AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

コメカミ部痛に対する内侠谿の効果 ver.1.1

2021-04-25 | 頭顔面症状

私が20代後半だった頃に病院で治療していた鍼灸治療報告ファイルが手元にある。今読み返すと中には思い出深いものがあり、結構低周波パルス治療を行っていたこと、奇経治療に凝っていたこと、頭の症状を足でとるという遠道刺にも興味があったこともわかる。とくに内侠谿(私自身が命名。足背第3中足骨と第4中足骨間の基部)刺針に抜群な効果を感じとっていた。

1.緊張性頭痛に内侠谿置針が効果あった症例

症例1 34歳・男性  指輪加工職。

40年前の症例である。1年ぶりに4日前から理由なく左側頭部~左眼の痛みが出てきた。痛みは一日中、重苦しく続く。吐気・嘔吐なし。この訴えの他に、右申脈穴あたりが痛くなってきた。

診断:陽蹻-督脈証、側頭中心の緊張性頭痛

治療:奇経治療の陽蹻督脈パターンを思いつき申脈・後谿にパルス通電10分実施。これで眼の奥の痛みは改善したが痛みは上の方に移動して今は左側頭~頭頂部が痛むという。そこで左内侠谿に置針5分すると、これらの痛みもなくなった。

 

症例2 50才・男性 会社営業職

一週間前から右こめかみから頭頂・前頭にかけて頭痛する。しめつけられるような痛み。
発症2日後、30℃の熱が出たので風邪かと思い内科受診し、セデスGを処方された。この薬を飲むと一時的に頭痛は消失するが、平熱になり服薬中止するとはやり頭痛がするとのこと。

診断:側頭中心の緊張性頭痛。

治療:内侠谿に置針10分すると症状消失。しかし翌朝には激しい頭痛となりセデス服用したという。もっと強い刺激量が必要なのかと思い、内侠谿と太衝に置針パルス10分、さらに内侠谿に3壮灸した。さらに内侠谿には自宅施灸も指示。以降、頭痛は2~3割程度と軽減している。

 

症例3 53才・男性  会社員(入院中)

自律神経失調症で当病院の内科入院している。ちょっとした拍子に体調が急変する。代田文彦医師は胆嚢ジスキネジーとも診断した。
今回が頭全体がガンガンするという。赤ら顔でのぼせ傾向が強い。眼の痛みは訴えていない。

診断:上衝体質にともなう側頭中心の緊張性頭痛

治療:左右の内侠谿に置針していると、2~3分後から額の痛みがとれてきたというが、頭髪部の痛みはあまり変化しない。やむを得ず局所である頭皮圧痛点に10カ所ほど置針してみると、頭髪部の痛みも軽くなった。しかし今度は後頸部~頭の付けねが、ひきつるように痛むというので、崑崙に置針5分でこの症状も消失した。


 症例4 42歳・男性  トラック運転手

20年間毎日、8時間以上、トラックを運転している。20年ほど前交通事故にあい以来慢性頭痛となった。種々の検査を受けたが診断がつかず、結局交通事故後遺症とされただけだった。医師からもらった内服薬はほとんど効かなかった。
頭痛は一日中存在するが、車を運転していて昼頃には我慢できなくなり、やむを得ず仕事を中断することもある。左右のこめかみから前頭部にかけての重苦しい痛み。とくに左こめかみの痛みが強い。

診断:側頭中心の緊張性頭痛+ムチウチ後遺症

治療:圧痛ある左右の内侠谿に置針。2~3分後に頭痛90%消失。他に風池手技鍼、肝兪置針。灸は内侠谿・肝兪。  翌日再来時には初回治療前と比べて痛み1/2となったとのこと。初回と同治療により痛みほぼ消失。

 

2.内侠谿の臨床応用

1)内侠谿の位置

足背部第3、第4中足骨間の底。内側足底神経枝と外側足底神経枝が合わさる部。モートン病の神経圧迫好発部位である。足背の中足骨間には行間、陥谷、侠谿とツボが並んでいるが、第3・第4指間には正穴がない。そこで私は、この部位を内侠谿と称することにした。
一度、現在来院中の患者全員に足指間の圧痛を調べたことがあったが、4つの指間穴で最も圧痛陽性の頻度が高かったのは、この内侠谿であることが判明した。

2)内侠谿の適応

①コメカミあたりの側頭筋の緊張性頭痛で、強い痛みほど効果を発揮する。内侠谿は、後頭部の緊張性頭痛には効果に乏しい。

②足指間に強い圧痛があれば、内侠谿にこだわらず行間・陥谷・陷谷・侠谿などに刺針することもあるが、最も圧痛が現れやすいのは内侠谿である。置針数分で効果が出る。

③内侠谿刺針のように、頭痛に対して足部を刺激するというのような遠道刺は、上衝傾向(湯船に長くつかりすぎ、のぼせているような状態)の者で側頭や頭頂の皮膚に赤みがある者で、針響を強く感じる者が効果ある印象を受けた。単に鍼を末梢神経に当てて響かせるというのではなく、末梢動脈壁を刺激し、グロムス機構を介して末梢血管の血流を調節しているというのが治効の考察。

※グロムス機構:
動々脈吻合または動静脈吻合のこと。末梢血管血流は、動脈→小動脈→毛細血管→小静脈→静脈というように巡行するが、手足の末梢には、毛細血管に行く手前で、小動脈→小静脈、あるいは小動脈→別の小動脈へとショートカットする仕組みがあり、これをグロムス機構とよぶ。グロムス機構が作動すると、そのグロムス機構より末梢にある血流量は減少し、寒冷時などでは末梢の冷えを感じる。一カ所のグロムス機構の開閉は、他所のグロムスにも影響を与える。たとえば寒冷時に右足を湯につけると、間もなく左足も温かくなるだけでなく、手指も温かくなる仕組みがある。

なおグロムス機構の鍼灸応用について記したのは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」や代田文誌「鍼灸臨床録」など。

 

 


道教での人体の捉え方と経穴名

2021-04-21 | 古典概念の現代的解釈

人体を小宇宙とみなした道教の教えは、宇宙同様に人間内部にも無数の神が存在すると考えた。信ずれば救われるという大乗思想とは異なり、自らの修行(=道士)により、「神」を増大させて不死を得ようとする小乗思想が道教である。この修行は大変厳しいものだったので、楽に「神」を手に入れるかの方法も考案された。それが霊薬(丹薬=硫化水銀)を服用することだったが、結局霊薬中毒者が多発する悲劇を招いた。

※丹薬については、以下の私のブログ参照のこと。
2020.3.7「道教によって影響を受けた古代中国の生命観 ver1.7」

 

道教は不死の思想であるため、人間の身体のしくみについても記している。その中には鍼灸で使われる、馴染のあるツボの名前が多数出てきて思わずニンマリとしてしまうが、そのツボ名の考え方は道教特有のものなので、残念ながら鍼灸臨床に応用できないし、当時の医学的生理を理解する上でも、あまり役立たない。なぜならそのツボ名は、人体内の特定部位に住む神の名前をさしているからである。ただし道教での宇宙観た人間観を俯瞰するには興味深いものといえよう。道教の中で、これらのツボがどのように記されているかを見ていく。


1.人体内部にある神々のなかでも、もっとも重要なのが、生命の中枢である三つの丹田である。第一の丹田は脳(泥丸宮)、第二は心(絳宮)、第三は臍下(下丹田)で、それぞれ脳・胸・腹の司令部に相当する。三つの丹田の入口を明堂とよび、それぞれ眉間・気管・脾臓だとしている。

(註釈)泥沼宮とは、脳深部にある松果体をさす。かつて松果体は額中央表層にあり、第三の目として第六感的なような役割を果たしたとされている。脳味噌を泥沼と呼んだのは、脳は昔の中国人はドロドロになった臓物という認識だったからであろう。
明堂とは、中国周代、天子が諸侯を会して、政治を行なった殿堂の名称。神庭穴(額髪際の上1寸入ったところ)は明堂の別称。明堂は朝廷とも称するが、これは天子が早朝から仕事を開始したことに由来する。

 

※松果体については以下の私のブログ参照のこと。
2020.11.21 「睡眠のトレビアver1.1」

※漫画家「手塚治虫」は三つ目族の子孫で中学二年の写楽保介を主人公とする<三つ目がとおる>を描いた。普段は額におおきなバンソウコウを貼っている少年だが、バンソウコウをはがすと、その下から第三の目が現れ、恐ろしい超能力を発揮する。
ある時、写楽は修学旅行で明日香村を訪れた。仲間と散々悪ふざけをしたので、寺の和尚にバンソウコウを剥がされてしまった。すると超能力を発揮し、寺の二面石を割り、中に刻まれた秘薬の調合法を知った。写楽は明日香村の遺跡「酒船石」に刻まれた溝を利用して、秘薬の薬を調合しようとした。 (『三つ目がとおる』「酒船石奇談」より)

この酒船石は、円形の凹所に液体を溜め、細い溝に流したらしい。酒の醸造に使用されたという説から、とりあえず「酒船石」と呼ばれているが、本当は何の用途につくられたのか定説がない。

絳宮(こうきゅう)の絳とは、紅の類義語で深紅の色をさす。心臓が血を動かす重要臓腑だということ。

 

2.道教では、呼吸は単に気が肺に出入りするものだけとは考えていない。
吸気:鼻→心肺→脾→肝腎
呼気:肝腎→脾→心肺→口
息を吸う時、空気は肝・腎より下に気が下りることはない。これは気の関所である関元で止めるからである。ところが道士は気を気管に通すのではなく、消化器官に飲み込むので、関元;關元より下に気を導くことができる。この部が臍下3寸の気の海、「気海」である。道教にみる経穴名
(註釈)
現行経穴学では、気海穴は、臍から恥骨までの長さを5等分し、臍から1.5寸下方に取穴する。
呼吸には胸式と腹式があるが、気をなるべく下方まで導くことを考えると腹式呼吸の方が望ましい。呼吸時の腹の上下振幅における下端位置が気海ということだろう。
なお、膀胱経二行線上の膏肓で、膏の源は鳩尾に出て、肓の源は気海に出るとされるが、これは腹式呼吸時の上下振幅の両端をさしているように思う。

空気を飲み込むと胃がふくれるが腸までふくらすことが難しい。すぐれた道士は吸気で上腹だけでなく下腹までふくらすことができた。


3.息を吸うと気は腎にある精と交わって神になるが、息を吐くと同時に神は消失していまう一時的な存在である。神を維持するには、長時間息を止めておくべきである。道士らは、息を止めておく練習を重ねた。息を長時間止める効果は、気海の神を増大させるだけでなく、気は脊髄を通って上丹田である脳に上行し、次い胸の中丹田を通って口から呼気として出せるようになる。このような新たなルートを開発することで、三丹田の神を増大させる。


4.これら丹田は神に属するのに対し、霊魂は低い地位におかれる存在である。なぜなら死ねば消滅してしまうからである。霊魂は魂と魄に分けられ、魂は肝で、魄は肺で養われる(なお精は腎に、神は心に養われる)。なお魄門とは肛門をさしている。上の気の出入り口を口鼻とすれば、下はの気の放屁としての出入り口は肛門になる。
(註釈)
魂魄という単語ですぐに連想されるのが、背部膀胱經二行にある魂門(Th9棘突起下外方1.5に肝兪をとり、その外方1.5寸)と魄戸(Th3棘突起下外方1.5寸に肺兪をとり、その外方15寸)なので、これは道教思想と一致している。背部膀胱經一行ラインには臓腑名のついた兪穴が並んでいるが、背部膀胱經二行ラインは臓腑によって養われる霊と関係しているようだ。たとえば脾兪外方1.5寸に意舎、腎兪外方1.5寸に志室、心兪1.5寸に  神堂なども同じである。

参考:
アンリ・マスペロ著「道教」東洋文庫、平凡社、昭和53年刊
吉本昭治:経穴、経穴名、任脈、督兪等の考察(7)、医道の日本、昭和58年3月号 


<澤田健先生講演>内容紹介と註釈

2021-04-13 | 人物像

代田文彦先生の死去後、遺品整理の際に夫人が私に本や雑誌記事を下さった。その中には、<澤田先生講演>とする澤田健の講演記録のコピーがあった。澤田健については代田文誌氏の著書から、ある程度知ることができるものの、本人がじかに記したものは「三焦論」以外、残っていない。

澤田健は、どのような考え方をするのか知りたく、内容を検討してみたが初めて知る知識が多く、非常に難儀した。現代人の頭の構造とだいぶ違っているようだ。「上記(うえつぶみ)」「易」「除算九九」などがその例だが、その理解には、それぞれに基礎知識がないと理解不能になる。私なりにできる部分から註釈を加えた。なお全8ページ中、「五運六氣」と鍼灸臨床の関わりに関する内容が2ページ続くが、難解なので本稿では省略した。

タイトル:澤田先生講演(昭和11年8月6日 京都祇園中村楼に於いて)東邦医学社

澤田健(1877-1938)は62歳で死去したが、澤田59歳の時の講演内容で、速記者による筆起こし文を代田文誌が校正し、これをさらに澤田が点検した。

 

1.「うえつふみ」にみる鍼灸具の起源

註釈)「うえつふみ」とは何か
うえつふみは漢字で上記と書く。1837年に豊後国(現在の大分県)で発見された。豊国文字(日本語のアイウエオに対応した象形文字)で書かれている。古事記や日本書紀以前の文章とされ、神武天皇以前の歴史や、天文学、暦学、医学、農業・漁業・冶金等の産業技術、民話、民俗等についての記事を含む博物誌的な内容。しかしこんにちでは研究者間で偽書とみなされている。

 

灸の起源は「アツモノ」と記されている。上代にはハリのことを砭石(へんせき)  といい、陽奇石を材料とした。この石を雪の上に置くと、すぐ雪が溶けてしまうことから陽奇石との名称がつけられた。「子なき女これを抱けば子を孕む」とあり、この石は体を温める作用があるとした。陽奇石は幅3寸以上長さ8寸ばかりで、薄く裂ける性質があり、これを砥石で磨いてハリとして使った。

註釈)砭石とは石ハリのことで、押(砭)さえて刺すことからこの名がついた。現代では皮膚切開のメスに相当するとされている。これに対して鍼は金属製のハリで、石ハリとは異なり深く刺すという用途がある。
陽奇石は身体を温めるのに使われたとする記録はある。セラミックを熱すると遠赤外線を放出されるのと同様な物質らしい。ただし陽奇石を材料に鍼を作ったとする見解は独自的解釈になる。

 

2.「一より二を生じ、二より三を生じ、三万物を生ず」
註釈:上は『老子』の一節に出てくる文章。無という『道』が有という一(元の氣)を生み出し、一が天地という二つのものを生み出し、二つ陰陽の氣が加わって三を生み出し、三つのものが万物を生み出すというもの。しかしこれでは理解できないので、一次元、二次元、三次元をさすと考え、この世の中の物すべては三次元であると説明する捉え方もある。


3.上の表現を数理に直していいかえると、「二一天作の五、二進の一十、三一三十の一」これが万物の起こり元になっている。  
註釈:現代では小学校教育で積算の九九を記憶させられる。しかし明治初期の教育では、積算はもちろんのこと割算九九を記憶させられた。ソロバンのコマの移動に便利なように、独特の言い回しで記憶させられた。

 

1)「二一天作の五」とは10÷2=5のこと。転じて物を半分ずつに分けること。太極が二つに別れて陰陽となり、陰陽が別れて五行となる。日月は陰陽、五行は木火土金水。
2)「二進の一十」とは2÷2=1のこと。陰陽合して元の一に還元すること。
3)「三一三十の一」とは10÷3=3余り1のこと。天地循環の無限の生命を表わすもので、一を三で割っても割り切れず永遠に一が残る。この割り切れないところが無限の生命である。

 

4.経穴と經絡について
澤田の真骨頂が示されていると思われるが、独自性が強い。

1)一陰とは中脘のこと。中脘に灸すえると身柱・脊中(Th11棘突起下)・腰兪(仙骨裂孔の中央陥凹部)に響いて真っ赤になることから、これら三穴を三色という。

2)中脘と脊中とは、真っ直ぐに裏表になっており、普通の健康体でも中脘に灸をすると脊中が真っ赤になる。脊中に灸をするとこの逆になるので、脊中は禁灸穴となている。背中で灸をしていけないのは脊中穴のみ。

3)一元両岐三大四霊五柱および澤田流一行
督脈を一陽の一元とし、左右に別れて脊柱一行となる。即ち一元が両岐に分かれて、それが二行に分かれ三行に分かれる。これを三大(=三区分)という。

四霊(澤田造語)とは、左右の大巨・滑肉門の四穴で、五柱(澤田造語)とは上中下の三脘と粱門の五穴をいう。この五柱は脊(=脊柱)にもあって、臍中心にもある。

 

そしてこの五柱のうちにまた三大(=三区分)があって、中脘を中心とし腎経・胃経・脾経の三つをいう。この五柱は呼吸困難、喘息の発作等に非常に効くことがある。
脊(=脊柱)の三大(=三区分)でもって病の時期がわかる。一行が初期、二行が二期、三行が三期になる。 脊の一行を見ると、熱を出している臓腑がわかる。肝兪の一行であれば肝の熱、心兪の一行であれば心の熱といった具合である。
註釈)背部一行とは、背部督脈の5分外方の線をいう。背部二行とは外方1.5寸、背部三行とは外方3寸をいう。急性熱には一行を使う。ストレスがあれば肝兪一行を刺激し、舌先が赤くなり熱があれば心兪一行を刺すなど。

 

4)中焦

中焦とは中脘を意味しており、上脘中脘下脘の三脘が三焦にひびく。この三という数字は、前述したように無限の生命を意味している。上脘は胸から上の方にひびく、すなわち上焦にひびく。下脘は臍から下の方にひびくすなわち下焦にひびく。
その中脘に灸をすえると、前述したように脊中が真っ赤になる。

 

5)三原氣論 

腎臓というものは、難經六十六難にも「腎間の動氣は人の生命十二経の根なり」とあって、また「三焦は元氣の別便なり」ともある。腎臓を先天の元氣、脾臓を後天の原氣、三焦を元氣の別便といって、この三元氣がつどって人間の一元氣となる。
五臓六腑の病氣はことごとくみな膀胱経の兪穴に現れ、これを治すもまた、その兪穴によるものであって、すべての病氣は膀胱に関係をもっている。その膀胱は腎の所属である。だからすべの病氣は筋を根本として見てゆかねばならない。ゆえに澤田流では腎に重きを置いている。
註釈)「三原氣論」とは、先天の原氣系は腎、後天の原氣系は脾、原氣の別使系は三焦であると考えた理論。三焦が五臓を巡っていると考える点で澤田流太極療法独特のもの。
血が回ると、手足が温かくなるとの素朴な観察から考えたものだろうか。

 

6)寒と熱

人の身体で、一方に熱というものがあれば一方には寒がなければならない。頭に熱があれば、足には熱がない。これを逆上という。「頭寒足熱」といった言葉通り、陽は下り陰は上る。陰は上って頭の方に行って手に抜ける。熱は足へ下りていって足から抜ける。
陰陽和合を欠く時に熱が起こる。すなわち寒氣を追い散らすために熱の方が高くなる。これが発熱する理由である。
西洋の医者は、熱を恐れているが、東洋の方では「傷寒論」があるくらいなもので、寒の方を恐れる。

註釈)代田文彦氏は次のように語った。発熱とは、免疫機能を高める目的で延髄の体温中枢が示した設定体温が高まった状態である。身体はこの設定温度にまで体温を上昇させようとするが、その目標温度に実体温が達していない場合、悪寒を感じる。頸や肩こりがあって延髄の血流低下がある場合、延髄の設定温度に狂いが生じて発熱を生じていることもあって、頸肩のコリの改善目的で風門や大椎への多壮灸(20~30壮)を行うことが発熱に対する鍼灸治療になる場合がある。もう一つの方法として解表法がある。交感神経緊張状態により皮膚の腠理(汗腺)が閉じていていては発汗による解熱はできない。このような状況では発汗法として、人体で最も汗のかきやすい部とされる肩甲上部~肩甲間部の領域に、速刺速抜を行なう。これは葛根湯液服用による発汗と同じような意味になる。

 

7)肝と病氣の進展

病氣は肝隔(=肝臓と横隔膜)の間に起こって肝隔の間に収まるので、全ての病氣は肝臓が始まりになる。肝臓と膈の間が八椎(=Th8棘突起下外方1.5寸)で、ここは病氣の始まる処で収まる処でもある。そこから内臓に這い入ってくる。
膈兪の真ん中へ鍼をうつと、期門にひびく。肝兪にうつと章門にひびく。脾兪にうつと京門にひびく。膈兪に鍼をうつと、どう響くかは非常に難しく、わずかな違いにより上にも行けば下にも行き、横にも行く。そしてへんてこな灸をすえたような熱く感じる部位もある。こういう不思議は響きかたをするのは膈兪だけである。
病は膈兪から入って期門に出て、期門から肝臓に入る。それから肝臓に病が入ると肝兪へ出る。肝兪から章門に出て、章門から脾臓に入る。脾臓から脾兪に出て、脾兪から京門に出る。ここがひどく響く処。京門へ出ると腎臓が弱くなる、この腎臓から逆に上に行くと、心臓にゆき心兪にあらわれ、しまいには肺に入る。肺は終点である。
註釈)膈兪刺針は横隔膜刺激となる。横隔膜は体性神経が入るので針響を与えやすい。

肝臓は病氣の始まりに関係する。肝臓は魂を主どるところで、これは何事も几帳面に行わなければならぬという性質をもっている。これに対して魄は雑念の多いのを主どるので、
魄は肺に属する。
註釈)魂魄:道教における霊についての概念。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指す。魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。


8)肺と病の進展

風邪は肺から風門に出て、風門の一行から膈の兪に下り、膈から内臓に、這い入ってくる。
膈の一行のところには代田文誌の説明によると交感神経の内臓にいく太い自律神経(=腹腔神経節)があるとのことで、これで謎が解けた。
寒くなると肺結核患者が多くなる。では結核菌とは何かといえば、カビで人間の血の巡りの悪いところにカビがはえる。日光に照らせばカビなんかきれいに消える。フランスの細菌学者アランジー博士も同様のことを云っている。結核菌は病氣をつくるものではなく、繁殖の適当な範囲において繁殖するものである、と。

 

9)三焦と陽池の灸

心臓病のとき、それを治そうとすれば三焦を納めなければならない。澤田流太極療法基本穴で、左の手の陽池に灸をすえるということは、この三焦を納めるためで、陽池は三焦の原である。天の氣は初めは肺に受けて中焦に起こる。天の氣を吸わなければ人間は決して長生きできない。天の氣を受けての最初の人間の動きは、まず中焦に起こる。肺で呼吸し、そこから經絡に合わせるのだが、その源との連絡は方法は、源である発電所の方が誤っていては何もならないから、まず陽池と中脘に灸をすえて三焦の調節をとる。そうすると丹田(=関元)に力が入ってくる。氣海は腎の所属で腎間の動の発するところであり、天の氣を三焦のうちの中脘に受け、それが氣海に入って動くのである。氣は三焦に属し、動は腎に属する・動氣相求むる
註釈)「動氣相求むる」とは、正しくは「同氣相求むる」という。同じ性質を持つ者はお互いに求めあうと言う意味です。『易経』の一節。

三焦については、フランスのスリエド・モラン氏が研究し、三つの熱源地として想像していたが、澤田が送った三谷先生の「解体発蒙」をみて、モラン氏は想像してたことが解剖上に実証されているのを見出し、非常に嬉しかったと聞いた。
註釈)「解体発蒙」は三谷公器著(1775-1823)による。オラン大学の解剖知識と『内経』の機能・整理額的知識の一致・折衷をめざした著作。石坂宗哲らに影響を与えた。
澤田腱が入手し1930年に復刻し、その際に「三焦論」を付した。「三焦論」は澤田唯一の著作。

 

10)精神を納める灸穴

氣海より脳にのぼる。脳は上丹田である。精神は脳にあるというが、精神を納めるのは氣海丹田である。
陰は上り陽は下るというが、頭の重い時は陰が上れないからで、そんな場合に氣海に灸をすえてごらんなさい。すぐに頭がスーッと軽くなる。
病氣というのは精神が納まらないからであって、その精神を納めるには陽池・中脘・ 氣海の三穴に灸すればよろしい。

 

11)熱府と寒府

熱府は風門で、寒府は膝の陽關(膝蓋骨上縁の高さで大腿外側の腸脛靭帯のすぐ後ろ)をいう。熱府と寒府は、外から侵入した寒氣を去ることができる。司天の寒氣は風門でとれ、在泉の寒氣は膝の陽關(=寒府ともいう)でとれる。
内臓の熱を去るには岐伯のいう「臓腑の熱をとるには五あり。五の兪の内の五の十を刺す」とある。これは脊柱の兪穴の一行のことで、これによって内臓の熱を診て、またそれを去ることができる。
  
註釈)司天・在泉:五運六氣の用語。天の気が司天で、地の気が在泉。一年間を六つに分けて一番暑い60日間(≒夏季)を司天、一番寒い60日間を在泉(≒冬季)としている。

 沢田健による寒熱の針灸治療参照のこと2013/08/24 


車酔い予防に足母指爪中央の灸

2021-04-04 | 耳鼻咽喉科症状

前回報告の<ひょうその灸>で、爪の上に施灸した。爪上に灸をするという治療は、玉川病院症例報告回で昭和57年に乗物酔いに母指爪中央の灸が効いたという報告をしている。ここに転記する。


タイトル:車酔い予防に足母指爪中央の灸

1.症例報告(抄)

66歳、女性。普段から健康管理目的で毎月1回来院している患者。ある日電話があり、「5日後から二泊三日のバス旅行をするので、車酔いの灸を教えて欲しい」とのこと。そこで旅行三日前から毎日一回、両足母指爪中央に米粒大灸を熱く感じるまですえるよう伝えた。後日来院時、その効果を聞けば、「行きのバスは酔わなかったが帰りは酔った。モグサをバッグに入れ忘れたので、帰りのバスに乗る時に宿で灸をできなかった」と返答した。
この患者はその一ヶ月半後にも二泊三日のバス旅行をした。「前回の教訓を生かし、今度は行きも帰りもバスに乗る前に灸をしたので酔わなかった」「これまでは朝食に玉子を食べると必ず酔うので遠慮して食べなかったが、灸すると絶対に酔わないことがわかったので、2回目の旅行の時は安心して三個食べた」と喜んでいた。


2.コメント

医道の日本誌鍼灸治療室(43)車酔い(1980年12月号)に、往年のわが国を代表する四人の治療家が自分の治療を解説している。母趾爪中央の灸のことは清水完治氏の発表で知った。首藤伝明氏氏は築賓近くの圧痛部の皮内鍼で車酔いをほぼ予防できるという。
深谷伊三郎氏は中厲兌(足第二指の爪甲根部外側に厲兌をとり、その内側)の灸がよいという話なので試したが、一向に効かず赤面したと述べている。池田政一氏は、足臨泣・丘墟・陽輔などへの皮内鍼を推奨している。ちなみに代田文誌氏は、厲兌の灸を推している。
例によって様々な意見となったが、興味深いことは全員下腿~足に、灸または皮内鍼といった皮膚刺激を行っているという共通点がみられる。
 
これらの報告からなぜ私は母趾中央の灸を選んだのかといえば、電話でも取穴位置を説明でき、爪の上への灸なので灸痕も残らないだろうと思ったからである。

平衡感覚は内耳や眼からの情報に加え、深部知覚障害(筋紡錘や腱紡錘)が前庭で統合され、正常に機能している。しかしメマイ時には深部知覚の障害も生じており、筋紡錘や腱紡錘に刺激介入することで深部知覚情報も正常に前庭に送り込まれるのではないかと考えた。


ひょうその灸の速効自験例

2021-04-03 | 皮膚科症状

1.瘭疽(ひょうそ)とは

手足の爪周囲におこる急性の細菌性爪囲炎(bacterial paronychia)。爪傍と指腹が発赤腫脹し、激痛を起こす。

指腹部の脂肪組織は、物をつまむときの安定性を高めるために線維性の隔壁で仕切られており、そこに感染が起きると内圧の上昇によって、端知覚神経が圧迫され痛みを発する。とくに化膿するとより内圧の上昇が起こるので痛みは非常に強くなる。

治療は通常は抗生物質内服だが、重症の場合には爪切開で排膿させることになりかねず、それを思うと患者は恐怖だろう。


2.瘭疽の自験例(67歳、男)

4~5日前から左母指の爪甲根部内側にさかむけができ、指先でさかむけを剥こうとしたが痛くて中止した。昨日夕刻からさかむけ部分と、その付近の爪元に持続性の痛みを感じ、
母指腹を押圧しても痛みを感じる状態。昨夜は痛くて十分眠れなかった。瘭疽(ひょうそ)である。

翌朝、痛む部分には腫脹・発赤があった。ボールペンの先で圧痛点を探してみると下の写真3カ所に強い圧痛を発見した。ここに小灸をすえようと思った。

 


もう30年以上前のことになるが、足母趾爪と指腹奥全体が痛んだ瘭疽ができ、数日間痛み続け歩行も難儀になったことがあり、入江靖著「灸治療夜話」にあった瘭疽の深谷灸法をしたことがあった。するとその直後から痛み半減し、数日で治癒した経験があった。ひょうその灸の効果に驚いたものだった。


爪部分の灸点に、ゴマ灸をてみると、1壮目から熱さを心地よい感じ、2壮目からはさらに熱く感じ、3壮を終えると我慢できぬ熱さに。結局計3壮実施。

また爪甲根部右の少商穴あたりの圧痛点と母指腹橈側圧痛点に、ゴマ大灸をしてみると1壮目から我慢できないほどの熱さになったので各々1壮とした。行い、治療直後、持続性の痛み半減し、局所押圧時の圧痛は2~3割減となった。半日経た現在、自発痛ほぼ消失し、局所押圧時の圧痛も5割以下となった。翌日の夜には、自発痛と圧痛ともに消失した。結局、灸したのは一回だけ。

灸の適応症は数ある中でも、本疾患に対しては確実に大きな効果をもたらすことが多い。医者が知ったら、さぞ驚くことだろう。


3.瘭疽の深谷灸法

患部の指爪を横に3等分し、上 1/3の処にできる線の中央に施灸。半米粒大の灸を多壮する。悪ければ熱さを感じない。熱さを感じるまで施灸。1日2回朝夕施灸、1壮目で熱く感じるまで継続する。なおこの治療法は、爪水虫にも効果があるという。