耳で平衡感覚をつかさどるのは三半規管と耳石器で、身体の動きや位置に伴う管内部にある内リンパ液の動きを、有毛細胞が捉えることで空間における自己の位置や動きを把握している。

 何らかの原因で内リンパの吸収障害が起こると、内リンパ圧が上昇し、内リンパ水腫状態になる。すると音を感ずる細胞を圧迫されて鼓膜からの振動が伝達しにくくなり、感覚細胞を乗せて震動する蝸牛基底板の動きを全体的に悪くするので、低音障害型の難聴となり、有毛細胞が過剰刺激されて無意味な信号を発信して耳鳴が生ずる。

 水腫が一定以上の大きさになると、ライスネル膜は破綻し内リンパ液が外リンパ液に混入し、その瞬間リンパ液の乱流が起こる。この時、回転性メマイ発作が起きる。このメマイは2~3時間程度、ときに半日続く。メマイ発作は、発作性反復性に起こる。メマイ発作が治まり、寛解期に移行すれば、難聴・耳鳴も消失する。

その後、ライスネル膜は自然修復され、内外のリンパ圧は等しくなるので、症状は寛解するが、数週間~数ヶ月後には、同じ機序で発作を繰り返す。 

 

 

  

 2.内リンパ液の吸収障害となる原因

内リンパの吸収障害となる原因について、これまでは自律神経異常が関与しているとされてきた。しかし2009年12月に大阪市立大の山根英雄らの研究グループが、「球形嚢内で微小な炭酸カルシウムの耳石が剥離して、内リンパ液の通路をふさいだ結果、内耳が内リンパ水腫になって発症する」との見解を提示している。


※球形嚢の耳石の欠片が剥がれて、三半規管内のリンパ液に浮遊すると、良性発作性頭位メマイとなる。

 

 

 

 3.慢性メニエール病の症状の機序

メマイ発作を繰り返すうちに、ライスネル膜は厚くなるので、膜の破綻は起きにくくなり、前庭器官の機能低下を視覚や深部知覚が代償するようにもなるので、メマイ発作は起きにくくなる。内リンパ浮腫は前庭部だけでなく蝸牛部にも生ずるので、
コルチ器が正常に機能せず、持続的な難聴・耳鳴を生ずるようになる。聴覚は、蝸牛の他に代償できる仕組みがないので、慢性メニエール病では、恒常的な難聴(感音性)・耳鳴りが主訴となってくる。

慢性メニエール患者の訴えは、片側性難聴が中心で、調子に波があり、悪い時は糸電話で音を聞いているようだと言い、また頭がパンパンになるとも訴えることが多い。

 
4.慢性メニエール病の針灸治療

1)急性メニエール病と慢性メニエール病の針灸治療目標の違い  


急性メニエールのメマイ発作時はとても来院できる状態になく、来院時は必然的に非発作時になる。したがって現在起きているメマイを改善させることが治療目標とはならない。
次のメマイを起きにくくする(あるいは非発作期間の延長)におくので、本当に効果的な針灸治療ができているのかどうか、はっきりしないという扱いづらさがある。
一方、慢性メニエールは現に存在している耳閉感が主訴となり、この耳閉感の改善が治療目標となるので、治療手法の試行錯誤や治療効果を行いやすい。 

 
2)感音性難聴と耳閉感の違い 

回転性めまいであれば、まず内耳障害を疑う。めまいは慣れるにつれ、視覚情報や深部知覚情報が代償されて軽減するのが普通であるが、針灸では天柱や風池などの深刺により深部知覚情報に干渉することで有効となる場合が少なくない。項部深部筋が、姿勢保持機能をもっていることに関係しているであろう。片側性の項深部筋緊張では、メマイを生ずることも知られている。
 

一方、聴覚は代償機能がないので一般的には難聴・耳鳴の治療は難しいとされる。現時点での医学では故障したマイク(=コルチ器)を修理する方法はない。すなわち騒音性難聴やストマイ難聴、発症1週間を過ぎた突発性難聴には、効果的な治療に乏しいわけである。

 ところで慢性メニエール症の訴える難聴とは、厳密にいえば耳閉感のことであろう。耳閉感は、片側性(まれに両側性)の軽度低音障害性感音性聴力障害(低い音が聴きづらい)をいい、患者が耳が詰まった感じがすると訴えることが多い。耳閉感は、蝸牛内のリンパ液循環障害により、コルチ器が音波を拾いづらい状態であって、コルチ器自体の故障ではない。その代表疾患にメニーエール病がある。すなわちメニエール病の耳閉感は治す余地があるといえそうである。

 
3)慢性メニエール症状に対する後頸部刺針法 

治療点は、文献では項部の天柱・下天柱・風池置針を推奨している者が多い。前庭機能の興奮性は項部緊張と相関性があることが知られている。針灸で内リンパ浮腫の状態を改善することはできないが、内リンパ水腫により生じた項部緊張を改善させ、このことが耳閉感やメマイは一過性(1~2週間)にせよ軽減できる。


①針灸治療のコツは、20分以上の置針が必要なので、仰臥位で実施すること。(長時間の伏臥位は患者に負担になる)


②上頸部の深部の筋(主に後頭下筋群)のシコリ中に刺入する。8番針程度の太い針の方が効果があるが、患者の感受性を考慮して2番針をしてもよい。(脊柱深部の小筋は、体幹の運動や体重支持の役割は少なく、姿勢保持機能としての機能をもっている。すなわちメマイ治療には深刺する必要がある。


③頭部症状があれば、太陽穴、百会、上星などの置針を追加する。

④座位にさせて、ふたたび後頭下筋のシコリ中に数カ所刺針し、それぞれ10秒間ほど雀啄した後に抜針。

⑤治療直後は、耳閉感や頭がパンパンに張る感じもとれるようだ。しかし週1回(調子の悪い時は2回程)度の通院が必要で、しかも長期的な展望としても完治にはつながらないが、とりあえずの症状軽減策としては他に代わる方法がないわけで、針灸の必要性は高いといえる。

 

4)慢性メニエール症状に対する胸鎖乳突筋ストレッチ

ムチウチ症が1ヶ月以内に治らない場合、バレリュー症候群になる場合がある。バレリュー症候群では、従来の頸部痛や手のしびれに加え、頸部交感神経興奮症状(めまい、難聴、不眠など)も出てくる。しかし頸部交感神経興奮症状とはいわれているが、前頸筋(とくに胸鎖乳突筋)の持続的緊張症状のこととする見解もある。したがって胸鎖乳突筋をストレッチさせる治療が推奨できる。

胸鎖乳突筋ストレッチ法では、ザビエルのポーズ(神への恭順を示す)で患者自身の母指で鎖骨中央上縁あたりにある胸鎖乳突筋鎖骨枝起始部に持続圧迫を加えつつ、頭をグルグル回す方法がある。youtube動画を見ていると、はりきゅうルーム岳の先生が、同様の運動法をもっと実用的に行っている方法を説明していた。それは示指・中指・環指の3本指で鎖骨中央上縁あたりの胸鎖乳突筋起始部を引っかけるように押さえつけ、その体勢で顔を反対側上方へ向けることで胸鎖乳突筋をストレッチする方法だった。
針治療に際しては、先の動作を患者自身でやってもらい、施術者が胸鎖乳突筋乳と筋の起始・停止を刺激するとよいだろう。

 


質問紙を使った耳鳴分析と鍼灸の奏功例 ver.1.1

2021-09-20 | 耳鼻咽喉科症状

耳鳴の鍼灸治療については、20年近く前までは勉強したが、一通り調べると、それ以上新発見の鍼灸治療が発見できなくなった。しかし耳鳴りの治療自体に新しい内容はなくとも、鍼灸で効きそうか否かを事前に推測できれば、患者・施術とも無駄な努力をしないですむ。鍼灸有効率もあがるというものである。耳鳴り治療の有効性を推測するため、すでに10年以上「耳鳴り質問紙」を使っている。本質問紙は診療前に患者に記入してもらう。患者は5分間ほどで書き終えることができる。


1.鍼灸で効きそうな耳鳴りを抽出する質問紙(「新・耳鳴の鍼灸治療 質問紙と解釈」 2003.7.14.当ブログで発表済だが当ブログに移動)

1)医師の診察を受けましたか。( はい いいえ )
解釈:耳鼻科的なきちんとした病名がついておらず、かつ無難聴性耳鳴であれば効果ある。診断名の定まらない耳鳴は、針灸で打つ手がありそうだ。鍼灸奏功するタイプとは、頸や顎の関節症に由来するものが多いだろう。すなわち針灸が有効となる耳鳴は、首の動きや顎関節の動き(口の開閉など)により、耳鳴の音調が変化するタイプ。

2)医師の診断名は何ですか。

(突発性難聴 メニエール病 良性発作性めまい 音響外傷  慢性中耳炎 頸椎症 高血圧症 自律神経失調症 更年期障害 聴神経腫瘍 その他)
解釈:耳鼻科医の診断で、中耳炎後遺症や突発性難聴後遺症、音響外傷による耳鳴など、耳鳴を生じる診断名であるならば、針灸治療が無効となるケースが多い。発病後1ヶ月を経た音響外傷性の難聴・耳鳴も有効な治療法に乏しい。

3)耳鳴りについて、これまでどのような治療を受けましたか。

(内服薬 高圧酸素療法 通気 療法 星状神経ブロック その他)
 解釈:一般的に現代医学で耳鳴りに効果のある治療法はない。

4)耳鳴りに気づいたのはいつですか。(
  年  月  日、  約   年前 )
解釈:当然ながら早期に治療開始した方が治りがよい(自然治癒であることも含む)。一つの目安は、半年以内かどうかである。

5)耳鳴りのきっかけになったものはありますか。(
病気 大きい音 難聴 めまい 自然に 突然に)
解釈:
①.大きい音を契機に発症→騒音性難聴(=音響外傷)
②.突然に→突発性難聴
③首や顎の運動により生じた耳鳴というのは、自分の意識としては少ない(自分では気  づいていない)。

6)耳鳴りは、どこからしますか。( 右耳  左耳  両耳  頭の中)
解釈:
①体性耳鳴(首や顎の運動時)の場合、片側性になる。両側に同じ大きさの耳鳴を生ずると、頭の中が鳴っているような感じになる。
②片側性では患側上の側臥位にて施術し、両側性では仰臥位で施術する(30~40分 間置針するので、伏臥位だと苦しく感じる者がいる)

7)どんな音の耳鳴りがしますか。(ブーン  ゴー  カチカチ  ポー  シュー キーン ドキドキ  ヒュー  ピー  ジー  その他)
解釈:耳鳴の音調は、教科書的には高音性が感音性難聴・耳鳴でキーンといった電子音。低音性は伝音性難聴・耳鳴でジーといった蝉の鳴き声の音に分類されている。しかし実際はさまざまで、音調から診断名を推定することは困難だが一応の目安としては次のことがいえる。   
①ゴーという低音:外耳や中耳など、伝音性の耳鳴。比較的治りやすい。耳管狭窄症など。
②ジージーという蝉の鳴き声音。低音性感音性耳鳴。メニエール、耳管狭窄症。
③キーンという高いの金属音・電子音:感音性の耳鳴。内耳性の耳鳴で、耳鳴全体の9割を占める。 加齢とともに耳の機能が衰えると聞こえやすい。難聴やめまいを伴うことも少なくない。突発性難聴、騒音性難聴、老人性難聴。
④「ザーザー」という雨降りのような拍動性の音→ 自分自身の頭頸部の脈拍音を聞いている。拍動性耳鳴の主な原因は、耳の病気、神経や脳疾患、血圧の常、ストレス過多など。頸部のコリを緩める治療を行うと改善するともいう。ただし拍動性の耳鳴は少ない。
⑤ゴー、ポーといった母音が「o」で終わるもの、キー、ピー、シーといった「母音+i」で終わり、かつ濁音が含まれない音は治療効果が高い。
   (清田隆二ほか:耳鳴に対するミオナールの臨床効果 耳展32:護6:473~479,1989)

8)耳鳴りの音の大きさはどの程度ですか。(非常に大きい  気になる程度  わずか  なし)

9)耳鳴りが生活の妨げになっていますか。

(何もできないくらいひどい 少し妨げになる 生活の妨げにはなるが必要なことはできる  生活の妨げになるほどではない)

10)耳鳴り以外の症状はありますか。

(難聴 めまい 不眠 頭痛 首肩のコリや痛み 顎関節症  歯科(虫歯 歯の矯正) 腰背痛  不眠 高血圧症 神経症 自律神経失調症 その他)           
解釈:耳鳴単独よりも耳鳴+難聴の方が治療は難しい。針灸が奏功しやすいのは、体性神経性耳鳴なので、顎関節症や頸椎症があると、この治療が耳鳴治療の糸口になる。めまいは不定愁訴症候群の一症状として出現しやすいが、不定愁訴一つとして難聴・耳鳴があることは少ない。


6.耳鳴症例(69歳、女性)

<質問紙回答>
1)医師の診察を受けましたか。(はい)
2)医師の診断名は何ですか。(診断がつかなかった。年だからしょうがないといわれた)
3)耳鳴りについて、これまでどのような治療を受けましたか。(治療は受けなかった。薬も出なかった。)
4)耳鳴りに気づいたのはいつですか。(1年半くらい前) 
5)耳鳴りのきっかけになったものはありますか。(自然に)
6)耳鳴りは、どこからしますか。( 両耳とくに左耳)
7)どんな音の耳鳴りがしますか。(キーン)
8)耳鳴りの音の大きさはどの程度ですか。(気になる程度)
9)耳鳴りが生活の妨げになっていますか。(生活の妨げにはなるが必要なことはできる)
10)耳鳴り以外の症状はありますか。(難聴、首肩のコリや痛み、膝痛)

<診察所見>
1)頸部:側頸部中央で胸鎖乳突筋後方の斜角筋の押圧で驚くほどの圧痛あり。 後頭部や後頸部に圧痛硬結なし。
2)顎関節:異常なし(開口制限、下顎左右ずらし・下顎引きつけ・下顎出しすべて正常、頬車、下関の圧痛なし)
※顎関節症と耳鳴が関係するらしいことは知られているが、その機序は不明。ただし三叉神経第3枝の分枝である耳介側頭神経が、鼓膜知覚・外耳道知覚・顎関節知覚に関与していることが関係しているかもしれない。トリガーポイントで有名なトラベルは、咬筋と外側翼突筋が耳鳴と関係することを指摘している。


7.考察と治療内容

本症例は原因不明の耳鳴だが、耳鳴の程度は軽い。耳鼻科で診察済でもあり、特別な耳疾患は考えにくく、強いていえば首コリからくる耳鳴りと推定。

1)仰臥位、2寸#5にて下耳痕穴から1~2㎝直刺。耳奥に響きを与える。30分置鍼。10分毎に手技をして響かせる。

解説:私の耳鳴の鍼灸治療は、仰臥位で下耳痕(=難聴穴)から2㎝直刺で耳奥に鍼響を与え、30~40分置鍼することを共通治療としている。耳奥(鼓膜~中耳)に響かせるのは本穴からの刺針しかないため。鼓室神経(舌咽神経分枝)刺激となる。筋を完全にゆるめるには、30分以上の置鍼が必要。なお鼓室神経は中耳と鼓膜を知覚支配している。内耳を知覚支配する神経はないので鍼で直接響かせることはできない。
なお「下耳痕」は私が命名した。深谷伊三郎が「難聴穴」と命名したのはこの下耳痕に一致しているが、深谷は灸で治療していて、耳奥に響かせるのは困難だろう。


2)座位または仰臥位で側頸部後斜角筋あたりの緊張部に運動鍼。

コリを緩めるには仰臥位で健側に顔を向かせる。耳の下に位置する側頸筋(≒後斜角筋)のコリに対して手技鍼。この治療は座位で行う方が効果的だが、強刺激になりがち(脳貧血に注意)。

※なお項部のコリのばあい、項部刺針をする。これには座位で、下を向かせて顎を引いた姿勢で、天柱、風池などに刺針

 


3)「鳴天鼓」の指導

古典的内気功の「八段錦」の一方法で鳴天鼓(めいてんこ)とよばれているものがある。

①両肘を左右に張り出し、手掌中央で耳穴をぐっと押さえて外耳道を密閉させる。
②そのまま頭の後ろに指を添えて、中指はお互いの方向を指す。
③中指の上に人差し指を乗せ、そこからはじくように人差し指を落として頭を叩く。その衝撃波が耳孔の空気を伝わり鼓膜を震わせるようにする。あるいは弾いた示指が、後頭部を叩く衝撃が骨伝導として耳奥に刺激を与えるのか。
④1日2回、1回につき20~40回これを繰り返す。

 効果には個人差がある。効く者は手を離すと耳鳴りが治まっていることに気づく。耳鳴が停止している時間は2~3分間だが、長く繰り返すほど止まっている時間が長くなる者もいる。

本患者に自宅で鳴天鼓を1回2~3分、1日3~4回実施するように指導した。1回2~3分は長くて手が疲れるという感想を漏らしたが、鳴天鼓をすると、数分間耳鳴りが楽になるということだった。

本患者は、初回治療で治療効果を実感できず、治療2回目で治療効果を得た。2回目治療は、座位で側頸筋ストレッチして後斜角筋圧痛点に手技鍼をしたこと。(1回目はストレッチ肢位をとらなかった)および鳴天鼓を追加したことである。


咽喉異常感症(咽頭神経症)の針灸治療・手技療法 ver.2.0

2021-09-09 | 耳鼻咽喉科症状

1.咽喉異常感症の特徴的症状   

咽喉異物感では、まず咽喉神経症(ヒステリー球、梅核気)を思い浮かべるが、以下の疾患を除外する。

R/O 食道癌:「食べた物が下に入っていかない」と訴える。    
R/O 喉頭癌:嗄声が初期症状。進行すると呼吸困難出現。   

器質的な異常がみつからない場合、器官神経症(心臓神経症、血管運動神経症、胃腸神経症などと同類)と断定されてしまうので、患者は苦悩する。咽頭神経症は、かつてはヒステリーの重要症状とされていたが現在は否定されている。咽喉異常感症の特徴は次のようである。  
・食事摂取時には問題ない。  
・唾を飲み込む時は気になる。  
・痛みではなく、何かが使えている感じ(患者自身、癌を心配している)  
・数ヶ月~数年の期間で症状の悪化はない。(症状の悪化があれば他の疾患を考える) 


2.咽喉異常感と嚥下運動の関係

耳鼻科での検査で異常がみつからない咽喉狭窄感といのは、前頸部の筋緊張がもたらした結果だとする見解がある。

ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。

甲状軟骨の動きは、甲状舌骨筋でつながる舌骨の動きによるもので、舌骨の動きは舌骨上筋群が収縮した結果である。すなわち舌骨上筋群緊張→舌骨挙上→喉頭蓋下降という運動連鎖になる。   なお開口状態では舌骨上筋が弛緩するので、嚥下しづらくなる。なお舌骨上筋には、顎二腹筋・顎舌骨筋・茎突舌骨筋オトガイ舌骨筋がある。

座位で頭を背屈して舌骨上筋を伸張した状態で、それぞれの筋走行部を押圧し、圧痛点を発見して押圧・刺 針。頭部の前後屈運動を10回程度実施させる。

 

3.舌根(=上廉泉)刺針>
 
舌根刺針は舌骨上筋刺激になる。舌骨上筋緊張すると舌骨が挙上する。なお舌の根元は、咽喉奥にあるのではなく、下顎骨の後縁にある。

①舌根刺針は、舌扁桃刺激にもなり、舌下腺刺激にもなる。舌扁桃痛軽減や唾液分泌を促進させる意味もある。
②この部は舌咽神経支配が知覚支配しており、刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。  

 

 

 

4.舌骨下筋の過緊張

嚥下時に舌骨が挙上しづらいのは、舌骨下筋の過緊張による可能性もある。本法は、Ⅰb抑制を使った筋緊張緩和手技に相当する。
座位で前頸部気管の両側筋の硬結に刺針し、上を向かせて舌骨下筋を伸張させて刺針。

 

5.胸鎖乳突筋と広頸筋
ヒトは上を向くと呼吸しやすくなる。(ゆえにラジオ体操で深呼吸の際、上を向かせる)
ストレスなどで前頸部筋緊張すると下を向き気味になるので、胸鎖乳突筋や広頸筋を伸張させることはストレッチ手技尾として意味がある。

1)胸鎖乳突筋ストレッチ

①椅坐位で、頸の過伸展位置をとらせ胸鎖乳突筋を伸張させる。
②その姿勢のまま患者自身(または術者)の両手をザビエルの肖像画のように胸元で交叉させ、左右母指で胸鎖乳突筋起始部である鎖骨と胸骨部を順に軽く押圧し続る。  
③過伸展位にした頸を左右に回旋することで、さらに胸鎖乳突筋を伸展させる。    
④次第に胸鎖乳突筋の緊張が緩んでくるにつれ、咽の狭窄感も軽減する。  



2)広頸筋ストレッチ手技          

下顎骨の下縁から、上胸部にわたる頚部の広い範囲の皮筋。首の表面に皺を関連する筋膜を緊張させ、口角を下方に引く働きを持つ筋である。  
坐位で、口角を横に広げつつ下方に引き、前頸部に縦シワをつくるようにする。この動作を何回か繰り返すと視認できる。

 

 

 

5.咽頭異常感が改善した症例(30才男性、会社員)

患者の母が少々自慢げに言うちころによれば「会社では、同期トップの成績だった」が、心身ともに疲労して休職している。

全身疲労と咽の詰まり感が主訴。詰まる感じは右前頸部にあるとのこと。坐位で両側胸鎖乳突筋停止部を押圧するもあまり圧痛なく、胸鎖乳突筋筋腹をつまんでみたがあまり痛むことはなかった。下顎窩を押圧すると筋硬結を触知したので、上記の舌骨上筋部のストレッチ手技を行い、また坐位で頸を背屈させて右広頸部筋を触診すると、つっぱり感じがあったので、前頸部~前胸部あたりに広範囲に単刺した。
治療終了すると、患者はアレッという声を発したが、その時は聞き流した。

翌日、患者の妹が治療を受けに来院した。昨日のお兄上の具合をきいてみると、球が下に落ちたと語ったとのこと。

 

 

 

 


咽頭・扁桃症状の現代鍼灸

2021-07-26 | 耳鼻咽喉科症状

咽喉科の現代鍼灸について紹介する。今回は「咽頭・扁桃症状の現代鍼灸」について記し、次回「喉頭症状の現代鍼灸」について記す。

1.咽喉の概要
咽喉とは咽頭と喉頭を併せた総称である。ざっくりいえば、鼻の奥が上咽頭、口の奥中咽頭、の仏のすぐ奥が喉頭、その奥が下咽頭である。

 

それぞれのパートごとの支配神経・症状・代表疾患を表にまとめた。咽頭症状は主に「痛み」であり喉頭症状は「咳と声がれ」である。すなわち咽は痛むが、喉は痛まない。下表には治療点も付記したが、これについては後に改めて説明する。

2.咽頭狭窄感

1)鑑別

針灸で適応なのは、痛みによる嚥下困難(舌咽神経興奮)であり、扁桃炎がその代表。嚥困難の中には、「食物がつかえる」ものがあり、食道の器質的疾患と心因性の場合がある。    

2)機能性咽頭狭窄感に対する舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技
   
耳鼻科での検査で異常がみつからない咽喉狭窄感といのは、咽喉に異常があるのではなく、咽喉部とは直接関係のない、頸部運動機能と関係する前頸部の筋緊張がもたらした自覚症状のだろうとする意見がある。以下に示すのはYoutubeで発見した舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技だが、追試してみると効果的だったので紹介する。
  
①仰臥位。前頸上部の胸鎖乳突筋そして胸鎖乳突筋の内縁部を術者左手の母指以外の4指でく押圧する。
②その状態のまま右手の指先で顎下部を軽く押圧する。
③左手で前頸部の筋や皮膚の動きづらくしているので、右手指で顎下部を押圧しても指はあり沈まないが、そこを強めに押圧することで舌骨上筋をストレッチさせ、コリを軽くするとができる。本法は事実上皮下筋膜ストレッチ法でもある。

2.急性扁桃炎
 
1)概念        
   
咽頭を輪状に取り巻き、細菌やウイルスの消化道入口以下への侵入を防いでいるリンパ組織がある。多くは感冒による免疫低下時での細菌の二次感染で、これらリンパ組織に炎症が起きた状態をいう。
 
2)症状・所見
   
高熱(39℃以上)、嚥下時痛(唾液を呑み込む際の咽痛←舌咽神経痛による)
開口して口蓋扁桃肥大と発赤をみる。顎下リンパ節腫脹し、押圧で痛みを感じる
 

3)急性咽頭炎との相違点
     
扁桃炎とは口蓋扁桃に強く出現した咽頭炎をいう。すなわち咽頭炎の一部に扁桃炎がある。ただし急性咽頭炎では微熱であり、扁桃炎のような高熱は起きない。また咽頭炎では咽頭あるが、唾液を呑み込む際の嚥下痛はない。

3.咽痛に対する鍼灸治療
発熱に対する治療は、鍼灸より消炎鎮痛解熱剤の方が効果的。
 
1)洞刺 
       
扁桃炎の中心は口蓋扁桃の細菌感染症状なので、対症療法として咽頭を知覚支配している舌咽神経を鎮静させることができても、その効果に限界はあるが、舌咽神経の鎮としては洞刺が知られている。
 洞刺には、血圧降下作用、気管支拡張作用、そして今回の治療意図でもある咽痛鎮静作のあることが発見された。人迎部に3㎜皮内針を皮下針的に斜刺し固定すると、おおむね24時間以内に鎮痛効果が得られる。(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法、医道の日本 昭58.8)
 

2)舌咽神経刺針
    
舌咽神経は、舌根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配している。これらの領域の痛みにしては舌咽神経刺の適応がある。舌咽神経ブロックという神経ブロック手技はあるが、鍼これをマネしてみても症状部に針響を与えることは難しく、筆者は下耳痕刺針で、下耳痕ら直刺2~3㎝で鼓室神経を刺激を与える方法を行っている。なお鼓室神経は、舌咽神経分枝。扁桃炎では咽痛が生ずるが、ひどくなると中耳あたりまで痛くなるのはこのため。
(下耳痕穴=深谷伊三郎の定めた難聴穴とほぼ同一部位。深谷はここに灸をするが、当然がら刺針しなければ咽や中耳に響きを送ることはできない)

 

 

3)口蓋扁桃刺
(郡山七二「針灸臨床治法録」、三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」より)
   
①意義:口蓋扁桃周囲の静脈鬱血の改善と舌咽神経痛への対処
②術式:座位。患者を大きく開口させ、患側口蓋扁桃の位置を視認。2寸#5(細い人は寸6#3)を使って、下顎角のやや前方で下顎骨の裏骨縁から口蓋扁桃に向けて刺入。鍼先を口蓋扁桃にもっていく。鍼先が口蓋扁桃から外れた場合、痛みやしびれがした舌先や舌根周りに感じる(三叉神経第3枝下顎神経刺激)ので、このような場合刺し直す。
③効果:急性扁桃炎には1回の施術で嚥下痛は解消するので鍼の効果を実感してもらえるチャンスである。慢性症で扁桃肥大したものでも、少々気長に治療継続すれば縮小する。

 

 

4)合谷多数浅刺(柳谷素霊「秘法一本針伝書」)
  
①取穴:直径1寸3分位の丸竹を患側に握らせた状態で、第1中手骨と第2中骨の底間の硬結下際部に合谷をとる。

②体位:正座させ、両手を膝上大腿部に置き、腹部に力を入れさせ、健側の手も強く握らせ、かつ全身に力を入れるように指示する。
  
③刺針:寸3#2を使用。針先をやや上方硬結様横絡の下縁に入れるように傾斜させて刺入。刺針深度は1分くらい、深くとも2分以内。細指    術法、すなわち反復的に皮膚に刺針、そして直ちに入れ直す。皮膚が発赤するまで行う。  

④針響:針先が皮膚に触れて直ちに針響が上腕の方に感通することがあれば、それ以上深くさない。そうならない場合、徐々に刺すか、抜いてやり直す。針響が前腕に響くか、さらに上腕に上り、咽喉に達すれば成功。喉に至らなくても、反復刺針し、穴部が赤したり軽く血滲むようになれば、喉病患は軽減する。ことに扁桃炎に効あり。
  

※筆者見解
合谷部皮膚刺激する治療として有名なのが、桜井戸の灸で、これは面疔に対する合谷多灸を行うもの。施灸で顔面痛が頓挫するも帰宅中の列車の中で痛みがぶり返すと、車中で自分で合谷に灸したという。合谷部皮膚刺激の治効は、合谷部が特異的に橈骨神経皮枝の覚支配であることと関係がありそうだが‥‥ 


車酔い予防に足母指爪中央の灸

2021-04-04 | 耳鼻咽喉科症状

前回報告の<ひょうその灸>で、爪の上に施灸した。爪上に灸をするという治療は、玉川病院症例報告回で昭和57年に乗物酔いに母指爪中央の灸が効いたという報告をしている。ここに転記する。


タイトル:車酔い予防に足母指爪中央の灸

1.症例報告(抄)

66歳、女性。普段から健康管理目的で毎月1回来院している患者。ある日電話があり、「5日後から二泊三日のバス旅行をするので、車酔いの灸を教えて欲しい」とのこと。そこで旅行三日前から毎日一回、両足母指爪中央に米粒大灸を熱く感じるまですえるよう伝えた。後日来院時、その効果を聞けば、「行きのバスは酔わなかったが帰りは酔った。モグサをバッグに入れ忘れたので、帰りのバスに乗る時に宿で灸をできなかった」と返答した。
この患者はその一ヶ月半後にも二泊三日のバス旅行をした。「前回の教訓を生かし、今度は行きも帰りもバスに乗る前に灸をしたので酔わなかった」「これまでは朝食に玉子を食べると必ず酔うので遠慮して食べなかったが、灸すると絶対に酔わないことがわかったので、2回目の旅行の時は安心して三個食べた」と喜んでいた。


2.コメント

医道の日本誌鍼灸治療室(43)車酔い(1980年12月号)に、往年のわが国を代表する四人の治療家が自分の治療を解説している。母趾爪中央の灸のことは清水完治氏の発表で知った。首藤伝明氏氏は築賓近くの圧痛部の皮内鍼で車酔いをほぼ予防できるという。
深谷伊三郎氏は中厲兌(足第二指の爪甲根部外側に厲兌をとり、その内側)の灸がよいという話なので試したが、一向に効かず赤面したと述べている。池田政一氏は、足臨泣・丘墟・陽輔などへの皮内鍼を推奨している。ちなみに代田文誌氏は、厲兌の灸を推している。
例によって様々な意見となったが、興味深いことは全員下腿~足に、灸または皮内鍼といった皮膚刺激を行っているという共通点がみられる。
 
これらの報告からなぜ私は母趾中央の灸を選んだのかといえば、電話でも取穴位置を説明でき、爪の上への灸なので灸痕も残らないだろうと思ったからである。

平衡感覚は内耳や眼からの情報に加え、深部知覚障害(筋紡錘や腱紡錘)が前庭で統合され、正常に機能している。しかしメマイ時には深部知覚の障害も生じており、筋紡錘や腱紡錘に刺激介入することで深部知覚情報も正常に前庭に送り込まれるのではないかと考えた。


耳鳴に対する鳴天鼓のやり方 ver.1.1

2018-08-02 | 耳鼻咽喉科症状

1.鳴天鼓(めいてんこ)の再発見

ネットの面白情報チャンネル<らばQ>2017年9月20日の記事に、側頭部をタッピングすると、耳鳴りが軽くなるという内容があった。その方法を行った患者たちが喜ぶユーチューブ動画もあって、患者の喜ぶ姿をみて、これはすごい効果だと思った。効果があるなら自分の治療として取り入れることになる。

実はこの方法は、古典的内気功の「八段錦」の一方法で鳴天鼓(めいてんこ)とよばれているもの。私も三十年前に試したことがあったのだが、熱心に聴講していなかったせいか、間違った方法を覚えてしまっていて、大した効果は期待できないとの印象をもっていた。 

2.鳴天鼓の実際

1)方法

①両肘を左右に張り出し、手掌中央で耳穴をぐっと押さえて外耳道を密閉させる。
②そのまま頭の後ろに指を添えて、中指はお互いの方向を指す。
③中指の上に人差し指を乗せ、そこからはじくように人差し指を落として頭を叩く。その衝撃音が耳孔の空気を伝わり鼓膜に響くように感じる。
④1日2回、1回につき20~40回これを繰り返す。

 2)効果

効果には個人差がある。効く者は手を離すと耳鳴りが治まっていることに気づく。耳鳴が停止している時間は2~3分間だが、長く繰り返すほど止まっている時間が長くなる者もいる。

 

 

 

3.作用機序の考察

音波が耳孔から鼓膜に伝わる。鼓膜→小耳骨→前庭窓→蝸牛と伝わり、聴覚に影響を与える。
鼓膜に刺激を与えるという観点からは、下耳痕穴(耳垂が頬に付着する部の中央)からの直刺2㎝と同じ原理となるだろう。この刺針を行うと耳中に響く感覚が得られる。

「右耳管狭窄症で時々耳が遠く感じる」と訴える者に上記方法を行うと、施術直後頬が温かく血が通った感じがして気持ちよいという結果が得られた。温感が得られたということは、頸部交感神経緊張状態が緩んだことを意味しているので、星状神経節ブロックと同様の効能があるのだろうか。ベル麻痺の初期治療に星状神経節ブロックを行うことが多いが、それと同じような効果が得られるかもそれない。 今後耳鳴を中心とした患者に追試したい。


4.その後の考察

耳鳴患者に対し、鍼灸治療に加え、鳴天鼓を併用したり、多愁訴の一つとして耳鳴のある患者に対しては、鳴天鼓だけを行うこと約1年経った。当初の思惑とは異なり、鳴天鼓の治療効果はあまりないので、やっぱりダメかと希望を失いかけていた。そんなある日、耳鳴りを訴える患者が来院した。その人は頭の小さな人だった。ベッドに座らせ、施術者(私)と対峙させた。両手掌で耳孔をぴたっと塞ぐようにして、後頭部に両手指をもっていき、指を弾こうとしても、頭が小さいので両手の指がぶつかるような状況だった。そこで施術者の指を頭頂部あたりにもっていって指を弾くも、耳鳴は不変だという。そこで指を後頭部にもっていって弾くことにしたが、そうすると手掌と耳孔間が密着できず隙間が空くことになったが、後頭部を数回指で弾くと耳鳴りは消失したとのこと。すなわち手掌で耳孔を塞ぐことよりも、指で叩打する部位の方が重要なことを示唆させるものであった。結果的に、上述した<作用機序の考察>は的外れだったことになる。

今後、手掌で耳孔を塞がないで、後頭部叩打する方法と、術者の中指頭を患者の耳孔に入れ、示指で指を弾くようにするという2通りの方法の相違点を追究していきたい。

この症例を経験して以後、指で弾く部位は、以前よりも後頸部に近いものとなり、後頭部の玉枕~天柱付近が最適であることを発見。治療効果が増したように感じている。30回程度指を弾いて指を耳から離すと、耳鳴りが消失していることに気づくのが普通である。ネットで調べてみると、私の印象と似ている図を発見したので、引用し掲載しておく。

 

 


耳鳴りの針灸治療まとめ2017年版

2017-10-10 | 耳鼻咽喉科症状

これまで耳鳴りの針灸治療について、いろいろとブログを書いてきた。報告した時点では、新鮮な内容であっても、時が経つにつれて私にとって当たり前になり、冷静にみられるようになってきた。そもそもAという治療法が有効で、耳鳴りの鍼灸治療において、Aという治療か効き、Bの治療も効いたという場合、両者にどのような相違があるのだろうか。俯瞰的立場から、2017年における私の耳鳴りの鍼灸治療体系を整理してみる。

針灸が有効となる耳鳴は、首の動きや顎関節の動き(口の開閉など)により、耳鳴りの音調が変化するタイプ。耳そのものに異常がなく、頭頸部筋の関節や筋肉、あるいは知覚神経や運動神経の問題で生ずる耳鳴りを、体性耳鳴(あるいは体性神経性耳鳴)とよぶ。針灸が効果的となる耳鳴は、このタイプであろう。

Cacaceは、聴覚以外の感覚入力によって、耳鳴や聴覚が変化すること報告。すなわち蝸牛から伸びる交通枝の刺激が、耳鳴治療に関係するという。その交通枝は次の神経になる。すなわち顔面神経・三叉神経・舌咽神経・迷走神経などである。迷走神経は全体的になりすぎるので、それ以外の神経について検討する。 

 

1.顔面神経

顔面麻痺時にみるアブミ骨筋反射(大きすぎる音は中耳に入れない)の存在。顔面麻痺時、アブミ骨筋を制御できないので、外界からの音がうるさく感じる時がある。

   

佐藤意生(耳鼻科医)は、感音性耳鳴患者の顔面神経下顎縁枝に経皮的に反復電気刺激で、蝸牛神経の異常を抑制できるのではないかと考えた。大迎と頬車に表面ツボ電極 をつけ、2~30ヘルツのパルス低周波刺激を2分間与えた。

耳鳴患者91例中、耳鳴が5/10以下に減少→47例(51.6%)、6/10~8/10に減少→
34例(37.4%)、9/10~10/10に停止→28例(11.0%)だった。治療有効だった者(53例)の持続効果は、1週間以内に元に戻ったのは43例(81.1%)、このうち、持続効果 2~3日だった者は17例(32.0%)だった。ただし4週間経過後におても耳鳴が以前より軽いと答えた例も5例(9.4%)あった。

 

2.三叉神経
 
1)耳介側頭神経


三叉神経第Ⅲ枝の分枝である耳介側頭神経は、側頭部皮膚知覚を支配しているだけでなく、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚にも関与している。耳鳴りと顎関節症(三叉神経第3枝の咀嚼筋緊張)との関係も指摘できる。
耳介側頭神経刺針は、開口させ、聴会にできる陥凹から直刺し、外耳道に沿わせるよう刺入する。ただし一般的には外耳炎など外耳道の痛みに使うことが多い。

2)咀嚼筋
トラベルよれば、顎関節症でとくに 耳鳴と関わりの深い筋は、咬筋と外側翼突筋だということである。いずれも三叉神経第3枝運動支配。以下は耳鳴に対して私が注目している咀嚼筋+顎二腹筋である。
 
①咬筋

主作用:下顎骨の挙上(=閉口)運動。
症状:噛む動作時に頬部が痛む。
治療:多くは外関(頬骨弓の中央直下)から深刺直刺する。

 

 

②外側翼突筋
位置:下顎骨を挟んで、咬筋の裏面にほぼ一致。
症状:下顎の突き出しができない。下顎を左右にずらせない。
治療:下関から深刺すると咬筋を貫き、深部で外側翼突筋中に入る。

  

 

③顎二腹筋後腹(起始部)
   
筋膜性疼痛症候群(MPS)の知識が増えるにつれて顎二腹筋後腹起始部の緊張が耳鳴と関係するらしいことが指摘。

位置:顎二腹筋後腹の起始は側頭骨乳突切根で、乳様突起の裏側になる。停止は中間腱で中間腱は舌骨につながっている。
症状:顎二腹筋後腹が収縮すると喉の詰まり感や物を飲み込みにくくなり、顎が動きづらくなる。
顎二腹筋後腹起始への刺針:側臥位。寸6#2程度の針で乳様突起の裏側に刺針。完骨穴に近い。乳様突起の表側は胸鎖乳突筋の起始があるのて、乳様突起からやや離れた部から刺針して斜刺し、針先を乳様突起の深部のコリにもっていく。

 

 

  

 

 

3.舌咽神経 

耳奥にズシンとした針響を与えることができるのなら、耳鳴治療にも効果あるかもしれない。このように考えて耳周囲に刺針しても耳奥に響かすことは案外難しいことである。そもそも響くということは知覚神経を刺激しているのだろうが、内耳には知覚支配がない。耳奥に響くとすれば、中耳の鼓膜から鼓室にかけて分布する舌咽神経分枝の鼓室神経だろう。舌咽神経も蝸牛に交通枝を送っている。

1)下耳痕

耳下垂つけねを中国では耳痕と命名した。そのやや下方にあることから筆者は下耳痕と命名した。 舌咽神経の分枝である鼓室神経は、鼓膜~鼓室知覚支配する。舌咽神経刺激は、神経ブロックとしては乳様突起と茎状突起の間に刺針することになろうが、針でこれを行ってもマトに当てるのは難しく。筆者が行っているのは、下耳痕穴刺針である。耳垂の頬付着部から直刺1~2㎝して鼓膜に響かせる。

   

 

2)鳴天鼓(めいてんこ) 

空気の波動を利用して鼓膜を刺激するものとて、内気功の鳴天鼓(めいてんこ)がある。
両耳を掌でぐっと押さえ、両肘は肩甲骨がよるくらい張り出す。手掌中央が耳穴にくる位置にくるように置き、強く密閉。そのまま頭の後ろに指を添えて中指の上に人差し指を乗せ、そこからはじくように人差し指を落とし頭を叩き頭の中全体に音を響かせる。1回20~40回。1日2回実施。

 

4.頸部治療

1)胸鎖乳突筋をゆるめる

   
めまいと胸鎖乳突筋コリが関係あることは、ムチウチ後遺症でしばしばみられることで、これを頸性めまいと称している。一側性胸鎖乳突筋緊張→顔の傾斜→頭位性めまいという機序になる。
耳鳴と胸鎖乳突筋のコリとの関係は不明瞭なところがあるが、めまいも耳鳴りも内耳症状という共通性がある。胸鎖乳突筋の緊張が強いことによる耳鳴りであっても、患者自身は自分の胸鎖乳突筋が緊張していることは案外気づかない。

筋緊張を緩めるには、該当筋を緊張させた状態で刺針した方が効果的である(=筋の促通作用)。患者をマクラを外した仰臥位にさせ、患側が上になるよう、顔を健側方向に回旋。その状態で胸鎖乳突筋の停止部(完骨あたり)に刺針。その状態のまま、患者に上を向くように指示する一方、施術者はその動きを妨げるように患者  の側頭部あたりを手掌で圧する。1,2,3と数を数えつつ、患者の力にタイミングを合わせて術者も力を加える。

 2)C1~C3頸神経
   
三叉神経は脳幹だけでなく、延髄・脊髄(C1~C3頸髄)にも核がある。例えば大後頭神経痛などで  C1~C3神経根が興奮すると、三叉神経核を刺激するので、項から後頭部痛だけでなく、顔面痛(とくに眼精疲労)を引き起こすことがある。これを大後頭-三叉神経症候群とよぶ。要するに、C1~C3頸神経刺激は三叉神経に影響を与えることがある。眼精疲労が、天柱や上天柱の針や指圧で改善するのはこの理由による。

 


 


嗅覚障害の針灸治療

2017-07-19 | 耳鼻咽喉科症状

これまでの公表された症例報告から、嗅覚障害の針灸治療は結構効果があることを耳にしていたが、なかかな症例に遭遇することはなかった。しかしここにきて念願の嗅覚障害例に遭遇し、かつ成功裏に治療を終えることができたので報告する。 


1.嗅覚障害の原因

嗅覚は鼻の天蓋部分で感知して、嗅神経を通じて脳の嗅球へ行き伝導される。

1)中枢性嗅覚障害

自動車事故などで頭部外傷をすると、嗅覚受容器と脳を連結している脳神経である嗅神経の線維が、鼻腔の天蓋位置で損傷したり切断されると嗅覚が失われる。永久的に嗅覚を失う原因で最も多い。加齢による嗅覚障害も中枢性嗅覚障害に属する。
  
2)末梢性嗅覚障害

インフルエンザウイルスによって嗅覚受容器が一時的に障害されることがあり、感染後数日から数週間にわたって、においや味がわからなくなることがある。まれに嗅覚や味覚の消失がそのまま一生続く人もいる。 
  
3)呼吸性嗅覚障害

副鼻腔炎、鼻中隔弯曲など。においを感じる嗅細胞のある鼻腔天井部まで吸気が到達できないことによる。このタイプには、スチーム吸入、スプレー状点鼻薬、抗生物質などで治療。ステロイド薬の点鼻および服用は、たった一つ確立された嗅覚障害に対する薬物治療である。ステロイドなので長期投与には問題がある。使用中止すると症状再発することもある。


2.針灸治療

)治療方針
針灸治療が効果的かどうかは、原因により異なる。呼吸性嗅覚障害に対しては、鼻の通りを良くすることで、嗅細胞にまで臭気を届けさせることを目標とする。要するに鼻閉改善の治療をする。

 

 


2)治療内容 

鼻腔と副鼻腔は三叉神経第1枝と第2枝により支配される。とくに上鼻甲介付近の炎症や腫脹では、三叉神経第1枝が知覚支配する
三叉神経第1枝を刺激すれば、交感神経を緊張させ、鼻甲介や鼻粘膜の血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。
三叉神経第1枝を刺激するには挟鼻穴、攅竹穴の針や上星の灸などが知られている。

 

①攅竹から睛明方向への水平刺
    
刺針:眉毛内端を取穴。左右2本の針を用いる。ある程度刺入していくと鼻に刺針側の鼻に響く。深刺しすぎると針先は睛明に近付き、上眼窩内刺針と同様に皮下出血を起こしやすい。
印堂から鼻根方向に刺入しても同様の意味がある。ただし両側性に響かせるのは難しい。印堂穴には隔物灸も多用する。
  

②挟鼻
   
刺針:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央を取穴し直刺。
鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

  
③迎香  →使用せず
  
取穴:鼻孔の外方5分。鼻翼の外側にできる皺中にとる。直刺。
外鼻枝は、鼻前庭粘膜に分布するが、鼻腔には分布しない。迎香刺激はキーゼルバッハ部からの鼻出血には効果的だが、鼻炎や副鼻腔炎に対する治療効果に乏しい。
   



3.症例報告(72才、男)

子供の頃から蓄膿症があった。現在でも時々黄色の鼻汁が出る。1年程前から臭いが感じないことに気づいた。耳鼻科に相談したら治療法はないといわれた。食物の味を感じにくいということはあまり意識しない。

治療は、とりあえず寸6#2針で挟鼻と攅竹に低周波置針5分間実施し、また寸6#2針で座位で風池・天柱手技針を実施した。なお天柱・風池を刺激したのは、大後頭神経刺激→三叉神経刺激という回路を考えたため。
ずると治療中から鼻の通りが良くなることを自覚し、アルコール綿の臭いが分かるようになった。

本患者は、治療回数を重ねるほど嗅覚障害が改善して順調な経過をたどった。当初週に2回ペースで治療を3週間行い、後は週1回ペースで治療を3週間継続して治療を終えた。